40.何があっても動じない、強い女を演じていたいの
キャスを乗せて砦の入口へふーわふわ。
魔物に乗れたことが嬉しいのか、キャスが上機嫌アンド饒舌になって私に話しかけてくる。むっふー! こうも喜ばれるとやっぱり嬉しいものよね!
そして、エルザたちに合流して事情説明。話を聞き終えるなり、エルザさん盛大な溜息。なんでさ。
「また考えなしに人間なんて拾ってきて……その人間があなたに害を成さないという保証はあるの?」
「ふむ、魔術師殿の言うことはもっともじゃの。妾がオル子の立場であったなら、こんな怪しい人間は捨て置けと言うであろうの。だが、妾に潔白を証明する術がない以上、お主らの温情に縋るほかはないのう」
「ふうん……今までの人間とは少し違うみたいね。人間というのは、みんなこういう連中なのかと失望していたのだけど」
そう言いながら、エルザは足元に転がる死体を杖で突く。
うーん、心臓に銃弾で即死って感じですな。人間相手にエルザのスナイプは厳しかろうて。
私はピコピコとヒレを振ってキャスのフォローをしてあげることにする。
「山賊と一緒にしちゃ可哀そうよ。キャスなら大丈夫だと思う。大丈夫よね?」
「うむ! 妾を信じるがよい!」
「うむ! 信じるのだ! まあ、もし裏切ったりしたらきっちり殺すだけだし。キャス、私にあなたを殺させないでね? 美少女を圧縮するのは流石に心痛むわ」
「微塵も信じておらぬではないか……まあ、当然ではあるか。助けて貰い、命を拾ってもらった恩義もあるでな。キャス・アルベリカ・サンクレナの名に誓おうぞ」
信じてない訳じゃないけど、エルザを説得するにはこれくらい言わないとにゃあ。
私が責任を持つと言ったのが効いたのか、最初から受け入れるつもりでいたのか、エルザはそれ以上食い下がることはなかった。
ルリカは反対するはずもなく、『オル子様の望むままに』と笑顔で了承。
ミュラは私の上に飛び乗って、『これは私のものだ』と自己主張しているかのよう。まあミュラったら、お母さんを盗られたみたいで寂しいのね! むふー! モテモテな私!
「おお、お主も魔物かの? 小さくて可愛らしいのう。よしよし」
同乗してきたミュラをキャスは猫かわいがり。
ほむ、キャスって本当に動じないわね。魔物に囲まれても、堂々とした姿は流石お姫様って感じ。
もし私がキャスの立場だったら、自分以外魔物だらけで結構ビビると思うんだけど。
「妾は追われた身ではあるが、隣国サンクレナの姫での。策謀の得意そうな魔術師殿なら妾の命を上手く利用できるかもしれぬな? ラグ・アースの国で何やら面白いことをやっているようじゃからの、利用できそうなら妾を存分に活用するがよい!」
「へえ……いいわね。そういう割り切った考えと立ち回りができる奴は嫌いじゃないわ。キャスと言ったかしら。人間にしておくには勿体ないわね」
「くふふっ、どうやら魔術師殿とは気が合いそうじゃのう。色々とよろしく頼むぞ」
「ええ、色々とね」
ほへえ、意外。エルザがこういう発言をするなんて。
クレアはキャスのこと苦手そうだったけど、エルザとは相性が良さそう。
まあ、仲良くに越したことはなし、エルザの心象が良ければそれだけでキャスの安全は保障されるでしょうからね。どんどん仲良くしてくれると嬉しい。
キャスがみんなと交流を深めていると、クレアが砦の奥から戻ってきた。誰も連れていないところを見る感じ、ラグ・アースはいなかったかな。
「ただいま戻りました、主殿。全ての部屋を周りましたが、ラグ・アースは一人も捕らわれておりませんでした」
「そっか。となると、他の村で攫われたラグ・アースは」
「サンクレナやガルベルーザに売られた可能性が高いのう。ラグ・アースのう……たとえ山賊をここで根絶やしにできても、人間……とりわけサンクレナのラグ・アースに対する厳しい扱いは止まらんじゃろうの」
「そうなの?」
「うむ。ラグ・アースの国、ラーマ・アリエの扱いについて兄は更なる植民地化……いや、ラグ・アースの総奴隷化を構想しておったでな。兄が台頭する以上、この動きは止められんじゃろうて。地盤が固まり次第、何らかの動きがあるじゃろうの」
えええ……つまり、ここで山賊を全部殺し尽しても、ササラたちを奴隷にするために隣の国が動くかもしれないってこと?
そんなことになったら、本格的に魔物対人間の構図じゃないの。いつから私の物語は魔王成り上がり物語になったのよ!
「まあ、今すぐという話ではない。少なくとも、兄が王になるまでにあと十年ほどはかかあるじゃろうて。それまでは父が治めるゆえ、今まで通りじゃろう」
「なんだ、びっくりさせないでよ。村に戻ったら、今度は人間の軍隊と戦わなきゃいけないかと思ったじゃないの。教えてエルザ、私はいったいあと何人の人間を潰せばいいの……? ミュラは私に何も言ってくれない……」
「それはそれで効率的にレベルが稼げそうね」
やーん物騒。エルザさんには人間イコール経験値にしか見えぬのか! 人間を狩りまくる肉食系女子か!
まあ、軍隊ともなると山賊みたいな雑魚じゃないでしょうしね。藪を突いて蛇を出さないようにしなければ。
十年も後なら、色々と状況も変わってるでしょう。私も人化して、素敵な人と結婚したりしてる頃だろうし。私、魔物を引退して普通の女の子に戻ります!
「ここの人間も殺し尽したようだし、村に戻りましょうか」
「ういうい! 村に戻ってご飯にしましょう。オル子さん、お腹ペコペコリンよ!」
さっきキャスにパンをちょろっと貰ったけど、その程度じゃ足りませんぬう。
さあ帰ろう帰ろう、お家に帰ろう。目的だった山賊も全員殺したし、ミッションクリアよね! もう何もないわよね!
「――主殿、何者かが」
止めて。何もないの。ないったらないのよ。
砦の外に、私たちを待ち構えているかのように見知らぬ男が立っているなんて、そんなことは絶対にないの。
「オル子、あなたヒレで目を隠して何してるのよ?」
「オル子さんには何も見えませぬ……どう見ても嫌な予感しかしない正体不明の男なんてオル子さんには微塵も見えませぬ……」
「また意味不明なことを。どう見てもあいつ、私たちに用があるみたいよ。しっかりしなさい」
エルザに喝を入れられ、私は渋々ヒレを下ろす。うう、見たくないけど……見なくちゃ駄目よね。
道を塞ぐように立つ男……身長は二メートルないくらいかしら。橙色の長髪を一つに束ね、瞳を閉じた青年って感じかしら。
何より特徴的なのは、頭部から生えた二本の角。
折れ曲がってなお力強く伸びた白い角が男を人間ではないと物語っている。拳法着みたいな衣服を纏った男は、瞳を閉じたまま私たちに話しかけてきた。
「魔物が境界線を越えているとはな。いささか驚いたぞ」
「驚いたのはこちらだわ。まさかこんなところで竜族に出くわすなんてね」
エルザの発言に私は首を傾げる。竜族? 竜族って確か、大陸の北に領地を陣取ってる種族よね?
人間にも魔物にも不干渉を貫いてる存在だって前にエルザに教えてもらった気がするんだけど。
「まあ、魔物の奇行などどうでもよい。用があるのは、そこの人間だけだ」
「ぬ、妾か?」
「そうだ。貴様をサンクレナから奪うために色々と骨を折ったのだ。ここで見知らぬ魔物の餌にされてはかなわぬ」
「ほほう? 妾の売却先はガルベルーザかと思っていたが、まさか竜族だったとはの。人間に不干渉である竜族が暗躍してまで欲するほど、妾に価値があるとは思えんがのう」
「貴様の価値などどうでもよい。私は命じられるまま、貴様をドラグ・ラグナへと連れて帰るだけだ。下賤な魔物どもよ。会話ができるだけの知性はあるようだから忠告してやる。命だけは見逃してやる故、さっさとその人間を置いてこの場から消え失せろ」
まあ、どこまでも上から目線。主からの命令って、それただのお使いじゃないの。つかいぱしりのくせに偉そうに。
出会っていきなり喧嘩売りまくりなんて、失礼な奴ね! ぷんぷんよ!
俺様系は嫌いじゃないんだけど、こいつは全然タイプじゃないわ。俺様系はいいけど、これは違うのよ。
エルザは『どうするの』と視線を私に向けてきている。ほむ、つまりはキャスを渡すかどうかの確認ね。
と言っても、エルザは既に杖を構えてるし、クレアは剣を抜いてるし、ルリカはいつでもスキル発動できる体勢だし、どう見ても拒否決定じゃない。
とりあえず、キャスに希望を訊きましょうか。大事なのは本人の意思だものね。小声でヒソヒソと相談開始。
「だ、そうだけど。キャスはどうする? 私たちと一緒に行くのと、そこの竜族に連れていかれるの、どっちがいい?」
「無論オル子たちに決まっておろう。他種族に不干渉を決め込むはずの竜族が、姦計を仕掛けてまで妾を欲する理由……気にならんこともないが、どうせ碌なものでもあるまいて。しかし、そうなるとお主らにまた迷惑をかけてしまうのう」
「気にしない気にしない。キャスの気持ちは分かったわ。あとは私たちに任せて頂戴な」
本人が嫌がっている以上、無理強いはよくないわ。オル子さんは女の子の味方です!
という訳でレッツお断りターイム。私はミュラとキャスを下ろして、男の前に出た。
そして、尻尾を全力で地面に叩き付けて抗議。
あ、強く叩きすぎて地面に大きなクレーターできちゃった。パワーSで申し訳ない!
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ――竜族だか何だか知らないが、いったいお前は何様のつもりかしら?」
「ほう?」
「キャスは私のモノよ。それを見逃してやるから差し出せだの、随分と舐めてくれる。勘違いしているようだけど、見逃してあげるのは私であり、お前はあくまでも見逃される側なのよ。トカゲの分際で増長も甚だしいと知りなさい」
きゃー! 言っちゃった言っちゃった!
むふふ、一度でいいからこういう勘違い男にビシッと言ってみたかったのよね! 糸目ざまあ!
私の言葉に、竜族さんとやらは反応なし。ぷふー! 鼻柱へし折られてちょー受けるんですけど!
よーし、オル子さんドンドン調子に乗っちゃうぞう! ここでトドメの一撃でナルシストとして再起不能にしてくれる!
「という訳で交渉決裂よ。死にたくなければさっさと消え失せなさいな。目障りよ」
「そうか。会話ができるとはいえ、所詮穢れた魔物に過ぎんか。慈悲など与えるだけ無駄であったな」
「下賤だの穢れただの、どこまでも見下してくれる――そんなに死に急ぎたいか? 死にたいならそう言いなさい。一瞬で潰してあげるから」
「潰す? ククッ、面白い冗談だな。やってみるがいい――貴様ら雑魚如きにできるものならな!」
「オル子、くるわよ!」
エルザの声に、私はみんなをいつでも守れるように戦闘態勢を取る。
ふふん、こう言ってはなんだけど、全然怖くないわ。対峙していても全然プレッシャーというか、そういうのを感じない。
強敵かと思ったけど、グラファンの時みたいに対峙した時からヤバい感じがしないわ。
あいつから見れば竜族なんて子犬みたいなものよ。今はグラファンが子犬だけど!
何をするつもりかはないけど、攻撃を繰り出し次第、カウンターで叩き潰してくれる! さあ、きなさい! ぺちゃんこに叩き潰して……
「はああああああああああ!」
突如、竜族の体が白い光に包まれ、その体が急激に肥大化していく。
鋭い爪、全身を覆う強硬な橙色の鱗、突き出た二本の角、大きく裂けた口と並び立つ牙。
あっという間に竜族は、二十メートルを超える巨大なドラゴンに早変わり。
大地を揺るがすような咆哮を周囲に轟かせ、竜族は私を睨みつけて告げる。
『貴様のような脆弱な小魚が竜を潰すなどと笑わせる! 貴様ら下等な生き物など、所詮は我らの餌に過ぎぬということを死を以って教えてやろう!』
いや、こんなの反則じゃん……変身なんて卑怯よ。男らしくないわ。私の地元ルールじゃ階段革命と戦闘前の変身は無効だからやり直しましょう?
そもそも山賊狩りが終わって今回のイベント終了じゃないの?
村に戻ってササラたちに『ありがとう! やっぱりオル子って凄い!』って褒められてハッピーエンドめでたしめでたしじゃないの?
それがエクストラ・クエスト発生でドラゴン退治って……シナリオ受注キャンセルできない? 駄目? ドラゴン退治なんてSランクチートギルドにでも任せましょうよ……救援要請、救援要請を出すしか!




