39.お姫様とも庶民とも仲良くできる、それがヒロインよ
マトルンの村を離れ、山賊が根城としている北西の山とやらに移動なうなう。
メンバーも増え、四人も乗せて空を飛んでるんだけど、流石シャチボディ、なんともないわ。
「引き出した情報によると、川沿いに上った中腹に砦があるそうだけど、あれがそうかしら?」
エルザの指さす先には、ボロボロに朽ち果てかけている土造りの建物っぽいものが。
ほむ。確かに人間らしきものが出入りしているわね。さて、どうするかな。
「空中からエルザと変身したミュラの雷ぶっぱしてもいいんだけど、内部に他の村から攫われたラグ・アースがいるかもしれないのよね。よし、地道に一匹ずつ殺していきましょう」
「主殿、一番槍を是非とも私にお命じ下さい。必ずや期待に応えてみせましょう」
おお、クレアったら燃えているわね。
メンバーの中で切り込み役となると、私かクレアのどちらかだからね。ここはクレアにお願いしてみましょう。
「分かったわ。クレア、お願いできるかしら? マトルンのみんなの怒りと悲しみ、そしてオル子さんが全然男にモテない憤怒を容赦なくぶつけてきて頂戴!」
「はっ! 我が剣、熊おこ剣に誓いまして!」
いや、そんな玩具みたいな剣に誓われても……げえ、飛んだ!
私から飛び降り、クレアさん絶賛落下中。いや、まだ高度的に百メートル以上ありそうなんだけど……
「凄いわね。着地と同時に二人斬り殺したわよ」
「あれかな、クレアってもしかして世界と契約した剣の英雄だったりするのかな。オルコ・ヴィ・ショウジョがクレアに命ずる! 抜群のスタイルの秘訣を教えてください!」
「私たちも続きましょうか。二百匹も殺せば、レベルも上がるかもしれないものね」
わお合理的。エルザさんってば、人間殺してレベル上げを狙ってたのね。
うーむ、普通なら人間が魔物を倒してレベル上げしていくんだけど……王道ロープレに正面から喧嘩を売っていくスタイルだわ。国民的RPG、お許しください!
「それじゃ、私たちはクレアの撃ち漏らしを仕留めていきましょう。クレアが前に出てくれているから、私はエルザとルリカの守りに回るわ。ミュラは偽オル子で動き回ってビーム連打でOK。それじゃあいっくよー」
高度を落としてゆき、扉が叩き切られた砦内部へ。
まあ、あちこちから人間の悲鳴が聞こえるわ。床には人間だったものの残骸ばかり。クレア、鬼強い。本当に心強い仲間だわ。
「あ、新たな魔物が出たぞ! くそ、なんだ、何なんだよお前らは!?」
「さあ? 死神か何かじゃないかしら?」
「ふ、ふざけ――ぐぁああああ!」
姿を見せた山賊男が武器を構えるより早く、ミュラのビームが腹部貫通。
膝をついた直後、ミュラの追い打ちである偽オル子プレスで圧殺完了。ううむ、最近のミュラは強さに磨きがかかってきてるわね。
ランクだけで言えば、ミュラはウチでナンバーツーだからね! むふう、娘が強すぎてごめんね!
「ひいい! に、逃げ……ぎいっ!?」
背中を向けた山賊さん、頭部ロスト。
見事なヘッドショットをかましたエルザさんが、銃を構えたまま呆れ果てる。
「隙も作ろうとせずに逃げ出そうとするなんて、人間って愚かなのかしら。無防備過ぎだわ。この程度ならいくら群れられてもおそるるに値しないわ。本格的に人間の支配地活用を考えるべきかしら」
「人間もピンキリなんですよ。調子に乗ってると魔物キラーみたいな化物チートが出てくる可能性大ですぞ! まあこいつらが雑魚なのは否定しないけど、ねっ!」
「ぎゃあああ!」
空中で三回転半を決め、ボディプレスをドーン! はい、上手に潰れました。
待って、建物の逃げ道をこうして塞いでおけば、こいつらどうしようもなくなるんじゃない?
内部でクレアが切り込んでくれている以上、奴らは恐怖で外に逃げようとするでしょうし、ここで固定して潰していけば効率いいかも。
「エルザ、ルリカ。この入口で待ち構えていれば、クレアから逃げてきた奴らが入れ食い状態かも」
「そうね……この程度なら私たちの護衛は必要ないわ。この広間に姿を見せた連中を私とルリカ、ミュラの三人で潰すから、オル子は砦内を回って頂戴」
「あいあいさ! クレアの援護いってきまーふ」
ヒレで敬礼をし、私は飛び跳ねて砦探索へと向かうことに。
逃げてくる人間たちをぷちぷちっと潰して潰して。あ、レベル上がった。
砦の奥で、クレアと再会。
山賊たちの返り血塗れになったクレアが、ある一室の前で足を止めている。
ぬぬ? ラグ・アースを発見したのかしら。私は背後から声をかけてみる。
「クレア、どしたの? その部屋の中に何かあったの?」
「主殿、それが……」
困ったような表情を浮かべて、クレアが室内を指し示した。
室内には錆びた年代物の檻が存在し、その中に黒髪の美少女が腰を下ろしていた。
ストレートの綺麗な黒髪、黒色の瞳が日本人的で懐かしさを感じさせる美少女さん。あちこちがボロボロになっているドレスでも、その綺麗さは微塵も損なわれない。
私を見つめながら、美少女はなぜか嬉しそうな声を漏らす。
「ほほう、これまた何とも強そうな魔物じゃの。魔物には空飛ぶ羽根つきの魚も存在するとは知らなんだ。世界にはまだまだ妾の知らぬことだらけよのう。ほれ、残り物じゃが食べるかの」
牢の中からパンらしきものを私に伸ばしてくる。
ぬう、よく分からんが私を餌付けする気ね! 馬鹿にしないでくれる!?
このオル子、いくら何でも牢に閉じ込められている人の食べ物を奪おうとは思わぬわ! でもくれるっていうなら吝かではないわ! ちょうど小腹も空いたところだし!
牢に近づき、パンを頂いて咀嚼うまー。もきゅもきゅと食べている私の頭を撫でながら、少女はご満悦。
「ううむ、魔物とは恐ろしい存在と聞いておったが、こう見ると実に可愛いのう。つぶらな瞳が心癒されるの。愛い奴、愛い奴」
「おほー! もっと褒めてくれてもいいのよ! 世界一可愛くて申し訳ない!」
「おお、そなたは言葉も喋れるのか。ますます気に入ったのう。状況が状況なら、是が非でも我が友として連れ帰りたかったのじゃがなあ……」
「主殿、楽しまれているところ申し訳ないのですが、その人間をどうすればよいのか私には判断がつきません。そやつは他の人間に捕らわれているようですが……」
おお、そうだった。こんな風に愛でられている場合ではなかったわ。
むくりと起き上がり、私は美少女ちゃんに問いかける。
「あなた、どうして牢に閉じ込められてるの? 人間みたいだけど、あの山賊どもに攫われたの?」
「攫われたというより、売られたという方が正しいかのう。この砦の連中は仲介人で、妾の売られる先は他にあるんじゃろうて。ところで、そなたらは何者じゃ? そこの騎士といい、魔物であるそなたらが何ゆえにこのようなところにおる?」
「ここの山賊どもが私の住んでる村を襲ってきたので、二度とそんなことが出来ないようきっちり皆殺しにきたの。砦内は山賊の死体がゴロゴロしてるよ! 足元に気を付けてね!」
私の言葉に、黒髪ちゃんはキョトンとした表情を浮かべた後、大爆笑。
まあ、とても楽しそう。クレアはそんな黒髪ちゃんに困惑しっぱなし。ううむ、クレアってば生真面目さんだからこういうタイプは苦手なのかもにゃあ。
「アホじゃのう! 欲をかきすぎて、いらぬ虎の尾を踏んでしもうたか! 妾を売るだけで当分は困らぬほどの金を得られたであろうに!」
「ほむ、あなたってもしかして結構身分がしっかりした人間なの? いいところのお嬢様だったり?」
「妾か。くふふっ、聞いて驚くなかれ。妾の名はキャス! キャス・アルベリカ・サンクレナじゃ!」
ババーンと胸を張って告げる黒髪ちゃんもといキャス。
私はクレアと見つめ合い、コテンと首を傾げる。えっと、聞いて驚けと言われても……有名人なの? 知らんけども。
そんな私たちの反応に、キャスはがくりと肩を落としてしまう。いやあ、無知ですいませーん。
「そ、そうじゃの、お主らは魔物じゃから妾の名を聞いてもピンとくるはずもなかろうて。このラグ・アースの国であるラーマ・アリエの隣国サンクレナの姫と言えば分かりやすいかの」
「お姫様!? 本物のお姫様なの!?」
なんてこと! まさか異世界のお姫様に出会うなんて!
確かに喋り方が変わってるなとは思ってたけど、お姫様! 私が夢見る令嬢のさらに上をいく夢の職業じゃないのよ! うおおお! サインとかもらえないかしら!
興奮していると、クレアが眉を寄せて訝しむように問いかける。
「姫ならば厳重に守られる存在ではないのか? 先ほどお前は売られたと言っていたが」
「政権争いに敗れ、邪魔者として処理された結果の今じゃ。どこにでもよくあるつまらぬ話じゃろう」
「いや、どこにでもはないと思うが……」
「それよりもお主ら、山賊の連中は殺し尽したのなら、ここに残る人間は妾だけじゃが、どうする? 連中と同じように妾も殺すかの?」
にこやかに笑いながらそんなこと言われましても。
剣を構え、命じられればいつでも首を刎ねるという仕草をみせるクレアをヒレで制止して、私は問いに答えを返す。
「言ったでしょ。私たちの目的は村に害をなす山賊連中を皆殺しにすることであって、人間を全て殺しに来たわけじゃないの。こーろーしーまーせーん」
「そうかそうか! それは重畳じゃのう。政争に敗れ、終わったも同然の命じゃが、助かる可能性があるなら惜しませてもらいたいからの。それでは妾をどうする予定かの?」
「サンクレナだっけ? そこに帰りたいなら、近くまで送ってあげてもいいけど」
「それは困るのう。なにせ国にはもはや妾の戻る場所などない。なにせ死んだも同然の身じゃからの。妾が戻ったところで、入念に消されるのがオチであろう」
ううむ、それは困った。せっかく助けた命なのに、むざむざ死なせるのも。
どうしたものかと悩んでいると、キャスは男なら十人が十人見惚れるような笑顔でおねだりしてきた。
「図々しい願いとは分かっているのじゃが、もし可能なら妾をお主たちと共に連れてってくれんかの?」
「へ? 私たちのところに?」
「うむ! 見た通り無一文でな、何も差し出せるものがないことを申し訳なく思うが、その上でお主らに縋りたい。どうか妾をお主らの村に連れて行ってくれぬか。無論、叶えてくれるならば、妾にできることならば何だってするし差し出そう! そうさな……命さえ奪わなければ、この身を好きにしても構わぬぞ!」
「こらああああ! 若い女の子がなんてことを言うの! そんなのオル子さん許しませんよ! あ、でも黒髪美少年王子に『俺の体を好きにしてもかまわない』なんて言われてたらオル子さん困ってしまいます! いかん、破廉恥なのはいかんですよ! むっふー! 滾る、滾るわあああ!」
「あ、主殿、気を確かに!」
興奮し過ぎてビタンビタンと跳ねまわってる私を必死に落ち着かせるクレア。
そんな私たちを見て、ケラケラと楽しそうに笑うキャス。ううん、たくましいお姫様だこと。
まあ、害はなさそうだし、別に連れて帰っても問題はないんだけど。
「別に構わないけれど、特別扱いできないわよ? お姫様だろうと、村ではみんなと同じだからね。村のお手伝いとか、お仕事を割り振られても文句は受け付けないからね」
「任せるがよい! くふふっ、お主たちとの生活、実に楽しみじゃのう」
とりあえず、まずはエルザたちに合流して事情を話さないと。
ないとは思うけれど、もしエルザたちが反対したら、話はお流れになるかもしれないし。
「クレア、砦内に山賊の残りがいないか見てきて頂戴。私は檻を壊して、キャスを入口まで連れて行くから。あと、ラグ・アースが捕まったりしていないかも確認よろしくね」
「はい。全ての部屋を回り終え次第、私も合流します」
クレアを山賊殲滅作業に向かわせて、私は檻を体当たりで破壊。
そして、こじ開けた檻からキャスを助け出す。
「それじゃ乗って頂戴な。オル子さんが安心安全運転で入口まで運んであげるから」
「お主の名はオル子と言うのじゃな。オル子、実に可愛い名前じゃのう」
「だよねー! ですよねー! 最初は何だこの名前って思ってたんだけど、なんだか愛着がわいちゃったり!」
私の上に乗り、頭を撫でまわすキャスを連れて出発進行。
しかし、山賊の砦攻略に来たら女の子ゲットだなんてまるでRPGみたーい。
これがゲームだったらお姫様を牢屋から救出した瞬間、増援で強敵が出たりするんだけど……山賊の増援が来たところで全然怖くないし、何も問題なく村に帰れるでしょ。
魔物の領域でもないのに、強い奴なんているわけないものね!
私、何事もなく村に帰ったらキャスにイケメン貴族紹介してもらうんだ……
王族のコネでイケメン貴族をゲットして、あれよあれよという間に貴族婦人生活! あると思います!




