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36.優しく手を取って、教え導く、それがお姉様の役割だものね

 



 記憶喪失のオーガさんことクレアが落ち着きを取り戻し、再び眠りについたのを確認して、私たちは部屋をマイルームへと移動した。

 そして、顔を突き合わせて話し合い。議題はもちろん、クレアをどうするべきか。

 まさか記憶を失っているなんて想定外。


「どうしよっか。記憶も失ってて可哀想だし、私はオル子ハウスでお世話してあげたいかなって思うんだけど……」

「簡単には決めにくいわね。クレア・グーランドの記憶喪失なのは確かだと思うのだけど、彼女が魔王軍の刺客ではないと断言できないから。もし記憶を取り戻したとき、刺客だったらと考えるとね」

「ほむほむ、記憶喪失は疑わないんだ? エルザのことだから『記憶喪失も演技かもしれない!』って言うのかと」

「名前を名乗れないということは、自身のステータスを確認する方法すら忘れてしまっているということ。何度か揺さぶりかけてみたけど、そこは確実だと思うわよ。あれが演技なら笑って賞賛するしかないわね」


 ああ、やっぱり色々揺さぶりかけてたんだ。

 色々話しかけていたから、何か意図があってやってるんだろうなとは思ってたけど。


「でも、僅かばかり残る可能性……クレア・グーランドが魔王軍の差し向けた刺客であった場合、それが怖いのよ。このまま仲間に引き込んで、『オルカ進化』した後に記憶を取り戻し、敵に戻ったら? ただでさえランクC+という破格のステータスを持っているのに、それが敵に回るだなんて目も当てられないわ」

「じゃあエルザはオーガさんを保護するのは反対?」

「……彼女の力が喉から手が出るほど欲しいのは事実だわ。グラファンとの戦いで感じた、私たちの前衛不足を彼女は補ってくれる魔物よ。彼女を味方に引き込めれば、私たちは格段に強くなれる。記憶を取り戻した後のリスクさえなければ、早々に賛成しているわ」


 ぬうう、難しいところよね。

 オーガさんの力は余りあるほど魅力的。綺麗だし、格好いいし、凛としてるし、ぼんきゅっぼんだし、羨ましいし……いや、私も将来的にはね?

 だけど、もしものところで二の足を踏んじゃうのよね。私の一番のチート能力であろう『オルカ進化』、一度の進化で大きくステータスを引き上げちゃう。これが発動した後で敵に回ったりされるのが怖い。

 むむむん……いかんすべきか悩んでいると、ミュラに頭をガシガシ撫でられてるポチ丸が何でもないように言い放つ。


「悩む必要なんてねえだろ。さっさとあのオーガを引き込んじまえよ」

「簡単に言うわね。もしクレア・グーランドが魔王軍の一員だったらどうするのよ?」

「どうもしねえよ。そんときゃ全員であいつをぶっ殺せばそれで終いだ。そんな起きるかも分からねえような小さいこと気にして二の足踏んでどうするよ? あのオーガは間違いなく強え、だったらこの好機を逃す理由はないだろうが」


 ポチ丸はミュラの膝の上から飛び降り、私を見上げながら語り始める。


「いいか? オル子、手前は俺をぶち殺して『海王』となった。これがどういうことか、もう一度頭に入れておけよ? 『海王』となったってことは、形はどうあれ他の六王と同格になっちまったってことになる」

「六王……前魔王アディム・クロイツに付き従った六軍団長ね」

「そうだ。手前以外の六王は全員が敵だと思っていい。『地王』『窟王』はアディムの息子であるハーディンを次期魔王に推し、配下となっていて、こいつらは問答無用で手前らの敵だ。なにやらリナ・レ・アウレーカ絡みで面倒事にも巻き込まれてるようだしよ」


 う、嫌なことを思い出させてくれるわ……

 ぐぬう、リナに『聖地』とかいうのを押し付けられなければ、無関係でいられたのに。


「反ハーディン派で奴らと敵対しているのは『空王』『森王』だが、こいつらも確実にオル子の敵に回る。俺の主だった『空王』は、俺に海王を始末させ、間接的に支配地を得るつもりだった。それを横から掻っ攫ったオル子は、奴にとって間違いなく敵だろうよ。もっとも、あいつの執着が別の方向へ向かえば分からんが……まあ、そう考えて間違いねえだろ」

「なるほど。あなたの背後にいたのは『空王』でしたか。お父様を殺したのも、空王の命令で?」

「違えよ。ジーギグラエのジジイと殺し合いをしたのは、それが俺の望みだったからだ。あいつはそれに便乗して支配地を得ようとしただけにすぎねえ。そもそも、海の魔物に生まれ、流将軍ジーギグラエに憧れ超えたいと思わない魔物なんていねえだろう。どうだルリカ、俺はジジイを殺してみせたぜ?」

「それは良かったです。戦う理由はあくまで己の欲望に拠っていた、と。ほんのちょっとだけ見直しました」


 え、なぜかルリカのポイント稼いじゃってるけど、今ポチ丸を見直す要素あったの?

 ううむ、やっぱり魔物の女の子って強い奴=大正義なのかしら。ポチ丸、魚人のままだったらルリカにアタックできていたかもしれないわね。犬になっちゃってごめんね!

 ポチ丸の視線はエルザに向けられ、確認するように問いかける。


「『森王』の面倒さはウィッチである手前の方がよく知っているだろう? 奴は狂ってやがる。アディム以外の六王、ハーディン全てが奴にとって殺すべき敵のようだからな」

「そうね……あれは災害と言ってもいいわ。六王となったオル子にとって、確実に敵になるでしょう」

「残るは中立、不干渉の立場を取り続ける『山王』だが、こいつは竜族とつながってやがるからな。本人にその気がなくとも、竜族からの命令が下りれば魔王軍も反魔王軍も関係なく殺しに来るだろうよ」

「ぬうう……考えれば考えるほど、周りは敵だらけじゃないの。しかもやばい連中ばかりだし」

「そうだ。オル子、手前は『海王』としてこういう連中と渡り合っていかなきゃならねえ。その為にも、今はあるかないかも分からねえ可能性におびえるより、有能な魔物を一匹でも多く引き入れ地力をつけるべきだろ。少なくとも『空王』は、こんな風にウダウダしている間に、次々と支配地を増やして強力な魔物を傘下に入れ続けているだろうからよ」


 なんという説得力……やだ、何この有能勇猛なポメラニアン。

 ミュラに前足を掴まれ、強制的にヘンテコダンスを踊らされていなければ、格好良く決まっていたと思うわ。あ、転んだ。

 

 でも、ポチ丸の言うことは理解できるのよね。

 私にその気がなくても、周囲は『魔選』によって次期魔王を狙う化け物ばかり。

 しかも、そいつらは揃いも揃って配下の魔物を大量に従えてるんだから、対抗するためにも、強くて格好いい魔物が仲間になるに越したことはないんだもの。


 オーガさんの素性が分からないのは確かだけど、魔王軍だという証拠があるわけでもなし。

 うむ。だったらポチ丸の言う通り、引き込むべきだと思う。

 大丈夫、女騎士っぽい雰囲気だし、彼女が魔王軍の訳がない。

 私の勘を信じるのよ、キリっとした女騎士が正室候補につくのは古来より定められたしきたり! ヒロインである私に神がもたらしてくれた出会いと信じましょう! 王様、私を選んでもよろしくてよ!


「決めたわ。オーガさんを、クレアを引き込むことにする。彼女が味方になってくれれば、前衛が増強されて、その分みんなを守りやすくなるはず。だから仲間になってもらいます! 皆さんどうですか! 先生さようなら、皆さんさようなら!」

「そうね……僅かな可能性を怖がり、足踏みするのも馬鹿らしいものね。いいわ、その方向でいきましょう。オーガ族の強さは有名、まして彼女のステータスは破格。オル子、そう決めた以上、なんとしても彼女を口説き落として頂戴」

「おまかせあれ! ……え、口説くの? 私が? あの、私、いくら格好良くても女の子を口説き落とすのはちょっと……むしろ素敵な殿方に口説き落とされたい所存というか……」

「バカ、そういう意味じゃないわよ。いくら保護することにしても、クレア・グーランドがあなたの為に戦ってくれなければ意味がないわ。彼女があなたの為に命を賭けてもいいと思えるよう、頑張って惹きつけなさいと言ってるの」


 ぬぬぬ……エルザ、なかなかに無茶ぶりをしてくれるわ。

 いくらオル子さんが魅力的美少女になる予定といっても、出会ったばかりの巨大シャチに命を賭してもいいなんて人いるわけが……ええと、ルリカ以外いるわけがないと思うの。ルリカはちょっと好みが変わってるから例外として。


「とりあえず、少しでも仲良くなれるように、極力クレアと一緒にいることにするね。記憶を失って、色々と不安だと思うし」

「そういえば、目覚めてすぐにクレア・グーランドの手を握ってあげていたわね。ああいう感じで期待しているわよ、オル子」

「オル子様なら大丈夫ですよ。こんなにも素敵なオル子様に心奪われない魔物なんていませんもの」

「いや、沢山いると思うんだけど……とりあえず頑張ってみるみる! 私と一緒にいることで、クレアに沢山良い影響を与えて、少しでも前向きに元気になってもらえれば! 善は急げ、行くわよミュラ!」


 ミュラを頭に乗せたまま、ぽふんぽふんと床を跳ねてクレアの部屋へ。

 そして一分後、すぐに部屋に戻ってくる私。クレア、眠りについたばかりだった。てへり。
















 クレアと出会ってから数日。


 あれからずっと、私とミュラはクレアと一緒に行動しているの。

 彼女のことをつきっきりで世話をし、分からないことがあれば、丁寧に教えたり。気分は転校生をお世話する学級委員長!


 最初はぎこちなかったクレアも、ここ数日はよく笑顔を見せてくれるようになったわ。

 出会ったときの印象は間違いじゃなかったらしく、クレアは本当に生真面目な女騎士って感じの性格だった。丁寧だし、しっかりしているし、人当たりも良く、物腰も柔らかい。

 私のことは好きに呼んで構わないわと言ったら、主殿、主殿と呼び出して驚いたりしたものよ。深い意味ではなく、面倒を見てくれる人って意味だと思うんだけど、まあ本人が呼びやすい呼び方ならそれでいいかにゃ。


 クレアの生真面目な性格に、みんなも高評価。

 エルザやルリカとも上手くやれてるみたいで何よりよ。

 ミュラは言葉を喋らないから難しいみたいだけど、大丈夫、すぐに仲良くなれるわ。


 ラグ・アースの村人たち、特に子供たちからあっという間に受け入れられたわ。

 ササラなんか『オル子はどうしようもないんだから、しっかりクレアに面倒見てもらうんだぞ』なんて言う始末。逆だもん! 私が面倒見てるんだもん! オル子お姉様がお世話してましてよ!

 私がササラに抗議をしては、それを見てクレアが楽しそうに微笑む様子は、もはや日常と言ってもいいかしら。


 うむ、私と生活することでクレアに良い影響がちゃんと出ていればいいなあ。

 こういう小さな積み重ねによってクレアともっともっと仲良くなれればいいなって思うわ。そんなことを思いながら、私は今日もクレアにつきっきり。


「いい? クレア、良い女というものは雰囲気だけに流されないものなの。突然イケメンに壁ドンされて『俺の物になれよ』と言われても、慌てず騒がず狼狽えず、断固たる対応ができなければいけないわ」

「そうなのですか。主殿がそうおっしゃるならば間違いないのでしょう」

「そうよ。間違いないのよ。だから今回はそんな状況を抜け出すための鍛錬よ! 鋭くビンタを振り抜き、『馬鹿にしないで頂戴!』と拒否するの! さあ、私たちの輝かしい令嬢ライフのためにも、一に練習、二に練習! 馬鹿にしないで頂戴! 馬鹿にしないで頂だ……」


 青空の下、クレアと並んでヒレビンタ! ヒレビンタ!

 そうよ、クレア! いい、手首のスナップが大事なのよ! NOと言える女の子にならなきゃ駄目!

 より良い女を目指すために、今日もクレアに良い影響を与えていると、それを邪魔しようとする悪の手先ササラが!


「こら! オル子、またクレアに変なこと教え込もうとしてるな! お前、クレアに変なこと教えるなってエルザに怒られたばかりだろ!」

「やばい、ササラにばれた! 逃げるわよ、クレア!」

「馬鹿にしないで頂だ……ああ! お待ちください、主殿!」

「逃げるな! エルザに報告するからな! またオル子がクレアに悪影響与えてるって!」

「悪影響じゃないもん! 良い影響を与えてるんだもん! オル子さんがクレアを完璧に教育して、いつか一緒に舞踏会に参加するんだもーん! おほほほほ! 私の夢の幸せ計画は誰にも邪魔させぬう! ごめんあそばせえええ!」

「お、おほほほっ。ごめんあそばせだ、ササラ殿! ええと、淑女が走るときは衣服を摘み上げ……くっ、難しいな……だが、やりがいがある。必ずや主殿の期待に応えてみせねば」


 ビタンビタンと飛び跳ねて逃げ回る私と必死に追走するクレア。

 むふー! クレアは記憶を失っているから、私がしっかりと常識や大切な知識を教えてあげないとね! 

 クレア、全てを私に任せてね! 私があなたを一人前の立派なレディに育て上げてみせるわよおお! オル子さん、今日も全力でクレアに良い影響を与えてるわあああ!






 その日の夜、エルザさんからクレアの教育係を罷免されました。なじぇ。




 

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