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33.あなたの心に間借りさせてほしいの

 



 癖っ毛茶髪の少女が必死に私から逃げるけれど、無駄な抵抗だわ。

 シャチの空を泳ぐ速度を舐めてはいけない。ほーら、あっという間につーかまえたっと。


「わあああ! 離せ、離せよ! 俺なんか食っても美味しくねえからな!」


 少女ちゃんの服をガッシリと咥えこんでゲッツ。俺と言っているけれど、どう見ても女の子よね。

 動きやすいハーパンと少しボロがきてる上着だから服装からは分かりにくいけど、声質といい顔と良い髪形といい……ふむう、俺っ娘なんてレアだわ。今は関係ないけども!

 さーて、繊細な乙女のオシャレを虚仮にした罪、お仕置きしてあげないとね。私はブンと女の子を放り投げ、背中でキャッチ。

 少女が私にしがみ付いたのを確認し、その場で激しく飛び跳ね! 飛び跳ね! シェイクシェイク! 本日はサービスで二十円引きとなっておりまーす!


「わああ! わあああ!」

「むはははは! 怖かろう! 恐ろしかろう! 私の乙女心を傷つけた罰よ! 存分に震えるがいいわ! 誰が気持ち悪い魚か! 誰が女装か! 誰がデブシャチかー!」

「そ、そこまで言ってないだろっ! なんなんだよお前はああ!」

「何だかんだと問われたら、答えてあげるが乙女の作法! 無法の荒野に咲き誇る一輪の花、嬉し恥ずかし撫子乙女、オル子さんとは私のことよ! ご存知ないのですか!?」

「お前なんか知るかああっ! うわあああ! すげえ! なんかよく分かんないけど、俺魔物に乗ってる! すげえええ!」


 私の荒々しいロデオ・マッスィーン動作で既に恐慌状態の少女……怖がってくれてるのよね?ふ、他愛もないわ。

 ミュラを見てみなさい。この激しい揺れの中でも、微塵も動じず私の動きに適応しているじゃないの。まさに騎乗クイーンの名に恥じない動きだわ。

 そんな余裕綽々の幼女を前に泣き言だなんて恥ずかしいと思わないの! 私はミュラの前で鼻水垂らして泣き叫んでも全然恥ずかしいと思わないけども! 土下座だって余裕でするけども!


「跪け! 命乞いをなさい! 小僧が坊主にジョーズの絵を描いた!」

「おっとっと、よっと、ほっと! あははははっ! すげえや! 面白えええ! おチビ、お前、魔物に乗るの上手いな!」


 村の中心でばったんばったん飛び跳ねていると、騒ぎと少女の恐怖の悲鳴を聞きつけた村人が次々に私たちの前に現れてくる。私たちを見て、驚き、困惑といった状態。

 ほむ、誰も彼もこの子と同じくらいの身長ね。もしかしてこの村、子どもだけのネバーな国? どうも愛くるしい妖精です。アッパー船長はどこかしら?

 いや、でも髭を生やしたおじいさんもいるし……もしかして、この世界の人間って身長が低いの? うーん、130センチくらいの旦那様か……まあ、悪くないかな!

 人も集まってきたし、とりあえず満足したので、私は激しい跳ねる運動を止めてあげる。ふっ、寛大な私に感謝しなさいな。


「ふふん、優しい私はこの辺で許してあげるわ! いいこと? 二度と私を『脂の乗った特売品』だなんて言うんじゃないわよ?」

「えええ! もう終わりかよ! もっと乗せてくれよ! ケチ!」


 少女を背中から下ろしてあげると、恐怖に心を押し潰されたみたい。もう許してと懇願しているわ。

 決して百円でガシャガシャ動くゲーセンの乗り物に乗りたがる幼稚園児のような反応はしていないわ。していないったらしていない。あと私はケチではない!

 天罰を与えたことに満足し、私は他の村人たちにご挨拶。さーて! 人間の文化を褒めに褒めてグッド・コミュニケーションを目指すわよー! レッツゴー!


「見たところ、智慧も力も兼ね備えた名高き魔物とお見受けいたします。この村は何もなく、その大半は弱り切った村人ばかり……あなた様の欲望を満足させるものはなにもございませぬ。どうか、どうかご慈悲を……」

「へ?」


 先頭に立っていた老人が土下座を敢行し、それを皮切りに他の村人たちも次々に頭をひれ伏していく。少女も親御さんらしき女性に無理矢理謝らされてるし……あれ、何かこれデジャヴが……

 困惑する私に、後ろから追いついてきたエルザたちがこの光景を見て、呆れるように言葉を紡ぐ。


「走って追ってきてみれば……あなた、村で何をやらかしたのよ?」

「当然の光景です。これもオル子様のご威光によるものかと」


 いや、こっちが訊きたいくらいなんですけど。ルリカも満足そうにしない!

 あれかな。ちびっこをお仕置きしたことで怖がらせちゃったとか。しまった、調子に乗り過ぎたかも。

 私としては軽いお仕置きのつもりだったんだけど……ちびっこバリバリ喜んでた気もするし。

 ぬうう、いけないわ! アクア・ラトゥルネの時もそうだったけれど、私は土下座されるキャラじゃないの。土下座されるよりも土下座したい真剣に!


「頭を上げなさい。言われなくても、あなたたちを取って喰ったりなんてしないわよ」

「おお……ありがとうございます」


 そんな感謝されましても困ったちゃん。

 でも、さっきこのお爺さん、気になることを言っていたわね。村に何もないとか、弱り切った村人ばかりだとか。

 せっかくやってきた人間の村だと言うのに、やけに閑散としてるし、雰囲気は暗いし……うーん、なんか思ってた異世界の街とは違うわ。

 私の知っている異世界の村はこう、もっと華やかで、賑やかで、露店がいっぱいで、『この金貨が十枚ということは、銀貨では百枚ということかな?』『それに気づくとは、何て奴だ……』『やっぱりご主人様は凄い! YGS! YGS!』なんてやりとりがそこら中であってるイメージだったんだけど。


「人間の生活に興味があってね。折角だから立ち寄ってみたのだけど、どうも異様な雰囲気ね。これがあなたたち人間の普通なのかしら?」

「人間……あなた様は、私たちを人間と言って下さるのですな。半端者と爪弾きにされる我らを」

「半端者? それはどういう――」

「――アースディナの末裔、そういうことかしら」


 私の言葉を引き継ぐように、エルザが初耳の単語を口にする。

 首を傾げる私に、エルザは噛み砕くように優しく説明してくれた。


「少し前に話したわよね。人間に憧れ、人間になることを夢見て境界線の向こうへ渡った魔物たちがいるという話を。それがアースディナという魔物なの」

「ああ、あの話ね」


 やばい、全然覚えてない。まあいいや、とりあえず覚えてるふりをしましょう。

 ここで『忘れました!』なんて言ったら村人たちに呆れられちゃう!

 エルザが『ああ、こいつ絶対忘れてるな』という見透かした表情を浮かべつつ、話を続けてくれた。


「夢破れて滅び去ったと思っていたけれど……先ほど、村の入口で出会った少女からは『人間』と『魔物』を感じたわ。つまり、あなたたちは魔物でありながら、人間と交わり、子孫を残すことに成功した末裔だとしか思えない。半端者というのは、人間にも魔物にも成り切れないという意味ではなくて?」


 エルザの問いかけに、お爺さんは無言で俯いた。これ、肯定ってことよね。

 なんてこと。魔物と人間の子孫だなんて、まさに私の夢を実現した存在じゃないの!

 私が人化しても、人間と恋におちて子どもを授かれるという難題をこの人たちは解決しているということに他ならないわ!


 ……あれ、でもちょっと待って。それっておかしくないかしら。

 今、思い出したんだけど、前にエルザが話していた時は、人間の領域で魔物は子を成せないって言ってなかったかしら? 逆も然りって。

 あれあれあれ? これじゃ、魔物と人間の子どもなんて無理じゃないかしら? ぬおおおお! それじゃ私、人化して人間のイケメンとラブトゥギャザーできないじゃないの! 

 いやでも、エルザの話が本当なら、この村人たちは異種族間の結婚に成功しているわけで……あかん、頭が痛くなってくるう。


「魔物は人の領域で子孫を残せない。その絶対のルールをあなたたちの先祖は何らかの方法で掻い潜ってみせた、そういうことかしら」

「その通りでございます。我らの先祖であるアースディナは人と友好を結び、人になることを夢見て境界の絶対を破ったのです……アストライドの中央を走る境界線で人と交わることによって。この境界線上の不安定な境目であれば、魔と人は交配できるのです」


 こ、これは貴重過ぎる情報ではないかしら!

 つまり、私が人化しても、アースディナみたいにダーリンとここで暮らせば、何の問題もなく結婚して子も育めると! 見つけてしまったわ、私のエルドラド、アルカディアを。

 よし、決めたわ。人化したら是非ともここに住みましょう。この村で住民票を得ましょう。


「魔でありながら、人になろうとした先祖の夢……その成れの果てが、私たちという訳ですな。人ではないと人間たちから拒絶され、忌避され、広大な土地は取り上げられ。属国として重税を課され、魔物の領域に対する防壁代わりの存在、それが我ら『ラグ・アース』族なのです」


 悲しそうに語るチビおじいちゃん……いやいやいや! めっちゃ迫害されてるじゃないの! 人間と魔物のハーフ、この世界で人間に拒絶されまくりじゃないの!

 え、マジで? つまり、私が人化して、素敵な人と家庭を作るとか以前に魔物娘はNGってこと? 万が一に人と結ばれても、私の可愛い子どもたちもイジメられちゃうってこと? い、いかーん!


「人間ごときに騙され、いいように利用され、使い捨てられ、搾取され、実に愚かね。魔物としての矜持があるならば、牙を突き立てなさいな」

「か、簡単に言うなよ! 人間を怒らせたら、隣国から兵士たちがやってきて俺たちなんてあっという間に殺されちまう! あいつらは俺たちを殺すことなんて何とも思ってないんだからな! 農作物もほとんど持っていかれて、みんな飢えで苦しんでる。まともに戦える奴なんてほとんどいないんだよ」


 エルザの言葉に、俺娘ちゃんが声を荒げて反論。

 ふむう、なんとなくこの村というか、ラグ・アース族の状況がつかめてきたわ。

 つまり、この村の人たちは重税を課せられまくった農民さんで、しかも『お前ら人間じゃねえ!』と魔物の血が入った存在は辺境の地でしか生活を許されていないと。


「少しいいかしら。エルザ、ルリカ、ちょっと」


 私は話を一度切って、少し離れた場所に二人を呼んでコソコソと作戦タイム。

 頭を使うのは死ぬほど苦手なので、困ったら二人に相談よ。


「エルザ、ルリカ、この村に住むためにはどうすればいいかしら」

「また唐突に意味不明なことを……住むって何?」

「えとね。私、将来的には人化するじゃない? 人化して、人間と素敵な恋をしてって夢を持っているのは周知のとおりだと思うんだけど、それを実現するにはラグ・アース族と同じ、この境界線上で暮らすしかないと思うのね?」

「人と魔物が子を成すのなら、そうするしかないでしょうね。それで?」

「ほむ。まだ人化はしてないけれど、将来人化したときのために今のうちに住む場所を確保しておきたいの。その場所としてここはうってつけ……というより、ここしかないと思うのよね」


 人間から迫害されているとか色々不安要素はあるけれど、魔物という立場に理解のあることを考えればこの村ほど良い場所はない気がするのよ。

 今は無理だと分かっているけれど、将来人化して落ち着いたときの生活基盤としてここを基点にできないかな、と。だ、駄目かしら……

 ぽっと思いついた意見なので、無理なら諦めようと思っていたら、エルザが少し考える仕草をみせる。

 あれ、意外な反応。『却下。アホなこと言ってないでさっさと村から離れるわよ』って言うかと思ったのに。


「……悪くないかもしれないわ。まさか人間の領域、それも人里に隠れているなんて、魔物であるならば誰も思わないでしょうし。魔物の領域を転々として逃げ回るのではなく、人間を隠れ蓑にして、勢力を伸ばしていく……面白いわね。あとはどうラグ・アースの連中を絡めとるかだけど」

「それなら簡単です。彼らは人間に搾取され、『体』と『食』を失っている状態ですので、それらを施してやればよろしいかと。我々アクア・ラトゥルネは全員がヒーリングを使えますし、館の食物庫を解放すれば一時的ですが食も賄えます。救いを与えたオル子様を彼らは拒否できないでしょう。なにせ、拒絶される恐怖を彼らが何よりも知っているはずですから」

「――ということよ。どうする? 最終的な判断はオル子、あなたに任せるわ」

「え? いいの? 私が決めちゃっても」

「良いも何も、私たちの道を決めるのはあなたの役目よ。尻込みも遠慮も必要ない。あなたはどこまでも魔物らしく、自分勝手に、利己的に、傲慢に己が道を堂々と突き進めばいいわ。仕える相手はそうでなければ『面白くない』でしょう。私たちはそれを全力で支えるだけだもの。まあ、アホな行動に文句は言わせてもらうけれど」

「そういうことです。全てはオル子様の御心のままに」


 あう、二人の愛が眩しすぎて直視できない!

 私の脳内は人化して素敵な人との恋愛のことばかりだっていうのに、この娘たちは……人化したら、絶対に彼氏のお友達を紹介するからね! 私たち、結婚しても親友だからね!

 なんかエルザの台詞がどこかの誰かに似ている気がするんだけど、誰だったっけな……主、面白い……ぬう、忘れた。まいっか。


 ヒソヒソ声で話し合いを行い、私たちはラグ・アースの村に滞在するための作戦を話し合う。

 作戦決行を決断し、私たちはラグ・アースのみんなの元へと歩み寄る。

 そして、ラグ・アースの人たちの前でワル子を演じて問いかけた。


「ラグ・アースの民よ。お前たちが望むのならば、私が生きるための力となってあげる」

「生きるための力……ですか?」

「そうよ。もしお前たちが生き延びたいと、このまま終わりたくないと願うのならば――迷わずこの私の手を取りなさい。さすれば、私がお前たちに全てを与えてあげる。この『海王』オル子が、飢えを満たし、外敵からその身を守り、充足に溢れた生を約束するわ」


 ルリカさん考案の台詞と同時に、エルザさんが私の背後に巨大なオル子ハウスを展開。

 むふー! 決まった!ハリウッドもびっくりの演出ね! 女優オル子さん爆誕! 巨大な館が現れて、村人たちも驚愕しているわ! その反応が見たかった!


 そんな村人たちをよそに、ミュラと俺っ娘がなぜか私の手を掴んで揺さぶって遊んでいた。いや、本当に手を取られても……そもそもそれ、ヒレだから!



 

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