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32.華やかに着飾るわ、あなたが私を見つけてくれるその日まで

 



「やだやだやだやだ! 人間の街で買い物したい遊びまわりたいオシャレな服を見たりしたい! 我慢なんて出来ないよおおお!」


 私の希望をあっけなく一蹴したエルザに猛抗議中。

 仰向けになってヒレをジタバタさせてあらんかぎりに駄々をこねる! そしてしゅんとしつつもチラッチラッとエルザさんを上目づかいで見つめる!

 これぞ二の太刀、返す刀で本丸を落とす美少女特有のおねだり戦法よ! これで首を縦に振らない者なんてこの世には存在しないのよ! どうよエルザ、美少女のおねだり構成に溺れて頂戴!


「馬鹿も休み休み言いなさい。根っこが死んでも治らないレベルでアホなのは分かってるけど、それくらいは頑張れば心掛けられるでしょう」

「ひいいん! エルザの言葉がいつもに増して辛辣過ぎるんですけど! ルリえもん、エルザがいじめるううう!」

「ああ、泣いて縋りつくオル子様、とてもお美しい……」


 床を這ってルリカの足元に顔を擦りつけるも、ルリカはトリップして役に立ちませんぬ。

 ぐぬう、こうなったら徹底抗戦よ! エルザが折れるまで、私とミュラの力でおねだりし続けるしかないわ! いくわよ、ミュラ! 私たちの本気をエルザにみせてやる!

 私はエルザの足に抱き付いて、必死に乞い続ける。そんな私の真似をして、ミュラも反対側の足を抱きしめて楽しそうにジタバタ。


「お願いしますエルザ様あああ! 人化に失敗して、ボロボロになった私の心を癒すためにも女の子らしい日常を少しでも感じたいの! 一生のお願いだからああ! 何でも言うこときくからああ! もう二度とエルザの楽しみに取っておいたお菓子をこっそり食べたりしないからああ!」

「そう。どこを探してもないと思ったらあなたが食べていたのね」

「もきゅーんもきゅーん」


 エルザに冷たい視線で睨まれ、私はお腹を向けて全面降伏。全力で反省の意を示しております。夜中にお腹が空いていた。甘い匂いに耐えられなかった。仕方なかった。

 そんな私の情けない姿にため息をつきつつ、エルザは人差し指を立ててどうして駄目なのかを説明し始めた。


「人の街に向かっても、オル子が望むようなことは絶対に出来ないわ。あなたの姿を見た瞬間、人間たちは一丸となってあなたに襲い掛かるでしょう。人間の領域に姿を現した魔物はことごとく殲滅される定めにある、逆もまた然り。そのことは以前話したわよね?」

「そこを何とか! ほら、例えばこういうのはどうかしら? エルザたちは普通の人間を装って入り込み、私は荷馬車の馬を演じるの! これなら人外が入り込んでもばれないかも!」

「空飛ぶ魚が荷車を引いている時点でおかしいでしょう。それに、私やルリカが人間に擬態するのは無理よ。この世界の生物は、相手が『人間』か『魔物』かを判断することができるって前に言わなかったかしら。推測でも憶測でもなくて、確固たる事実として人魔を認識してしまうのよ、私たちはね」


 ああ、言われてみればそんなことを出会った時に話してた気がするわ。

 エルザのことを人間の女の子って勘違いしたから、私が異世界から来た存在だって信じてくれたのよね。


 しかし、そうなると最終手段として考えていたエルザたちだけを派遣して買い物をしてきてもらうって手も使えないのね……

 ぐぬううう、諦めたくない、諦めたくない。何か方法を考えるのよ、オル子。

ここで折れてはまた魔物たちとの殺伐とした殺し合いバトルの繰り返しだわ。束の間の気休めでもいい。私は今! 普通の女の子としての充足を得たいのよ!

 良い手はないか必死に考えていると、ルリカが私たちに問いかける。


「あの、少しよろしいでしょうか? オル子様は人間の街にあるものが欲しいのですよね? 食料や衣服などが」

「欲しいです! オル子さんちょーほしいです!」

「そして、エルザは人間たちの標的としてオル子様を危険に晒す可能性を恐れている、と」

「そうよ。一匹一匹は大したことなくても、人間は群れて棲息する習性を持っているわ。しかも一つの集落に千以上、下手すれば万を超える数が存在しているっていうじゃない。群れさえすればドラゴンをも仕留める厄介な連中に、積極的に関与したいとは思えないわ」


 私とエルザの意見を聞き、ルリカは分かりましたといい笑顔で頷く。

 おお! もしや何か名案が!? ルリカは極力私の意見に沿おうとするからこれは期待が持てるわ! さあルリカ、私の夢を満たしてくれる素敵な意見プリーズ!


「では、こうしませんか? この中央線付近に存在する人間の集落、それも人間があまり生息していなさそうな場所を狙って、そこを襲いましょう」

「わっはー! さっすがルリカ! ナイスアイディア! 頼りになるううう! ……へ?」


 おかしいな。空耳かしら。

 幻聴でなければ、ルリカの口からとんでもなく物騒な発言が飛び出してきたような気がするんですけども。

 ご冗談でしょうルリカさん。あの温厚優し気ヒロインキャラを地で行くルリカさんが、そんな発言をするわけがない。私の理想ヒロインがこんなに残虐な訳がない。


「人間の集落を襲い、殲滅させた後、オル子様の探し求める衣服や食料を奪えばいいのです。そして、その後にエルザの望む通り、北へ即座に向かえば人間たちの追手もくることはないと思うのですが、如何でしょう?」

「いやいやいやいや! 虫も殺さない笑顔でそんなこと言われましても! 何その世紀末思考!? オル子さんヒャッハーキャラじゃないわよ!? 殺して略奪って、令嬢ヒロイン失格にも程があるでしょう!? 人化するまえに私はお尋ね者確定!?」

「なかなか悪くない考えね。そうね、数の少ない集落を迅速に殺し尽してしまえば、面倒事も少ないわ。境界線付近であれば、流石に人間たちも追ってこないでしょうし。いいわ、それでいきましょう」

「いかないで! オル子さんの夢のバージンロードを戦国覇道にしようとするのは止めて頂戴!」


 ぐ……そうだった、てっきり慣れ親しみ過ぎて忘れていたけれど、二人は根っからの魔物娘だったのよ。

 人間なんてその辺の魔物と同じような感じにしか思ってないし、魔物である以上、欲しい物は強者が奪えばいいという思考回路。だからこそ、ルリカはグラファンにお父さんが殺されたことを淡々と受け入れている訳で。


 いかん、これはいかんですよ。

 もし、人間の支配域で大量殺人を行ってしまえば、令嬢転生どころじゃないわ。

 悪役令嬢を通り越して悪役転生待ったなし、下手をすれば魔王転生まで見えるじゃないの!


 何度も力説させてもらうけれど、私の夢は人化して素敵な人と巡り会って君といちゃつきあう物語、テイルズ・オル・子ジアな物語を描くことなの。

 そこに魔王だの魔神だの物騒なものはお断りで候! アベルやカイルやエヴェンやヨシュアやルカリスと出会うまで、私は綺麗なヒロインでいなくちゃいけないのよ。

 人殺しなんてとんでもないわ。私は誰かに手をかけたことなんてありません。 これまでもこれからも未来永劫、清きオル子さんなのです。殺し、駄目、絶対。殺し合いなんて物騒なこと、とてもとても……おほほのほ。


「はああ……アクア・ラトゥルネの奴ら、きゃあきゃあ言って人を撫で繰り回しやがって……ん? おいおい、支配地勢力図広げて何を楽しそうなことやってやがんだ? どこかを攻める算段か? クハハッ! いいねえ、いいねえ、物騒な話、大いに結構じゃねえか! んで、オル子、今度はどこのどいつを殺すんだ? やるなら盛大に残虐に、派手にぶっ殺そうじゃねえか! あの時、俺を殺した時みたいに容赦なくねじ伏せるようによ! カハハッ!」

「ルリカ」

「はい、心得ておりますわ。ラミエラ! ミレイ! ポチ丸がブラッシングをお望みです。存分に可愛がってあげて」

「ぬおおおお!? 止めろ! アクア・ラトゥルネの女ども、俺に近寄るんじゃねえ! こら、どこ触ってやがる!」


 何か白い毛玉が見えた気がしたけど、気のせいね。

 オル子さん、殺し合いとか惨殺とか内臓破壊とか全然無縁な無力乙女なので、二人の案をなんとか阻止せねば。


「ストップ、二人ともストップ! 人間を殺すのは無しよ! 殺し尽して略奪なんてオル子玄徳の望むところではありませぬ! もっと平和的にいきましょうよ! ラブ&ピースの精神よ! 争いが全てではない、私たち女の子にはもっと優しい気持ちが大切だと思うのよ。博愛、寛容、慈愛の精神を大切にし、汝の隣人を大切にする気持ちが……」

「どうして? 衣服や食料が欲しいという欲望を満たすなら、極力効率的に事を済ますべきだわ。人間たちを倒せばレベル上げも捗るし、あなたも物欲を満たせて満足するでしょう?」

「ぬおおおお! 全然分かってくれにゃんこ! なんて説明したらこの私のもどかしい気持ちを伝えられるのかしら!」


 あかん、エルザの中では人間を殺す=ゴーレムを破壊すると何ら変わらない認識っぽい!

 確かにモン娘のエルザからしたら、その通りなんだけど、元人間の私としては、やはり人を殺すのには抵抗があるんですよ! 超えちゃいけない一線みたいなのがあるんですよ!

 上手く伝えられない悔しさをビタンビタンと飛び跳ねて表現し、悶絶しているとルリカが私の心を読み取るように口を開く。


「以前、オル子様の前世は人間であるとお聞きしました。つまり、オル子様にとって人間を殺すことは私たちが同種族を殺すことと同義で、避けられるならば極力は避けたいということでしょうか?」

「おおう! その言葉が聞きたかった。そういうことなんですよ、エルザ、ルリカ! 魔物になっちゃったせいか、生き物を殺すことに罪悪感は全然なくなっちゃってるんだけど、やっぱりそこは遠慮したいというか!」

「そういうこと。最初からそう言いなさい。そして買い物は素直に諦めることね。あなたがどれだけ人間を求めようと、今のあなたは魔物に過ぎないわ。人間は魔物を受け入れないわよ、決してね」

「うぐう……」


 エルザの言葉に私は返す言葉を失ってしまう。完全論破、モノシャチです。最初から白黒です。

 でも、でももしかしたらの可能性があるかもしれないじゃない! 『わあ、なんて可愛いシャチなのかしら! どうぞどうぞ街で買い物でもしていってください!』なんてなる可能性があるかもしれないわ!

 やる前から諦めるのはオル子さんの美学に反する! 前世で妹から散々『諦めの悪すぎ』『状況判断って言葉が辞書に存在しない』と罵倒されたのは伊達ではないわ!

 私は人間に会ってみたい! 街で買い物がしたい! その気持ちは嘘じゃないから、絶対に曲げたりしない――ゆえに!


「お願いしますうう! ちょっとだけ、ちょっとだけ街に行くだけでいいの! そこで人間たちに追い返されたら諦めるから! もう二度とこんな我儘言わないから! だからお願いよおおお! 神様仏様エルザ様ああああ! 命じられれば靴でも足でも何でも舐めるからああああ! うわああああん!」


 全力で咽び泣いてエルザの足に縋りついて懇願するのみ! プライドなんぞ魔物になった時に捨て去ったわ!

 願いを叶えるためなら、どんな無様を晒しても構わない! グラファンとの戦いでも学んだもの、私にできることは愚直に繰り返すことだけ! 愚直に、ひたすらに、全力で土下座懇願してくれる!

 私と物真似っ子ミュラの必死の懇願に、エルザは深い溜息。その横でルリカは顔を上気させて息を乱している。ルリカは置いといて、エルザさえ! エルザさえ折れてくれれば!


「はあ……仕方ないわね」

「エルザ!」

「行ってみるだけよ。人間たちの前に姿を現して、襲われたら即座に人間の集落から離れるわよ。はあ、私たちはこんなことをやってる場合じゃないっていうのに……」

「わあああい! エルザ、大好き! 愛してる! 結婚して!」


 私に根負けしてくれたらしく、エルザが渋々承諾してくれた! エルザなら理解してくれると信じていたわ!

 翡翠の涙結晶の時といい、エルザはなんだかんだ言いつつ私の意見を尊重してくれる。本当、絵に描いたようなツンデレよ。これが美少年だったら本気で危なかったわ!


「人里に行くのはいいけれど、何か考えはあるのでしょうね? 言っておくけれど、無策でその姿のまま人間の前に姿を現しても、魔物として処理されるのは目に見えているのだけど」

「任せて頂戴! 我に策有り、ようは人間に敵だと思われなければいいのよ! オル子さんにおまかせあれ!」


 胡散臭そうな目を向けられてもオル子さん負けない。

 たった今、人間たちから襲われないための素敵なアイディアを思いついちゃった。

 むふー! このアイディアなら絶対に襲われないこと待ったなし! 早速準備をせねば! アクア・ラトゥルネのみんなに協力をお願いしましょう! 人里で買い物をエンジョイするためにも、頑張るわよおお!

















 それから五日後。


 エルザたちと地図を睨めっこしつつ、南方から人間の支配地域と魔物地域の境界線を南下していくと、最南端部に私たちの理想とする人里を上空から見つけたわ。

 規模的に百人程度が住めるかという大きさ、少し寂れているように見えるけれど、人里には違いない。問題なしよ。


「ふふっ、とうとうこの時が来てしまったわね。オル子さんの異世界転生、とうとう令嬢としての第一歩を踏み出す時が来てしまったわ!」


 遠くに見える街……というより村を眺めながら、私はむふんと真っ赤な唇を釣り上げる。

 身に纏った純白のドレスをひらりと翻し、背後を振り返る。

 そこには、私と同じ白のドレスを身に纏ったエルザとルリカの姿がある。もちろんミュラもいて、ミュラは私の頭の上で同様のドレスで着飾っているわ。

 顔を真っ赤にしてワナワナと震えているエルザ、いつものように楽し気にニコニコしているルリカ。みんなを一瞥し、私は満足そうにうなずく。


「うむ! どう見てもオシャレ好きな貴族令嬢とその取り巻き令嬢にしか見えないわ! 名付けて『人間の文化を持ち上げまくり、同じ目線で楽しく会話作戦』よ!」


 ババーンと胸を張って私は力説する。フッ、決まったわ。

 ようは発想の転換よ。魔物と人間たちにバレバレならば、むしろそこを踏まえてアピールしてあげればいいじゃない! 人間文化大好きな魔物っぷりを前面に出すのよ!

 例えるなら自国に来た異国の人が文化に感動し、馴染もうとする姿をみて悪い印象を抱く人はいないという人間心理を利用した、私の素晴らしき作戦!


 人外である魔物である私たちが、普通の女の子のようにオシャレを楽しみ、女子力トークに花を咲かせる姿を見せるでしょう?

『人間の文化凄いですわ! 私憧れますわ! おほほ!』なんて言えば、『ん? 魔物といってもあんな人好きな奴もいるのか? よし、ちょっくら街に入れてやろうか!』って思うに違いないわ! いいえ、確実!


 よって、私はこの日のために準備を重ねてきたわ。

 館内にあるドレスを引っ張り出し、それを分解してシャチでも着られる特大サイズのドレスをアクア・ラトゥルネのみんなに作ってもらったのよ。

 口紅はまあ、ちょっとした化粧も乙女の嗜みですことよ。おほほ! 折角ですから眉も描いてもらいましてよ! 鬘を用意できなかったのが残念だわ!


 私だけでなく、エルザたちも強制着用。エルザは最後の最後まで抵抗したけど、ルリカやアクア・ラトゥルネのみんなと一緒に強制的に着替えさせました。美少女なのに着飾るのが嫌いなんて勿体ないね。

 私のようなどう見ても魔物な存在が服を着て、美少女たちと共に街を訪れ人間の文化を褒め抜く。これだけできっと人間たちの心はメロメロになるはずよ!


「ふふっ、我ながら名案過ぎて恐ろしいわ……私の頭脳のキレ具合が怖い」

「こんな馬鹿な作戦を本気でうまくいくと思い込める、あなたの浅はかな思考回路が怖いわよ……ああもう、こんなことなら許可なんて出すんじゃなかった……こんなフワフワしたドレスなんて着飾って、死にたい……無駄に露出も多いし……」

「まあまあ、とても可愛らしくて素敵ですよ。ミュラ様もティアラがよくお似合いです」


 宝物庫から引っ張り出したお気に入りのティアラをつけ、ミュラが嬉しそうにペチペチと私の頭を叩く。むふー! ミュラも大変興奮しておるわ! 流石は女の子! 女子力の高さはお母さん譲りかしら?

 さて、それじゃあ早速人間の里へと向かいましょうか! 

 私を先頭に、人里へ歩いていく。さーて、人里では何を買おうかしら。宝石もたんまり用意しているし、ショッピング楽しみだわ!


「参りますわよ! エルザさん! ルリカさん! ミュラさん! くれぐれも魔物娘代表して恥ずかしくない行動を心掛けてくださいましね! 人間の文化最高ですわ! 人間の文化マジリスペクトしまくりですわ! オーッホッホッホ!」

「あなたのアホ思考と行動が一番恥ずかしいのよ! ……くっ、上機嫌過ぎて耳に入ってない」

「ふふっ、人間に会うのは私も初めてですから楽しみです。どんな生き物なのでしょうか」


 ミュラを背に乗せ、ふよふよ飛びながら人里へ。

 今日は流石に飛び跳ねないわよ! 作りたてのドレスが汚れたら困るからね! うふ、身だしなみは大切でしてよ!


 人里に近づくと、村の入口に一人の少女らしき姿発見。おお、第一村人! ミュラよりちょっと大きいくらいの子どもかしら?

 癖っ毛っぽい茶髪を肩先まで伸ばし、くりんとした瞳が可愛らしい。

 頭にヘルメット……というより、鍋? みたいなものを被り、槍を持って私たちを見つめている。ふむ、魔物の侵入防止のために門番役で立っているってところかしら。幼いのにお勤めご苦労様ですわ!


 その少女は、私たちの姿を視界に入れた状態のまま、呆然としてピクリとも動かない。ふふっ、人間のように着飾った魔物なんて見たことないでしょうからね。さぞや驚いたでしょう!

 ここで、私が『ごきげんよう。とても素敵な村ですわね。私たち、人間のとても素敵な文化に興味がありますの』なんて言えば一発って寸法よ! メロメロって訳よ!

 より優雅に、より美しく。淑女として余裕を持って。

 私は満面の笑みを浮かべて、その少女に声をかけてあげることにする。はじめまして、私の愛する人間の皆様! 人間大好きなオル子ちゃんが遊びに来ましたよ!


「ごきげんよう。とても素――」

「ば、化け物だあああ! 女装した不気味で気持ち悪い巨大魚が村にやってきたぞおお!」


 槍を放り投げ、一目散に村の奥へと駆けだした少女。

 ほむ。化け物とな。女装した不気味で気持ち悪い巨大魚とな。オシャレにオシャレを重ね、丸一日かけて化粧を施したこの私を、不気味で気持ち悪い巨大魚とおっしゃる?

 ほほほ、面白いことを言うのね。うふ、うふふふ……ぬがああああ!


「うおおおおお! 許さんぞちっぽけな人間どもがあああああ!」

「だから上手くいくわけないって言ったでしょうに……少しは落ち着きなさいな。それよりもオル子、あなたには感じ取れなかったかもしれないけれど、さっきの女の子、人間じゃな……」

「オル子様ならどんどん村の奥へと向かって行ってますよ? ああ、オル子様が楽しそうで何よりです」

「……ああもう! 本当にあのおバカは!」


 呆れて宥めるエルザさん。だけど、私の怒りは収まるところを知らぬ。荒ぶるあまり、いつも以上に力強く飛び跳ねる私に、ジョッキーミュラも大喜び。服の汚れなど気にかけてる場合ではない!

 魔物になって初めてのオシャレを! 頑張りを不気味だなんて! 気持ち悪いだなんて! よりにもよって女装だなんて! 絶対許さぬ! 

 あの小娘が謝るまで、私は絶対に帰らないもん! 人間など魔物前では無力な存在であると理解するがいいわ! 


 ついでに村の人間全てに私のドレス姿を見せつけてくれるわ! 可愛いと言いなさい! 綺麗と言いなさい!

 例え地の果てまで追い回してでもこの可憐なドレス姿を視界に焼き付けさせてやるうう!

 逃げるなああああ! 私の可愛い姿を見ろおおおお! オル子ちゃん可愛いって言えええ!




 

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