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31.私は常に流行を追い求める女。街でリサーチは基本でしょ?

 



 晴れ渡る空。白い雲。穏やかな日差し。

 そんな心地よい天気の中、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 春風の香る青空の下で素敵な誰かと恋をしたりしているのでしょうか。とても羨ましゅうございます。

 春は始まりの季節、皆様にはたくさんの幸せを見つけて頂ければと存じます。

 私も皆様に負けぬよう、今を精いっぱい生きております。


 そう、私めオル子は今、皆様に恥じぬよう全力で――だらだらと怠惰に過ごす毎日でございます。





 昼マイルームでゴロンと床を寝転がって過ごす私。

 そんな私のお腹の上に乗っかってキャッキャと楽しそうにするミュラ。そんな私に、室内に入ってきたルリカが訊ね掛けてくる。


「オル子様。今日は日差しが心地よく、絶好の外出日和ですよ。どうですか? 気分転換のために外に魔物退治にでも」

「にゅー……気が乗らないわ。今日もパス、止めにしましょう」

「はい、心得ました」


 私の三日連続の同じ回答に、ルリカは優しく微笑んでそう答えるだけ。

 そのやり取りはまるで引きこもりの娘に接する母親の如し。ぬうう……申し訳ないのだけど、私の心にやる気の炎がどうしても宿らないから仕方がない。


 私は三日前、グラファンを倒して翡翠の涙結晶の力で人化し損ねてからずっとこんな状態だった。

 みんなで力を合わせて苦労してグラファンを倒し、天使さんのアシストを貰っておきながら、私は最後の最後でアホをやらかして人化に失敗してしまった。

 あんなに夢見た人化が、するりと掌を滑り落ちてからというもの、私の心は完全にへし折れ、やる気の全てを失ってしまった。


「なんていうのかしら。ほら、志望校目指して頑張って、A判定で、自己採点も良くて、『合格待ったなし!』って状態から落ちたような……また人化目指して頑張るしかないんだけど、ダメージ大きくて簡単には立ち直れないというか……」

「ご説明の意味はよく分かりませんが、オル子様のお心に癒しの時間が必要だということは理解しております。グラファンとの戦いは想像を絶するものでした。これを機会に心と体をお休みさせることも肝要かと」

「ああ、ルリカの優しい言葉が胸に痛い……ごめんねごめんね、心の弱い私を許して」


 ゆらゆらと揺れてミュラをあやしながら、私はルリカにごめんなさいする。

 このままじゃ何も解決しないって分かってるんだけど、やっぱりダメージは大きいのよ。

 ゴール目前で、人化ももう目前って状態で、足元がパカッと開いて奈落の底だもん。あれは堪えたわ……


「ま、駄目に終わっちまったもんは仕方ねえだろ。さっさと前向いて人化目指すしかねえんじゃねえか? 気が晴れねえならその辺の魔物さくっとぶち殺して来いよ。鬱憤なんて綺麗さっぱり消えちまうぜ。いつまでも無為にゴロゴロしてると、その巨体がさらに肥大化しちまうぜ、腹とかよ! カカッ!」

「ルリカ、その白毛玉をどうにかして」

「はい、心得ました。レナ! アリア! ポチ丸が散歩をご所望です。館中を満足するまで引きずり回し、丁重に可愛がってあげなさい」

「ぬおおおお! 止めろおっ! 俺は犬じゃねええええ! ええい、群がるんじゃねえ、干し肉を顔に押し付けんなアクア・ラトゥルネども! 飯はさっき食ったばっかだっつーの!」


 巨体をゴロゴロと揺らしていると、少し離れた場所で寝転がっていた白ポメが失礼なことをほざくので強制排除。

 ルリカの呼び出しにより、マイルームに現れた二人のアクア・ラトゥルネメイドさんたちが縄と首輪をポチ丸に取り付けて室外に連れて行った。

 ふん、乙女の体重を笑いものにするアホは反省しなさい。犬になって三日、見事に馴染みおって。一度死んだのに切り替え早過ぎにもほどがあるわい。

 部屋の外に連れていかれたポチ丸を眺めながら、椅子に座っていたエルザがしみじみと呟く。


「あれだけ苦戦した怪物の末路があれというのは、少し同情するわね」

「オル子様のお慈悲で館の愛玩動物として生きていられるのです。十分過ぎるほど幸運ではないでしょうか」

「ルリカ、あなたグラファンには結構毒を吐くわね……あれ、ウチに置いていていいの? 子犬に生まれ変わったとはいえ、あなたの親の仇な訳だけど」

「別に構いませんよ。弱肉強食である魔物同士の殺し合いで、父が負け、グラファンが強かっただけ。その結果に私がどうこう言うのは海王だった父の誇りを汚すことになります。何より当のグラファンはオル子様が完全に惨殺してしまいましたしね。あれはグラファン『だった』ただの無力な愛玩動物ですわ」


 うーん、ルリカって笑顔で結構えぐるのねえ。あと惨殺言うな! 確かに死に様は内臓ぶちまけて非常にグロテスクだったけども!

 まあ、ポチ丸をウチに置いているのは、生み出した責任というか……私のアホなミスのせいで、あんな形でよみがえらせちゃった訳で。

 あの無力な子犬ポメの状態で魔物の蔓延る草原に放置するなんて絶対無理だし……


 これからどうするか、主の元に帰らなくていいのかって訊いたら、


『主も何もねえよ。テメエとの最高の戦いの中で逝った以上、グラファンって野郎の人生はそこで終わりだ。ここにいるのはポチ丸っつー新たな魔物だからな。ポチ丸として面白おかしく生きたいように生きるだけだろ』


 なんて無駄に低音イケボで言う始末。いや、魔物じゃなくてあなたポメラニアンだから。魔物にすらなれてないから。

 とりあえず、このまま捨てるのは寝覚めが悪すぎるので、ポチ丸はウチで飼うことになった訳。でももう一度言わせて、馴染み過ぎでしょこのアホ犬!


「オル子。グラファン……いいえ、ポチ丸の言うことも一理あるわよ。落ち込み続けても時間は解決してくれないわ。人化を望むなら動きなさいな」

「ぬー……分かっているんだけどね? こう、心のエンジンがなかなか……」


 私の言葉にエルザは溜息。うーむ、すまないでござる。

 でもほら、こういうのってテンションが大事なのよ。グッとこないのに、無理に動こうとしても動けないもので。


「オル子、とりあえず『支配地勢力図』を見せて」

「にゅい。ぬぬーん! スキル発動!」


 エルザのお願いに、私は最近取得したスキルを発動させる。

 ポンと間抜けな音とともに、空中に生み出される大きなこの異世界『アストライド』の地図。

 オーストラリアみたいな横長の大陸。そのど真ん中から真っ二つに分けるように線が引かれ、各地が個別に色分けしてある不思議な地図をエルザが読み耽っている。どれどれ、私も気分転換に覗き込もうっと。


「うーん、この目に悪い適当過ぎる色分け地図ね。中央線の東が魔物の国で、西が人間の国だっけ」

「国というより生息域ね。この線を超えて人間も魔物も種を永らえることはできない、世界によって定められた生きることを許される範囲と言ってもいい」

「ほむほむ」


 なんでも、エルザ曰く、この中央線を超えた場所では人と魔物は繁栄することができないのだとか。

 西側、人間の領地で魔物は増殖することも子を産むこともできないし、逆も然り。東側で人は子孫を残すことができないのだとか。

 考えるほど知恵のない魔物が西側に入り込んで姿を見ることはあるものの、同種族を増やせない以上、西側を住処にする魔物はほとんどいない。そんな制約がこの世界にはあるらしい。


「不思議な決まりねえ。そういう理由で、人間の国と魔物の国が明確に線引きされてるのね」

「魔物の中には昔、人になろうとしてあちら側に住み着いた種族もいたようだけど、どうなったかはトンと聞かないわね」


 エルザの話に、ルリカも『そのような種族がいたのですか』と興味深そうに相槌をうっているが、当のエルザはあまり興味がないらしい。さっさと話を打ち切っちゃった。


「まあ、そんなことはどうでもいいわ。それよりもこれからのことよ。魔王軍の追手を考えて、海王城からだいぶ西に逃げたけど、これ以上は西にいけないわ。このままだと線引き部分、つまり人間の支配域に辿り着いてしまうわ。それを踏まえて、これからどこに向かうかを話しましょうか」


 エルザの話を耳に入れつつ、私は西側の世界――人間の支配域を眺める。

 人間の国も大小様々な色分けしてあるけれど、大きいのが三つあるのが印象的。巨大な三国と沢山の小国ってところかしら。


 ふむう、人間の国かあ。

 そういえば、まだこの世界の国の人間には会ってないのよね。街も見たことない。

 いいなあ、いいなあ。やっぱり中世風の異世界なのかな。騎士とか貴族とか王様とかいたりするのかな。私は胸をワクワクさせながら、妄想の世界に浸り続ける。


 人化して人間の街に行ったら、まずは何をしよう。

 やっぱりまずは買い歩きよね。海王城からたんまりと金銀財宝を持ち帰ってきたから、お金には困らないし。

 出店の並ぶ異世界の街で買い食いをしたり、服屋さんで素敵な服を買い漁ったり。いいなあ、いいなあ! まさに異世界を満喫って感じよね!


 うむ、よくよく考えればそれが普通なのよね。

 私の求める異世界生活は、美味しい物を探したり、素敵なおしゃれをしたり、その果てに恋愛をしたり。

そういう普通の生活を求めているのであって、間違ってもグラファンみたいな戦闘馬鹿と殺し合うような殺伐とした異世界バトル物語じゃないのよ。


 行きたいなあ。人間の街で本物の異世界ライフを満喫したいなあ。

 でも、私まだ人じゃなくて魔物なのよね。シャチボディで街に行ったら怖がられるわよね。買い物どころか、街に入ることすらできるかってレベルよね。

 ぐぬう、でも行きたい……ショッピングがしたい、異世界スイーツが食べたい。


 やばい、人化に失敗して、今まで落ち込んで無気力だった分、芽生えた欲望が止まらんでござる。

 行きたいよう。人間の街で遊びまわりたい。エンジョイしたい。

 きっとそうすれば、凄く気晴らしになって『よし! 休日も満喫したし、また人化目指して頑張ろう!』ってなると思うのよ。人は365日働き詰めでは生きられないの。そういうご褒美があってこそ、頑張れるものなのよ。

 よし、正当化完了。話を続けるエルザの服をぴこぴことヒレで引っ張って、懇願。


「エルザ、エルザ」

「東は駄目、南も追手の可能性がある以上、私としては北にある竜族の支配域近辺まで……何?」

「人間の国に行ってみたいれふ。みんなで人の街に入り込み、お洋服を見て回ったりスイーツ食べ歩きしに行きましょう! 時代はまさに大観光時代、パンフレット片手にみんなで遊びに行くしか! レッツパーリナイ!」


 真面目に提案したのに頭を杖で盛大に叩かれました。解せぬ。



 

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