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ex.2 ルリカ

 

※2016/4/23/23:42

前話のラストの下りの描写を少し修正しております。物語の顛末に影響はありません。

 



 ――陳腐な言葉に聞こえるかもしれないけれど。

 ――その瞬間は、私たちアクア・ラトゥルネにとってまさしく奇跡と呼ぶべきものだった。

 ――あの方に……オル子様に出会い、命を救って頂いてもらったときに、私たちの終わりを迎えたはず生は再び輝きを与えられ、生きる意味を取り戻すことができたのだから。











「むふーん、ふむーん、ほむーん……駄目よアレス、みんなの前で……でへへ、そんな、いやん……我が世の、我が世の春がここに……」


 眠りについたオル子様とミュラ様にシーツをかけなおし、私はお二人の寝顔を拝見する。

 オル子様もミュラ様もとても幸せそうに眠りにつかれている。オル子様はいつものように不思議な寝言を繰り返し、ミュラ様はそんなオル子様をぎゅっと抱きしめて心地良さそう。


 私はこの幸せな光景をまた一つ心に刻み、室内を後にする。すると、ちょうど隣部屋から姿を現したエルザと目が合った。

 エルザは視線をオル子様の部屋へと向け、私はクスリと微笑んで人差し指を口元に運んだ。

 オル子様が就寝したことを悟ったエルザは肩を竦める。そんなエルザの横に並び、私たちは廊下を歩いていく。


「今後のことで少し話がしたかったのだけどね。相変わらず寝るのが早いこと」

「オル子様はお優しいですからね。ミュラ様のために早く眠りにつかれているのでしょう。オル子様がご一緒でなければ、ミュラ様は絶対に眠ろうとしませんから」

「そうかしら。ただ単にオル子が眠気に耐えられないから寝てるだけだと思うのだけど。お腹いっぱいになったらすぐ眠たい眠たいって繰り返してるし」

「それならそれで良いではないですか。全てはオル子様の御心のままに」


 うっとりしつつそう告げると、エルザがジト目で私を見つめてくる。


「ルリカ、あなた本当にオル子に甘いわよね。あなただけじゃなくて、アクア・ラトゥルネ全員そうだけど。甘やかすばかりじゃなくて、適度に鞭を与えなきゃ駄目よ。オル子はアホなんだから、勘違いしちゃう」

「ふふっ、その役目はエルザにお任せいたします。私たちはオル子様の喜ぶ顔を見るために尽力いたしますので。ああ、でもエルザに怒られてしゅんとするオル子様も魅力的で困ってしまいます……エルザ、オル子様を怒るときは私を呼んで下さいね。絶対ですよ?」

「知らないわよ」


 とりとめもない雑談に興じながら、私たちは食堂の方へと足を運ぶ。

 そこには、勤務時間外のアクア・ラトゥルネたちがちょっとしたティー・パーティーと洒落込んでいた。

 私たちの姿に気づいたらしく、みんなが椅子から立ち上がり頭を下げてくるけれど、それに私は首を振って答える。


「もう私は姫ではありませんから、そのような対応は必要ありませんよ。私たちが礼を正すのはオル子様の前だけです。ですので、どうぞ楽にしてください」


 私の言葉に、アクア・ラトゥルネのみんなは元気の良い返事を返してくれた。

 私たちが席に着くと、夜勤担当のアクア・ラトゥルネがお茶を運んできてくれた。


「ありがとう、レナ。今日は夜組だったのね」

「ええ、ルリカ様。夜組はそこまで忙しくないので、こうやって館内に備蓄されている茶葉を色々と試している最中なんですよ。エルザ様もどうぞ」

「ありがとう」


 レナからお茶を受け取ったエルザはそっけなくお礼を告げる。

 そんな姿に私とレナはクスリと笑ってしまう。エルザはオル子以外の相手にはこんな感じだ。誰に対しても距離感を保とうとする。

 だけど、それは決して人嫌いという訳ではなく、不器用なだけだということを私は知っている。

 いいえ、気付かされたというべきかしら。オル子様と一緒に居続ければ、彼女の本当の姿なんて誰にでも分かる。

 オル子様と一緒の時にみせてくれる、頑張るオル子様を見守る際に浮かべる優しげな微笑み、それがエルザの本当の姿なのだから。


「……何よ。人の顔をジロジロみて」

「いえ、エルザもオル子様のことが大好きなのですねと嬉しく思っていました」

「部屋に帰るわ」

「まあまあ、エルザ様、茶菓子も今お出ししますから。アクア・ラトゥルネ一同、オル子様に少しでも美味しい物を楽しんでもらおうと試行錯誤した一品ですよ」


 部屋に戻ろうとしたエルザをレナが宥めて制止する。少しからかい過ぎたかしら。

 大きなため息をついて、エルザはトンガリ帽子をテーブルの上に置きながら呟く。


「本当、いい性格をしているわよね、あなたたちアクア・ラトゥルネって。強かというか、逞しいというか。最初の繊細なイメージを返してほしいくらいだわ」

「ふふっ、みんな舞い上がっているのですよ。オル子様に命を救って頂き、お傍で仕えることを許され、毎日がこんなにも幸せで感情の処理が追いつかないのです」

「それはルリカも含めてってことかしら」

「勿論です。毎日が幸せ過ぎて困ってしまいます。今日もオル子様の寝顔を拝見できました。今日もオル子様にお声をかけて頂けました。今日もオル子様に触れることを許されました。エルザの言うことが理解できず、首を傾げるオル子様の可憐なお姿を目に焼き付けることに成功しました。今日も――」

「落ち着きなさい。忠誠心がダダ漏れしてるから。鬱陶しいから本当に止めて」

「あら、ごめんなさい」


 気づけば身を乗り出してエルザに熱弁していたらしい。

 でも、こればかりは仕方がない。オル子様のことになると、自分でも胸の熱を抑えられないのだから。

 私は困ったように笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。


「オル子様は、私たちにとっての『はじまりの女神』ですから。グラファンに父を討たれ、戦闘能力を有するアクア・ラトゥルネを全て倒され、残るは戦う力の無い女子どもだけだった私たちをオル子様はお救い下さった。生きる意味を、あらたな命を与えて下さったのです」

「『はじまりの女神』、オルカナティア、ね……あなたたちの祖先とオル子の『オルカ』、何か関係あるのかもしれないわね。オル子自身は自分が始祖じゃないと否定していたけど」

「ええ、オル子様は始祖様ではありません。ですので、私たちにとっての『新たな』はじまりの女神、です。私たちの命に価値を与えて下さったオル子様に、付き従うことが私たちの唯一の望みであり全て。オル子様に全てを捧げると誓った言葉は決して違えることはありません。例え冥府の先までも、私たちはオル子様のお傍で尽くしましょう」

「そんなに愛されてオル子は幸せ者ね。まあ、頑張ってあの子に尽くして頂戴」

「ええ、エルザに負けないくらい、オル子様を想い続ける所存です。この幸せな時間がいつまでも続くことを祈りながら」

「貴女ねえ……」


 疲れたような表情を浮かべるエルザに、私は小さく舌を出して謝る。

 でも、その言葉は本心から出た言葉で。オル子様と一緒に在り続けられる、この幸福な時間がいつまでも続きますようにと私たちは祈り続ける。


 これから先、オル子様は覇道を歩み続けることになる。本人が望む望まずに関わらず、オル子様の大きな力を運命が放っておくはずがないとエルザは断言していた。

 なればこそ、私たちは少しでもオル子様のお力になれるようにお傍で尽力し続ける。

 その結果、たとえ私を含めたアクア・ラトゥルネが今度こそ滅んだとしても、そこに決して後悔はない。オル子様のために生きると決めた今を私たちは誇っているから。

 だから、願わくば、一秒でも長い時間をオル子様と共に――それだけが私たちの願いだから。


「お待たせしました。ミルシェの実を粉状にして固めたお菓子でございます」

「あら、ありがとうレナ。とても美味しそうね。甘い香りがするわ」

「えへへ、この館内は食料がこれでもかと地下に備蓄されていますからね。しかも魔法が掛かっていて腐ることもない、本当に凄い館ですよね。好き勝手に使っているけど、本当にいいんですか?」

「いいのよ。私もオル子も料理できないし、美味しい物が食べられてあの子も満足でしょう……っと、噂をすればなんとやら」


 エルザの言葉に、私も『それ』に気づき、クスリと笑みを浮かべてしまう。

 ぼすん、ぼすんと何かが飛び跳ねて近づいてくる音に、食堂のアクア・ラトゥルネたちから喜びの声があがっていく。

 そして、食堂の扉が開かれ、そこに姿を現したのは――私たちが命を捧げた愛するご主人様。


「こんばんは! 甘い匂いにつられて可愛い可愛いオル子ちゃんがやってきましたよ! ぬう! 私に隠れてスイーツを楽しもうなんて許し難き大罪! トリック・オア・トリートメント! お菓子をくれなきゃ土下座しちゃうぞ!」


 頭に熟睡し続けているミュラ様を乗せたオル子様の登場に、食堂内に歓声があがる。

 アクア・ラトゥルネのみんなが我先にとオル子様の傍に寄り、お声をかけてもらっている。その姿を眺めながら、エルザがお茶を口に運び、そっと言葉を紡ぐ。


「あなた、オル子は眠りについたって言ってなかった?」

「どうやらお菓子が食べたくて起きてきたようですね。ああ、食べ物を求めて必死になるオル子様、とても素敵です……」

「あなたはオル子であればどんな姿でも嬉しいのでしょう」

「むふー! エルザとルリカ、そしてお菓子を索敵完了! そこの犯人二人、お菓子が手元にあるのは分かっているわ! 大人しくお縄につき、私にその美味しいそうなお菓子を与えなさい! エルザ、ルリカ、あーん! あーん!」


 私たちの前まで飛び跳ねてきたオル子様が、大きなお口を開けて私たちにお菓子をせがむ。

 そんなオル子様に、エルザは仕方ないといった様子でお菓子を口に運んであげていた。そのエルザの表情は、誰もが見惚れるくらいに柔らかく、優しくて。

 エルザに続くように、次々とアクア・ラトゥルネのみんながオル子様にお菓子を与えていく。その姿を眺めながら、私はエルザに呟いた。


「エルザ、私、とても幸せです」

「わざわざ口にしなくても、そんなこと嫌というほど知っているわよ。ほら、一人で全部食べようとしないの。ミュラの分も残してあげなさい。食い意地張り過ぎよ」


 ペチペチとオル子様の頭を叩きながら諭すエルザ、そして『あと一個だけ』と懇願するオル子様。そんな二人に笑みを浮かべるアクア・ラトゥルネの仲間たち。


 この光景を見つめながら、私は心の中で想う――もし運命の神というものが存在するのならば、オル子様と私たちを巡り合わせてくれたこの『奇跡』に心からの感謝を。

 そして、願わくば、この幸せな日々がいつまでも続きますように――オル子様とエルザ、ミュラ様と笑いあえる夢のような時間を、いつまでも。



 

次回から3章開始となります。3章もどうぞよろしくお願いしますっ。

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