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30.ついに夢が現実に。シャチから美少女になった私をよろしくね

 

※2016/4/23/23:42

ラストの下りの描写を少し修正いたしました。物語の顛末に影響はありません。

 

 

 



「わはー! 勝った! 勝った! オル子さんウィナー! 勝者はオル子! 勝者はオル子! 生きているって素晴らしこ! 生きているって素晴らしこ!」


 やばい、嬉しくて嬉しくて喜びが抑えられませぬ。

 苦戦も苦戦、大苦戦の強敵を倒せたことが嬉しいのか、みんなと一緒に生き延びることができたことが嬉しいのか、もう自分でも訳わかんない。


「エルザ、エルザ! 私頑張ったわよね!? 凄く頑張ってたわよね!? 勝ったよ、私Aランクのボスをぶっ倒したのよ!」

「そうね、正直驚いているわ。力を解放したオル子があそこまで強いだなんて……本当、あなたはいつもいつも私の想像なんて簡単に超えてくれるわね」

「むっふー! 普段はツンツンなエルザがデレデレ状態! ルリカ、ルリカ、私格好良かったわよね!? ちゃんと見ていてくれた!? 瞬きして見逃したなんて許さないわよ!」

「はい。グラファンを圧倒するオル子様のお姿、この瞳にしかと焼き付けさせて頂きました。この光景を私は死しても忘れることはないでしょう」

「いやああん! そんな、世界で一番格好良くて可愛くて美人で素敵な女の子だなんて、ちょっと褒め足りないわよルリカ! もっと言ってもっと言って!」


 ばったんばったんと床を飛び跳ね、ごろんごろんと転がりまわって大歓喜。

 やばい、ちやほやされてる。私凄くちやほやされてる! 前世で誰かにもてはやされた経験なんて微塵もなかった私にとって、これは甘い毒だわ!

 今なら悪役令嬢が取り巻きを従える気持ちが分かるわ! こんな風にいつも持ち上げられたら、気持ち良すぎて人生が駄目になっちゃいそう!

 駄目よ、これ以上は駄目よ、オル子! でも我慢できない! もっと私を褒めて! 私を愛して! オル子さんはやればできる子なんですよおおお! むっふー!


「いい加減落ち着きなさい。ちょっと鬱陶しくなってきたから」

「酷い! 私を面倒くさい女と申したか! そんなことはありませぬ、こう見えて私は家庭的で尽くすタイプなのよ? スーパーの袋を三角形に折り畳む能力なら誰にも……」

「それよりほら、ミュラが目を覚ましそうよ」

「ミュラあああああ!」


 転がるのを止め、私はルリカが抱きかかえているミュラへとダッシュで駆け寄った。

 エルザの言う通り、ミュラはゆっくりと目を開いた。そして、私を視界に入れるや否や、ルリカから飛び降りて、私の顔にひしっと抱き付いた。


「ミュラ、大丈夫!? グラファンの奴に沢山殴られてたけど、痛いところとかはない!?」


 私の問いかけにミュラは答えず、私に顔を摺り寄せ続ける。

 だ、大丈夫なのかしら? あんなにグラファンに殴られてたから、後遺症とか……ぬわああ! ルリカ、私の愛娘にヒーリングをこれでもかとやって頂戴! 山盛りで!


「ご安心ください、オル子様。ミュラ様のヒーリングは既に終えていますよ」

「そっか、よかったあ……ミュラ、お母さん頑張ったからね! ミュラを虐める奴はお母さんが怒ってやったからね!」


 怒って何度も体当たりをぶちかまして腹部破裂させてしまいました。怒ったからね、仕方ないね。

 何度も頬ずりして満足したのか、ミュラはいつものように私の上に飛び乗りご満悦。うむ! これでよし!

 頭の上のミュラをきゃっきゃとあやしていると、 エルザが視線をグラファンの屍へと向けていた。満足そうに笑って死を迎えた彼の姿に、エルザはぽつりと呟く。


「強かったわね、グラファンは」

「そうね……正直、もう駄目だって何度も思ったもん。Aランクの魔物ってこんなに強いのね。もう二度とこいつとは戦いたくないわ」

「そうも言ってられないわ。これから先、こいつ以上の連中がオル子を狙ってゴロゴロとやってくるわよ。生き残るためにも、私たちはもっともっと強くならなければいけないの」


 これからさき、強い連中がゴロゴロとやってくるとな?

 ……ふむ、魔王軍の連中は私みたいに転がってやってくるのかしら。



『いたぞ! ターゲットのスーパー美少女シャチ娘だ! 全軍転がれ! 死を恐れるな! ごろごろー!』

『うおおおお! 花も恥じらう清楚な女の子を仕留めろー! ごろごろー!』

『魔王様に逆らう超絶可憐な乙女に死を! うおおお! ごろーん! ごろーん!』

『殺せ! 殺せ! お嫁さんにしたいランキング一位の少女を殺せ! ごろりんちょ!』



 ほほう。魔王軍の強敵、なかなかにユニークな連中じゃないの。

 魔王軍の転がり進軍、ちょっとみたいかも。ミュラが喜びそうだわ。


「グラファンとの戦いで、ただレベルを上げて進化するだけじゃ駄目だということも痛感させられたわ。戦闘経験を積み重ねて、強者と戦う方法も身に着けないとね……この子の足手纏いにだけはなりたくないもの」

「ぬ? なんか言った?」

「なんでもないわ。それよりオル子、グラファンを倒してレベルが上がったのでしょう? 何か新しいスキルを獲得したんじゃない?」

「おお! なんで分かるの!? エルザってばエスパー?」

「私もレベルが上がって新スキルを獲得したから、同レベルのあなたもそうじゃないかって思っただけよ」


 グラファンを倒したことで浮かれて頭からすっぽり抜け落ちてたけど、なんか新スキルだの称号だの色々獲得したのよね。

 ええと、まずは新スキル三つの情報を調べなきゃ。そーれ、識眼ホッピング! そいやっさ、そいやっさ!



・サクリファシーワールズ(全体・自身:広域:ダメージ400倍:力・体量値依存、体量値(全):発動後、体量値を全て消費。使用回数は1度だけ)


・海王降臨(自身:体量値、速度、守備、魔抵、技量のランクを一段階上昇。効果T600:魔量値消費(大):CT86400)


・支配地勢力図(常時発動可。アストライド内における支配地の勢力状態を色分けで表した地図を生み出す。『魔選』中にのみ使用可)



 ええと、どうしよう。色々とどうしよう、これ。


 『サクリファシーワールズ』って、これ、どう読んでも自爆技だよね? 体量値全て消費で発動って、これ、使ったら確実に私死ぬよね? だ、誰がこんなゴミ技使うかアホたれ!

 使用回数は一度だけって、当り前でしょうが! こんなの一度でも使ったら確実に昇天するわ! よってこんなゴミスキルはポーイ。封印決定。


 次に『海王降臨』。多分これ、『海王』の称号を獲得したことで覚えたスキルよね。

 これの効果はなんとなく分かる。グラファンのステータス、アルファベットの横にアスタリスクマークがついてたのはこれを使ってたからでしょうね。

 A*とかB*とか何だろうって思ってたけど、これの効果で能力強化をしてたのね。そりゃ強いわけよ。ブースト系チートじゃない!

 効果は10分、チャージタイムが24時間。ふむ、使いどころの判断をしっかりしないといけないけど、ボス戦では重要な能力になりそう。使う時はエルザの判断を仰ぎましょう、そうしましょう。これはかなり当たりかもかも。


 最後に『支配地勢力図』。これは支配地10を超えたから獲得したスキル、説明を読んでも分かるとおり『魔選』のお助けアイテムって感じね。

 これを見ながら、効率よく進めていくんでしょうけれど、魔王になる気ゼロ子ちゃんの私にはあんまり関係ないかな。地図が手に入って旅が便利になるかなってくらい?

 あと、アストライドって何だろう。世界の名前? 大陸名? どっちかだと思うんだけど。


 当たりなのか外れなのかよく分からないスキル群。

 私ひとりじゃ判断つかないので、エルザとルリカにご報告。頭を使うのは二人のお仕事! 私? 私は体を動かしてミュラと遊ぶよ!

 私の説明を全て聞き終え、エルザとルリカは間髪入れず即座に一言。


「サクリファシーワールズだけは絶対に使わないで。いいわね」

「サクリファシーワールズだけは絶対にお止めください」

「いや、言われなくても使わないから! 死んじゃうじゃん! 使ったら私確実に死んじゃうじゃん! 死にとうないでござる! 真実の愛の意味を知るまで私は死なぬう!」


 ヒレをべちべちとお腹に打ち付けて大宣言。

 そんな私にため息をつきつつ、エルザは話を続ける。


「私たちの頭はあなたなの。オル子が死ねば、私たちはそこで終わりなのよ。逆に言えば、あなたさえ生き延びさえすれば、私たちは終わらない。それだけは理解していて」

「いや、エルザたちも死んだらそこで終わりなのは一緒じゃない。理解できぬ! 何があろうと私たちは誰も死なないし死なせないわ! みんなで一緒に貴族の舞踏会に参加するって誓いを忘れたの! 桃園の誓い、いいえ、脳内桃色の誓いよ!」

「はあ……まあいいわ。それより、残りの二つは大当たりね。『海王』という称号がこんなスキルをもたらすなんてね。能力がワンランク上昇するなんて破格過ぎる。グラファン、強かったはずだわ」

「そうですね。まさか『海王』の称号にそのような効果があるとは知りませんでした。これを知っていたからこそ、グラファンも父を倒して強くなることを夢見続けていたのかもしれませんね」


 えー、そうかなあ。グラファン、絶対そんなに頭良くないって。

 あいつ、『俺より強い奴をぶっ倒す!』ってだけの戦闘狂ってだけのような気がするけど。たまたま身近な強い相手がルリカのお父さんだっただけで。

 それを言うとエルザに『オル子に頭が悪いと言われるグラファンが哀れね』と笑われた。しょぼーん。


「『支配地勢力図』を手に入れたのが一番大きいわ。これを手に入れたこと……いいえ、支配地が10を超えたらこの能力を手に入るという情報を得たことが、非常に大きい。この存在を知らなければ、私たちは近いうちに魔王軍の刺客に殺されていたかもしれない」

「え、これそんなに重要能力だったの? 地図見れて便利なだけじゃないの?」


 エルザ曰く、この支配地勢力図を見れば、敵が私たちの居場所を絞ることが出来るらしい。

 リナに支配地を押し付けられ、聖地とやらの場所の支配者が私を示す色に塗り替えられている状況で、新たに海王の治める領地が同色に染まってしまった。

 これを見れば、聖地をリナから与えられた魔物が南下していることは明白。加えて言うなら、グラファンを倒して支配地を奪ったことで、私たちの現在地が海王城だというのはバレバレ。


「本当は、この場所に潜伏してゆっくり『勢力』を増強するつもりだったけれど、予定変更よ。『支配地勢力図』を見て、間違いなく魔王軍はここに刺客を送ってくるでしょうから、長々と滞在する訳にはいかなくなったの」

「な、なるほど……この地図一つでそこまで読み切るなんて、やっぱりエルザは凄ェわ……YやっぱりEエルザはS(すごい)! YES!」

「だから、さっさと宝物庫から翡翠の涙結晶をはじめとしたお宝を持ち帰って移動するわよ。ルリカ、いいのよね?」

「勿論です。この城の物は全て『海王』であるオル子様のものですから」


 わはーい! それじゃ遠慮なくお宝頂いちゃいまーす!

 お宝お宝嬉しいわ。翡翠の涙結晶、そうそう、私はこれが欲しかった……って、そうだった!


「そうよ! 私、翡翠の涙結晶を手に入れるために頑張ってきたんだった!」

「何を今さら。どうしたのよ」

「グラファンを倒すことに必死になって、翡翠の涙結晶の存在を完全に忘れてた! そうだわ、私は人化するためにこんなに頑張ってきたんじゃない! ぬおおお!」


 どうして忘れていたのかしら! そうよ、こんな戦闘物みたいな物語を奏でてる場合じゃないのよ!

 翡翠の涙結晶を手に入れて! 人化して! シャチを卒業して! 恋のエチュードをはじめる! それが我が夢我が野望だったじゃないの! うおおおお! 今更興奮が爆発してきたあああ!


「ど、どうしよう! 私、とうとう人になるのよね!? エルザたちみたいな美少女になれるのよね!? わはあああ! 嬉ちい! 嬉ちい!」

「よかったわね。おめでとう」

「おめでとうございます、オル子様」

「ありがとう二人とも! ありがとうミュラ! 人になっても、みんなとの絆は永遠だから! 今後とも美少女オル子をよろしくね!」


 私はウキウキで二人の手とヒレで握手! 喜びをかみしめるように握手! 握れないけど気持ちが大事!

 うう、シャチになって異世界に放り込まれて幾星霜。長かった、本当に長くつらい道のりだったわ。

 人になって恋がしたいだけだったのに、なぜかシャチにされて、恐ろしいモンスターとガチの殺し合いしたりして……涙涙の物語も今日で終わりを迎えるのね。


「それではオル子様、宝物庫はこちらです」

「やっはーい! 行きます行きます! ついていきますどこまでもー!」


 ルリカに案内され、私は宝物庫へと案内される。

 辿り着いた室内には、眩いほどの金銀宝石や装飾品がずらりと置かれていた。わあお! ごいすー! 売ったら幾らになるのかしら!

 でも、私の目的はそんな財貨ではなくてよ! 私の夢を叶えてくれる翡翠の涙結晶はどこかしら!


「これは凄い量ね。私のアイテムボックスに入れて、家に持ち帰りましょうか。今は使い道がないけれど、一勢力として名を挙げた時のために『こういう』武器を用意しておくのも悪くはないわ」

「翡翠の涙結晶以外にも魔力の秘めた宝がありますので、オル子様の覇道の為に存分に活用して頂ければ。まあ、ミュラ様、お似合いですよ」


 私から飛び降りたミュラが宝の山から宝石のついたティアラを取り出して頭に乗せる。あら可愛い。

 ふふ、こういうのに興味を示すなんて、やっぱりミュラも女の子ね!


「私も人化した後で自分に似合うアクセを探さないとね! さあルリカ、翡翠の涙結晶はどこかしら!?」

「あちらになります。あの台座の上に置かれているものが、アクア・ラトゥルネに伝わる秘宝、翡翠の涙結晶です」


 ルリカの手で示した先には、豪華な台座の上に置かれた宝石が。

 うおおお! あれが私の夢に夢見た翡翠の涙結晶! これで私、とうとう人に戻れるのね! ううう、涙が出そう。駄目よ、オル子、まだ泣いちゃ駄目。泣くのは人に戻ってから!

 人化するために、私はミュラを二人に預けて、ヒレで最敬礼をして告げる。


「それでは人になってきます。今日で私はアイドルシャチを卒業し、普通の恋する女の子になります! 今こそ分かれ目、いざさらば!」


 みんなに背を向け、びたんびたんと飛び跳ねながら翡翠の涙結晶へ!

 ふ、思えばこのシャチボディとも長い付き合いだったわね……冥府の魔物と謳われる海の王者になるだなんて、前世では想像すらしてなかった。良い経験をさせてもらったわ。

 名残惜しさは尽きないけれど、今は過去を惜しむより輝く未来へ踏み込む時! さようなら! シャチの私!


「うおおおー! 翡翠の涙結晶、ゲットおおおお!」


 勢いよく飛び込み、翡翠の涙結晶の置かれた台座の前までスライディング! 氷上のペンギンをも拿捕するオル子最後のシャチダッシュを見よ!

 目的地まで辿り着き、いざ翡翠の涙結晶を手にしようとした、その時――突如、天井から眩い黄金の輝きが降り注いできた。


「な、何事!? まさか私の人化イベントが発動!? 特殊ムービーが流れたり!?」


 まさか演出つきだなんて、やるじゃないの! これは否が応でも盛り上がらざるを得ないわ!

 ヒレをばちんばちんと床に叩き付けて興奮していると、黄金の輝きの中から何者かが姿を現していく。

 純白の衣をまとい、白き翼を広げ、黄金の髪を肩口で切り揃えた目もくらむようなお姉さん……って、あれ、この人どこかで……天使、シャチ……う、頭がっ……って!


「くぉらあああ! あんた、私をシャチにして異世界に叩き込んだパッパラアホ天使じゃないのよ!?」

『お久しぶりです、オル子さん!』


 怒髪天を衝く私の叫びに、天使はまるで旧友にでも会ったかのようにニパーっと可愛らしい笑顔を浮かべる。やばい、殴りたい、この笑顔。

 いや、というか殴ってもいいわよね? 私にはその権利があるわよね? 美少女希望したのに、シャチなんぞに転生させたこのアホ天使を私は殴る正当な理由があるわよね。よし、殴ろう。


「うおらああ! 何がおかしいのよ!アンタのせいで私はシャチなんぞになり、素敵な男の子と出会ったり恋愛したりできない! 私はグラファンにボコボコに殴られてこのザマよ! ちょっとアンタこっちに来なさい! 引っ叩いてやる!」

「オル子、ちょっと落ち着きなさい。この正体不明の魔物が前に言っていたあなたをオルカという種族に変えた存在なの?」

「そうよエルザ! こいつが全ての元凶なのよ! こいつが、こいつが約束を破らなければ、私は今頃学園で男の子たちにチヤホヤされて、何一つ不自由のない令嬢生活を送っていたはずなのに! この! このお! くらえ、必殺ブリーチング・クラッ……」

『今日は異世界で頑張るオル子さんのためにやってきました! オル子さんの願いを叶えるためのお手伝いをするために!』

「――なんですって?」


 天使の言葉に、私はピタリと動きを止めた。

 願いを叶える? どういうこと? 言葉の意味を探る私に、天使は相変わらずにぱにぱした笑顔で説明を始める。


『私はオル子さんを前世とは異なる姿でこの世界に送り出しました。ですが、異世界でオル子さんの奮闘する姿を見たり、心を読んだりしていると、どうやら現在の姿がオル子さんの望む形ではなかったご様子。私としてはオル子さんの願いを全て聞き届けたつもりだったのですが……』

「いやいやいや! そんなの異世界に送り出した時点で気づきなさいよ!? 私美少女になりたいって言ったよね!? シャチになりたいなんて一言も言ってなかったわよね!? どこをどう聞き届けたら美少女がコレになるの!? ちょっとあなたの頭の中の美少女基準教えなさいよ!?」

『オル子さんのご意向に沿えなかったこと、心より謝罪申し上げます! ですが、その反省を活かすためにも、今回はオル子様の願いを叶えるために助力できればと。オル子様はこれからそこの魔具を使って人化を狙っているのですよね?』


 そう言って、天使は翡翠の涙結晶を見ながら訊ね掛けてくる。

 うむ、その通りよ。このミラクルアイテムによって、私は人化するの。そして私の美少女恋愛ストーリーは開幕を迎えるのだから!

 そんなウキウキ気分の私に、天使は笑顔のままとんでもないことを言い出した。


『ですがオル子さん、その魔具は力を失っていますので、今のままでは使用できませんよ!』

「え……? マジで……?」

『はい! この魔具は遥か昔、神竜の涙を結晶化させて生まれたもので、様々な奇跡を具現化することができるのです! 大病を直したり、天候を変えたり、魔物が人化を成功させたり……ですが、今のこの魔具は力を使い果たしてしまっていて、奇跡を起こすことができなくなってしまっているのです!』

「そ、そんな……嘘よ、嘘よおおおお!」


 あまりに過酷な現実に、私は心をへし折られてしまう。

 あんまりよ、こんなのあんまりだわ。頑張って人化を目指してここまできて、グラファンなんて化け物を必死になって倒して、その結果がこれだなんて酷過ぎる。

 さめざめと泣く私に、天使は眩い笑顔で告げる。


『ですので、そこで私の出番です! 魔力を失っているのなら、与えてやればいいのです! 今から私がこの魔具に魔力を補充しますので、オル子さんはその力を使って願いを叶えて下さい!』

「本当に!? そんなことができるの!?」

『ええ、勿論です! 伊達に天使職はやってません! こう見えて武闘派でして、昔はバリバリ前線で剣を振り回して頑張ってたんですから! オル子さんは安心して願いを叶えちゃって下さいな!』

「天使……いいえ、天使さん、あなたって人は! ちょっと脳筋っぽいけど、話せば分かる天使さんだったのね!」


 天使さんの言葉に、私は涙を拭って立ち上がる。

 分かった。分かってしまったわ。ここが私の物語の終着点、エンディングでありオープニングであるということが!

 異世界転生、異世界に叩きこんだ存在が再び姿を現し、願いを叶えるために助力してくれる。まさに大団円。これをエンディングと言わずして、最終回と言わずして何というのかしら!

 私の冒険譚はこれで無事終わりを迎え、翡翠の涙結晶と天使さんの力によって願いが叶いハッピーエンド。願いなんて言うまでもないわ、私の願いは人化すること!


 そっか、とうとうこの時が来ちゃったのね。

 本当、シャチの体にされたときは絶望して天使さんを恨み殺すことばかり考えていたけれど、今は違うわ。

 天使さん、ありがとう。あなたのおかげで、私はエルザやミュラ、ルリカに出会うことができた。普通の人間に転生していたなら、きっと出会えなかったであろう素敵なお友達。私の宝物だわ。

 シャチになって回り道をしたからこそ、私はみんなと出会えたの。シャチにしてくれて、魔物からスタートさせてくれた天使さん、あなたには感謝してもしきれないわ。

 みんなとの絆を大切にして、私はこれからの人生を歩んでいこうと思う。


『それではオル子さん! これから私が翡翠の涙結晶に魔力を注ぎ込みますので、あなたはひたすら心の中に願いを思い描き続けて下さいね! いいですか、その間は一切余計なことを考えてはいけません! とにかく強く願って下さい!』

「分かったわ! 任せて! 強い想いでひたすら願い続けるわ!」

『ありがとうございます! それではいきますよ! ぬぬぬーん!』


 天使さんが翡翠の涙結晶に両手を翳すと、眩い光が再び部屋中を包み込む。

 そして、天使さんと涙結晶、そして私の三点を強い光が結びつけていく。


「なんて力なのよ……ありえない。この魔物、下手したらリナ以上の……危険過ぎる。これほどの力に加えてオル子のような存在を容易に生み出す能力だなんて、まるで魔王――」

『いきますよおおお! 今です、オル子さん! 願いのパワーを胸に!』

「いいですとも! ふぬおおおおおお!」


 私は心の中で願いを思い描く。私の願いなんて決まっている。


 人になりたい! 人の姿に戻りたい! 人に戻して!

 その想いをひたすら念じ続ける! 叶って、叶って! 夢よ叶って! 私の願いを聞き届けて! お願いよ、天使さん、翡翠の涙結晶!


『その調子です! もっと強く願いを! 強く強く!』


 強く!? うむ、つまりもっともっと願いを込めろってことね!

 任せて! 私の欲望は無限大よ! 願うことなら誰にも負けないわ! ぬおおおお!



 人になりたい!

 美少女になりたい!

 美少女になって恋がしたい!

 素敵な彼氏が欲しい!

 彼氏と大恋愛の末に結婚したい!

 将来は素敵な奥さんになりたい!

 子宝に恵まれたい!

 大きなお家に住みたい!

 白い犬を飼って名前はポチ丸と名付けて可愛がりたい!



『っ、願いが一気に大きくなりました! 素晴らしいです! これならいけます! いきます! 翡翠の涙結晶、起動――展開っ! オル子さんの願いを具現化しなさい!』


 天使さんの掛け声とともに、黄金の光が私の体に集まった。

 ああ、これで私は人に戻るのね……さようならシャチの私。はじめまして人の私。


 高鳴る胸の鼓動を感じながら、私は光が収束するのを待った。黄金の輝きが霧散し――そこには困ったように笑う天使さんが。あれ、どしたの?


『これでオル子さんの願いは叶え終えました……の、ですが。オル子さん、あの、私の勘違いでなければあなたの願いは人化することだったように思うのですが』

「……ほえ?」


 恐る恐る訊ね掛けてくる天使さん。何を今さら。私の願いは最初からそう言ってるじゃない。さあて、人化に成功したかしら!

 私は自分の掌に視線を落としてみる。ほむ、見事に黒光りしてるヒレが見えるわね。

 ぼよんぼよんと飛び跳ねてみる。ほむほむ、いつも通りの弾力性豊かなぽっこりお腹ね。

 ……おかしいにゃあ。私の目が確かなら、未だにシャチボディのままなんですけども。


「天使さん、天使さん。願い、叶ったのよね? 私の願い、叶っちゃったのよね? 人化していないんですけど! どうして!?」

『どうしてと申されましても……こちらがオル子さんの願いの形として翡翠の涙結晶が生み出したのですが』


 そう言って、天使さんは視線を足元へと向ける。

 つられるように私も視線を下へ。そこには白い物体……というより生物は、舌を出して私を見上げている。まあ、なんて目つきの悪い白ポメラニアンなのかしら。生後三か月くらい?

 ブサカワを地で行きそうな目つき悪い系ポメラニアンは、私の前でお座りしてる。ええと、この白ポメが何? 私の願いと何の関係が?


「天使さん、天使さん。この目つきの悪い白ポメラニアンは何かしら?」

『ですので、オル子さんの願いによって生まれたワンちゃんです。翡翠の涙結晶によって生み出されたようです。魔力によって肉体を具現化し、この周辺に漂っていた強者の魂を器に封じ込めて誕生したようです。名前はポチ丸となっているようですが、心当たりは?』

「いや、心当たりも何も、そんなものは微塵も……」


 そこまで考え、私はハッと言葉を止める。

 待て。待て待て待て。ある。心当たり、ある。

 さっき願いを念じ続けたとき、私は何を願った? 人になること、それは確かに念じたけれど、想いが足りないって言われて、さらに自分の欲望を吐き出しまくった。

 そのときに、確かに言った。白い犬を飼ってポチ丸って名付けたいって。

 いや、でも待って。あれ言ったの、最後だけじゃない。私の願いの九割は人化したいだったじゃない。おかしいわおかしいわおかしいわ。

 青ざめる私に何か察したのか、天使さんは気まずそうに説明をする。


『翡翠の涙結晶が叶えられる願いは一つだけです。魔力が満ち、願いの想いが許容量に満ちた時、その瞬間の対象者の心にある願いを叶えるという魔具です。オル子さん、余計なことは一切考えてはならないと申したはずですが……』

「か、考えてない! 考えてないもん! 私はあくまで自分の願いを思い描いていただけで、人化のことを九割くらい考えてたもん! ……す、すみません、やり直しお願いします! もう一回、もう一回だけお願いします! 次はちゃんとするから!」


 懇願する私に、天使さんは首を横に振って拒否。な、なんでえええ!?


『残念ですが、この翡翠の涙結晶はもう私の魔力では起動できません。眠りにつきましたので、次に使用可能となるのは、二百年ほど後になるかと思います』

「しょ、しょんな……だったら天使さんの力でなんとか! シャチに転生させるほどの力を持ってるんだから、独力で人化するくらいなら!」

『残念ですが、それはできません。あなたをその姿に変えたのが私である以上、心苦しくはあるのですが、その権利を私は有しておりませんので』

「そこをなんとか! 無理を承知の上で! お願いよ、私の恋が、夢がかかっているの! お礼も償いも死んだ後で何でもやるから! だからお願いよおおお!」

『本当に申し訳ありませんが……夢が一つ叶ったと思って諦めて下さい。ほ、ほら! とてもか、可愛いワンちゃんですよ! 特徴的な目つきなんてほら、珍しいことこの上ありませんよ! 前世の姿に引っ張られたらしく、とても獰猛な目つきなポメラニアンですね!』


 そう言って白ポメを抱きかかえる天使。

 いや、顔思いっきり引きつらせてるわよね。全然可愛いって思ってないわよね。

 白ポメを私の前にそっと置いて、天使さんは気まずそうに咳払いをしつつ、お別れの言葉を告げた。


『大変心苦しいのですが、私も仕事がありますので、そろそろ失礼いたします。大丈夫ですよ! オル子さん! あなたならどんな逆境でも覆せます! いつの日か人化できますよ! ネバーギブアップ! そのポメラニアンの前世もグラファンという強者だったようですし、きっとあなたの力になってくれますよ! それではまたお会いしましょう!』


 最後に何かとんでもないことを言い残して、天使は消えていった。

 とりあえず、私はぷかぷかと浮き上がって、台座の上を確認。そこにあるのは輝きを失った翡翠の涙結晶。


 背後を振り返って、エルザに視線を向ける。あれ、凄く可哀想なものを見る目で見られてる。

ルリカに視線を向けると、あれ、気まずそうに逸らしてるね。おかしいね。

 ミュラは目つきの悪いブサポメを抱きかかえて、トコトコと私の傍へ。そして、私を見つめながら、ブサポメが申し訳なさそうに一言。



「……いや、気付けばこんな姿になっていた俺が謝っても仕方ねえとは思うんだが、その……すまねえな」

「――ぬわあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



 絶叫と共に、私は糸が切れた人形のように床へと沈んだ。

 終わった。私の夢が、人化が、令嬢生活が、恋愛物語が、全てがブサカワ系白ポメラニアンに変わって終わってしまった。

 しかもその中身はさっきまで殺しあっていたグラファンだなんて酷過ぎる。


 さようなら、美少女の私。ただいま、シャチの私……あふん。








 ~2章 おしまい~



 

 

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