22.待っていたわ。私の令嬢物語のはじまりよ
私のことを始祖『はじまりの女神』、オルカナティアと呼んで頭を下げるルリカたち。
始祖ってあれよね。ルリカが前に話していたアクア・ラトゥルネのご先祖様のことよね。それが私って……やばい、この娘たち、とんでもない人違いならぬ魚違いしてらっしゃる! これは指摘してあげなければ!
「ルリカ、私はオル子であって、そのあなたたちの言う『はじまりの女神』とやらではないのだけれど」
「いえ、我らにとってオル子様は始祖様に他なりません。強き魔物に襲われていた私たちを救うため、力を振るわれるその凛々しいお姿……まさしくアクア・ラトゥルネが語り継ぎ謳い続けてきた始祖様そのものなのです」
「始祖って、あなたが前に言っていたアクア・ラトゥルネの始まりの魔物よね? 魚の魔物でありながら、翡翠の涙結晶の力によって人の姿となった人魚姫」
「その通りです。始祖オルカナティア様は遥か海底で我が子たちを見守るため、永き眠りについたと言います――死にゆく運命を待つだけだった我らをお救い下さったオル子様のお姿を見て、始祖様と重ねないアクア・ラトゥルネなどどこにおりましょう」
あー、うん、そういうこと。ううん、あの、ごめん! 私、その魚とは違う魚なのよ!
オルカナティア、確かに名前といい、恋するために人の姿になったりとかなり……いいえ、めちゃくちゃ親近感がわくんだけど、それでも私じゃないのよね。
だから、ルリカたちにキラキラした目で見られるのは非常に申し訳ない気持ちでいっぱいというか……よし、ちゃんとしっかり言ってあげないと!
「申し訳ないけれど、人違いだわ。ルリカ、私はあなたたちを助けたのはあくまで偶然だし、アクア・ラトゥルネの存在を知ったのはつい先日あなたたちと出会った時が初めてなの。私はあくまでオル子という魔物であり、そのオルカナティアなんていうあなたたちの崇める存在ではないのよ」
「そう、ですか……」
うぼあああ! めっちゃ目に見えて落ち込んだやん! 目のライト消失したんですけど!
こ、これはいかん! どんだけ私のこと始祖様と信じ込んでたのよ!? これはいけないわ、サンタさんを信じる子供の夢を長靴で踏みにじってしまった気分! な、な、なんとかフォローを!
「だけど、私があなたたちの命を救ったことは事実でしょう? 始祖オルカナティアとやらはあなたたちの窮地に手を差し伸べなかったけれど、私はあなたたちの命を欲し、今こうして目の前に存在しているわ」
「オル子様……」
「あなたたちのために動いたのはあくまで私だけの意思。私がそうしたいから、そうしただけ、ただそれだけなのよ。そこに始祖だのなんだのといった余計な物を挟まないで頂戴」
イカ大王を倒したことだって、オルカナティアとかいうの関係ないしね。
そう、あくまで行動を起こしたのは私たちなのよ! 関係のない過去の魚はお呼びでないの! ベーコンにするわよ!
「ルリカたちを救ったのはこの私、オル子よ。よそ見なんていらない、始祖なんて知らないし興味もないわ。ルリカ、二度目は許さないわ。あなたたちはその命を欲してやまないこの私だけを見ていなさい――いいわね?」
要約すると、『始祖なんてどうでもいいじゃん! 助けたのはオル子ちゃんなんだから私に深く感謝してよね! なんなら翡翠の涙結晶の情報をくれてもいいのよ! チラッチラッ』ってことよ。
むふー! やっぱり勘違いさせたままなんてよくないもんね! 言ってやった言ってやった! 引っ込み思案でおとなしいと評判のオル子ちゃんだって言う時は言うもんね!
さて、そういう訳でお礼として翡翠の涙結晶の情報を……って、うおおおおい!? ルリカさんたち泣き出したんですけど! ボロボロ泣いてるんですけど!
「あばばばばば、や、やばいエルザ、美少女泣かせちゃった! どどど、どうしよう! ちょっと言い過ぎたかも! これは土下座するしか!」
「絶対にしないで。いいから、さっきまでみたいに演じ続けなさい――それでうまくいくわ」
小声で訊ねても、厳しいエルザ監督はひたすらゴーサインの指示。鬼ですかこの娘。
うう、罪悪感が半端ない、こんなことなら『そうそう、私! 私がオルカナティアなのよ! ところで私、事故を起こしちゃってお金が必要で……』って感じで始祖を演じればよかったのかしら……でも、それはそれで絶対嘘がばれるじゃん……じゃじゃじゃじゃーん……
エルザはああ言ってるけど、小心者の私としては、こんな大勢に泣かれて耐えられる訳がない。よし、土下座しよう。謝ろう。
このオル子、土下座することに一切の躊躇はないタイプよ! 前世で妹の部屋に勝手に入って構ってコールしては怒鳴られ、何度土下座したことか! 何よ、寂しいお姉ちゃんに構ってくれてもいいじゃない! ケチ!
いざ土下座を敢行しようとしたとき、涙をぬぐったルリカが顔を上げ、微笑んで告げた。
「――ありがとうございます。オル子様のおっしゃる通り、オル子様は始祖様ではありませんでした」
「えっと……そ、そうよ。私はそんな存在じゃないわ」
「誓います。我らアクア・ラトゥルネの民は『過去』に『始まり』を与えて下さった始祖様の為ではなく、『未来』に『始まり』を与えて下さったオル子様の為に生きることを」
「そうよそうよ! ……え?」
「私たちを欲してくれたオル子様に、我らアクア・ラトゥルネの命、その全てを捧げます――それがオル子様のお望みならば」
いやいやいやいや、何か話がぶっ飛んでるんですけど! 私に全てを捧げるって何!?
誰がルリカたちの命を欲しいなんて言ったのよ!? 私だよ! そうだよ! 私が言ったのよ! でもそういう意味じゃなかったもん! 話の文脈の前後で分かるニュアンスじゃない!?
ルリカたち、凄く嬉しそうに私を見つめてるんですけど! というか、嬉し泣きしてる娘がいっぱいいるんですけど……どこに泣く要素があったのよ!
無理無理無理! なんか自分でも舵取りがきかない方向に話がぶっとんじゃってる! エルザ、助けて! この娘たちの勘違いを解いてあげて!
必死にアイコンタクトでパチパチと視線を送ると、エルザが仕方ないとばかりに前に出た。いけ、エルザ! 頑張れ頑張れ!
「ルリカと言ったわね。あなたがアクア・ラトゥルネの代表でいいのね?」
「はい、そうです。あなたは?」
「私はエルザ。色々あってオル子と道を同じくする者よ。オル子がこれから進もうとする道は修羅の道。先に言っておくけれど、半端な覚悟で来られても迷惑だわ」
え、そんな道を私たちは行こうとしてるの!? 初耳なんですけど!
そんな道止めましょうよ! もっと平坦でのんびりした道に変更して頂戴!
「オル子は仲間を求めているわ。彼女の為に生き、彼女の為に死ぬことができる断固とした覚悟を持つ、そんな仲間を。そうでなければ、この娘の進む道についてこられない。その覚悟があなたたちにあるのかしら」
「誓いは違えません。私たち、アクア・ラトゥルネはオル子様に己の未来を見ました。この『終わり』を迎えた命は、オル子様によって新たな『始まり』を与えられたのです。なればこそ、その覚悟に迷いなどありえません。違いますか?」
「だ、そうよ。どうするの、オル子?」
むぼおおお! い、意見を求めてくるんじゃあない!
学校の授業中、予習を微塵もやっていないときに限って先生に当てられるもの。今、まさにそんな気分だわ!
どうしよう、アクア・ラトゥルネの皆さんの命を差し出されたり私の為に死なれたりしても困る、困りまくるのよ。寝覚めが悪すぎるじゃない!
美少女美女集団がこんな駄目シャチのために死ぬなんて嫌過ぎる。私としては、翡翠の涙結晶の情報さえもらえれば、あとは『ああ、こんなシャチもいたね』くらいの別れで良かったのに!
ぐぬう、それでいいじゃない。折角の美人さんなんだし、こう、貴族の館か何かでメイド服に身を包んで、そういうお仕事にでも従事しつつ素敵な出会いでも探せば……館で給仕?
う、うおお! ピーンと来た! そうよ、この娘たちみんなまとめてオル子ハウスで働いてもらえばいいんじゃないの!
広い館だけど、住人は私たち三人しかいないから部屋は全然使わないし、手入れもされないしで勿体ないと思っていたのよ! この娘たちを雇えば、全部解決じゃない!
アクア・ラトゥルネの美人さんたちが働いてくれたら、私の夢である令嬢生活も捗るってもんだわ! 朝起こしてもらって、料理も用意してもらって、ドレスも着付けしてもらって、むふー! 気合入ってきたー!
「ルリカ、そしてアクア・ラトゥルネたち。あなたたちの覚悟、本気だと受け取って構わないのね?」
「はい。この身、この魂のすべてをオル子様に捧げます」
「ふふふ、その言葉、決して忘れないで頂戴。あなたたちの命はこの私のものよ! いい? あなたたちは私の許可なく死ぬことを決して許さないわ! 私の許しなく死ぬことは、私に対する最大の罪だと知りなさいな! その誓いに殉ずる限り、このオル子があなたたちの命を輝かせる最高の場を与えてあげるわ!」
ミュラを頭に乗せ、私はぴょこぴょこと上機嫌で飛び跳ねて洞窟の外へと向かった。もちろん、ルリカたちをマイハウスにご招待するためよ!
まずは職場見学! 館をぐるっと回って、この娘たちがOKを出してくれれば我が家にも夢の給仕さんが!
部屋なんて何百でも余ってるし、一人一部屋で好きなように使ってもらって、備品も好きなの適当に移動してもらって……うおおお! やることいっぱいできちゃった!
この調子ならそろそろ領地経営令嬢にクラスチェンジできるかもかーも! 特産品の美味しい美味しいシャチクッキーはいかが?




