20.マザー・オル子な私は聖女。聖女として召喚しなおさない?
私たちの侵入に気づいたらしく、フロア内の巨大ザリガニたちが一斉に動き出す。
巨大っていっても、私より全然小さいんだけどね。
「ザリガニさんが四匹……ふふっ、随分と私の命も安くみられたものね! 美しく咲き誇る花の価値というものをあなたたちに死をもって教えてあげるわ! たんぽぽオルカ、いきます!」
「一匹貰うわね。あとの三匹は適当に押し潰して」
銃を構え、エルザはザリガニに発砲。わお、ヘッドショットカッコいい。見事なスナイプ。
おっと、私も負けてられないわ。オル子ちゃんの、ちょっといいとこ見てみたい! そーれ圧殺、圧殺!
「オル子が通りまーす! ちょっとここを読者モデルに選ばれそうな美少女シャチが通りまーす! 道の舗装工事のため、近隣の住人の皆様には大変ご迷惑をおかけしておりまーす!」
『グギュギャッ!?』
体育館を転々と転がるバスケットボールのごとく、私はダムダムと飛び跳ねてザリガニ三匹を丁寧にペチャンコにしてあげたわ。殲滅完了!
ザリガニだけあって、守備Dは立派だけど、その程度では力Sの私は止められなくてよ?
いい? あくまで力がSだからワンパンで倒せたわけであって、決して私がおデブちゃんだからというわけではないのよ。そこを勘違いしないよーに!
周囲を見渡して、安全確認、よし!
私が後方の二人にぴょんぴょんと飛んで安全を知らせると、ミュラが全力ダッシュで私に近づきライド・オン。
ミュラに遅れてゆっくり近づいてきたエルザに話しかける。
「やっぱりステージ2になるとレベルが上がりにくくなるのね。Dランクを四匹もまとめて倒したのに上がりませんヌ」
「想定内だから気にしてないわ。むしろ4つも上がってるんだから頑張ってる方よ」
私とエルザのレベルは共に5。
この蒼海の洞窟にきて三日。バリバリ敵を無双してるけど、ちょっぴり寂しい上がり幅。
まあ、レベル5というより実質25なんだから当たり前と言えば当たり前よね。RPGならそろそろスチール・ブレードを卒業して良い武器に買い替えるレベルだわ。
「私たちは気長にレベルを上げつつ、馴染む戦い方を探っていくくらいに考えておきましょう。それよりも大事なのはミュラのレベルよ。ミュラはレベル上がった?」
エルザの問いかけに、ミュラはこくこくと頷く。おお! レベルアップきたー!
ミュラがレベルアップすると、まるで我がことのように嬉しいわ。これが母性というものなのかしら。
よし、私がミュラをどこに出しても恥ずかしくない女の子に育ててみせるわ。そう、この私のように! この私のように! 大事だから二回言ったわ! おほほ!
「これでミュラのレベルは15まできたわね。あと5なら二日くらいでいけるかしら」
「うんうん! ミュラ、あなたが進化できるまでお母さんが頑張ってパワーレベリングするからね! 娘のために戦う母の背中をしっかりと見ていなさいな!」
「いつからミュラの母親になったのかしら」
「これだけ懐かれてずっと一緒にいると、もう私の娘としか思えなくなりました。ミュラはお母さんのこと好きよね?」
私の問いかけに、ミュラはペチペチと私の頭を叩いて肯定。むふー! 愛されて百周年! 愛され過ぎて申し訳にゃんこでございます!
翡翠の涙結晶を手に入れて人間に戻った暁には、ミュラと一緒にショッピングにいきましょう。美少女二人、可愛い服をたくさん買ってランチと洒落込むの。
「そうそう、フォークの使い方はそれでいいのよミュラ。パスタの正しい食べ方ができて一人前のレディというもの。エルザパパ、デジカメで私たちの娘の成長をしっかり撮って頂戴! 運動会とお遊戯会では特に気合を入れてもらわないと困るわ! まずは場所取りからよ!」
「さ、奥に進みましょう。この通路の先はまだ行っていないから進んでマッピングしないと」
「ああん、待ってえ! 仕事で疲れてるんだよって冷たく放置された気分! シャチは寂しいと死んじゃうのよ!」
先に進むエルザを慌てて追っかける。
でもオル子知ってるよ。ご飯のとき、エルザがミュラにこっそり食べてるものをあげては穏やかに笑っているのオル子知ってるよ。
エルザも大概親馬鹿ね! 私にはツンデレだけど! もっと私にも愛を注いでくれて構わなくてよ!
「ここに籠って三日、まだこの洞窟の支配者には遭遇していないわね。出会えなくて普通なんだけどね」
「そうなの? クユルの森とかヴァルガン洞では簡単に出会っちゃったけど」
「広範囲の支配地で、ノーヒントでたった一匹の魔物を見つけ出すのがどれほど難しいかなんて言わずとも分かるでしょうに。だから、魔王軍があなたを探すのも苦労すると思うわよ? 支配地持ちだって判別する魔法や、そんな存在を見つけ出す魔法でもあれば別だけど」
まあ、確かにそうよね。
私がどんな魔物かも知らない魔王軍が私を探し出すなんて、とんだ無理ゲーだもの。魔王の眷属みたいに『あ、こいつボスだ!』って一目で分かるならまだしも、私ってほら、どう見てもその辺に溢れてるごく普通の女の子だし。
そう考えると、魔王軍の刺客に関しては当分安全だと思っていいわよね。そもそも連中が私を探しているかすらも分かんないわけで。
「ねえエルザ、もしかしなくても私たちがこっちから手を出さないかぎり、魔王軍は問題ないんじゃないかしら? リナの押し付けてきた領地のこと以外で私が魔王軍に狙われる理由なんてないもん」
「ここまで僻地に逃げ込んでいるし、魔王軍のことは当分頭から切り離していいわ。リナ・レ・アウレーカの話を信じるなら、魔王軍が動き出すのはまだ先だろうしね。連中が本腰を入れないうちに、対抗できる力を確実に蓄えておくつもりよ」
そかそか。それだけでもだいぶ気持ちが楽になるわ。
困ったものよね、私は魔王の座なんて微塵も興味がないってのに。私たちは魔王なんて無関係なんですー。そう思うわよね、ミュラ。
ミュラをあやしながら通路を進んでいると、エルザがぴたりと足を止める。ぬ?
「どしたの、エルザ。何かいた? 潰し殺しますか? 転がり殺しますか? 撃ち殺しますか? ただいまキャンペーン中につきポテトをセットで頼むとお得ですよ?」
「しっ、静かに……この先から悲鳴が聞こえるわ」
「ほむほむ、悲鳴とな……え、何それは」
私には全然聞こえなかったんだけど……通路の先に何かいるってこと?
悲鳴ってことは、それも襲う側と襲われる側がいるってことよね?
「女型の魔物の悲鳴ね。あなたの言っていた『アクア・ラトゥルネ』たちが襲われているのかもしれない」
「ほええ。そっか、洞窟が一回りして、あの娘たちのところまでつながってたのね……って、ぬわああんですって!? 人魚ちゃんを襲っているですって!?」
あの美女美少女の皆様が悲鳴をあげている……美女たちの集まりを強襲する存在。
ま、まさか俺様系の美形男の襲来!? 偉ぶった俺様貴族!? 美少女たちが悲鳴を上げるなんてそれくらいしか思いつかないわ!
美人魚集団のもとに訪れ『気に入ったぞ。女ども、今日からお前たちは俺様のものだ』なんて言っちゃうの!? ぬううう、なんてこと!
「エルザ、こうしてはいられないわ! ミュラをお願い、私が先行するから援護よろしく!」
「まあ、あなたならそうなるわよね。いいわ、せっかくのこの機、大いに利用しましょう。アクア・ラトゥルネには気持ちよく私たちの力となってもらいましょうか」
頭に乗っかっているミュラをエルザに預け、私はヒレをばたばたさせてすっ飛んでいく。
不覚だったわ。考えてみれば、ルリカはおっとり系美少女、それも清廉清楚という言葉がよく似合うパーフェクトにヒロイン要素満載じゃない!
ああいう娘を巡って恋愛ファンタジー物語はドロドロの愛憎劇を繰り広げられるのがお約束というもの! つまり、あの娘の傍にいれば確実にイケメンに巡り会えるが道理!
「今からでも遅くはないわ! ルリカの親友役として俺様貴族に噛みつき、ルリカと俺様貴族の恋を応援するポジションに滑り込むのよ! そして、物語のエピローグ、ルリカの結婚式のシーンで二人を祝福しつつ、私は俺様貴族の親友である優し気な男の子とちゃっかり婚約――見えた! 見えたわ! 私の愛のフローチャートおおお!」
興奮し過ぎて、私の飛行は乱高下。
ぼよんぼよんと道を飛び跳ねながら、私は悲鳴の聞こえるフロアへと飛び込んだ。むふー! ルリカ、親友のオル子がただ今まいりまーす! びたんびたんびたん、ドリブル、ドリブル、ベジタブルー!
「――待ちなさいっ! それ以上の狼藉はこのオル子が許さないわよ! 嫌がる女の子を無理矢理だなんてこの私が……許さな……」
「お……オル子、様……?」
『グオオオオオオッ!』
一段と広いフロアに飛び込むと、そこには超巨大なイカさんがこんにちは。そんな化け物に追い詰められているルリカたち。
え、何このとれたて新鮮巨大イカ。魔王の眷属の大樹に負けず劣らずビッグサイズじゃないの……俺様貴族は? 私の旦那様との出会いへの流れは? イカの親友って人間だったりするの?
って、このままじゃルリカたちが食べられちゃう! こんなアホなことを考えてる場合じゃないいい! 人命救助第一!
「『レプン・カムイ』発動――たかがイカ如きがその娘たちに手を出そうなど、随分と戯けてくれるじゃない。お前とはこの私が直々に遊んであげるわ! 簡単に死ねると思わないことね!」
『ゴアアアアア!』
これでもかと苛立たせるような言葉を羅列して、ワル子キャラを演じつつタゲ取り挑発スキル発動! よし、食いついた!
足を鎌首のようにもたげさせ、矢のように放って襲い掛かってきた一撃を旋回して回避、そのまま純白ボディに体当たりドーン! よし、ちゃんと押し返せる、パワーは明らかにこっちが上よ! パワーSは伊達じゃない!
私の攻撃後、間髪入れずに後方からエルザのサンダー・ブラスターが飛んできてイカを直撃。さっすがエルザ、タイミングばっちり!
「どうやらこの蒼海の洞窟の支配者みたいね。丁度いいわ、このクラスの相手にうまく立ち回れるか試してみたかったところよ。オル子、やるわよ」
「当然よ。ルリカ! あなたたちは通路まで下がって私の勝利を待ってなさいな――あなたたちの命、この程度の雑魚に与えてあげられるほど安いものではないのだから」
私はアクア・ラトゥルネたちを守るように前に出て、巨大イカをゴリゴリと押し返す。どっせーい! はっけよーい、のこったのこったー! どすこいどすこい! 目指せ昇進!
彼女たちから強引にイカちゃんを引き離し、私はチラリと視線を後方へ向ける。彼女たち、逃げてくれたかしら……って、うおおおい!? なんで逃げてくれないの!? オル子さん必死の指示を出したのにそりゃないですわよ!?
なんかみんな揃って熱っぽい視線でボーっと私を見つめてるんですけど! 熱いまなざし感じるんですけど! なんでよ!?
シャチの戦闘が物珍しいのは分かるけれど、お願いだから早く避難してえええ! 私は水族館で芸を披露するシャチじゃなくてよ!
で、でも素敵な男の子を紹介してくれたら芸でも土下座でもなんでもしちゃうかも……自分の欲望にちょっとだけ正直な女の子、オル子です!




