18.人魚と魚人、悲しいほどのニュアンスの差はいったい
美少女ハーレム~ウンディーネに囲まれたシャチが熱視線を集め過ぎている件について~……などとアホなことを考えている場合ではない! とうっ!
私はジタバタとヒレをはためかせ、宙に浮きあがった。いつまでも見下ろされる形じゃ、魔物としての威圧感を与えられないわ!
より強いものが上から見下ろす、それが自然界の掟だって野良猫特集番組で見た気がするもの! 私はボス猫よ、ふしゃー!
荒ぶるシャチのポーズを決めていると、先頭に立つおっとり系美少女さんが私に透き通る声で訊ね掛けてくる。
「あの、お怪我はありませんか?」
「き、気にすることはないわよ。私たち以外に意思疎通の出来る魔物の気配がしたから、興味本位で会ってみようと思ってみただけなの。あれに『ワザ』と引っかかったら早いかなってね」
ど、動揺せずに言えた! そうよ、あれはあくまで『ワザ』とだからね!
決して投網に釣り上げられたまな板の上のシャチなんかじゃないだから! ぴちぴち!
というか、今更だけど、この人たちって何だろう。 上半身が人間、下半身が魚……の人もいれば、上下人間で統一な人もいる。
共通してるのは耳が水かき状、ウンディーネ耳ってところなんだけど……魔物、よね?
エルザやミュラと同じ女の子モンスターってところは間違いないんだけど……みんな綺麗ね。女の子モンスターってもしかして絶対美人か美少女なの? つまり、私が人化したら美少女確定? むっはー! オル子さん、人生勝ち組でございます!
「お怪我がなくて良かったです。まさか網魔法に意思ある他種族の魔物が掛かるとは思っていませんでしたので。私はルリカと申します、あなた様は?」
「オル子よ。ルリカ、あなたたちはこの蒼海の洞窟に住んでいるの?」
「住んでいるというよりも、落ち延びた先がこの場所だったと申し上げたほうが正解なのでしょうね。私たちは、『海悪鬼』に敗れた『アクア・ラトゥルネ』の生き残りなのです」
「『海悪鬼』? 『アクア・ラトゥルネ』?」
初めて耳にする言葉に、私はこてんと首を傾げる。そんな私に、ルリカは優しく説明してくれた。
この地方の海は、魔王軍の本拠地から離れていることもあり、あまり魔王の影響を受けない場所らしい。
特に海域は『海王』と呼ばれる強き王が代々海の魔物を統括し、支配地として維持してきたそうなの。王と同じ、海に生きる人型の魔物、それが『アクア・ラトゥルネ』。
だけど、前魔王アディムが死に、『魔選』が始まってから、この地にも次期魔王に名乗りをあげんとする強き魔物が現れたらしい。
その名は『海悪鬼グラファン』。彼は獰猛な部下たちを率いて、『海王』の治める支配地を狙って彼の城へと攻め入ったそうな。
『海王』も部下を率いて頑張って応戦したけれど、『海悪鬼』は海で最強と謳われる『海王』をあっという間に倒してしまった。これが今から三カ月ほど前のこと。
「私たちは戦闘になる前に、王の命によってここまで逃げ延びたのです。海王城から離れたこの地ならば、『海悪鬼』の追手も来ないだろうと」
「なるほど、そういうことだったのね。しかし、『海王』というのは相当の強さだったんでしょう? それをあっけなく倒すだなんて、『海悪鬼』、なかなか面白い相手じゃない」
嘘です。全然面白くないです。微塵も笑えません。必死に格好つけてるだけです。
『海王』ってあれでしょ、いわゆる『魔王』の海バージョンでしょ? それを一蹴するだなんて、どんな化け物よ。
絶対会いたくない、会ったら死んだふりをして危険回避するしかないわ。どうも、浜辺に打ち上げられたシャチです。海に優しくリリースしてあげると跳ねて喜びます!
「確かに『海悪鬼』は昔から強き魔物ではありました。ですが、決して『海王』に打ち勝てるほどではなかったのですが……」
「ふうん。それで、あなたたちはここで『海王』の敵を取るために雌伏しているの?」
「いえ、私たちにそんなつもりはありません。魔物の世界は弱肉強食、強者が全てですから。私たちは王の最後の命に従い、可能な限り生を全うしたいと思っています」
まあ、それが正解よね。
王様の敵打ちしようにも、相手がチートモンスターじゃねえ……みんなこんなに美人さんなんだから、無駄に死ぬことなんてないわよ。
うんうんと納得して、私はエルザたちの元に戻ることにする。そろそろ戻らないと、エルザたちの方から探しに出ちゃうかもしれないし。
貴重な情報が聞けたし、人魚さんなんてファンタジーな存在に会えたし、良かった良かった。とにかく海王城って場所には絶対近寄らないようにしましょう。
「それでは、そろそろ私は戻るわね。色々と面白い話を聞かせてもらえて楽しかったわよ、ルリカ。しばらくこの洞窟にいる予定だから、また会えるかもしれないわね」
「ええ、オル子様の旅に始祖の加護がありますように」
「始祖?」
「ええ、私たちアクア・ラトゥルネの始まりと伝えられる女神です。魚の魔物であった女神は、魔族と恋におち、『翡翠の涙結晶』の力で人化して結ばれたそうです。その子孫が我らなのだとか」
「――え」
ちょっと、待って。今、なんて言った?
魚の魔物が、アイテムの力で、人化した? その子孫がアクア・ラトゥルネ?
おおおお、落ち着け私、深呼吸、深呼吸よ。動揺を悟られては駄目。落ち着いて、冷静に、必要な情報を引き出すのよ。
「そ、それは面白い話ね。魚の魔物がひひひ人になったの? ひ、翡翠の涙結晶って道具にはそんな力があるの?」
「そう伝えられています。『翡翠の涙結晶』はアクア・ラトゥルネの至宝で、海王城の宝物庫に保管されています。私も一度拝見したことがあるのですが、とても美しい宝石でしたよ」
「ふふふふーん! ぜ、全然興味ないけどね? いや、そんな道具使いたいとか全然思わないけど、絶対手に入れてやるなんて微塵も思ってないけど! 翡翠の涙結晶、翡翠の涙結晶、翡翠の涙結晶……」
「あの、オル子様?」
よし、繰り返し呟いて単語を頭にインプット完了。いち、に、ぽかん! オル子は翡翠の涙結晶を覚えた!
ルリカたちに別れを告げ、私は全力で海の中にダイブ。そして猛スピード。
うおおお! 急げ、急ぐのよオル子! 今は一分一秒が惜しいわ! 早くエルザたちの元へ、この素晴らしい神情報を持ち帰るのよ! 私がヒロインになるときが来ているというのよ! それを分かるのよ、エルザ!
早く、早く! くぬううう、シャチクロール! シャチ平泳ぎ! シャチフライ! シャチかき!
元のフロアに戻ってきたら、なぜか打ち上げられた魚でいっぱいだった。生臭!
誰よこんなところに魚なんかぶちまけたの! 邪魔よ、人の迷惑を考えなさいよ、バカ! おっと、今はそれどころじゃないわ! エルザー! エルザ―!
エルザたちが休憩しているフロアに到着。いた、二人とも座って休憩してる!
宙を全力で加速して二人の前で急ブレーキ! よし、早速二人に話を……って、ぬわああ! ミュラが顔面に張り付いて、物凄い勢いでペチペチ叩き出した! なぜに!?
「あなたが帰ってくるのが遅いから拗ねちゃったのよ。責任取ってあやしなさい」
「あややや! ごむぇーん、ミュラ! おーよしよし、良い子良い子! 頬ずり頬ずり、そーれそれそれ!」
オットセイがボール遊びをするように、ミュラを頭の上でポンポンと跳ね上げる。すこぶるご満悦そう。
うむ、とても嬉しそうで何よりね。やっぱり子どもは笑顔がいいわねえ……って、違う! 今はそれどころじゃないの! でも可愛いのでもう一回頬ずり頬ずり。
私はミュラをいつもの頭の上にセットして、エルザに胸を張って宣言する。
「エルザ! 女はいつの時代も輝く宝石を求めるもの! 淑女なら、盗んで見せよう、ホトトギス!」
「落ち着いて、オル子。何が言いたいのか微塵も分からないから」
これ以上ないくらい大きなため息をつかれたでござる。しょんぼり。




