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16.憧れは真似したくなるもの、それが成長の第一歩だもの

 



 小鳥のさえずりから私、オルコット令嬢の一日が始まるの。


 簡単な支度を済ませ、私は愛する家族とともに朝食を迎える。

 公爵貴族であるお父様は忙しいので不在。公爵夫人であるお母様もとりあえず忙しいので不在。多分いるであろう血のつながっていない義弟もそこはかとなく忙しいので不在。

 そんな愛する家族に囲まれて、私は少し遅めの朝食を楽しむ。


「まあおいしいわ。エルザさん、この果実はシュルーテ地方のアプールかしら?」

「魔王の眷属の死骸から毟り取った果実でしょ」

「素材の味を生かしきった素晴らしい料理だわ。シェフ・ミュラはいつも見事ね」

「果実をあなたの口元に投げ入れるミュラの行動をはたして料理と呼んでいいものかしら」

「シェフ、紅茶が欲しいわ。カップはお気に入りのものじゃなきゃ嫌よ」

「あなたのヒレではカップ持てないじゃない」

「んもー! 何よ何よ、エルザの意地悪! ちょっとくらい令嬢気分に浸らせてくれてもいいじゃない!」


 ベンベンと床を叩いて抗議するけど、エルザはどこ吹く風で朝食続行。ぐぬう、いけず!

 エルザの容赦ない突込みのおかげで、私のヒロインごっこが数分で終わってしまったじゃない。

 こんなにも素晴らしい洋館が私たちの家になったのよ? だったらちょっとくらい浸って楽しんでもいいと思うの。


「エルザ、あなたには雅を理解する心が足りないわ。女の子は常にヒロインでありたいもの、綺麗に輝きたいものなのよ。そうよね、ミュラ?」


 私の頭の上に乗っているミュラに問いかけると、ミュラはシャリシャリと食べていたリンゴを私の口にグイグイと押し付ける。

 いや、違うから! リンゴを催促した訳じゃないから! でも食べるけど! ミュラありがとう!

 出会ってまだ一日しか経ってないけれど、ミュラはずっと私にベッタリね。まるでコアラみたい。まあ、私は前世で妹いてお姉ちゃんだったから、慣れたものなんだけどね。

 昔はウチの妹もミュラみたいに懐いてくれていた気がするんだけどなあ……成長したら『お姉ちゃん気持ち悪い』なんて平然と言うようになっちゃったけど。き、キモくないわ!

 とりあえず、昨日からミュラには好きなようにさせている。召喚しちゃったのは私だし、責任は持たないと。言葉は喋らないけど、凄くいい子だし、可愛いし、全然おっけー!


「今日も南へ向かいましょう。二人乗せて飛ぶことになるから、オル子に負担をかけてしまうけれど」

「大丈夫よ。エルザやミュラを乗せて飛行しても、全然重さを感じないのよね」


 二人を乗せて飛んでも、体感的には缶ジュースを背に乗せてる程度なのよ。こういうところは本当にチートスペックなのよね、シャチボディ。

 ここまでチートなら人化スキルもおまけで付属してもよかったんじゃないかしら、むしろしておくべきだったと思うの。ぐぬう。


「南に向かうのは全然いいんだけど、具体的な目的地とかあるの?」

「海よ。海が見えたら、海岸沿いに西へ飛んでほしいの。そうすれば、『蒼海の洞窟』って場所が見えてくるはず。そこでレベル上げを行う予定よ」

「海! 南国の海とおっしゃる!」


 差し込む真っ赤な太陽の光、海岸のビーチに賑わう人々。

 そこに颯爽と現れる謎の美少女三人組。夏の浜辺の視線を釘づけにする私たち。


『すみませーん! もしよかったら俺たちと遊びません? 俺たち、ここら地元なんで色々案内しますよ!』

『おほほ、ごめんなさいね。今日は遊びに来たのではなく、レベル上げに来ましたの。いきましょう、エルザさん、ミュラさん』

『うわあ……ぱねえ、マジあの娘ぱねえわ……水着の上からでも分かるあのミサイルみたいな流線形の体、たまんねえわ……マジリスペクトフォー魚雷だわ……』

『白黒はっきり分かれた体、嫉妬を通り越して憧れちゃう……私もあんなメリハリのついた体色になってみたいわ……』

『ママ―! 僕もあのシャチフロート欲しい! あれに乗って海で遊ぶんだー!』

『おほほほほほ! 皆さん、海でお楽しみの時間をお騒がせしてごめんなさいね! 私は遊びに来たのではなく、あくまでレベル上げに来ておりますのよー!』


「こうしてはいられないわ! エルザ、今すぐ水着の準備をしましょう! 浜辺の視線を釘付けにしないと! 夏は恋の季節よ!」

「水着って、あなたの何を隠すのよ。常に全裸状態なのに」

「うわああああん! 全裸じゃないもん! これがシャチのフォーマルなんだもん!」


 傷ついた! 非常に傷ついた!

 確かに私は全裸だけど仕方ないじゃない、シャチサイズの服なんてないんだもん!


「心配しなくても、戦闘になれば前衛に立つあなたに魔物の目は集中するわ。海の魔物の視線を独り占めよ、よかったじゃない」

「そんな視線は求めてないわよ! 冷静になって考えれば、異世界の海に海水浴場なんてあるわけなかったわ……ああ、私のひと夏の恋の夢が終わっていく」

「妄想で満足し終えたら話を聞いて頂戴。蒼海の洞窟では、少し強めの魔物で溢れているそうなのよ。ランク的にはD-以上ってところかしら」


 D-、たしかヴァルガン洞で最初に戦ったゴーレムがそんなランクだったかしら。

 一匹なら全然問題ないけど、そいつらが三匹も四匹もまとめてくると思ったらちょっと面倒かも。

 ふむふむと納得している私に、エルザは指を立てて話を続ける。本当、こういう仕草が庭うわよね、エルザって。先生というか、家庭教師のお姉さんって感じ。


「そこで、蒼海の洞窟でレベル上げを開始する前に、この辺りで何度か魔物と戦っておきたいの。私とオル子の調整と、ミュラの能力確認が目的ね」

「調整とミュラの能力確認?」

「そうよ。私たち、進化してまだ一度も敵と戦っていないでしょう? 能力上昇がどんな影響を与えているかを確認したり、新スキルの試し打ちもしておかないと、いきなり強い魔物相手に本番なんてリスクが高すぎるわ」


 確かにエルザの言うとおりね。

 その蒼海の洞窟ってところの魔物が強いなら、その前に弱い魔物でステージ2の力を慣らしておいたほうがいいもんね。さっすがエルザ、冴えてるう!


「ミュラの能力確認は言うまでもないわね。あなたの従魔として召喚されたミュラがどんな戦い方ができるのか、それを私たちが知っておかなければ話にならないでしょ」


 そうなのよね。ミュラってどんなスキルがあるのかとか、全然分からないのよね。

 私の識眼ホッピングでミュラのステータスは見れるんだけど、この力はあくまで他人のステータスを読み取るまでしか効果ないから、スキルが分からない訳で。

 ちなみにミュラのステータスはこんな感じだった。




名前:ミュラ

レベル:1

種族:キッズ・デモン(進化条件 レベル20)

ステージ:1

体量値:G 魔量値:A 力:G 速度:G

魔力:G 守備:G 魔抵:E 技量:A 運:C


総合ランク:D-




 うむ、微塵も分かりませぬ。

 魔量値が高いことは、魔法タイプなのかなとは思うけれど、魔力がGだからエルザみたいな火力キャラとは思えない。

 技量も抜きんでているけど、これがどこに作用するステータスなのかよく分からないのよね。

 とにかく、体量値も守備も著しく低いので、エルザと一緒に後衛なのは間違いないと思うの。


「まあ、たとえミュラに戦闘能力が無くても問題ないけどね! この娘は言うなれば我が家の愛玩キャラと言っても過言でもないわ! 可愛いは絶対正義、ミュラはウチのマスコットキャラ! そうでしょう、エルザ!」


 そう言ったらエルザから物凄く生温かい目で見られてしまった。解せぬ。














 私たちは早速とばかりに適当な魔物を見繕ってミュラの戦闘能力を探ることにした。


「ほむほむ、名前はスケルトン。ランクはF-、能力もGばかりで良い実験台ね」


 宿泊地点から少し歩くと、丁度いい雑魚魔物を発見。

 まだ結構距離があるから、この辺りでミュラと作戦タイムね。私は頭上のミュラに訊ねてみる。


「ミュラ、これからあなたにあのスケルトンと戦ってもらおうと思うんだけど……あなた、あれに勝てそう? あれを倒せそうなスキルは持ってる?」


 エルザの問いかけに、ミュラはぴょんと私から飛び降り、こくんと頷いて応える。

 おお、何か自信ありげじゃない! いったいどんな戦いを見せてくれるのか、ワクワクしていると、ミュラは両手を胸の前に翳して意識を集中しだした。

 そして、次の瞬間、ぽひゅんと間抜けな音とともにミュラの手の中に小さな黒い球体が現れた。まあ綺麗。


「これがミュラの武器……なわけないわよね。何の変哲もない玉にしか見えないけれど」

「黒真珠みたいで綺麗ねえ。ミュラ、これは何? これで戦うの?」


 私が質問すると、突然その黒ボールが光に包まれた。

 黒い輝きを放ったのち、ミュラの手の中にあった黒ボールはその姿を変化させていた。

 白黒の見慣れたボディ、ぷりんとした尻尾、愛らしいキュートな瞳……って。


「これ、私?」


 私の声に、ミュラはブンブンと強く縦に首を振る。

 彼女の掌の中に生み出されたのは、私をそのまんま小さくしたような人形だった。

 エルザの銃杖についているミニチュアシャチ人形みたいな感じ。あまりの出来の良さにちょっと感動しちゃった。これはちびオル子と名付けましょう。

 つまり、これはミュラの能力によって生み出された人形ってことで。


「わ、分かったわ! ミュラの能力はお人形を量産する力なのよ! これはもうミュラに私の大好きなラリアットクマの人形を作ってもらうしか!」

「これがミュラの攻撃スキルなのかしら。人形を作るだけで終わりとは思えないけれど」

「エルザ、何を言っているのよ。こんなにぷりちーで可愛らしいちびオル子の用途は愛でる以外にありえないわ! そうだ! これを量産して売りさばきましょうよ! ちびオル子のあまりの愛らしさに老若男女問わず大ヒット間違いなし!」


 ちびオル子人形の可愛さならば、きっと全世界の王族貴族平民関係なく大人気になるはずだわ。抱きしめてよし、撫でてよし、モフモフしてよし!


「ミュラ、それであのスケルトンを攻撃してみて頂戴」


 エルザの指示に、ミュラはこくんと頷いた次の瞬間――ぱくんとちびオル子を食べた。

 それはもう見事に、一口で、ぱくんと。ぼりぼりと。


「ぬ、ぬわああああ!? 小さな私が咀嚼されてるううう!? だ、駄目よミュラ、ぺっ、しなさい、ぺっ! そんなものを食べて頭がバカになったらどうするの!?」

「オル子、時々あなたの精神力のタフさに思わず尊敬しそうになる時があるわ」


 必死に背中をトントンしても、ミュラは吐き出そうとしない。

 こくんと思いっきり呑み込み、満足そうに胸を張っている。あわわわ、ど、どうしよう! 小さな幼児が変なものを口に含んだ時の対処法は、えとえと……

 おろおろ困惑していると、ミュラがトコトコとなぜかスケルトンの方へ歩き出し始めた。


「だ、駄目よミュラ! そんな魔物は放っておいていいから、ご飯を噛まずに一気に呑み込みましょう! ちびオル子の小骨が喉に刺さってたりするかもしれないわ!」


 慌ててミュラを追いかけようとした刹那、ミュラの体が黒い炎に包まれた。ひゅお!? 

 その黒炎に身を包んだミュラは、むくむくと膨れ上がってゆき全身の形状を大きく変化させてしまった。

 炎から解き放たれたミュラの体。それは全身を真っ黒に染め上げた、巨大な体躯とヒレや尾びれ……って、うおおおい! どう見ても2Pカラーの私じゃないのよ!?


「エルザ、どうしよう!? ミュラが私になっちゃった!? 真っ黒な私だからダークオル子と呼べばいいの!? それともワル子!?」

「……もしかして、あれがミュラのスキルなの? オル子、今のミュラのステータスを確認して」

「わ、分かった! むむむうーん! サイキック・ホッピング!」


 エルザの声に、私は慌てて識眼ホッピングで、ミュラのステータスをチェックする。




名前:ミュラ

レベル:1

種族:キッズ・デモン(進化条件 レベル20)

ステージ:1

体量値:B 魔量値:D 力:A 速度:C

魔力:D 守備:B 魔抵:D 技量:F 運:F




 す、ステータスが全部変わってる! これ、もしかしなくても私のステータス?

 全ての能力が一段階低下しているけれど、間違いなくこれ私のステータスの並びよね。それをエルザに伝えてみる。


「他者の能力をコピーできるってこと? つまり、あの娘はその気になればオルカ・ウィッチとして戦うこともできるの? ……オル子、あなた、とんでもない魔物を引き当てたわね。こんな力、聞いたことないわよ」

「そ、そんなこと言われても……わ、ブリーチング・クラッシュ使ってる。ああ、スケルトンがあっけなく圧殺されちゃった」


 ワル子となったミュラは、私のスキルであるブリーチング・クラッシュを発動させてスケルトンを一蹴してしまった。わお、追い打ちでまた発動。骨も残らないくらい粉々になりそう。

 容赦なく敵を轢殺するミュラの姿を眺めながら、私は呆然とするしかなかった。私と化したミュラの戦う姿を見て、まざまざと痛感させられてしまったある事実が一つ。


「私の戦い方って、デカい魚がとんだり跳ねたりしてるだけじゃない……?」

「何を今さら」


 むう……ちょっとこれはいけないわ。

 私の可愛らしく、おしとやか、華やかなイメージにこの戦い方は合わないもの。

 こんな落ち着きのない騒がしいばかりの戦い方なんて私のキャラに似合わないわね。そう思うでしょう、エルザ? ……あ、スルーですか、そうですか。ふーん!



 

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