127.良い女だもの、老獪な殿方でも手玉に取ってみせるわ
ウェンリーの怒声が響いた刹那、一気に距離を詰めようとする影が一つ。
躊躇することなく私へ斬りこもうとしたサムライ・ガールこと別人クレア――その剣をあっさりと切り払ったのは、もちろん私のナイト本物クレア。
大きく後退する別人クレアを睨みながら、クレアは私に顔を向けることもなく訊ねる。
「どういうカラクリかは分からないが、自分と同じ容貌をした者が主殿に剣を向けるというのは気に食わんな。主殿、アレは早々に私が片づけます。あまりに不快、目障りですので」
「目障りって……いや、でも待って、あの別人クレア殺しちゃうと、あなたの失った記憶とかを探る手掛かりが! できれば生け捕りというか、失神程度でテイクアウトできればクレアの記憶のヒントがですね?」
「ありがとうございます、主殿。ですが、もはや私に過去の記憶など必要ありません。記憶などなくとも、私には敬愛する主や信を置く仲間がいます。私には他の何者である過去など不要。この身は主殿の剣、オルカナティアのクレアですから――では」
『クカカッ! 言うようになったじゃねえか! 記憶失くしてボロボロ泣いてた鬼娘がよ!』
「そ、それを言うなっ!」
顔を真っ赤にしながら、クレアは別人クレアへ向けて疾走したわ。ポチ丸とイチャイチャしながら。リア獣め。
ただ、クレアが一人で別人クレアを抑えてくれるなら大分動きやすくなる。私たちは残存戦力で残る『六王』の二人相手に時間を稼げばいいんだから。
問題はどう割り振るか。相手はガウェルとウェンリー、流石にこの二人を凌ぐか。
エルザの交渉力のおかげで、三十分ほど戦闘を続ければ逃げてOKということなんだけど……さて。
私は視線を敵に向けたまま、みんなに早口で敵の情報を伝える。
「オル子さんスパイ情報のコーナー! ガウェルは近接剣戦闘で強化版クレア、ウェンリーは魔獣召喚でリナと同タイプって感じでしたよ!」
「『地王』はさっき私の魔法を切り裂いたわね……魔法無効化? 遠距離攻撃無効化? とにかく、私は相性が悪いでしょうから、私の相手はあっちね」
そう言って、エルザは鬼の形相をしたウェンリーに視線を送る。
そして、そのまま人数の割り振りを行っていく。
「前衛が一枚欲しいから、ミリィも『窟王』に。ミュラは偽オル子に乗って遊撃。ルリカはミュラの後ろに乗って回復と補助を」
ほむほむ。なるほど、ミュラとルリカをセットにして飛行する攻撃兼回復役にするのね。
クレアが敵を一枚抑えている以上、エルザに前衛が必要なのでミリィが前に出るのは当然。
つまり、ミリィとエルザ、そして遊撃のミュラの三枚とルリカの補助でウェンリーを抑え込むと。うむ、いいじゃない! 相手は『六王』だもんね、それくらいしないと厳しいわ!
そこまで考え、ふと私は自分に役割が与えられていないことに気づく。
あれ、おかしいね。他のみんなは全部決まってるのに、オル子さんは社内ニート状態ですよ? 私はヒレでエルザの足をツンツンつついて首をかしげてみる。
「エルザさん、エルザさん、オル子さんは何をすればいいんですかね? 私まだ何も役目貰ってないんですけども」
「何言ってるのよ。ウェンリーを私たちが抑え込むのだから、あなたの相手は決まっているでしょう」
そう言って、エルザは杖でナイスミドルを指し示す。
それは、刀一本でエルザの砲撃を切り裂いてしまったトンデモサムライこと『地王』ガウェル。
……え、マジで? あれを一人で私が抑えなきゃいけないの? ギャグ? あのおじさま、エルザの極太ビームを叩き切る化物ですぞ? それを華奢で非力な令嬢の私がお相手せよと?
絶対に無理だと思うので、地面に転がって抵抗してみる。
真っ白なお腹を見せてチラチラとエルザを見てみるものの、厳しいエルザ監督は総スルー。非情のゴーサイン。
「別に倒せと言っている訳ではないわ。『海王』『山王』『森王』全ての力を使えば、あなたなら時間を稼ぐことくらい訳ないでしょう。回復は常にルリカが目を配らせるから、思う存分やりなさい」
「ぐぬぬ……どうしても私一人じゃないと駄目?」
「一番怖いのは、『六王』同士で連携されることでしょう? だから私たちは総力を挙げてあなたからウェンリーを分断するわ。一番期待しているのは、クレアが偽物を殺してあなたに合流することだけれど」
にゃるほど、確かにガウェルとウェンリーがコンビ組まれるのは怖いかも。
前衛と後衛できっちり役割が別れてる上に、ハーディンの部下として協力することに何の躊躇もないでしょうし。倒すなら話はまた違うけれど、時間を稼ぐだけなら分断してそれぞれに当たるのは悪くない。
大きく息を吐き出し、覚悟を決めて私は空を浮かぶ。そして、最後の確認とばかりにエルザに問いかける。
「それじゃ私はガウェルと戦ってくるけど……ウェンリーは任せていいのね? あれの能力や戦闘スタイルは、リナに近いですぞ。魔王軍幹部クラスだし、ぶっちゃけリナと戦っていると思ってもいいかもしれない」
魔獣とゴーレムの違いはあるけれど、多分ほぼ同じだと思う。
大量の配下を召喚、生産して組み合わせて強化したり。自身の戦闘力ではなく、能力に拠った強者。それがウェンリー。
そんな私の問いかけに、エルザは珍しく小さく笑いながら何でもないように言い返す。
「何も問題はないわ。リナと似通っているなら、好都合。私はあの女と初めて出会ってから、常にあれと戦う想定をしてきたもの。あの女は気まぐれで、いつあなたを裏切るともしれなかったものね」
「……え? なんで? リナってあれでしょ、出会いは相当あれだったけれど、今となってはエルザの師匠みたいなものでしょ? なんか二人で色々話し合ったりしてるみたいだし」
「笑えない冗談ね。あの女が師だなんて、生まれ変わってもありえないわ。あの女は私にとって……とにかく、ウェンリーがリナと同タイプなら、どうとでも対処できる。だからあなたはガウェルを抑えることに全力を尽くしなさい」
「ほむ、おまかしこ!」
少し機嫌が悪そうなエルザに敬礼して、私は空を飛ぶ。
そして、エルザたちの砲撃がウェンリーに向けられた瞬間を狙って、ガウェルの傍へ。
どうやら、ガウェルも私の訪れを待っていたらしく、エルザたちの砲撃を完全スルー。ガウェルが防いでくれると思い込んでたのか、ウェンリーはエルザの砲撃が見事に直撃して吹っ飛んだ。わはー! ウェンリーざまあ! ぷふー!
そんな同僚を微塵も気にかけることなく、ガウェルは私に話しかけてくる。
「さて、やはりこうなってしまったな。若様はお前に執着し、何としても手中に収めることを熱望されておったが、孤高の飢狼を鎖で縛れるはずもない」
「狼と申しましたか。ふむ、異世界転生してはや一年近く、この身をワンコに例えられたのは生まれてこのかた初めてですよ! まあ確かにオル子さんは小動物的可愛さと牧羊犬のごとき知的さも兼ね備えておりますけども。オルコーギーと呼んでも……って、やはり?」
ガウェルの口から飛び出た言葉にひっかかりを覚え、私はちょっとシンキングタイム。
やはりこうなる、なんて言葉が出るってことは、ガウェル、もしかして私の素性に勘付いてたの? ウェンリーに疑われてるのは分かっていたけれど。
首をかしげる私に、ガウェルは表情を変えないまま、言葉を続ける。
「然り。若様は最初からお前が他の『六王』を食い破った獣だと知っておった」
「マジで!? え、あんなに完璧な女スパイを演じていたのに!?」
「そのことは決して口にしなかったがな。貴様が覇道を邪魔する怪物と知っていてなお、若様はお前を呑み込もうとした。若様が初めて真なる『欲』というものを見せた。全ては貴様への執着による想いよな」
……あれよね。これだけだと、ハーディンがまるで私に恋してくれてるみたいに聞こえるよね。
まあ、実際はただのペットなんですけどね! シャチなんて珍しいペットをゲットして愛でてただけなんですけどね!
くそうくそう、この身が人型の女の子であったならばああ! 敵味方に別れた悲劇のラブロマンスがあああ!
悔しさのあまりビタンビタンと飛び跳ねたい気持ちをグッと抑える私に、ガウェルはゆっくりと刀を構える。
「さて、そろそろ死合うとしようか。貴様の裏切りなど私にはどうでもよいが、兼ねてから本気の貴様との殺し合いは心惹かれていたのでな。いい加減、刀が抑えられん。貴様も全力を以て私を殺しに来るがいい」
「あら、そう? そっかそっか、だったら――今から私の本気を見せてあげるわ! その目に焼き付けなさい! これが私の本気、百二十パーセント果汁、スーパーオル子よ! はあああああああああっ!」
腹の底から響かせるような私の声。ぷるぷる震える私の体。
そんな私の体が黄金に染まりかけた瞬間――ガウェルは迷うことなく私に刀を振り下ろしてきやがりました。ぎゃあ! 危なっ!
ビタンビタン跳ねて逃げる私に、ガウェルは息を吐き出して淡々と言い放つ。
「ドサクサに紛れて進化しようとしおったな。戯け」
げえ、ばれた!
ぐぬぬ、場の雰囲気で進化させてもらえると思ったのに! ケチ!




