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126.悪に矜持を。糾弾された時ほど胸を張るのよ

 



 エルザの砲撃を切り裂いたガウェル。

 そして、その彼と共に佇み、私の方をじっと見下ろしているウェンリー。

 無表情のまま、剣を構える別人クレア。


 彼らは一歩、また一歩と私たち……いいえ、私の方へと近づいてくる。それはまるで、エルザやミュラの遠距離攻撃なんて微塵も恐怖していないかのように。

 いいえ、実際にしていないんだと思う。どういうカラクリかは分からないけれど、ガウェルの剣にエルザの砲撃は届かないみたいだもん。

 彼らを睨みながら、エルザが眉を顰めながら小声で訊ね掛けてくる。


「ガウェルにウェンリーが出てくるのは想定内……だけど、もう一人の『アレ』は何? アルエからは何も報告を受けていないわよ?」


 その視線は、当然ながら別人クレアへと向けられる。

 エルザだけじゃなくて、ルリカも驚きの表情を浮かべて敵女剣士を見つめたまま。

 それはそうですよ。だってあれ、どこからどう見てもウチのクレアそのまんまだもん。オルカ化してるから、服装こそ異なるけれど、その容姿は鏡写し。びっくりするよね。


 ……っと、こんな呑気なこと言ってる場合じゃない! エルザたちが『六王』よりも気を取られるくらいびっくりしてるんだもの、当人であるクレアの動揺は如何ばかりか!

 ウチのメンバーの中で一番凛としていながらも、晴れ時々豆腐メンタルなところがあるクレアの心を私が守らねばならぬう! 守護らねばならぬう! オル子が強くて何が悪いッ!

 私は慌ててクレアに声を送ろうとしたんだけど――それを制するように、私たちの少し前方に立つクレアが剣を構え、ガウェルたちに言葉を紡いだ。


「これより先は我が主君の御前――それ以上進むならば、主殿の剣として貴様たちの首を貰い受ける」


 ポチ丸剣とアルエ剣、二刀流モードでクレアが彼らに警告を言い放つ。

 その姿に動揺は微塵もなく。どこまでも凛として。やだ、ウチのクレア、イケメン過ぎ……? クレアさん、全然動揺していませんぞ! 自分の鏡写しな相手を視界に入れてるのに!


「見て、エルザ! 私のクレアがいつの間にか強メンタルに成長しているわ! 『六王』並みに強くて、男女問わずモテそうなレベルの美人で、メンタルまで最強だなんて、もはやウチのクレアに死角なしじゃないの! ご飯のおかわりがしたくても、恥ずかしくて言いせずにもじもじしてたクレアはどこにいったの!?」

「とりあえず、あなたが普段どんな風にクレアを見ているのか、よーく分かったわ。普段は抜けているところも沢山あるけれど、ある一点においてあの娘は揺れないわよ――あなたを守るという、その状況下では、私たちの中でクレアが一番強い。実力も、心もね」


 『六王』二人を含めた魔王軍相手に、微塵も動じず剣を向けて動きを制するクレア。

 そんな彼女の姿に、ガウェルたちはその足を止める。そして、ガウェルは目を細めてクレアを観察しながら、顎に手を当てて言葉を紡ぐ。


「ふむ、これは流石に驚いたな。まさかこのように再会することがあろうとは。情報が途切れたゆえ、完全に『白騎士』に絶命させられたものと思っていたがな」

「……やはり私のことを知っているようだな、『地王』ガウェル。貴様の傍に控えている私と同じ姿形をした魔物といい、どうやら私は貴様に深く関係した魔物のようだが」

「その言い様、記憶でも失ったか? となると、我が命令も何一つ覚えていまい。皮肉だな、敗北を喫して失われた失敗の中に、これほどの成長を遂げる素体があったとは」

「ガウェル、そこまでになさい。今大事なことは、あなたの人形遊びではなく、若様を裏切った愚か者でしょう。あの人形が欲しいなら、全てを殺し尽した後に回収なさいな」

「そうさせてもらおう。どうやらアレの強さは私が求めていた完成形のそれに近いのでな」


 ガウェルを制し、一歩前に出るのはウェンリー。

 得物を構えるクレアやミリィがまるで視界に入っていないかのように、ドS魔女は私だけを見下ろしている。

 その底冷えしそうなほど冷酷な視線、それでいて隠そうともしていない殺気に、私は思わずビビリそうになる。鬼怖っ! やばいやばいやばい! 当たり前だけどウェンリー、激おこじゃないの!

 エルザの背中に隠れたくなる気持ちをぐっとこらえて、私はぴょこんと一歩前に出てウェンリーを嘲笑うかのように口元を吊り上げる。ぐぬー! 演じろ、演じるのよ! 私はワル子! 私は最強! 私は悪女! 私は悪役令嬢!


「あら、良い表情をしているじゃない、ウェンリー。私に対する憎悪、殺意が実に心地いいわ。あなたがそれほどまでの情熱を私に向けてくれるなんて嬉しいわね」

「そう、それがお前の本性ということ。普段のアレは道化に身をやつしていただけ……若様の『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』を利用し、一手間違えれば死を免れない状況をも愉しみ、私たちを手玉にとった……見事過ぎて声も出ないわ。ああ、そうよ、お前は私たちですら図り切れないほど狂い切っている」


 なんか酷いこと言われてるんですけど。

 オル子さんのどこが狂人だと言うんですか! こんな可愛いぷりちーな狂人がいてたまりますか! 恋狂いと言われると否定はしませんけども! ああ、恋愛したい。


「素性は疑っていた。イシュトスの手の内のものではないかとまで疑っていた。けれど、まさかお前が『かの魔物』だとは思いもよらなかった。『海王』『山王』『森王』を殺し、リナ・レ・アウレーカを従え、そしてミュラ様もその手中に収めている怪物……それがお前だったなんて、誰が考えられるの?」

「あら、ヒントなら幾らでも転がっていたはずよ? 私の力はお前たち『六王』に並ぶほどの強者、この時点で答えに辿り着こうと思えばできたはず。『六王』クラスの戦闘力を有する魔物なんて、この世界にどれだけいるのかしらね。事実、お前は私を常に疑い、監視していたじゃない。そこまで至りながら、お前が最後の詰めを誤ったのは偏にお前の怠慢だよ、ウェンリー」

「怠慢ですって……?」


 ウェンリーの表情がどんどん恐ろしいものに変わっていく。ちょっとその顔、美女がやっちゃいけない顔じゃないですかね。ハーディンもドン引きですよ。スマイルプリーズ!

 だけど、どんなに怖くても、相手が会話に食らいついてくれてる以上、私は話を続けなきゃいけないわ。

エルザたちも私の狙いを理解してくれているらしく、私の好きにさせてくれているし。これぞ信頼! 友情! 愛情!

 みんなが頼ってくれるなら、オル子さんはいつだって百万馬力……いいえ、百万シャチ力なのです! 私は大袈裟に笑いながら、ウェンリーに挑発を続けていく。


「お前が私が疑わしいとハーディンに進言したとき、奴は言ったわね。これ以上疑う必要はない、と。そこでお前は引き下がってしまった。王命だからという理由で、思考を停止して私への糾弾を止めてしまった。ククッ、愚かね、ウェンリー。お前はハーディンの機嫌を損ねることを恐れ、奴の言葉に従うことを選んでしまったのよ。その結果がコレよ」

「貴様……」


 ギラギラ睨みつけてくるウェンリーに、私はふふんと鼻で笑って小馬鹿にし続ける。

 ううむ、我ながら超悪女。でも仕方ないのです、こればかりは仕方ないのです。私の命が、みんなの安全が掛かっている以上、止めるにやめられないのです。

 だからウェンリー、もうちょっとだけワル子さんにお付き合いしてくださいまし!

 私は周囲のみんなを見渡しながら、嗤って会話を続ける。


「もし、この娘たちがお前の立場だったならば、決してそうはならなかったわ。この娘たちは私の命を何より第一に考えてくれる。僅かでも私に身の危険があるならば、たとえ私の機嫌を損ねようと気にすることなく行動したでしょう。それがたとえ、私の手によって命を奪われることにつながっても、ね」

「私の若様への忠義を侮辱するか……お前っ」

「侮辱? これは純然たる事実でしょう? お前は我が身可愛さのあまり、ハーディンに自分の意見を貫けなかった。その結果、こうして最悪の形につながってしまった。ああ、可哀想なハーディン。奴は王として最高の素材よ。強さ、資質、在り方、その全てが何もかも私やイシュトスを超える傑物でしょう。けれど、奴は決して王になりえない。だって――ハーディンは王という城を支える柱が根こそぎ腐っているんだもの」


 そう言いながら、私はぴょこんとその場に跳ね……空中に制止した。

 ……よし! スキル復活した! 空も飛べる! ミュラのスキル封印の効果が消えましたよ!

 私が飛行したのを見て、エルザたちはアイコンタクトを交わし合い、戦闘態勢へと移行する。それは私を守るためではなく、私を中心とした組み立て、いつものように勝つための陣形へ。


 むふー! 時間稼ぎ成功です! ウェンリーのおかげで驚くほど簡単に時間が稼げてしまいましたよ!

 私の裏切りにウェンリーが憤怒しまくっていて助かったわ。もしウェンリーが無感情のまま、私を処理するために動いていたらかなり危なかった。

 けれど、ウェンリーはどちらかというと感情的な人物。ハーディンを敬愛し、ハーディンの為なら死すら構わないレベルの信奉者。

 そんなウェンリーが、私を前にして何も会話をせずにいきなり戦うなんてあるはずがない。すぐに殺してあげる、なんて優しいことをあのドSがするわけがない。

 ウェンリーなら、まずは私にその怒りを言葉でぶつけるはず。処理しきれない憎悪を言葉でぶつけ、裏切りの大罪を語り、後悔の中で死を与える……それがウェンリーという女のはず。


 そして何より、相手は私がスキル封印されていることを知らないのが大きい。そして、スキル復活のために時間が必要であることも。

 だから私はウェンリーの求めるまま会話に応じ、適当に悪役ぶって感情を煽り、その呪いの言葉をドンドン吐き出せ続ければいい。そうすればウェンリーは勝手に盛り上がって会話を続けてくれるはず。

 そんな狙いが功を奏し、私は無事に戦闘復帰ですよ! 空を浮いた私に、エルザは小声で言葉を紡いでいく。


「……残り時間は十五分。それが終われば、クレアの転移のち、あなたの加速で一気に戦場から離脱するわ。この戦場はあくまでもイシュトスのもの。だから『六王』を無理に倒すことを考える必要はないわ」


 もちろんでございます。こんな化け物連中相手にガチバトルとか絶対ノー!

 私の頭にあるのは、ハーディンやイシュトスに再び捕まる前に、さっさとこの戦場から逃げ出すことだけですぞ。

 散々煽るだけ煽って、あとは全部イシュトスに押し付けます! 卑怯? ヒロインにあるまじき行為? そんなの知りませぬ!

 オル子さんは! 一秒も早く! お家に帰りたいんじゃあ! そしてみんなにこれでもかと愛でてもらうのです! 黄金の引きこもり精神を舐めないでいただきたいっ!

 空に浮かぶ私は、最後とばかりにウェンリーに対してワル子パワーで言葉を告げた。ふふん、とにかく敵に私を大きく強くみせるのよ! 勘違いをこのまま増幅させてくれる!


「さあ、問答も飽きたわね。ハーディンたちに駆けつけられても面倒だから、さっさと終わらせましょうか。ちなみに私はあと一度進化を残しているのだけれど、この意味が分かるかしら?」

「……進化できるなら先にしてしまえばいいじゃない。進化すれば能力も上昇し、それだけ戦いが有利になる。逆に進化しない理由は何よ?」


 ウェンリーの問いかけに、私は自信満々に胸を張って答えようとして……答えに詰まった。

 あれ? そういえば私、なんで進化してないの? ハーディンに隠す必要ないから、さっきみんなが戦ってる最中にでもすればよかったんじゃないの?

 ヒレをパタパタしながら思考すること十数秒。私はエルザに振り返り、訊いてみる。


「エルザ、エルザ。私、進化レベルに達してるけど、まだ未進化なんですよ。進化しないメリットって何?」

「そんなものあるわけないでしょう。どうしてさっき私たちが戦っている間に進化しなかったのよ」


 ほむ。やっぱりないらしい。怒られてしまいました。

 私はぴょこんと飛び跳ねてウェンリーに向き直り、再びワル子を演じて口を開く。


「ふふっ、どうやら進化しないことに理由はないようね。少し待ってなさい、今から私がこの場で進化して、あなたたちに真の恐怖というものを……おぶう!?」


 私の顔面にウェンリーのウォーターバズーカ炸裂。

 あまりに唐突な先制攻撃にのけぞる私に、ウェンリーが火山が噴火するような怒り声でガウェルや別人クレアに告げる。


「危うく騙されるところだったわ! あの強者を演じる姿はただの擬態で、中身は若様の傍にいたときのクソバカな姿のままよ! 残念で哀れな脳みそは微塵も変わっていないわ! このクソナマモノ、ふざけた演技で人を散々おちょくって……絶対にこの手でぶっ殺してやる!」

「ひいいい!? ば、ばれた!? 私の完璧なワル子擬態がなんで!? エルザさん、どうしてだと思いまふ!?」

「あなたが想像を絶するほどのアホだからでしょ。応戦するわよ」


 至極冷静な突込みを入れつつ、杖から魔法を放つエルザ。

 くそうくそう、どうせ殺し合うんだし、もう演技なんて必要ないもん! イシュトス以外に私の本性がばれたところで痛くない! 私は、私は決してバカじゃないいいい!



 

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