123.宴の始まりよ。盛大に楽しく、踊り狂いましょう
魔物の大軍勢を並べあい、今にも戦争が始まろうというなかで。
イシュトスがハーディンに対して告げた言葉、それはまさかの終戦提案。
あまりに予想外、微塵も想像すらしてなかった言葉に私もぽかーん。いやいや、だって、え、この状況で戦争止めませんかって、ありえなくない?
私は視線をハーディンに向けると、彼はいつもの穏やかな笑みのまま。ぬう、動揺すらしていないのか、それとも余裕で押し隠しているのか。流石魔王は格が違った。
やがて、ハーディンはイシュトスに対して問いかけるように口を開く
「僕の聞き間違いかな、イシュトス。先ほど、君が戦争を止めるような言葉を口にしたように聞こえたのだけれど。互いの軍の総力を対峙させ、今にも殺し合いが始まろうというなかで、戦いを止めましょうと、そう君は言ったのかい?」
「ええ、その通りです、ハーディン。決して聞き間違いなどではありませんよ」
「他の誰でもない君のことだからね、まさか臆病風に吹かれたなどという訳ではないだろう。命が惜しければ、そもそも僕から離反など起こさない。イシュトス、君がそのような提案をした理由を訊かせてもらおう」
一笑に付すわけでもなく、きちんと理由を尋ねるハーディン。
ううむ、傲慢に『下らん』って一蹴する訳でもなし。こうして敵の話にきちんと耳を傾ける度量もある。そして超絶イケメン。家柄よし、実力良し、顔良し。何この最高難易度攻略キャラ。他の全キャラ攻略しないとルート出てこなそう。
そんな恋愛ゲー的思考を繰り広げていると、イシュトスがハーディンに提案の理由を語り始める。
「『魔選』が始まってからというもの、小競り合いの続いたこの東の地は完全に整理されました。我こそはと『魔王』に名乗りを上げた魔物たちは淘汰され、残ったのは私とハーディンだけとなってしまいました」
「だからこそ、この戦いで君と決着をつけることで、この地の戦乱は完全に平定される。君と僕の勝利者が、『魔選』の決勝へと駒を進めることが出来るわけだ」
ほむ、決勝に?
何言ってるんだろう、ハーディンってば。このイシュトスとの戦いが事実上の決勝戦みたいなもんじゃない。
もうこの『魔選』の大詰め、あなたたちに対抗できる戦力や魔物なんて存在しないわよ。
いったい何を言ってるんだろうと会話に耳を傾けていると、二人の口からとんでもない言葉が次々と飛び出してきた。
「そう、あなたも把握しているようですね。私とハーディンの戦いは『魔選』の終局を意味する訳ではないのです。『魔選』の勝者……『魔王』となるためには、最後の『強者』と戦い、勝利を収めねばならないのです。その『強者』とは――」
「――『海王』、『山王』、そして『森王』のことごとくを葬り去った魔物のこと、かな」
「ぶほうっ!?」
二人から飛び出してきた言葉に、思わず吹き出してしまったでおじゃる。
ちょっと待て。待って。なんで、いま、その、魔物の、お話が。
ぷるぷる困惑する私を置いて、二人はどうにも聞き覚えのあり過ぎるとある魔物の話で盛り上がってる。
「その通りです。かの魔物は私と同じ『六王』であった者たちを全て倒し、彼らの持つ『六王』の力と『支配地』を簒奪することに成功しています。彼らを打倒すること、それが如何に困難極め、ただの魔物ごときには決して成し遂げられないことかはご存知でしょう」
簒奪してないよ! 状況に流されて、止むを得ず全員ぶち殺しただけだよ!
くうう、イシュトスの奴、その魔物が私だってことを知っておきながらいったい何のつもり!? 目の前にいるのに、なんでその話を持ち出すの!?
……ま、まさかハーディンに私の素性を暴露するつもり!? 私がその魔物だと明らかにして、ハーディンと組んでボコボコにするつもりなの!?
な、なんて卑劣なの! 裏切りよ! それは私に対する裏切り以外の何物でもないじゃない! 人を騙して裏切ろうだなんて恥ずかしくないんですか!? あなたには恥という概念はないんですか!? 平気で人を騙したり裏切るような奴なんてギルティ、死刑ですよ死刑!
『言うなよ、絶対に言うなよ』という意思を込めてイシュトスを睨みつけるなか、彼らの話は続いていく。
「そして、さらに恐るべきは、その魔物が『アディムの右腕』リナ・レ・アウレーカを配下に加えているということです。『支配地勢力図』における『聖地』の魂の色が彼女から、かの魔物へと塗り替えられていることはご存知でしょう?」
「……それで?」
「『六王』をも屠る力を持つ魔物に、彼女の頭脳と『能力』が加わったのです。これだけで彼らは我らの軍勢に決して引けを取らない戦力となります。リナの能力……僅かな魔力と大地さえあれば、屈強な岩人形を無尽蔵に生み出す力。たった一夜にして難攻不落の要塞を築き上げる奇跡。その厄介さを知らないとは言わないでしょう? その彼女がアディム以外の魔物に傅き、命じられるままに力を振るうのです。これを脅威と言わずして何を言いましょう?」
いや、傅いてないけども。何言ってだこのイケメン。
むしろ拳骨だのボディブローだのデコピンだの、家庭内暴力これでもかと振るわれてますけども。DVですよDV! ミュラの給食費がギャンブルに使われないよう、オル子さんは体を張って死守する毎日ですよ!
というか、やっぱりリナのゴーレムとか街づくりの力って魔物たちの中でも恐れられるくらいチート能力なんだ。
だからと言って、リナのせいでオル子さんが警戒対象として話題にあげられるのは納得いかぬうう!
よし! 勝者の陣営にリナを派遣するから、オル子さんは見逃して頂戴! リナはほら、どこでも強く生きていけるよ、うん。
「その魔物が注視すべき存在だということは僕も理解しているよ。けれど、そのことと今回の戦争の決着は関係がないだろう? その魔物のことは君を倒した後からでも十分に……」
「できますか?」
「――どういう意味かな」
うひい! なんかハーディンの体からビシビシと殺気っぽい暗黒オーラが! オーラっていうか、マジ物の黒い炎出てるんですけど!?
ぬおおお! 鎮火! 鎮火! ええと、水が無い時に火を消すのっていっぱい風を送るのがいいんだっけ? むふー! オル子さん頭良いー!
ハーディンに向かって尻尾をバタバタ団扇のようにあおげあおげ、あおぐぞあおぐぞファイトよ私。そんな夢中で頑張る私に応援もくれず、イシュトスの話は続く。
「私と戦争による決着をつけ、そしてかの魔物を倒して『魔選』を制する……なるほど、それは確かに理想です。ですが、それは非常に悪手だという他ない。なぜならば、我らの保有戦力はほぼ同等。ぶつかりあえば、その大多数の魔物は死に絶えることになるからです」
なるほど、確かに。
イシュトス軍と魔王軍はほぼ同格。数のイシュトス軍、質の魔王軍ってところだけど、その戦力に大きな差はない。
同程度の戦力がぶつかりあえば、相応の犠牲が出るのは当然。これだけの戦いだもの、どちらかが一方的に犠牲なく終わるなんて考えられない。
パワーバランスを傾けるためには、それこそ突き抜けた強さの魔物の力が必要だけど、イシュトスとハーディンはきっと二人のタイマンでそれどころじゃない。
魔王軍は『六王』が二人、クレアという人材がいるけれど、きっとイシュトスはここに幹部を向かわせるはず。色持ちの『騎士』やエルザの叔父さんなら、そこそこ渡り合えるはずだから。
そうなってしまえば、後はイシュトスとハーディン、二人の戦いが決着するまで凄惨な潰し合いが待っているだけ。
この二人のステータスだと、勝負がすぐ終わるとは考えられない。きっと、決着がつくころには、敗者は当然のこと、勝者も多くの配下を失う結果が待っているでしょうね。
思考するハーディンに、イシュトスはさらに話を続ける。
「私たちの戦争の結果をかの魔物が注視していない筈がありません。きっとかの魔物は私たちの戦いをじっくりと眺め、好機を窺っている筈ですよ。私とあなた、生き残った者を狩るためにね」
窺ってるけども! 確かに好機を窺ってるけども!
ただし、この場からうまく逃げ出す好機だけどね!
「他の『六王』を倒し、彼らの『支配地』を奪い、リナ・レ・アウレーカという腹心を得た魔物がこの機会を逃すはずがありません。私たちの戦いに決着がつくと同時に、一気に魔物を率いて襲撃するでしょうね。当然です、私とあなた、生き残った者を殺せばその時点で『魔選』は終わりなのですから」
「……イシュトス、君との会話は嫌いではないけれど、言葉遊びをする気はないんだ。君は何を伝えたい? 君は僕に何を望んでいる?」
ハーディンの言葉に、イシュトスはこれ以上ない笑みを浮かべる。
や、止めろおお! どう考えてもこれ、戦いを止めて同盟組む流れじゃないのよ! ハーディンとイシュトスが手を組んで、その脅威である魔物、私を滅ぼしましょうってなる空気じゃないの!
ズルい! 魔物のボス同士が同盟組むなんてズルっこもいいところだわ! そういうのは弱い者のやることでしょ!
強者なら『ふはは! 俺にとって他の魔物は全て下郎! 手を組むなど笑止!』くらい言いなさいよ! よってたかって女の子いじめるなんて、人として終わってますよ! この鬼! 悪魔! 魔物! 魔王!
と、とにかくこれは拙い。拙過ぎる。きっとハーディンが同盟にOK出した瞬間、私の命がエンディング迎えちゃう!
ああ、見える。私が幾万もの魔物に吊し上げられて、悪役令嬢として断罪される姿が。
きっと骸骨の魔物の頭蓋骨に穴を空けただとか、悪魔の魔物の角をへし折っただとか、死神の魔物の鎌を叩き割っただとか、そういう謂れのない罪を読み上げられるに違いないわ。
そんな状況になってしまえば、エルザたちが私を救出するも何もあったもんじゃない。逆に助けに来たエルザたちまで危なくなっちゃう。
秘密をばらし、まず私を片付けて、後顧の憂いをなくしてからハーディンと決着をつける……なんて策士なの。それがイシュトスの描いたシナリオだったのね。
この二人に加え、ガウェルやウェンリーもいるんだもん。勝ち目はおろか、逃げることだってできやしない。チェックメイトでございます。
死を待つだけの状態になってしまった、ぷるぷる震えてヒレで頭を抱える私。ふっ、これが女スパイの末路って訳ね……さあ殺せ! 存分に裏切り者として悪役令嬢と誹るがいいわ!
最後の最後、その瞬間まで誇り高くオル子さんは貴族令嬢として有り続けてくれるう! ヴィヴラ・イギリス!
断罪を待つ私に、イシュトスはゆっくりと望みを口にした。どうせハーディンとの共闘でしょ! このあろー!
「――決闘による決着を。戦争ではなく、私とあなたの一騎打ちで雌雄を決して頂きたいのですよ」
「……決闘ですと?」
イシュトスの言葉に、私は頭からヒレを離し、ぴょこっと起き上がる。
どういうこと? 私が脅威だって話をしたんだから、私を売ってハーディンと手を組むんじゃないの?
困惑する私を置いて、イシュトスは理由を説明する。
「先ほど述べたように、あなたと私が『魔王』を目指そうとするならば、例の魔物とリナ・レ・アウレーカは絶対に避けては通れない勢力です。この戦いが終われば、間髪入れずに彼らは牙をむいて喉笛を喰らわんと襲い掛かってくるでしょう。彼らに備えるには、極力配下の消耗は避けねばなりません。そのためには、この戦争を止めて戦いを中断するのが一番いい」
しかし、そう一度言葉を区切ってイシュトスはハーディンを笑って見つめる。
「この状況で雌雄を決さないなど、それこそありえない。この戦いを止めてしまえば、三竦みの詰まらぬ睨み合いが再び始まるだけです。『魔選』の時をこれ以上停止させるつもりはありません。それはあなたも同じでしょう、ハーディン。私を早々に排除し、かの魔物と『姫君』の行方を探さなければなりませんからね」
「――ミュラが消えたことは、当然知っていた……か。相変わらず食えない男だね、イシュトス」
「かの魔物とリナ・レ・アウレーカ、そして目覚めを迎えた『姫君』が揃えば、その時点であなたに勝ち目はありませんからね。今のあなたの傍にはリナもいなければ、『六王』も揃っていないのです。ミュレイアの時は何とかなりましたが、今のあなたたちで彼女を押さえきれますか?」
……なんだろう、まるでイシュトスの話だと、ハーディンたちがミュラを恐れているように感じるわ。
ハーディンってミュラを監禁してたんでしょ? ただの無力だった妹をチートステータスのハーディンが恐れるの?
確かにミュラはウチでも一位を争うくらいの成長を見せてるけれど、それでもハーディンに恐れられるほどの存在では……ぬうう、分からぬ。ハーディンたちはミュラの何を怖がっているのよ。
「あの時を――ミュレイアの暴走した時をミュラ姫で同じことが起きると想定するならば、今は一匹の戦力も惜しいのではありませんか? かの魔物、リナ・レ・アウレーカ、そしてアディムとミュレイアの正統後継者であるミュラ姫……私との戦いで消耗しきったあなたに、果たして乗り越えることができますか?」
「後の戦いを想定したうえで、決闘を申し出た、ということかい」
「その通りです。『魔選』というものは結局のところ盤上遊戯、互いの王を取り合う『遊び』に他なりません。私かあなた、どちらかが死んでしまえばその時点で決着。『支配地』の拘束により、配下の魔物たちは勝者の命令に従わざるを得なくなるのですからね」
仰々しく手を広げ、ハーディンは簡単にまとめて結論を述べる。
「私とあなたが戦うだけならば、勝者が敗者の『支配地』、『配下』その全てを呑み込むことができる。これだけの魔物が無傷で揃っているならば、いかにかの魔物やリナ・レ・アウレーカ、そしてミュラ姫が揃おうと数で押し潰せる。つまり、私とあなたの決闘で生き残った方が『魔選』の勝者となるのです――どうですか? 悪い話ではないでしょう?」
拙い。これ、かなり拙い気がする。
私たちにとっての理想は、イシュトスとハーディンの潰し合いだもの。
もし、決闘で決着をつけられると、両軍の魔物が無傷で残ったまま、生き残った陣営に吸収されるってことじゃない。
イシュトスが勘違いしまくってるせいで、私たちがとんでもない勢力に聞こえるけれど、当然そんな力なんてあるわけもない。
私はこんなだし、リナは『魔選』に我関せずだし、ミュラは私の頭の上でペチペチ荒ぶる女の子だし。この三人でいったいどうすればイシュトスやハーディンを殺せると。
くう、やってくれたわね、イシュトスの奴。
私たちという存在を利用し、ハーディンに強大な勢力だと勘違いさせ、そっくりそのまま魔王軍の戦力を併合するつもりなんだわ。
そのためには、ハーディンをタイマンで倒さなければいけないのだけど、イシュトスがこう提案してくるってことは、ハーディンに勝つ自信があるってこと。
もし現状のままハーディン軍とぶつかれば、『六王』を二人従えている彼相手に苦戦は免れない。いいえ、数は同程度とはいえ、時間経過で不利になるのは明白。
『六王』には地力があるもの。イシュトスの幹部連中が強いのは分かるけれど、『六王』相手にいつまでも凌げるほどの強さとは思えない。
もし『六王』たちが幹部連中を退けてしまえば、間違いなく彼らはハーディンを援護するために戦いに参戦してくるはず。
イシュトスにとって、一番まずいのはハーディンとタイマンではなく、ハーディンとガウェル、ウェンリーの三人と戦うことになることだもの。その最悪を避けるために、イシュトスは決闘を申し出たのね。
「あなたもご存知かと思いますが、私はかつて魔王アディムと戦い、一度も敗北をしたことがありません。つまり、私を単独で倒すことができれば、あなたは前魔王アディムを超えた強さを得たと言っても過言ではないかと思うのですがね。このような機会は二度と訪れないのではありませんか?」
私やリナ、ミュラの存在を脅威として利用して。
王同士の戦いで勝利すれば、そっくりそのまま相手の魔物を配下に出来るという餌もちらつかせ。
そして今、ハーディンの目指している『アディムを超えること』すらも持ち出した。
やられた。完全にやられた。こうなってしまえば、ハーディンに決闘を断る理由なんてない。
自分の強さに絶対の自信を持つハーディンが、ここまで戦う理由を用意されたんだもの。ここで決闘を受けないはずがないわ。
たとえイシュトスの罠だと分かっていても、ハーディンはこの提案に乗るしかない。私たちという見えない脅威を意識させられた時点で、彼に選択肢なんてない。詰んだわ、私が!
イシュトスの提案に、ハーディンは沈黙を保っていたけれど、やがてゆっくりと口を開いていく。
「……なるほど、確かに全てが理にかなっているね。かの魔物との戦いを見据えるなら、ここで互いの兵を消耗させる訳にはいかない。君と僕だけで殺し合い、決着をつければ、何者にも負けない戦力を手にすることができる。僕から離反した魔物たちも戻り、かつて父が築いた魔王軍、その精強さを取り戻すことにもつながるだろうね」
「その通りです。私の配下はかつてのアディムの配下たち。彼らをそのまま併合することで、あなたが夢見たアディムとなる未来、それを叶えることができるのです。さあ、返答をお聞かせ願いましょうか」
イシュトスの問いかけに、ハーディンはなぜか一度私に視線を送ってきた。な、なじぇ!?
視線を向けられたので、とりあえずヒレをふりふり。カメラを向けられたらポーズを取りたくなる的なあれです。ほら、オル子さんアイドルみたいなもんだし。つい。
そんな私にくすりと小さく笑い、ハーディンは視線をイシュトスへと向け――静まり返った草原に通る声を発した。
「魔王軍、全ての魔物に告げる――逆賊『空王』イシュトスとその配下の魔物、その全てをを蹂躙せよ。慈悲も容赦も寛容も必要ない、ただ魔物らしく、一匹残らず殺し、奪い、喰らいつくせ」
ハーディンの宣言が皮切りとなり、戦場に巻き起こる地鳴りのような叫び声。
王のタクトに従い、イシュトス軍へ向けて進撃を始めるハーディン軍の獣たち。
血に飢えた魔物たちの咆哮が響き続ける大空で、ハーディンはイシュトスに向かって笑みを浮かべて、口を開く。
「イシュトス、君は思い違いをしているようだ」
「思い違い、ですか」
「一つは僕が未だにアディムの人形だと思っていたことだ。確かに君の軍勢をそのまま併合すれば、かつての魔王軍の姿を取り戻せるかもしれない。けれど、僕はもうアディムを目指してなどいない。君が僕に反旗を翻し、配下の魔物たちもそれに従った以上、そこですべては終わりだ。たとえどんな理由があろうとも、僕に逆らった魔物を生かしておくつもりはない。そうでなければ、僕を王と定め、ついてきた者たちに示しがつかないだろう」
そう言って、ハーディンは手に巨大な大剣を生み出した。
それは、以前の戦いでハーディンが生み出し、一刀で全てを切り裂いた巨大剣。
得物を手にした彼を見て、イシュトスもまた応えるように手を翳す。
彼の手に現れたのは、その長身をも優に超えるハルバート。力を抜いた自然な構えで武器を握り、イシュトスは息をついて笑う。
「……なるほど、アディムではなくハーディンとして王を目指す覚悟を決めていたとは知りませんでした。それに気づけなかったのは、確かに私のミスですね」
「合理だけを考えれば、君の案を受け入れるのは簡単だろう。けれど、獅子身中の虫を抱え、虫食いだらけとなった玉座に何の意味がある。君に勝ち、併合した魔物のいったい何匹が僕の『命令』を受け付けるのかな? 『支配地』を自身ではなく、配下に分散させている時点で、君との決闘などありえないんだよ、イシュトス。君の『支配地』を全て得るためには、その配下全てを殺し尽さなければ意味がないのだからね」
にゃ、にゃるほど! そうだったわ!
ポチ丸の話だと、イシュトスは手にしたすべての『支配地』を自分に集めるのではなく、部下に分散させているのよね。
だから、もし仮にハーディンがイシュトスとの決闘に勝ち、彼の持つ『支配地』を回収しても、全て回収しきれない。だって、その半分近くは配下の魔物が所有してるんだもの。
『支配者』である以上、ハーディンがその魔物に対する命令権は持ちえない。けれど、その『支配地』を持つ魔物は誰かなんて判断がつくわけない。それこそミュラと同じ『支配者』の居場所を発見する力でもない限り。
じゃあイシュトスの部下だった連中から『支配地』を取り上げようにも、そんなものは知らないと言われればどうしようもない。力づくで殺して奪おうにも、既に彼らはハーディンの配下となっているのだから、それを殺してしまえば少なからず軋轢が生じてしまう。
なんて狡猾。つまり、イシュトスの策は己の死後もハーディンに縛りを与える呪いのような策だったのね。
自分が勝てばよし。負けても、ハーディン軍に『命令権』から解放された魔物や幹部を紛れさせることで、内部から破壊させることができる。
そうなってしまえば、いくら強靭なハーディン軍でも大打撃を被りかねない。そんな彼の策をハーディンは読み切っていたのね。魔王しゅごい!
「そして、もう一つの思い違いは、かの魔物への認識だ。君は言ったね、リナやミュラを率いる魔物は脅威であり、僕たちの戦いを終えた後に必ず潰しに来る、と」
「ええ、そうです。だからこそ、ハーディン、あなたは最後の戦いに備えるためにも無駄な戦力消耗を避けなければならない。そう考えると踏んでいたんですがね。あなたにとって、他の『六王』のことごとくを退けたかの魔物は脅威ではないのですか?」
「脅威だよ。ハッキリ言って、君はその軍勢よりも何倍も厄介だと感じている。けれど、僕はその魔物を警戒することはない。イシュトス、君はかの魔物との戦いが最後の決勝だと考えているようだが、僕はそうは考えていない。『魔選』における『魔王』を決める最後の戦い、それはこの戦場だ」
「……分かりませんね。かの魔物を脅威と捉えておきながら、警戒はしない。彼ら勢力が残っていると知りながら、この戦いが『魔選』最後の戦いだと判断する。ハーディン、その理由はいったい何なのです?」
イシュトスの言葉に、ハーディンは小さく微笑み、剣を構えた。
そして、イシュトスへ向けて、最後の手向けとばかりに言葉を紡ぎ――
「先ほど君も言っただろう? 『魔選』とはつまるところ、盤上遊戯、互いの王を取り合う遊びに他ならないと――終わっているんだよ、僕と彼らの戦いは既に、ね」
――瞬きする間もなく、彼はイシュトスへと斬りかかっていた。
ハルバートで彼の剣を受け止めながら、ハーディンの言葉に、イシュトスの表情から初めて笑みが消えた。その表情は驚愕に染まっていて。
荒れ狂うハーディンの猛攻、凌ぐイシュトス。大空で舞うように始まった二人の戦いを必死で目で追いかけながら、私は一人思う。
「えっと……え、これ、私、今からどうすればいいの?」
周囲を見渡せば、あちこちで繰り広げられる凄惨な殺し合い。
そして、正面から近づくイシュトス空軍。背後から近づくハーディン空軍。
えっと、アルエはどうすればいいって言ったっけ。確か最初はイシュトスやハーディンの傍にいて目立って、その後は……確かエルザたちが何とかしてくれるはずって。
きょろきょろ周囲を見渡しても、エルザたちの気配なんて当然ながら微塵もなし。もしかして、まだ到着してなかったの!?
もしそうだったら、私は引き続きこの戦場で目立つ必要があるわけで。ぐ、ぐぬう、嫌だけど仕方ない。こうなったら派手に目立って何がなんでもエルザたちに見つけてもらうしかない! ハーディンの相手をイシュトスがしてくれている今がチャンスなんだから! という訳で!
「うおおおおお! シャチ子さんはここだああああ! シャチ子さんはここにいるぞおおおお! 全異世界ナンバーワン美少女シャチはここじゃああああ!」
「ぎゃああああ! 巨大魚、巨大魚の襲撃だあああ!」
とりあえず叫びまわりながら『ブリーチング・クラッシュ』を二十連発ほどぶち込んでみました。
これほど巨大な魔物が自分の名前を叫びながら、飛んだり跳ねたりしているんだもの! 目立たない筈がないわ! さあ、みんな! 私を見つけて頂戴!
「巨獣や騎士を一撃だと!? なんてパワーだっ、化け物めっ!」
「ええい、奴を先に仕留めろ! 他の魔物はいい、とにかく奴を止めなければ前線が崩壊する! 空軍戦力を奴に集中させろ!」
「その調子よナマモノ! ハーディン様に逆らう愚か者どもに慈悲など不要、容赦なく圧殺してあげなさい!」
「かー! 参ったわー! 異世界転生して目立ちたくないのに、気付けばどうしても目立ってしまってつらいわー! かー! 総合ランクがS-で目立って本当につらいわー!」
ビタンビタンと飛び跳ねて、ぷちぷちと敵を圧縮圧縮。うむ、これだけ暴れれば目立って仕方ないでしょう!
さあ、みんな! 捕らわれの無力なお姫様はここですよ! みんなー! 早く私を助けにいらっしゃーい!
円様よりファンイラストを頂きましたー! ありがとうございます、ありがとうございます!
前話にアップしておりますので、是非! オル子夢の人化っ! オチがつく、それでこそオル子です(恍惚)
そして、書籍版『シャチになりました』発売まで、あと三日を切りました。オル子の物語を何卒よろしくお願いいたしますっ! オル子が元気に飛び跳ねられますようにっ(お祈り)




