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120.お酒はいいわ。再会の祝杯なんて気分でもないでしょう?

 



 黒翼を羽ばたかせ、空に浮かんで笑みをみせているイシュトス。

 久しぶりに会った『空王』さん、開幕からクライマックス全開でいらっしゃる。

 一瞬――それこそ瞬きする間に、並みいるオーガ兵士の首を落とし、別人クレアを失神させ……し、失神よね? のど輪状態だけど、首は落ちてないから死んでないのよね?

 とにかく、初っ端から化物ぶりをいかんなく発揮するイシュトスの前に、絶体絶命のピンチの私です。

 殺される! 殺される! 裏切り者としてイシュトスに殺されるか、裏切り者としてハーディンに殺されるか……って、どっちに転んでも裏切り者じゃないのよ!

 

 だけど、このままただ殺されてなるもんですか!

 たとえ勝ち目がほとんどなくても、オル子さんは戦うよ! もう私は死ねないんじゃあ!

 もし私が死んじゃったら、あの『森王』戦の後のように、みんなが泣いちゃう。悲しんじゃう。私はもう二度とみんなにあんな顔をさせたりしないと誓ったのよ!

 それに! 私はっ! まだっ! 人化して素敵なダーリンと恋する夢を叶えていないんだからああ!

 ふしゃああああ! もう手札を隠す必要なんてないわ! 生きるか死ぬかの瀬戸際だもん! 『海王』、『山王』、『森王』全てを力を開放! そのイケメンをぶっ潰す! そイケぶ! そイケぶ! もし本当にどうしようもなければ、最後の手段で自爆だって……


「ああ、ハーディンの目を警戒されているのですね? ご安心ください、オルコ。この場にはもう私たち以外に誰もいません。私たちの逢瀬の邪魔をする不埒者は全て私が仕留めましたのでね。他の誰でもない、あなたとの会話に横槍を入れさせるつもりなどありませんよ」

「……ぬ?」

「もっとも、この娘だけは意識を奪うだけに留めておきましたがね。なにせあなたの寵愛するあのオーガと同一の存在なのです。それに、いくらでも『替え』が効くとはいえ、共にいたにも拘わらずガウェルの娘を殺されたとあっては、ハーディンたちの心象もよくないでしょうからね」


 ゆっくりと地面に降り立ち、イシュトスは別人クレアを地面へと放り投げた。

 そして、ゆっくりと私のもとへ歩いてくる。な、何か敵意がない? なんで? ハーディン側についてる私を裏切り者として処分しに来たんじゃないの?

 困惑する私を他所に、イシュトスは私の前まで歩み寄り、満面の笑みで何故か賞賛しはじめた。


「それにしても、本当に驚かされましたよ、オルコ。まさか己の素性を隠し、自らハーディンの懐に入り込み、諜報活動に勤しむとは思いもしませんでした」

「……ほえ?」

「『魔選』において、あなたが王となる覇道において、何より厄介な存在となるハーディン。彼や幹部連中の情報を抜くために、ただの魔物として忍び込んでいるのでしょう? あなたがハーディンやウェンリーをはじめとした幹部連中と行動を共にしている情報は入っています。まさか、彼らを騙し、傍に在ることを許される存在になるとは、あなたはどれほど役者なのでしょうか――すべては彼らを殺すために、王自ら敵軍に忍び込んでいるのでしょう? いいえ、隙あらばハーディンの首をも狙っているのではありませんか?」


 ……ほむ。

 イシュトスの話を聞きながら、私はゆっくりとその場に着地。

 頭の中を整理すべく、右にコロコロ。左にコロコロ。ヒレでお腹をぽりぽり。尻尾をふりふり。

 思考することたっぷり十秒。よっこらせっと、私は空に浮き、イシュトスに向き直り。


「――ククッ、流石は『空王』イシュトスね? ハーディンたちは騙せても、お前だけは隠し通すことはできないみたい。流石はかつて魔王軍一の智将と謳われた存在だわ」


 イシュトスの盛大な勘違いに、ちゃっかり乗っかることにしました。

 な、な、なんか分からんけどこのイケメン、物凄い勘違いをしてくれてる! いや、諜報目的ではあるから、全部が全部間違いではないんだけど、私の行動の全てを悪くない方向にとらえてくれてる!


 そ、そうか! イシュトスって、エルザたちと一緒にいる私、ワル子の姿しか知らないのよ!

 だから、イシュトスの中で私は『海王』『山王』『森王』を殺し、多くの強き魔物を従えた冷酷無比の魔物の女王というイメージを植え付けたままなんだわ! イシュトスにとって私は、ミュラも手中に収めた『魔選』を勝ち抜く強者に他ならないんだもの!

 だから、私がハーディンに捕まってペット化してるなんて、微塵も想像すらできるはずもなくて……い、いける! これいける! 押し切れる!

 こ、これはもう乗るしかない! イシュトスの巻き起こしてるオル子さん勘違いビックウェーブに乗るしかないわ!

 久々にワル子を演じる私に、イシュトスは満足そうに話を続ける。


「やはりそうでしたか。配下から巨大な黒白魚が戦場に現れたと聞かされたとき、随分と驚かされたものですよ」

「わ、悪かったわね? あなたの言う通り、ハーディンや配下の『六王』たちはいずれ殺さなければいけない相手でしょう? いったいどれほどの存在かをこの目で、肌で感じてみたいと思ってね。け、け、決してあなたを裏切った訳ではないのよ? 配下を何人も殺してしまったことは謝罪するわ」

「もちろん理解しております。フフッ、あなたも実に人が悪い。王自ら配下として敵陣営に忍び込むなど、いったい誰が思うでしょうか。ハーディンたちの信頼を得、情報を抜き取るだけ抜き取り、内部破壊を行った後に、手ひどく彼を裏切り、宣戦布告代わりに心を破壊するつもりなのでしょう? そのどこまでも残酷に、美しく咲き誇れる姿、流石はオルコです。あなたはいつも私の心を捕らえて離さない」


 いやいやいや! そこまでしないよ! イシュトスの中の私ってどんだけ極悪人なのよ!? オル子さん凄く良い子だよ! 裏切り者になっちゃうことは否定しないけども!

 でも、今はこのイシュトスの勘違いっぷりが私にとって蜘蛛の糸に他ならない。これを掴まなきゃ、殺されちゃう! 死にたくないなら、必死に騙すのよ、私!

 大丈夫、イケメンを適当な言葉で転がすのは私の得意技。私は過去に何百人もの男を掌で弄び攻略してきたじゃない。主にゲームの話だけど! 主にというか全部ゲームの話だけど!

 自称スチルコンプリートの女王の称号は伊達じゃない! 私ならいける! やれる! さあ、頑張ってハーディンに並ぶ極悪腹黒執事系イケメンを騙しきるの! いくわよ、美青年! 選択肢の貯蔵は十分かしら!?


「そこまで読み切っているなら、私がここにいる理由を改めて説明する間でもないわね。私の目的はあくまでも確実に敵に回るハーディン陣営への諜報よ。彼と配下、軍勢の力、全てをこの目で見極め、どの程度の敵かを感じておきたいの。だから、不戦協定を結んでいるあなたと殺し合うことは本意ではないわ。まあ、あなたが望むなら話は変わるけれど?」

「あなたの手を取ってダンスに興じるのも心惹かれますが、ハーディンの利となる結果を生むのは望みませんよ。私も彼と決着をつけねばなりませんからね」

「ふうん、流石に状況が見えているわね。それで、あなたは何を企んでいるのかしら?」

「企んでいる、そう読めますか?」

「当然でしょう。ハーディンが次々にカードを切っているにも関わらず、あなたは幹部の一人も戦場に向かわせていないじゃない。展開しているのはどいつもこいつも雑魚ばかり。まるでハーディンに勝利を与えているようにも見えるわ。いいえ、それとも甘い勝利を呼び水にしてハーディンを城から動かすことが目的なのかしら?」


 って、ハーディン軍のみんなや別人クレアが言ってました! 私は何も分からんけども!

 試すような私の言葉に、イシュトスは満足げに口元を緩める。

 ひいい! 笑みが怖いいいい! ハーディンとは違う意味で甘さと怖さが内包された悪い笑みよ! ハーディンが腹黒王子なら、イシュトスは腹黒執事ですよ! ああ、脳筋ポチ丸が恋しい。


「あなたの考える通りですよ、オルコ。私の思い描く光景を成り立たせるには、まず第一に彼を玉座から引き離す必要がありましたからね。何があったかは分かりませんが、ようやくその重い腰をあげてくれたのです。長い期間、ハーディンを煽り続けた甲斐がありました。彼が動いたことで、やっと『魔選』の時は未来へと進むのですから」

「……負けるつもりは全然ないって表情ね。傍で戦いを見たけれど、ハーディンはもちろん、他の『六王』も相当に厄介よ? 勝算はあるのかしら?」

「おや、心配してくださるのですか?」

「お前が簡単に殺されてしまえば、次にハーディンと対峙するのは私たちだもの。純粋に興味があるだけよ。かつての『魔王』の息子と、その『魔王』と戦いながら一度たりとも敗北を喫しなかった空の覇者、いったいどっちが強いのかがね。私、強い男が好きなのよ」

「それは素晴らしい情報を聞きました。ならば私は何があろうと、ハーディン相手に負けるわけにはいきませんね――オルコ、あなたに一つお願いがあります。ハーディンへ伝えて頂きたいのです」

「ハーディンに? 何を?」

「茶会のお誘いですよ。この先に広がるブレイダル平野、そちらに私は全ての軍勢を展開しています。幹部、騎士、空獣、出し惜しみは一切ありません。三日後、太陽が真南に昇る時――そこで、我らの雌雄を決しましょう、とね」


 イシュトスの言葉に、私は息を呑む。

 ……全戦力、つまるところ総力戦。今までのような互いのカードを隠して押し引きするのではなく、たった一つの戦いで全てが決まっちゃう。

 その戦いで、この魔物界における二強、ハーディン軍とイシュトス軍、そのいずれかが消えるということ。ハーディンか、イシュトス、そのどちらかが。

 驚きながらも、それを表に出さないよう、私は彼へと問いかける。


「随分と真正面から行くじゃない。あなたのことだから、二重にも三重にも策を張り巡らせてハーディンを絡み取るのかと思っていたわ」

「フフッ、評価いただき光栄です。ですが、彼を戦場に引きずり出した時点で、もはや私の策は成っているのですよ。後はハーディンを仕留めてしまえば、この戦いは終わりです」


 凄い、マジで微塵も負けると思ってないのね。

 ここまでハーディン軍と渡り合ってきただけあって、大した胆力、度胸だわ。私なら涙流して白旗上げますぞ。それくらいハーディン軍はチート勢力だもん。

 でもまあ、何とかこの場でイシュトスと戦わずに済んだみたいで何より。生き残ったよ! みんな、オル子さん頑張ったんだよ! 褒めて! 私を褒めて!

 心の中ではしゃぎまわりながら、平然を装ってイシュトスに言葉を紡ぐ。


「いいわ。あなたのお茶会へのお誘い、しかとハーディンに伝えましょう。私も戦場にて、あなたたちの戦いを見学させてもらうわ。あなたとハーディンの戦いの邪魔や横槍はしないと我が誇りに誓いましょう。せいぜいどちらがより強い男なのか、私に教えて頂戴。生き残った方を私が改めて殺してあげるから」

「ええ、感謝します、オルコ。ハーディンとの戦いを終わらせた暁には、改めてあなたに申し出るとしましょう。あなたを我が『王』として担ぎ上げさせてほしい、とね」

「嫌よ。興味ないし、その条件はミュラを差し出すことでしょう? 私からミュラを奪おうとする奴は殺すと言わなかったかしら」

「ええ、そうでしたね。フフッ、あなたがその在り方を貫いてくれるからこそ、私は安心していられます――あなたがミュラ姫を守ろうとする限り、決してハーディンとは相容れることはないのですから。ミュラ姫の命ある限り、彼女を手元に置こうとする限り、あなたとハーディンは必ず殺し合う運命にある」


 え、そこまで? ハーディンからミュラの話題がちっとも出ないし、閉じ込めてたって話から仲は悪いとは思っていたけれど、そこまでミュラのこと嫌いなの?

 普段の温厚な彼の姿から、そこまでミュラを憎む姿なんて考えられない。

 ……戻ったら、ミュラの名前をハーディンに出してみる? イシュトスの名前を出せば、それらしい理由になるかもしれない。

 彼がミュラって女の子を探している、みたいな感じで揺さぶれば、ハーディンの口から教えてもらえるかもしれないわ。

 本当にハーディンがミュラを地下牢に閉じ込めていたのか、彼がミュラを憎んでいるのか――私たちは、本当に殺し合う関係でしかいられないのか、を。


「名残惜しくはありますが、そろそろ戻るといたしましょう。何やらハーディン軍の魔物が近づいているようですからね。また戦場でお会いできるのを楽しみにしていますよ、オルコ」

「楽しみにするようなことでもないわ。そうだわ、もしあなたのところにウチの娘たちが来たら、私のいる戦場に案内してもらえると嬉しいわ。区切りのいいところで、あの娘たちと合流してハーディンから離脱するつもりなのよ」

「ええ、分かりました。そのように計らっておきましょう」


 うむ、これで助けに来てくれたみんながイシュトス軍に襲われる心配はなし。

 あとは戦いのドサクサに紛れて、私を救い出してくれると信じてる! みんな、待ってるからね! もうこんな怪物連中の戦いなんてこりごりなんです! はやくお家に戻ってのんびり進化したい!

 空を飛んで去ろうとするイシュトスに、私はふと思い出したことを最後に問いかけてみる。それは、ハーディンの元を去った彼に訊いてみたかった質問で。


「最後に一つだけ訊かせて頂戴、イシュトス。あなたはどうしてハーディンを裏切り、敵として対峙したの?」

「私が彼と敵対した理由、ですか?」

「そうよ。ハーディンを傍で観察していたけれど、強さは申し分ない。王として他者を纏める才もある。まさに『王』としての理想を体現したような存在だわ。あなたはハーディンに何を感じ、配下となることを拒み、敵として在るのか――その理由が知りたいの」


 私の問いかけに、イシュトスは若干の沈黙の後、口元を吊り上げて笑った。

 その笑顔には、先ほどまでのものとは違い、一切の温度というものが感じられず。


「――だって、『つまらない』でしょう? その強さは認めましょう。ですが、形だけで中身のない王に、私は輝きなど見出せません」

「形だけで中身のない……?」

「彼は全てが借り物なんです。玉座に座る意味も、頂点に立つ理由も、敵を蹂躙する欲望も、生きる理由でさえも他者に拠っている。あれは、精巧につくられたアディムの人形なんですよ。魂を込めることを許されなかった、『魔王』という『仕組み』に最適化された、夢を捨てられない愚かな人形遣いの命令通りに動くだけの哀れな存在――それが私の知るハーディンという男です」


 子どもが退屈を感じているかのように。

 ただひたすらに純粋な『つまらない』という気持ちを、イシュトスは隠すこともなく吐き捨てた。


 ……やばい、イシュトスの言ってることが全然分かんない。ハーディンの何をどうすればそう感じるのか、分からない。

 彼の話を聞いて、私は心の中にハテナマークを大量生産しながら、きっぱりとこう言うのだった。


「――その通りね。私もそう思うわ」


 反応に困ったら、とりあえずドヤ顔で相槌をうって、適当に流しておきませう!

 和の心、ミートゥーの精神、ことなかれ主義、長いものにはとことん巻かれていく生き方。ずっとずっと大事にしたい。むふ!



 

 

 書籍版『シャチになりました』の購入特典小説の情報を活動報告にまとめましたので、ちらりと見て頂けると嬉しいですー!

 書籍発売まであと一週間となりましたが、おバカなシャチ娘の物語、何卒よろしくお願いいたしますっ! 



      タイトル : シャチになりましたオルカナティブ

       レーベル : 角川スニーカー文庫 様

 キャラクターイラスト : 松うに 様

       発売日 : 2016年10月1日(土)

 

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