119.あなたとは終わったはずでしょう? 今更よ
やばい。やばい。やばい。
敵がほとんど消え去ってしまった戦場上空。ハーディンの横にふよふよ浮いてる私は、尻尾をプルプルさせながら手に汗……いいえ、ヒレに汗を握ってドキドキを抑え込んでいた。
ごくりと息を呑み、何度も自分のステータスを確認する。私の脳裏に浮かび上がった、ステータスのレベルの項目に燦然と輝く『25』の文字。
25。
レベル25。
この数時間、ハーディンの傍で歌ったり踊ったりしていただけでレベルが14から25になってしまった。
寄生プレイできるかも、なんて最初は笑っていたけれど、あまりに凄過ぎて、興奮で言葉がうまく出てこない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
ラスボスへの寄生プレイ、最高過ぎる。何もしてないのに、既に進化可能レベルを遥かに超えてしまったじゃない。ハーディンたちの目がある中で進化したりはしないけども。
ハーディン様々なんてレベルじゃない、神ってる。ハーディン様マジで神ってる。
体をプルプル震わせながら、ちらりとハーディンを見上げると、何やら思案顔。どしたの、ゴッド・ハーディン。
「……読めないね、どうも。明らかに勝利を与えられている」
「ほえ?」
「イシュトスの空軍は魔王軍の翼、この程度で殲滅できるほど生温いものではないよ。僕が出てくれば、カードを切ってくるかと思ったんだけれど……誘われているのかな?」
言っている意味が全然分からぬ。
どう見てもハーディン軍の圧勝で、イシュトス軍はほぼ壊滅、残存兵は後退、それを地上部隊が追撃って流れにしか見えないんだけど。
だいたい、こんな無双ゲー主人公すら唖然とするような強さのハーディン相手に策でどうこうなるものなの?
配下にどれだけAランクの魔物がいようと、ハーディン一人いれば余裕じゃない。もう全部ハーディンでいいんじゃないかなって勢いですよ。それくらいこの人の強さ突き抜け過ぎ。
「空の敵もかなり減ったことだし、ガウェルたちに合流するとしようか。おいで、シャチ子」
「わんわん!」
地上へ下降するハーディン、彼について回ること犬の如し。いや、もう犬でいいです。オル子さん、今日だけはハーディンのワンちゃんです。
折角なので、レベル上げ続行でこのままイシュトス軍に突っ込んでもいいのよ!
ハーディンが強い敵を倒せば倒すほど、オル子さんの寄生プレイが捗るってもんですよ! 寄生プレイ万歳!
「調子に乗っていたら、最前線に向かわされました。解せぬ」
「自業自得だ。諦めろ」
ハーディン軍の最前線。
オーガ軍の指揮を執る別人クレアと一緒にぴょこぴょこと大地を移動中な私です。背後にはオーガ兵士さんがいっぱいですよ! ざっと五十人くらい!
イシュトス空軍相手の戦闘を全部ハーディンに任せて、寄生プレイしまくってたのがウェンリーにばれてこれでもかとブチ切れられました。
『ハーディンがそうしろって言ったんだもん』とか『私のサボりを責めるのは王の言葉に逆らうってことだと分かっているの?』とか『なんで元は突き抜けた美女なのに無駄にケバいファッションで攻めてるの? 趣味悪すぎじゃない?』とか言っただけなのに。酷い。
まあ、敵は全然いないうえに、別人クレアと一緒だから悪くはないんだけど。この娘から色々情報を引き出さないといけませんし。
「イシュトス軍の動向は明らかにおかしかったからな。偵察と一番槍を兼ねた、名誉ある任務だ。貴様も気合を入れなおせ」
「分かったわ! ところでクレア、あなたって姉妹とか本当にいないの? 同じ名前の双子の姉とか妹とか、同じ名前の親戚とか!」
「またそれか……何度も言っているだろう、私にそんなものはいない。私は一人娘だ。それに、同じ名前の姉妹など紛らわしくて仕方がないだろう」
「ですよねー」
私の呟きに、別人クレアは呆れるばかり。ううん、空振り。やっぱりウチのクレアの情報は出てこないかあ。家族路線だと思ったんだけど。
さてさて。ハーディンたちの話し合いによると、やっぱりイシュトス軍は違和感バリバリらしいわ。
いくらガウェルやウェンリー、そしてハーディンまで出てきたとはいえ、これほどまでに簡単に一蹴できるほどイシュトス軍は脆弱ではないらしいの。
その証拠に、幹部である騎士が一人も出てくることなく戦いが終わってしまったとか。『白騎士』もエルザのおじさんも出てこなかったのねえ。
「イシュトスとは謀将として知られた『六王』きっての頭脳派。ただ無意味に兵をすり減らすなど考えられぬ。もし、勝ちに浮つかせて、ハーディン様を誘い出す策ならば、乗ってやるわけにはいかん。我らが犠牲になってでも、敵の狙いを斬り落とすのみ」
「いや、シャチ子さんは犠牲になんてなりたくないですけどね? でも、思うんだけどイシュトスが何を企もうと、ハーディンに勝てる奴なんてこの世にいないんじゃないの? ハーディンなら、一人でイシュトス軍全員をぶっ倒してしまえるんじゃないの?」
私の発言に、別人クレアは大きなため息。あれ、何か間違ったこと言った?
戦いは数だと昔の人は言ったけれど、ハーディンに限っては例外だと思うんだけど。首をかしげる私に、別人クレアは窘めるように説明する。
「貴様はイシュトスを甘く見過ぎている。確かにハーディン様は『魔王』に相応しき強者だが、消耗した状態で圧倒できるほどイシュトスは甘くはない。なにせイシュトスは前魔王アディムと引き分けた男だからな」
「え、マジで?」
「私も生まれていない頃の話だがな。前魔王軍において、アディムはその力によって数多の魔物を屈服、心酔させた。その中で唯一、アディムから敗北を与えられることのなかった男、それが『空王』イシュトスだ」
いや、確かにイシュトスのステータスも凄かったけど……速度なんかSS+とかだったけども。
つまり、イシュトスはガウェルやウェンリーよりも強いってことじゃないの? 他の『六王』が敗北する中、唯一アディムに負けなかったってことは、格で言うと『六王』最強ってことでは。
「たった単騎で前王相手に死なずに立ち回った男が相手なのだ。一対一で戦ったところでハーディン様が敗北するなど決してありえないが、その可能性の芽は極力私たちで摘まねばならない」
「ほむほむ、つまりハーディンにダメージや疲れを溜めさせたり、イシュトスや幹部の多対ハーディン一みたいな状況を作らせるなってことね」
「……見た目や口調と違って、戦いに関する話の呑み込みだけはいやに早いな。その通りだ」
「ねえ、今シャチ子さんの見た目馬鹿にした? アホっぽいみたいなこと言った? ねえねえねえ」
私の追及を華麗にスルー。ぐぬう、クレアの生真面目さとエルザのスルースキルを持つ強敵だわ。
とにかく、別人クレアを含め、ハーディン陣営は全然楽勝ムードじゃないみたい。それだけイシュトスを警戒してるってことなんだけど……いくら強くても、ここからひっくり返すことなんてできるのかな。
このままだと、ハーディンに一気に押し切られて反撃の芽がないまま終わってしまいそうな気がするけど……
「ここまで敵が現れなかったということは、敵はこの先にある砦に完全に籠城しているということだ。イシュトスはいないだろうが、先の戦場に現れなかった幹部連中が出てくることは十分に考えられる」
「ほむほむ、イシュトスはこないの?」
「後退したこの状況では、まず現れないだろう。イシュトスが直々に出るならば、先ほどの戦場でハーディン様が前に出た時こそが好機だった。この戦いの勝敗は互いの王をどちらが先にとるかで終わる。ハーディン様自ら囮となり、その状況を想定した策を我らも練っていてのだが、空振りに終わってしまったがな」
ああ、なるほど。さっきのハーディンの暴れっぷりはあわよくばイシュトスを釣り出そうとしてたんだ。出てきてくれなかったけど。
まあ、私としてはイシュトスや幹部二人に出てこられると一番困るのよね。
何せ顔バレてるし。会ったことあるし。不戦協定結んでるのに、バリバリ敵を殺しちゃってるし。下手すれば連鎖反応でハーディンにまで素性バレちゃうし。
「『魔選』とは単純に言うならば『王取りゲーム』だ。どれだけ配下が死のうと、劣勢になろうと、敵の頭さえ潰せばいい。『支配者』として命令するだけで、敵の配下は全て自分の兵士になるのだから兵力の消耗に意味はない」
「なるほどにゃあ。つまり私たちや敵の魔物は、ハーディンやイシュトスの盤上の駒で、互いのキングを奪うという勝利条件のもとで動かされる……だからこそ、敵も当然ハーディンを確実に仕留めるための作戦を取ってくるってことね。で、どんな作戦でふか?」
「――簡単なことですよ。心待ちにしていた客がとうとう重い腰を上げてくれたのです、何を慌てる必要がありましょう。私たちはただ準備を整えるだけでよいのです――楽しい茶会の準備をね」
「……へ?」
あれ、何か今、別人クレアの声が男っぽくなった?
首を傾げながら、隣を歩いていた別人クレアを見上げると、忽然と姿を消していて。あれえ?
その後、次々に何かが地面に落下する音が。くるりと後ろを振り返ると、そこには見事に首がなくなったオーガ兵士さんたちが。
まあ、噴き出した血が噴水のよう……な、などと言ってる場合ではござらぬ! な、な、な、何事!? なんでオーガたち死んでるの!? いや、それどころじゃなくて! 敵なの!? 敵襲なの!?
襲われないよう、慌てて空に浮いて戦闘準備を整える私。そんな私に、上空から言葉がかけられる。
「運命というものを信じたくなりますよ。散々焦らされた待ち人に加え、私の欲してやまない愛しい人がその姿を見せて下さったのですからね。配下たちからの報告が上がった時、まさかとは思っていましたが――」
「あ……あ……あああっ!」
声のする方向へ視線を向け、私はうまく声にならない悲鳴を上げてしまった。
空を飛翔する黒翼の魔物、それは私が誰よりも会いたくないと願っていた怪物で。
美しき金の髪、切れ長の瞳、知的な笑み。そして太陽光に照らされた美しき黒き翼。
そして、片手で気絶したクレアをのど輪状態で持ち上げながら、その美青年は口元を緩めて告げた。
「――久しぶりですね、オルコ。あなたの参加を心より歓迎しますよ、愛しい人」
上空で微笑む美青年――『空王』イシュトスに、私はガクガクと震えることしかできなかった。
なんてこいつがここにいるの、とか。王様のなのに単独行動で敵の最前線に現れるなんてアホなの、とか。思うことは色々あるけれど。私の胸を埋め尽くすのは、どうしようもないほどの絶望感で。
――終わった。何もかも終わったわ。
オル子ってバレてる。当たり前だけど、私がオル子って完全にバレてる。
もう私には絶望の未来しかない。イシュトスに協定破棄の罪で殺されるか、私の素性をばらされてハーディンに裏切り者として殺されるか。どちらにしても、私が生還できるとは思えない。
逃げ出そうにも、イシュトスから逃げられるとは思えない。
たとえ成功してどれだけ遠くに逃げても、今度はハーディンに私を一瞬で連れ戻す『闇王鎖縛』があるから結局は無駄。
私は宙から着地し、力なくその場にへたり込む。もう駄目よ、おしまいよ……勝てる訳がないわ……
前門のイシュトス。後門のハーディン。二人の絶世の美男子が私の命を狙って、あとはもう死ぬしか……あれ、これって修羅場? 約束されし勝利のヒロインによる恋愛的修羅場ではありませんか?
異世界最高クラスのイケメンに挟まれ、その二人に狙われて死ぬなんて悲恋的エンドね。
うふふ……異世界転生ヒロインとして悪くない死に方であったわあ、わが生涯に一片の……うわあああん! 悔いしかないいいい! みんなあああああ! 早く助けに来てええええ!




