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117.想定外を楽しむの。どんな状況でも微笑む余裕がほしいわ

 



 魔物、魔物、魔物!

 右も魔物、左も魔物! 前も後ろもどこまでもウジャウジャ広がるザ・モンスター・ハウス! いや、家じゃないんだけども! 洞窟ですらないんだけども!

 恐るべき魔物の軍勢に、オル子さんも興奮を隠せません! 流石はラスボスの出陣、最強の異世界戦国武将、華麗に参戦って感じですよ!


「どいつもこいつもランクがCオーバー! 雑魚なんて一匹もいません! まさに魔王の精鋭! 親衛隊! 選ばれし軍勢! 魔物たちとの絆こそがハーディンの至高! ハーディンの王道!」

「いや、別に彼らとの絆なんて微塵もないんだけどね。城で暇そうにしていた連中をついでに連れてきただけだし」


 巨大魔獣馬車に乗って、大歓喜する私に笑って水を差すイケメン魔王。なんという空気読めないキングなの。王は人の気持ちが分からぬ。

 豪勢な馬車というか、戦車というか。ウェンリーの召喚した巨大魔獣五匹に引っ張らせているため、戦場への移動も楽ちんです! オル子さんはいつだって省エネ推奨ですからね! 地球を守ろう、電気を大切に!

 イシュトス軍の主戦力が待つ戦場までの大移動。ハーディンの為に用意された車に相乗りしてゴロゴロしてる私に、同じく同乗していたウェンリーが苛立たしそうに文句を呟いてくる。


「昨日まではあんなに参戦することを嫌がっていたくせに、急に掌を返して自分も参加させろだなんて……お前が昨日の段階で頷いていたら、わざわざ若様のお手を煩わせる必要なんてなかったのよ? 本当に迷惑なナマモノね」

「気分が変わったから仕方ないじゃん! こう、私の中で急にムクムクとハーディンのために戦いたいという気持ちが湧いてきたのです! 今の私は忠誠心の塊みたいなものです! ハーディンが『魔王』になるために、シャチ子さんは頑張るよ! どんな相手でも令嬢ビンタで一撃なんだから!」

「それは心強いね」


 シュッシュとヒレビンタ式シャドーボクシングする私に、すっかりご満悦のハーディン。

 ふふふ、騙されておるわ! 私の目的があくまでもオルカナティアのみんなと合流するためだと知らずに!

 そう、あなたは私に利用されているに過ぎないのよ、ハーディン! ああ、男の人を弄んでいる私ってなんて悪女なのかしら! 悪いシャチ! 悪いシャチ!

 だけど、私は退きません! 媚び諂いません! 反省しません! たとえ悪女と後ろ指さされることになろうとも、みんなと再会するためにオル子さんはやり遂げるのです! そう、あなたは私に遊ばれる運命にあるのよ、ハーディン!


「頑張るシャチ子にご褒美をあげよう。ほら、君の好きなチェリッシュの実だよ」

「おほー! 食べまふ食べまふ! ちょいさー!」

「若様、お願いですから魔獣車の上でそのナマモノで遊ぶのはお控えください。重過ぎて車が壊れかねません」


 ハーディンの投げた果実をジャンピングキャッチ、あーんど咀嚼! おいちー! 歌って踊れて芸も出来ちゃう、私ってばなんて才女なのかしら。これぞヒロイン補正ですよ、ヒロイン補正。

 もっきゅもっきゅとデザートタイムを満喫する私に呆れかえるウェンリー。ふふん、そんな目で見られてもこの果実は渡さんぞお! これは全部貰ったオル子さんのもんじゃあ!


「ガウェルやクレアの陣に辿り着くのは、まだしばらくかかるようだね」

「そうですね……この速度ならば、恐らくは夕刻には着くかと。若様をお守りするため、城内の強者たちの移動速度に合わせて行軍しませんと」

「難儀なものだね。僕たちだけならば、あっという間に陣へとたどり着けるのだけれど。戦争という形を取る以上、配下たちに『戦』と『勝利』を与える必要があるとは分かっているんだけどね」

「そなの? ぶっちゃけハーディンが単騎でイシュトス軍に突っ込めばそれで試合終了したりしない? ハーディン、色々チートスキル持ってるみたいだし、ステータスも頭おかしいレベルだし」

「こ、このクソナマモノ! 主人に向かって頭おかしいなんてっ! どこが忠誠心の塊よ!」


 おふ、おふ。ウェンリーのストンピングが私の背中に。失言、失礼!

 そんな私たちの微笑ましいやり取りを笑いながら、ハーディンはいつもの優しい口調で説明してくれる。


「この『魔選』の戦いには、『魔王』としての在り方を盤石にする意味も含まれているんだ。配下を選別し、強き魔物を従え、彼らに戦いの『機』と僕の下に着く『利』を与える必要がある。もちろん、僕の力を示して力で縛ることも求められるけれど、それだけでは良き『王』として魔物たちが気持ちよく従えないだろう? 戦いと血、そして勝利と蹂躙に飢えている彼らを満たしてやるための理由となるのも、僕の仕事なんだ。僕の役目はあくまでも煮詰まった状況を切り崩したり、手に負えない魔物を処理することだね」

「なんという王道、覇道。シャチ子さんが王様だったら、全てをみんなに任せて毎日ゴロゴロしたり遊びまわったりしますよ? そんな難しいことは全部他のみんなにお任せ!」

「馬鹿らしいわ。そんな王にいったいどこの誰が従うというのよ。お前のような食っちゃ寝しているだけのふざけた愚王に価値などないわ」

「そうかい? 僕は面白いと思うよ。シャチ子が王として君臨する国がいったいどんなものになるのか、是非見てみたいと思うけれどね」


 いや、実際にあるんですけれどね、その国。

 ぐーたら王である私がお飾りの王として発展しまくってる国が、大陸中央部にデデンと聳え立ってるんですよ。私みたいな王のお願いを聞いてくれる最強の仲間たちがいっぱいいるんです。絶対言わないけど。


 しかし、ハーディンと一緒に過ごせば過ごすほど王として完璧な存在だと感じちゃう。

 強くて、理知的で、かといって甘い訳でもなく。王者としての風格というか、そういう絶対的なものを私ですらヒシヒシ感じるくらいだもん。それにイケメンだし。イケメンだし。超絶イケメンですし。

 これにノーを突きつけるリナやイシュトス、アヴェルトハイゼンのほうがおかしいとすら思えてきたわ。みんないったい何が不満だったのかしら。

 昔、リナは『つまらないから』なんて言っていたけれど……よく分かりませぬ。

 もし、人間で例えるなら、王子様で、容姿端麗で、頭脳明晰で、性格も良くて、王としての才覚もあって、配下も完璧で。

 この完全無欠王子様キャラから思いっきり評価を下げる要素があるとすれば……むむう……


「ハーディン、実は幼女趣味だったりしない? もしくは自分以外愛せない超絶ナルシストとか……ほぎゃあ! ぐぺえっ!」

「死ねっ! 七回くらい死ね!」


 移動中の魔獣車からウェンリーに思いっきり突き落とされました。酷過ぎる。

 だって、それくらいのドン引きマイナス要素ないと『六王』連中がハーディンから離れる理由なんて……いや、でもそんな変態至高あったら、リナが『面白い』とか言って残りそう。あのドS、面白ければなんでもOKみたいなところあるし。

 って、いやん! 置いていかれてるうう! 待ってえええ! オル子さんを下ろしたまま出発しないでええ! ビタンビタンと跳ねて猛追じゃああ!

















「お待ちしておりました、若様」


 陣に辿り着くと、びっくりするくらいのオーガ剣士たちが膝をついてお出迎え。

 あまりに壮観な光景に魅入っていると、ガウェルの隣に別人クレア発見! よしよし、後でコミュニケーションをとらねば! コミュ力の鬼と呼ばれたオル子さんの本領を発揮する時が来たようね!

 魔獣車から飛び降り、ハーディンはガウェルと別人クレアに近づいて話しかける。オル子さんもペットのごとく彼の足元でぴょこぴょこ跳ねて一緒に接近よー!


「すまないね。本来なら、ガウェルたちだけで決めてしまいたかっただろうに」

「これは異なことを。我らが求めるは若様の望む勝利のみ。若様が自ら出陣を望まれ、一気に戦いを終結させたいというならば、それを嫌がる理由もありますまい。それに、イシュトスの空軍には手を焼かされておりますでな。短期決着を望まれるなら、若様と親衛隊を投入するのは当然の流れかと」

「ガウェル、君が僕の傍に残ってくれていて本当によかったよ。君までイシュトスたちのように反旗を翻していたら、僕はどうしていただろうね」

「お戯れを仰いますな。若様ならば、たとえ私が敵に回ろうとも全てを蹂躙してしまえばよろしい」


 淡々としたガウェルの答えに、ハーディンは満足そうに笑った。

 二人が会話をしている間、私は別人クレアに接触せねば。ぴょっこぴょっこと飛び跳ね、未だ膝をついて頭を下げたままの別人クレアの頭をツンツンとヒレで突く。

 あれ、顔上げてくれない。気づいてないのかな。もしもーし。

 何度もツンツンと繰り返しヒレで突いていると、別人クレアが疲れたような声で私に語り掛けてくる。


「……ハーディン様の御前だ。『六王』ですらない私は主の許可なく頭など上げられん」

「んまっ、クレアっぽさの光る頑固ぶりですよ。ハーディン、クレアとお話したいから許可プリーズー」

「クレアも他のオーガたちも頭を上げてくれ。私に構わず、各々の仕事を全うするように」

「はっ」


 おお、一斉に顔を上げて立ち上がったわ。なんという武士集団。

 顔を上げたクレアに、私はヒレをびっと上げてご挨拶。


「また会えたわね! 今日はハーディンと一緒にクレアのヘルプにきましたよ! シャチ子さんが来たからにはもう安心、空の魔物はビシッと任せて頂戴な!」

「よく来てくれたな、シャチ子。歓迎する。貴様ほどの魔物が手を貸してくれるのは心強い。我らオーガは跳躍こそできるが、空を飛ぶことはできんからな。空の魔物には難儀していたのだ」


 うむ、容姿や声こそ同じだけど、微妙にクレアとは違うのよね。

 隙が無いというか、完全な堅物というか。ウチのクレアは押しに弱いところがあるけれど、こっちはいくら押しても微塵も動じそうにないし。というか常に目が吊り上がってますね。エルザもびっくりですぞ。

 とにかく、クレアの為にも少しでも情報収集しなくちゃね。この娘がウチのクレアの不安を消し去るカギになると思うから。


「来て早々で申し訳ないけれど、戦況を教えてもらえるかな?」

「先日ウェンリーにあげたものと何ら変わりませんな。敵の拠点の一つであるローワン砦とその一帯に敵の主力が続々と集結しております。陸も空も夥しいまでの魔物で溢れており、近づくことすらままならぬというのが現状ですな」

「ティナージュやラングレヌスを援軍に送ったけれど、足りなかったようだね」

「彼らも奮闘してくれましたが、何せあちらは色つきの騎士が揃っておりますでな。イシュトスもよくぞここまで良き兵を揃えたものです」

「そうだね。よくぞここまで食い下がったものだと賞賛したいところだけど――そろそろ彼との時間も終わりにしなければならない」


 そう告げながら、ハーディンは周囲を見回した。

 彼の視線に、ウェンリーとガウェルは心得ているとばかりに頷いた。

 そんな彼らに笑みを見せ、ハーディンは穏やかな声で私たちに命令を下した。


「明日の早朝、ローワン砦を一気に攻め落とそう。僕とシャチ子で切り込み、敵軍の守りに穴をあけて切り崩す。そこを基点に畳みかけてしまおう」

「「「はっ!」」」


 ハーディンの言葉に、ガウェル、ウェンリー、そしてクレアが即座に応えてみせた。

 ほむほむ、明日の早朝に戦いが始まるのね。イシュトス軍の誇る空軍を、ハーディンとシャチ子のたった二人で切り崩してみせると。くうー! 燃える展開じゃないの!


 たった二人だけで魔物の大軍に風穴をあける! 凄いわあ、興奮するわあ、面白い面白い面白いわああ!

 流石は前『魔王』の息子! 『魔王』の最有力候補! 是非ともそのシャチ子とかいう魔物と一緒に強敵たち相手に無双してくださいまし!

 オル子さんはハーディンとシャチ子って魔物が暴れ回ってるその隙に、安全な場所からエルザたちの助けを待つって寸法ですよ、ぷふー!


 なにはともあれ、シャチ子とかいう奴、ハーディンとたった二人で魔物の軍勢と戦うなんてお気の毒様だわあああ!

 でも、その魔物が戦ってくれることで、私の安全が買える! 私の為に尊い犠牲になってね!

 もし無事にオルカナティアに戻れた暁には、ササラにお願いして墓石に『シャチ子ここに眠る』と彫ってあげ――














 ……え、シャチ子? シャチ子さんが頑張るの? ハーディンと二人きり、イシュトス軍相手に一番槍?


 えっと……冗談よね? 異世界ドッキリ? カメラ、どこ?




 

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