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115.強い女と思われていても、時には泣きたくだってなるのよ

 



 『小魔王』ハーディン。

 異世界最強のラスボスに捕まってしまい、既に二週間。未だにオルカナティアからの連絡はきません。

 私の口を割ろうとする、敵の激しい尋問や責め苦にも負けず、オル子さんは今日も独りで戦い続けています。


「働きなさいよ! このクズ!」

「嫌でござる! 絶対に働きたくないでござる! 不労の誓いでござる!」


 玉座の間で、いつものようにゴロゴロと転がってお菓子をムシャムシャ頬張る私の背中をゲシゲシと踏みつけるウェンリー。

 どれだけ痛めつけられようと、私はオルカナティアのみんなを裏切らない! 悪の手には堕ちないんだから! くっ殺! くっ殺! ハーディンに貰ったお菓子うまー!


「イシュトス軍の重要拠点の一つであるローワン砦を落とせれば、戦況は一気に傾けることができるわ! 色持ちの騎士連中が何体も確認されている以上、こっちの戦力も可能な限りぶつけたいのよ! お前が空の魔物どもの標的になっていれば、あとはガウェルや私でなんとかできるんだから!」

「そうなんだ、凄いね。ところで喉乾いたんで、何か飲み物くれませぬ? お菓子ばかり食べたから、口の中がパッサパサなのですよ」

「~~! 『ウォーター・バスター』!」

「ほぎゃー!」


 水流によるレーザービームを私のお腹にぶち当ててきましたよ、この暴力女! 水圧ちょー痛いんですけど! 私が並の魔物ならお腹に穴が空いてましたよ!?

 むくりと起き上がり、オル子さん猛抗議! 人のスイーツタイムを邪魔しおって!


「何よ何よ、さっきから聞いてれば、結局あれでしょ? シャチ子さんをこの前みたいに一人で戦わせておいて、自分たちは楽しようってことでしょ? なんで私だけ危険な目に合う必要があるんですか! シャチ子さん、絶対に嫌だかんね!」

「嫌とか言える立場だと思ってるの!? 若様に飼われている以上、お前も立派な魔王軍の一員なのよ! 若様のために戦いなさいよ、このクソナマモノ!」

「偉そうに言ってるけどね、私の力を借りなきゃ勝てませんって情けないと思わないの? 『六王』のくせに、イシュトスの配下すら退けられないの? 『六王』なら『フッ、他の魔物の力なんて必要ないわ、この程度、私一人で十分よ』くらい言いなさいよ! そんな情けないことばかり言って、いつかハーディンに『僕の腹心に弱者は必要ない』って捨てられても知らないからね!」

「こ、こ、このクソナマモノおおお! ぶっ殺してやる!」

「私を殺す前にイシュトスを殺しなさいよ、この役立たず! 『六王』最弱! へっぽこ!」


 ハーディンの玉座を挟んで、フシャーと威嚇して睨み合い。

 やる気? やるならかかってきなさいよ! 私はどこまでも戦い抜くからね! ハーディンをこれでもかと盾にして!

譲れない女の戦いを繰り広げられるなか、これまで笑ったまま沈黙を保っていたハーディンがぽつりと言葉を紡いでいく。


「シャチ子の言うことにも一理あるかな。この子は本来ならば我が軍にいなかった存在だ。シャチ子一人足りない程度で、攻めきれないというのも悲しい話だね」

「ぐ……」

「ほらきたー! シャチ子さん大勝利ー! 異世界ざまあ大成功よおおお! 今日も元気だ、ご飯が美味いっ!」


 悔しそうな表情を浮かべるウェンリーの周りをビタンビタンと跳ねまわって歓喜の舞。

 ほほほ! これぞヒロインの勝利というもの! ざまあされたウェンリーは修道院送り決定! ああ、またヒロインとして勝利を掴んでしまったわ。敗北が知りたい、なーんちゃって!

 ウキウキで転がりまわる私を悔しそうに何度もストンピングするウェンリーだけど、所詮は負け犬の何とやら、守備Sの私には効きませんにゃあ!


「けれど、ウェンリーの言うことも確かだ。イシュトスの懐刀である色持ちの騎士、その大半がかの砦に集結していると聞いている。ここを叩き潰せれば、天秤は大きく僕たちへと傾くことになるだろう。この好機、万全を期すためにシャチ子の力を借りたいというのも当然だ」

「んなっ!?」

「そ、そうなのです若様! 私は力の不足ではなく、あくまでも万全を期すためにこの子の力を借りたいと願い出た次第でして。なにせシャチ子は若様のためなら、どんな敵をもねじ伏せるほどの力と意思の持ち主です。この機に彼女には存分に大暴れしてもらえれば、と」

「こらあああ! さっきからナマモノ、クソナマモノって暴言吐きまくってたくせに、ころりと態度変えてんじゃないわよ! 掌がぐるんぐるんと大回転し過ぎでしょ!? アンタの手首はモーター式か何か!?」


 ハーディンの意見が自分に傾き始めたとみるや、私のあることないこと言い出しましたよこの女! なんてこと、これだから上司相手にコロコロ態度変える奴は!

 いかん、この流れはいかんですよ! また私を戦場に連れていく気配が満々じゃないのよ!

 ハーディン軍とイシュトス軍、異世界最強軍団同士のぶつかりあいに、なんで無関係の私が頑張らなきゃいけないのよ!

 オル子さんは城でぐうたらしつつ、エルザたちの助けをのんびり待つのがお仕事なんですよ! 誰が戦場になどいくものかっ!

 シャチホコのポーズで威嚇しつつ、私はすぐに拒否する体勢をとる。オル子さんはノーと言える日本人なのです!

 そんな私に、ハーディンは小さく笑みを浮かべ、口を開く。


「今回の戦いに、シャチ子は参加する必要はないよ」

「……ほえ?」

「若様っ!?」


 嫌な流れの中、まさかのサボり許可。マジで!?

 驚く私に、ハーディンは優しい口調で理由を語っていく。


「シャチ子には前回、メルクの森で頑張ってもらったからね。もとより魔王軍の魔物ではないのだから、無理をさせる必要はないと考えているよ」

「わっはー! 流石はハーディン、話が分かるうー! どこぞのドSな誰かさんとは違いますね! ちらっ! ちらっ!」

「このクソナマモノっ……で、ですが若様! この度の戦いは今後を決める、非常に重要な戦いです! この戦いの結果如何によっては、イシュトス軍殲滅にかかる時間に大きな違いが……」


 ほむ、あくまでイシュトス軍に勝てる前提ではあるんだ。

 ただ、ここで押し切れるかどうかが、戦争決着までの時間に関係するだけで。強いなあ、魔王軍。

 そんな他人事のようにウェンリーの話を聞いていると、ハーディンが彼女を制するように言葉を紡ぐ。


「慌てる必要はないよ、ウェンリー。次の戦いの重要性、それは僕とて理解している。つまり、シャチ子に勝るとも劣らない一騎当千の戦力があればいいんだろう?」

「そうですが、空の魔物の大半はイシュトスが寝返った際に離反しています。いくら魔王軍が精強とはいえ、空の戦場だけは彼らに分があるのも事実。その大軍をたった一人で蹂躙できる魔物など、こちらには………」

「いるじゃないか、君の目の前に」


 そう言って、ハーディンは静かに、それでいて不敵に笑ってみせた。

 次の瞬間、ハーディンから放たれる空気に私は呼吸すら忘れた。

 まるで首元に刃物を突き付けられたような恐怖。緊張。死の気配。

 かつて私が死闘を繰り広げてきた強者たち。その誰よりも重く、濃厚な『死』の重圧と気配を振りまいて、いつも穏やかに笑っていた青年が告げた。


「次の戦い、僕も出よう。色つきの騎士たちを含め、砦を守っている幹部連中を全て殺し尽せば、イシュトスも姿を見せるだろう。もし、彼が出て来たら――僕がイシュトスの首を落として、この戦いは終わりだ」





















 明日、ハーディンと城内にいる彼の直属である魔物たちの大半が出撃するらしい。

 そんななか、オル子さんはお留守番。現在、ハーディンはウェンリーや幹部連中と明日の戦いについての打ち合わせを重ねていてお部屋に不在。

 ハーディンの部屋に、ぽつんと一人っきりになった私はゴロゴロ転がりながら、これからの事を考える。


「参戦を全力で拒否ってしまった訳だけど、これでよかったのよね? ハーディン軍とイシュトス軍の本戦力同士がぶつかる戦いに参戦する訳にもいかないからぬー……」


 最強クラスの魔物同士のガチバトルに巻き込まれたら、みんなと再会する前に死亡なんて笑えない事態になりかねないもんね。

 ただ、これはある意味チャンスでもある。ハーディンが参戦するってことは、彼の戦い方をこの目で見ることが出来るってことだし。

 戦いにおいて、情報こそが何よりの武器になるということは、前の人間との戦いで理解させられた。このチャンス、思い切って踏み込んでハーディンの戦い方を見ることができれば、今後の戦いに……


「いやいやいや! それで無理して死んじゃったら意味ないから! 私の一番の目的は生き延びて、なんとしてもみんなと合流することだから!」


 欲を出しそうになる自分を自制。欲張り過ぎて事態が好転した試しがないわ。

 ちょっと待て、その一口が、ブタのもと。オル子さんはクール美少女、がっついて失敗なんてしませんぞ。

 だけど、ハーディンだけじゃなくてガウェルやウェンリー、そしてイシュトス軍の幹部連中やイシュトス本人の戦いも見れるかもしれないのよね。


「ここで頑張れば、ハーディンとイシュトスどっちが勝ち残ろうと有利になる……でも、危険が……うー! どうすればいいのか分かんないよおお! うーうーうー!」


 ビタンビタンと部屋中を飛び跳ね回り、呻き声を上げ続ける私。

 こういうとき、エルザたちがいれば何もかも判断お任せできたのに! みんなが決めた道をオル子さんは迷わず真っ直ぐに突っ走ればいいだけなのに! ミュラやミリィと遊んでいるだけで良かったのにいい!


「帰りたいよう! オルカナティアに早く帰りたいよう! いくら世界最高のイケメンに優しくされても、みんながいなきゃオル子さんは嫌なんじゃあ! みんなと一緒という前提条件がないと、オル子さんは幸せになれないんじゃあ!」


 ゴロゴロと床を転がりまわって泣き言連発。

 ハーディンは確かにイケメンよ。性格も良いわ。理想の王子様よ。私の面倒も見てくれて、文句の一つも言わない最高の存在かもしれないわ。

 でも、オル子さんは満足できないんじゃあ! 毎日ミュラやミリィと遊びまわって! 調子の乗ってはエルザに怒られて! それをルリカやクレアに慰められて! ポチ丸やササラやアルエに呆れられて! キャスやリナに笑わられる! そういう生活じゃなきゃ嫌なの!

 ホームシックが消えないんですよ! お家帰りたい! みんなの傍がいい!

 それに、さっきハーディンが見せた魔王としての姿! 正直めちゃくちゃ怖かったし! 普段どれだけ優しくて勘違いしそうになるけれど、あれが本当の姿なのよ!


「ぐぬう……ハーディンの『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』さえなければ、ささっとお空を飛んで逃げてやるのにいいい」


 私の体を縛る特殊スキル。

この楔を打たれている限り、私はどれだけ逃げてもハーディンの傍に転移させられちゃうらしい。

 なんとかして、この効果を消せればいいんだけど、私にその手段がない以上、やっぱりみんなからの助けを待つしかない訳で。


「ルリカの状態異常回復スキルでこの縛りは消せないかなあ……それを試す意味でも、早くみんなと合流しないと……ああ、みんなに会いたい会いたい会いたい!」


 たった二週間でこれほどまでにホームシックにかかるとは思いませんでした。

 離れて分かる、大切な人の温もり。みんなに愛されることが当たり前で、こんなにも幸せなことだったなんて。

 家族愛に飢えたオル子さん、今日も不貞腐れるように床に転がってお休みタイム。

 心が苦しい時は、何もかも忘れて寝るに限ります。ゆっくり寝て、気持ちを入れ替えて明日から頑張る、それが元気の秘訣です。


「……あ、今日の分の『トランジェント・ゴースト』をやっとかないと」


 もしかしたら、アルエが戻ってきてくれているかもしれないもんね。

 ああ、アルエが傍にいてくれたらだいぶ気持ちが違うんだけどな。あの娘だけでも傍にいてくれたら孤独じゃないし、寂しさだって消えるのに。

 そんなことを考えながら、『トランジェント・ゴースト』を発動させて魂状態に。

 周囲には、金髪縦ロール吊り目美少女の幽霊以外何もなし。はあ、今日も一人ぼっちかあ……って、縦ロール美少女……?

 慌てて二度見すると、そこには腰に手を当てて呆れかえったアルエの姿が。


『あなたね、いくら一人だからって敵地で何をアホな独り言を叫びまくってるのよ。寂しい気持ちは分からないでもないけれど、そんなことを迂闊に叫んでいるところをハーディンに見られたら……』

『あ、あ、アルエエエエエエエ!』

『きゃっ!? ちょ、ちょっとオル子!?』


 私はいてもたってもいられず、アルエに頭から突っ込んだ。

 抱きしめられるように頭を受け止められ、私はグリグリとアルエのお腹に顔を押し付けながら声を漏らす。


『寂しかったよおおお! 会いたかったよおおお! うぼあああああ! とんでもねえ、待ってたのよ! あなたの帰りを!』

『わ、分かったから落ち着きなさい! 戻ったから、ちゃんと戻ったから! みんなからの伝言もしっかり受け取ってるから!』


 ぺちぺちと私の頭を軽く叩いて落ち着かせようとするアルエ。

 ああ、この声、この対応、何もかもが懐かしいわ。アルエが戻ってきてくれたなら、オル子さんの心は元気百倍! これからも頑張れちゃうのです!

 でも折角なので、しばらくの間、これでもかと甘えまくるしか! オル子さんの心の隙間をアルエの愛で埋めて頂戴! シャチは寂しいと死んじゃうんだからね!



 

 

10月1日にスニーカー文庫様より発売されます、書籍版『シャチになりましたオルカナティブ』の表紙絵が公開されました!

活動報告にアップしておりますので、是非! 書籍版のオル子の大暴走も何卒よろしくお願いいたしますー!

 

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