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113.知らなかったなんて言いたくない。後悔したくないから動くの




 クレアなのにクレアじゃない、ドッペル・クレアと出会い、困惑しっぱなしの私。

 ウチのクレアはオルカ進化でダンダラ羽織を着てるけれど、こっちのクレアは出会ったばかりのクレアのような軽鎧。逆に言えば、それくらいの違いしかない訳で。


「どうした? 私をじっと見つめているが、オーガなどそう珍しい物でもないだろう?」


 いや、そこではなく。

 うーむ、やっぱり私にはウチのクレアにしか見えない。双子かなとか思ったけど、名前が一緒なんてありえないだろうし。

 とりあえず、ステータスチェックすれば何か分かるかな? そーれ、『識眼ホッピング』るーるる!




名前:クレア・グーランド

レベル:5

種族:サムライ・オーガ(進化条件 レベル20)

ステージ:6


体量値:C 魔量値:D 力:B 速度:A

魔力:G 守備:D 魔抵:F 技量:A 運:A


総合ランク:B+




 ぬう、名前を偽ってる訳でもなし。正真正銘、彼女の名前はクレアさん。

 まるでこのクレアはオルカ進化をしなかったら、イフの可能性を突き進んだ結果のように見えちゃう。ステータスも微妙に違うもんね。

 たいした情報を得られず、頭を悩ませていると、別人クレアが私に口を開く。


「先ほど、戦闘中に貴様の戦いぶりを観察させてもらったが、鬼神の如き強さだったな。まさか一匹でイシュトス自慢の空軍を退けるとは思わなった。見事だ」

「まあ、ハーディンからお願いされましたし。衣食住の面倒を見てもらっているから、その分くらいは働くよ!」

「衣……?」


 別人クレアがまじまじと私の体を凝視する。何よ、何か文句あるなら聞こうじゃないの。このあろー。

 軽く咳払いをして、別人クレアは改めて言葉を続けたわ。


「とにかく、助力感謝する。私は最後の詰めを行い、この地を完全に掌握した後に城に戻る。ハーディン様にはそのように伝えてほしい。くれぐれも頼んだぞ、シャチ子。いくぞ!」

「はっ!」


 背後に控えるムキムキ武者なオーガ集を従え、別人クレアは地を駆けて行った。

 その光景を眺めながら、私はぬーっと考え、そしてポーイと思考放棄。

 一人で考えても、分からんものは分かりませぬ! オル子さんは誰かに疑問を押し付けて、初めて頭脳が輝くのです! 具体的に言うとエルザとかエルザとかエルザとか!


 とりあえず、別人クレアに対しては一段と気を引き締めて接触するようにしましょう。

 なにせ、見た目がクレアそのものだから、気を緩めると全力で甘えちゃいそうだし。あれは別人、別人なのです。

ふんだ、あんな常にキリッとしたクレアなんてウチのクレアじゃないもんね! ウチのポンコツクレアを返して! 戦闘以外では駄目駄目っぷりをいかんなく発揮してこそクレアですよ!


「うむ、そういう訳でお城に戻りませう。ウェンリーのアホは職務放棄したまま未だに戻ってこないし。城に帰ったらハーディンにこれでもかとあることないことチクってやるわ」

「そんなことをしたら、お前の命はその場で消え失せることになると知りなさい、クソナマモノ」

「ひゅい!?」


 背後から物騒な言葉をぶつけられ、私は驚きのあまり跳ね上がる。びっくりしたあ! 驚き過ぎて5メートルくらい飛び上がっちゃったじゃないのよ!

 後ろを振り返ると、良い笑顔を浮かべているウェンリーが……訂正、目が微塵も笑ってない。

 イライラしてるのが丸わかりだけど、それは私のとるべき態度よ! 怒りに燃えるオル子さんは、ヒレをブンブン振り回して猛烈抗議。


「ちょっとウェンリー! 人を魔物の群れにぶちこんでおいて、あなたは何をしていたのよ!? サボりですよサボり! これは査定にビンビン響いてますからね! 今年の夏のボーナスは無し!」

「誰がサボりよ! 私は私でやることがあったのよ! お前みたいに四六時中ダラダラしっぱなしのナマモノと一緒にしないで頂戴!」

「出た! 出ましたよ! 『あなたと違って私は忙しいから』! そういう台詞を口にする奴に限って、実は全然忙しくない場合が多いってシャチ子さん知ってるんだからね! 電話で遊びに誘った時に『行けたら行くわ』って言った奴が結局遊びに来ないくらいの確率ですよ!」

「相変わらずやかましい……そのままイシュトス軍に殺されてしまえばよかったのよ」


 うわお、本人の前で舌打ちしやがりましたよ。本当に愛情が微塵もありませぬ。同じドSでも、まだリナの方が親しみある制裁やお仕置きをしてくれるってもんですよ。

 ウェンリーの苛立ち交じりの蹴りをゴロゴロと転がって回避しながら、私は一人そんなことを考えておりました。はあ、早くオルカナティアに帰りたいぬー。みんなに会いとうござる。

















「――そうか。ご苦労だったね、シャチ子、ウェンリー」


 お城に戻って、ハーディンにご報告。私じゃなくてウェンリーがね!

 シャチ子さんはお腹空いたので、床に転がって用意されたご飯をモチャモチャタイム。流石魔王のお城は出てくるご飯も豪勢だわあ。お肉美味しいです。


「あれだけ攻めあぐねていたメルクの森、そこに陣取っていたイシュトス空軍をこのナマモノはほぼ一匹で制圧してしまいました。中身は何度殺しても飽き足りないくらいクズですが、その実力は確かでしたわ、若様。あまり認めたくはありませんが、恐らく単純な戦闘能力では私以上かと」

「それほどかい? ウェンリーにそこまで言わせるとはね。よく頑張ったね、シャチ子」


 ご飯をもちゃもちゃ食べてると、頭を撫でられたでござる。

 私の頭の上に手を置いたまま、ハーディンはウェンリーの報告に耳を傾け続ける。


「現在、メルクの森に残ったイシュトス陣営の魔物を片付けておりますので、クレアが戻るのは明日になるかと思いますわ。その時に多方面の報告も彼女から上げられるでしょう」

「じわじわとだけれど、イシュトスの包囲網を切り崩しているね。だけど、時間を引き延ばさせるつもりはない。イシュトスはただの通過点に変わってしまったのだからね」

「……例の魔物ですか。リナに認められ、ミュラ姫を『聖地』から奪い去り、三つの王の称号を手にしているであろう」

「ごぼっ! ごふっ! げふん!」

「汚っ!? このナマモノ! なに口に入れていた物を噴き出しているのよ!? ぶち殺すわよ!?」


 いや、そんなのビックリするに決まってるじゃん。

 ハーディンの口から出た魔物って、どう考えても私のことじゃない! やべえ! 超やべえ! その話題はあかん!

 落ち着け、落ち着くのよ、私。ぷるぷる小刻みに震える私をよそに、ハーディンは話を続けていく。


「ジーギグラエを倒した魔物、アヴェルトハイゼン、そしてアスラエール。この三人を倒すほどの実力者だからね。ミュラと『聖地』を手元に置いている以上、イシュトスよりも警戒すべきはこの魔物だよ。リナも必ずその魔物の傍についているだろうからね」

「ふん、裏切り者め……若様、リナの処刑はこの私めにお任せください。昔からあの女は殺したくて仕方がなかったのです。魔王の正統後継者である若様を認めようとしなかったあの女は、私がこの手で始末いたします」


 いや、無理でしょ。リナを始末って、私がどれだけ進化しても出来るイメージないですよ?

 あの人、力S+シャチートボディの私に笑顔でエビ固めかます女なんですよ? 多分魔王でもあれには勝てないと思うの。もし勝てたらウェンリーが『魔選』の勝者でいいんじゃないかな。

 

 暴虐王リナのことはともかく、やっぱりハーディンは私のことを警戒、敵視しているのね。

 『六王』殺した奴がミュラ攫った犯人だってのも分かってるみたいだし。

 まあ、ミュラの閉じ込められていた『聖地』と他の『六王』の持っていた『支配地』の『支配者』が同じ色なんだもん。そりゃばれるわよね。

 ただ、流石に私がその犯人だとは分かっていないみたい。ハーディン、その犯人実は誰より傍にいるんですよ。犯人はこのなかにいるう!


「悠長に時間をかけるつもりはないよ。イシュトスを早々に退け、かの魔物の捜索に当たらないとね」

「このままいけば、そう時間はかからないかと思います。警戒すべきはイシュトスと奴を支える色持ちの『騎士』どもかと」


 色持ちの騎士? それって白騎士のこと? ウィッチの森で見たかなり強い奴。

 でも、今ウェンリーは『ども』って言ったわよね? あれが他にもいっぱいいるってこと?


「色持ちの『騎士』か。イシュトスの虎の子の手札だけれど、そろそろ切ってきてもおかしくはないだろうね」

「特に『白騎士』は厄介です。奴には既に何度もクレアが返り討ちにあっていますから」


 ぬ、こっちのクレアは『白騎士』と戦って負けてるんだ。

 よく生きて帰ってこられたわね。あ、でもクレアと同じスキル持っていると考えると、瞬間移動があるわよね。

 あの騎士もかなりランクが高かったもんにゃあ。『識眼ホッピング』でみたかぎり、こっちのクレアは剣化チート使ってないみたいだし、『白騎士』に勝つのは厳しいかしら。


「もし幹部連中が出たらウェンリーかガウェルが当たるように。もし必要なら僕が直接出よう」

「若様、それは我らに対する侮辱ですわ。若様の手を煩わせるまでもありません。イシュトス軍は全て私やガウェルやクレア、そしてナマモノで片づけてしまいます。王たる若様はこちらでお待ちください」

「うおおおい!? ちょっとー! なんか頭数にシャチ子さんが含まれてるんですけど!? シャチ子さんを戦力に数えるのは止めて! 私はぷりちーできゅあきゅあなマスコット妖精ポジションだって何度も言ってるでしょ!」

「うっさいわね! それだけの力がある魔物を遊ばせておくわけないでしょう! お前もイシュトスの首を上げるために必死で働くのよ、クソナマモノ! それでは若様、私は戦場での指揮へと戻りますので」


 ハーディンに深々と一礼し、ウェンリーは玉座の間から去っていった。

 彼女が消えると同時に、私はハーディンを見上げて懇願。


「ウェンリーがあんなこと言ってるけれど、シャチ子さんを戦場になんて連れて行かないよね? 今回限りよね? ね?」

「そうだね。シャチ子にはいざという時の力として期待しているよ」


 それってつまり、イシュトスと戦う時とかに絶対出番があるってことじゃないの?

 ぐぬー! 王子様スマイルで誤魔化しおって! イケメンだったら何でも許されると思ったら大間違いですぞ! このあろー!

 こうなったらヤケ食いとばかりに、モシャモシャご飯を食べ続ける私を撫で続けながら、ハーディンは質問を投げかけてくる。


「クレアには会ったそうだけれど、彼女の印象はどうだったかな」

「とっても武士娘でした。隙が無いって感じでした。シャチ子さんはもっとドジで適度にポンコツで仕事が無くてオロオロしてるような娘の方が好きでふ」

「うん、君の言っていることはよく分からないけれど、どうか仲良くしてあげて欲しい。『魔選』を制覇し、『魔王』となった際には、彼女は僕の片腕となってもらうのだからね」


 ほへー、随分と別人クレアを買っているのね。声もなんとなく一段と優しいし。

 そう言えば、今回のオル子さん出撃も別人クレアのためだったわよね。まさかあれですか? お二人はそういう関係なんですか?

 魔王と最強幹部の娘の禁じられた恋……おほー! いいじゃないの! オル子さんそういうの好きですよ! 燃える情熱! 恋のシーソーゲーム!

 ただ、相手がクレアって考えるとアレね。ウチのクレア、恋愛のれの字もしそうにないイメージしかないから……恋愛する暇があったら戦闘って感じだからね。

 クレアだけじゃなくてウチの女性陣、みんな超絶美少女揃いなのに恋愛否定組なのよね。駄目ですよ! 女の子ならたくさん着飾って、華やかな恋を、青春をしなきゃ!


 それはさておき、ハーディンの口から『魔選』で『魔王』になるって言葉が出たわね。

 ほむ、当たり前だけど当然ながら彼は『魔王』になるために、この軍を率いてるのよね。うまくここから、何か情報引き出せないかな。


 よくよく考えると、私ってハーディンや魔王軍のこと何も知らないのよね。

 前魔王のアディムとかいうのが死んだ後、ハーディンが次期魔王を目指すために名乗りをあげたんでしょ? でも、それを認めないとリナやイシュトス、アヴェルトハイゼン、そしてアスラエールは彼の傍から去っていったのよね。

 今更だけど、なんで彼らはハーディンの傍から去っていったの? アディムに忠義を立てていたなら、その息子であるハーディンに立てても何らおかしくないんじゃないの?


 私から見て、ハーディンの強さは文句なしだと思う。どれだけアディムが強かったかはしらないけれど、少なくとも私の出会った魔物でもハーディンはナンバーワンの実力者。

 『魔王』としての強さを持ち、前魔王の息子という立場もある。

私が接した限り、頭の悪い暴君って訳でもない。どう見ても優良物件だと思うんだけど、『六王』の大半はどうして彼の傍から去っていったのかしら。


 それだけじゃなくて、ミュラを地下に閉じ込めていたことも分からない。

 同じ血を引くミュラが『聖地』の『鍵』とかいう素質を持っているなら、それだけで『魔選』に対するアドバンテージになるのに。

 地下深くに監禁するよりも、愛を与えて懐かせてあげれば、ミュラだって兄の為に働いたかもしれない。

もしミュラが裏切ったり逃げたりするのが怖かったなら、私に突き刺している『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』で楔を打つ方法だってある。

 それなのに、ハーディンはミュラを闇深くに閉ざすことを選んだ。理知的な彼がそんな選択肢を選ぶ理由なんて私には全然分からない。


 ううん……考えれば考えるほど、私ってハーディンのこと知らないわね。

 この辺りの情報はしっかりと握っておいたほうがいいかもしれないわ。特にミュラ関連は重要。その内容次第で私と彼の関係が決定づけられる気がする。


 互いの妥協点を見出し、不可侵で共存できる関係を結べるか。

 はたまた、これまで通り殺し合う関係でしかいられないのか。


 ……よし、思い立ったが吉日よ。ハーディンに諜報活動開始よ!

 私はヒレでハーディンの足をツンツンとつつき、おもむろに疑問を投げつける。

 むふー! スパイのプロ、雌豹オル子さんはさりげない質問で情報を抜き取るんですよ! あくまで、さりげなく、相手に気づかれないように会話を誘導するのです! いざ!


「シャチ子さん、ハーディンのことが知りたいです!」

「僕のことかい?」

「うぬ! どうしてハーディンは『魔王』とかいうのを目指しているのかとか、『魔王』になってハーディンは何がしたいのかな、とか! そういうの知りたいなって! ハーディンのこと、私、気になりまふ!」


 見よ! このさりげない情報収集を!

 シャチ子さんのウインクおねだりに、ハーディンもクラクラノックアウトね! ハニートラップというやつですぞ!

 私の問いかけに、少しだけ呆然とした後、ハーディンはくすりと笑って優しく言葉を返してくれた。


「不思議なことを気にするんだね、シャチ子は。そんな質問をされたのは、生まれて初めてかな。『魔王』を目指す理由、『魔選』に参加した理由、か……」

「うむ! やっぱりあれ? 強者として名を轟かせたい、とか! 『魔王』になってちやほやされたい、とか! もしくは王様として世界中から美女を集めてハーレムパーティー!? うおおお! 側室だらけの美少女大会にシャチ子さんも混ぜろお! 寵姫と王様を応援する中で、シャチ子さんにも騎士団長とかとの新たな出会いでキャッキャウフフが……ぬ?」


 大はしゃぎする私の頭にポンポンと手を置いて、ハーディンはそっと言葉を紡いだ。

 私と視線を合わせず、何もない虚空を見上げたまま呟かれたその声は――これまでのハーディンからは考えられないほどに、冷たく感じられて。




「――僕が『魔王』となるのは、全てを否定するためなのだろうね。この世に未だこびり付いている、奴の「ぴぎいいいい! 手に力が入っちゃってるうう! シャチ子さんの小ぶりな頭が潰れるううう、潰れちゃうううう!」……あ、ごめんね、シャチ子。痛かったね」


 びたんびたんと跳ねまわる私に、ハーディンは申し訳なさ気にヒーリングっぽいスキルをかけてくれた。

 力S+の握力半端なさすぎぃ! ひんひん……あ、今この人、回復技を使いましたよ! ラスボスには回復能力もあるという情報ゲットよー! オル子さん華麗にスパイ成功! 

 むふー、全ては私の計算通り! 謀略のシャチスターと呼んで下さいな!




 


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