111.楽しみだわ。異国のダンスパーティなんて初めてだもの
ハーディンのお城に来て三日経ちました。皆様はいかがお過ごしでしょうか?
私ですか? 私は今日もスパイ活動に精を出しておりますよ。できる女は恋も仕事もきっちり両立させるものなのです。見よ! この私の華麗なるキャリアウーマンっぷりを!
「という訳で、現在メルクの森攻防戦において、イシュトス軍による反攻が……」
「おほー! ハーディン、お腹がくすぐったくてよ! ほほほほほ!」
ウェンリーが戦争の状況を玉座のハーディンに報告する横で、私は右に左に転がり悶え中。
仕方ないね。私が横でぐうたら転がってたら、ハーディンがいつも撫でてくるんだもん。
本来ならセクハラで訴えるところだけど、超絶イケメンだから見逃してあげてよ!
「なるほど、こちらが攻勢に出たと即座に判断し、すぐに立て直してきたね。流石はイシュトス、頭が切れるようだ。もちろん、対策は打ってあるんだろう?」
「はい。南東のガウェル率いるオーガ軍団の一部を回すように指示してあります。指揮は彼の娘が……」
「ふひひひひ! 脇腹はらめええ! シャチ子さん敏感肌だからそこはいやああん!」
「ちょっとナマモノ! 今、若様に重要な報告を行ってるんだから静かにしなさいよ!」
ブチ切れモードのウェンリーに怒鳴られました。
だって、くすぐってくるのハーディンだもん。オル子さんは何も悪くねえ! 文句ならあなたの上司に言いなさい上司に!
顔を真っ赤にし、ずかずかと近づいてきて、私の頭をハイヒールで全力で踏み抜こうとするウェンリー。それをゴロンと転がって華麗に回避する私。
かかったなアホが! くらえ、サンダー・エルザ・ブラスッタ・アタック! 転がり際に、ヒレでウェンリーのふくらはぎを払って、すっ転ばせました。
やーい尻餅ついてやんの! 『きゃっ!』だなんて、声だけは乙女全開ですわね! ぷーくすくす!
「こっ、このクソナマモノがあああ! ぶっ殺してやるわ!」
「ふーんだ! こちとら、イジメられても『いいの、私さえ我慢していれば誰も不幸にならないから』なんて言うようなヒロインポジションなんぞ断固としてお断りよ! イジメられて落ち込むくらいなら、悪役令嬢として悪の華道を歩いてくれるう!」
「何がヒロインよ! この食っちゃ寝ぐうたら魚、その脂身を城内で叩き売りしてやる!」
「ありませんー! シャチ子さんスリムだから脂身なんてちっともありませんー!」
鞭を振り回すウェンリーと、ぴょこぴょこ跳ねてひたすら逃げ回る私。その光景を眺めて微笑むハーディン。
なんかもう、こんなやり取りを毎日繰り広げてる気がするわ。これだから暴力系乙女は嫌だわ、もっとオル子さんのようにお淑やかさを身に付けてほしいですわ。ほほほ。
ハーディンのお城に来てからというもの、私はこうして基本的にハーディンの傍でゴロゴロする生活を送っておりまする。
初日は、あっちこっち城中を散歩して、色んな魔物のステータスを『識眼ホッピング』で覗いたり、城の構造を調べたりしてたんだけど……飽きちゃった。
魔物のランクは大体C~Bくらいで城内は固められてる。でも、突き抜けた奴と言えば、ハーディンを除くとガウェルとウェンリーくらい。他の強敵はA-が数匹いたくらいかな。
CランクやBランクを警戒しまくっても仕方ないし、切りもない。ってことで、魔物のステチェック作業は速攻で止めました。
ならば城内の構造を調べようと思っても、普通のお城なので調べることなんて何もない。
ラスボスのお城だから、国民的RPGのごとく入り組んでいるかと思ったのに、入口から真っ直ぐ進んでいけば玉座につくし。案内まであるし。迷いようがないわけですよ。
という訳で、私にできる情報収取といったら、ハーディンの傍でウェンリーから上がってくる戦況報告に耳を傾け続けるくらいなのです。
玉座の横で私が転がってると、ハーディンが構ってくる構ってくる。
穏やかに笑顔を浮かべたまま、私を撫でたり話しかけてきたりおやつをくれたり。犬を飼ってるお爺ちゃんか何かってレベルですよ。
まあ、甘やかしてくれる分には幾らでも甘やかしてもらいますけれども。イケメンにちやほやされて嬉しくない女の子なんていません!
これで私が人化していたら、ラブロマンスの一つでも始まりそうだけど、私の体はシャチ進行形。
そのうえ、ハーディンの構い方が完全にペット飼ってもらったばかりの子どものそれだし、恋愛フラグなんて立つはずもなく。シャチ好きなところ、実にミュラのお兄ちゃんです。
「前から思っていましたが、今日という今日は言わせて頂きます! 若様はこのナマモノに甘過ぎです!」
「ふぐぐー!」
私の顔をつねりながら、ウェンリーは激高して声を荒げる。
美少女の顔を何だと思ってんのよ、このドS!
対して、ハーディンは困ったように笑いながら口を開く。
「僕自身、そんなつもりはないのだけど。ただ、僕を恐れない魔物は久々だから、舞い上がって自分では分からないというのもあるかもしれないね。シャチ子に甘いかな、僕は」
「激甘です! 毎日手ずから餌を与え! 玉座の周りでゴロゴロしていても注意せず! 挙句の果てには寝室まで共にする! これを甘いと言わずして何と言いますか! そんなだからこのナマモノはブクブクブクブク太っているのです!」
「ちょ、人聞きの悪いこと大声で言うのは止めろお! 変わってないから! シャチ子さん標準体重キープだから!」
ビタンビタンと跳ねて抗議する私を蹴り飛ばし、ウェンリーはキッと目を吊り上げてハーディンに抗議。
「このナマモノには戦う力があるのです! 私の生み出したカオス・キメラを一蹴するだけの力がある以上、若様の覇道の為に力を振るわせるのは当然のこと! 若様、どうかこのナマモノを戦場につれていく許可を! このナマモノをメルクの森攻防戦につぎ込みましょう!」
「え、嫌なんですけど。シャチ子さん、戦場になんて行きたくないんですけど。何が悲しくて戦いなんて野蛮なことしないといけないんです? 働かなくても、ハーディンからご飯もらえて好きなだけゴロゴロできるのに、わざわざ労働なんてまっぴらごめんですよ?」
「若様に飼われているなら、若様のために少しは働きなさいよ! このクズ! 何もせず、若様に甘えてばかりの生活を恥ずかしいと思わないの!?」
「思いませんぬ。ちっとも思いませんぬ。イケメン執事に世話してもらう毎日、まるで令嬢にでもなったかのような生活、マジで最高です。私はこの爛れた生活を守るよ! たとえ駄シャチと呼ばれても、それでも、それでも守りたい乙女ライフがあるんだー!」
「死ね! いっぺん死ね、この馬鹿!」
ウェンリーの鞭をぴょんぴょん縄跳びのように回避。ほほほ! 二重跳びも三重跳びも思いのまま!
まあ、色々理由をつけてるけど、戦場に行くのは拙いのよね。危険なのもそうだけど、下手に戦場に出てイシュトスと鉢合わせるのが怖い。
あっちは私と面識があるうえに、不戦協定を結んでるからね。風が吹けば消し飛ぶような脆い協定だけど、こっちから破るのは極力やりたくないわ。エルザに怒られるの嫌だし!
それに、戦場でイシュトスと出会った時、相手がどう出てくるのかも未知数だわ。知らない顔してくれるのか、私の正体をばらしちゃうのか、それとも……
そんな事情があって、現在の私はダラダラしてる名目で戦場に行くのを回避してるというわけ。
決して怠けたくて怠けてる訳じゃないからね! ほ、ほんとですよ?
ウェンリーの提案にいやんいやんと首を振る私。
ま、どうせハーディンが断ってくれるでしょう。私は引き続き、彼の傍で諜報活動をしつつ、アルエの戻りをのんびり待てるって訳。
さーて、ハーディンが断るのを聞きながら、私もそろそろお昼寝でもしようかなっと……
「――良いだろう。今回はウェンリーの意見を汲むことにしよう。シャチ子を戦場へ連れて行ってあげてほしい」
「嘘ぉ!?」
「本当ですか!? 流石は若様です!」
昼寝しようと転がった瞬間、とんでもない逆転判決が下ってしまった。
ちょっとちょっと! 戦場なんておかしいでしょ!? ビタンビタンと跳ねてハーディンの傍まで行って猛抗議。
「酷いわハーディン! 私はただの愛玩動物だって言っていたのに、騙したのね! 無理だから! シャチ子さんに戦いとか無理だから! こんなか弱い非力な乙女に戦いなんて無理よお! 私、虫さんだって殺せないのに!」
「つい先日、私のアルヴェトラを虫けら同然のように半殺しにしておいて抜け抜けとっ」
「すまないね。けれど、今回ばかりは僕の頼みを聞き入れてほしい。シャチ子の強さは理解しているからね、君ならばきっと彼女の助けになってくれるだろう」
「彼女?」
「ガウェルの娘だよ。メルクの森において、援軍としてオーガ軍を率いて向かってくれている。戦況は劣勢だというからね、どうか力になってやってほしい」
「え、あのダンディさん娘がいるの?」
「ああ、シャチ子はまだ会ったことがなかったね。この機会に是非とも顔を合わせて欲しい。彼女もまた、将来ガウェルに代わって僕の右腕になる逸材だからね」
ほむう、オーガの女の子ねえ。いったいどんな娘なのかしら。
そう言われると、どうしてもクレアの姿が思い浮かんじゃう。主様、主様と慕ってくれるクレアが恋しいわ。最近は私を置いてオルカナティアニート同盟から卒業しちゃったけれど。
でも、この魔王軍をチェックした限り、クレアなら余裕で幹部に入れる実力あるわね。いいえ、あの娘のチート剣化なら『六王』だってなれそう。流石私のクレアね!
おっと、可愛いクレアのことを思い返している場合ではありませんぞ。
ハーディンからも頼まれちゃった訳だけど、さて、どうするべきかしら。
イシュトスとの同盟がある以上、私が戦場に出るのはリスキーだけど、ここで断るのも拙い気がする。
ハーディンの考えは微塵も読めないけれど、少なくともウェンリーは私の素性を怪しみまくってるし。
ここらで一つ、形だけでもハーディンのために戦っておかないと、スパイってばれちゃうかもしれない。
……まあ、選択肢なんてあってないようなものよね。ハーディンに命を握られ、ハーディンに行けと言われた以上、それは『命令』だもん。
それに逆らう力なんて今の私にはないし。生きてオルカナティアのみんなと再会するためにも、私はこんなところで殺される訳にはいかないの。
だから私はハーディンに頷いてOKを出す。
「おけこ! シャチ子さんにお任せあれ! そのオーガちゃんの力になってあげればいいのね!」
「ありがとう、シャチ子。ウェンリー、彼女のことを頼むよ」
「お任せください、若様! このナマモノに忠誠心というものをしっかりと叩き込んでさしあげます!」
まあ、無理だけは絶対しないけどね!
とりあえず、いっぱいいる魔物の中で、適当に一、二匹と戦ってれば満足してくれるでしょ。安全圏でぬくぬく戦って、信頼はがっぽりー! これぞ長生きするスパイの秘訣ですぞー!
上空から地上へ降り注がれる怪鳥のブレス攻撃。コウモリ人間の攻撃魔法。
空を埋め尽くすほどの敵の数。間違いなくイシュトスの誇る空軍団。
そして、それに必死に地上から対抗するハーディン陣営の魔物たち。
あまりに凄まじい、映画のワンシーンのような戦場風景を少し離れた場所から眺め、私は絶叫。
「無理無理無理! 何この弾幕の嵐!? ルナティックモードなの!? 連邦軍の本拠地攻略戦なの!? お、降りられるのこれ!?」
「さあ、敵を蹴散らしてガウェルの娘の援護を行ってきなさい、ナマモノ! 若様の命令だもの、まさかできないなんて言わないわよねえ?」
「言うわよ! めっちゃ言うわよ! こんな戦場に飛び出したら、一瞬で敵の的にされるわ! 帰る! シャチ子さんお家に帰ります! こんな戦場で戦いなんてまっぴら――」
「いいからさっさといきなさい!――『ウインド・ハンマー』!」
「ほえ? ――ほぎゃああああ!」
次の瞬間、私の体はもの凄い風圧で吹き飛ばされ、気付けば敵陣のど真ん中にこんにちは。
突然現れた私の姿に、びっくりしたように時が止まる巨大鳥やコウモリの皆様。あ、そう、ふーん。強制転移ってことは、私敵陣に送られたんだ。たった一人で。ふーん、まあ、悪くないかな。
百を超える敵陣のなか、私は右見て左見て、もう一度右を見て。一度大きく深呼吸、そして――とりあえず一番近くにいた敵の顔面にシャチビンタ!
「うおおおおお! こうなったらヤケじゃあああ! 死ぬわよおおお! 私の姿を見た奴はみんな残らず死んじゃうわよおおお! うわあああああん!」
号泣しながら、敵を次々にぶっ殺し祭り開催。
とにかく生きて帰ろう。そして、無事に生きて戻れたなら、あのケバ子を百発ぐらいぶん殴る。あのしたり顔、絶対に顔面崩壊させてやる。
というか、この付近にガウェルの娘がいるんでしょう!? だったら私を助けてええ! 同じオーガっ娘なら、私のクレアのようにバッタバッタと敵を斬り倒してえええ!




