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109.愛する人も、自分さえも騙してみせるわ。良い女を演じてあげる

 



「それでね、天使の奴ったら酷いのよ。私を美少女にするどころか、こんなシャチボディに変えてしまって異世界にぽーんって放り投げてそのまま。でも、そこで諦める私ではなくてよ! はもはも」


 ハーディンのお部屋で、用意してもらったお菓子やらパンやら果物やらをもしゃもしゃ食べながら説明なう。

 彼に説明しているのは、もちろん私の素性のこと。

 もちろん、オルカナティアやみんなのこと、これまで『六王』を倒してきたことなんか全部秘密で、オル子さんが異世界に来るまでの話だけをしておりまふ。

 ふふん、何かの漫画で人を騙す時は、全部嘘にするんじゃなくて、虚実を入り混じらせた方がいいって言ってたもんね!

 異世界からやってきて、天使さんにこんなシャチボディに変えられたことは本当だし!


「なんとかシャチボディを卒業して、人化するための方法はないかとその方法を探して、ここまでやってきたという訳でふ!」

「異世界、ね。にわかに信じがたい話だけど、シャチ子のような魔物は見たことがない。『シャチ』だったかい?」

「うむ! 異世界では人々に愛され、水族館のキュートマスコット! だけど野生では海の王者にして覇王! 海洋の食物連鎖の頂点に立つシャチたあ私のことよ!」

「その割には、随分と飢えているようだけれど。この場所に来るまでに、適当な魔物を狩って食べたりしなかったの?」

「え、嫌ですよ? だってシャチ子さん、元は人間ですよ? ちゃんと調理された食べ物じゃないとやだやだやだ! あなたはその辺の人型の魔物や毒々しい獣を殺して食べたりできるっていうの!?」

「なるほど、それは確かに無理だね」


 分かればいいのよ、分かれば!

 ハーディンから差し出された果実を丸かじりして、もきゅもきゅごくん。うむ! とれたて新鮮みずみずしい!

 というか、私の説明をずっと笑って聞いてるけど、全然ツッコミ入らないわね。『嘘つけよ!』とか『絶対嘘だろ!』とか言われると思ったんだけど。


 というか、私、侵入者ですよ? 透明状態になって、息を顰めていた素性の知れない魔物ですよ? 殺さないの? こ、殺されても困るけどね!

 寝転がり、ヒレで挟んだパンをもしゃもしゃ食べる私に、ハーディンがまるで心を見透かしたように問いかけてくる。


「不思議かい? 僕が侵入者であるシャチ子に何の危害も加えないことが」

「そ、そんなことあるけど……私、侵入者ですぞ? 隙を伺ってあなたを殺そうとしている刺客かもしれませんぞ?」

「僕の足元でダラダラと寝転がり、ヒレを振って姿が見えているかと確認し、お腹の音を響かせて食べ物をくれと訴える……そんな刺客かい? それはそれは恐ろしい刺客だね。これまで幾人もの魔物に命を狙われたけれど、これほどの強敵は過去になかったかな」

「止めろお! それ以上私の恥ずかしい無様な醜態を並べて言うのは止めろお!」


 ぴょこぴょこと飛び跳ね、ゴンゴンとハーディンの足へ頭突き頭突き! なんてデリカシーのない似非王子! 許さん!

 乙女の怒りをぶつける私に、ハーディンは種明かしとばかりに、理由を説明する。


「シャチ子を僕が殺さない理由は二つあるね。一つは、その必要がないから」

「必要がない? どゆこと?」

「姿を透明化し、気配を隠していたシャチ子に使用したスキル『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』。この効果が発動する限り、僕は君を警戒する必要がない。今、君はスキルを使うことができないだろう?」

「うにゅ。空も飛べないし、透明化もできませぬ」


 実際は透明化じゃなくて、幽体離脱なんだけど……もしかして、スキルの詳細を説明してくれるの? 私の肉体をオルカナティアからこの地に転移させた方法が分かったり?

 興味津々の私に、ハーディンはくすりと微笑んだまま話を続ける。


「このスキルの効果によって、幾つもの束縛が君の体に課されている。そのうちの一つに『術者に一切のダメージを与えられない』というものがあるね。『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』から抜け出さない限り、君は僕を攻撃しても決して傷つけることはできない」

「な、なんという最強チート能力……ちなみにそれ、効果時間も長いの?」

「長いというか、僕がスキル効果を切らないかぎり一生そのままだよ。僕の命あるかぎり、君は僕を傷つけられない。だからこそ、僕は君を殺す必要がないと言ったんだ。突き立てる牙も爪もない子犬を相手にしているも同然だからね」


 マジで!? ということは、私はこの先なにがあろうとハーディンと戦えないってこと!? 

 も、もしかして今私が発動されてるスキル封印もハーディンが許可するまで解かれないの!?

 な、なんてこと!? それだと『トランジェント・ゴースト』を使って傍にいるであろうアルエと会話することも、空を飛んで逃げ出すこともできないじゃない!

 私は恐る恐る、ハーディンにその確認も行う。


「あの、ハーディンさん? シャチ子さん、スキル封印されっぱなしなんだけど、この効果もやっぱり……」

「スキル封印は一定時間が経過すれば解除されるはずだよ。もっとも、スキルを使って僕を傷つけることはできないけれど」

「ふー、一安心だわ。空が飛べないままだったらどうしようかと思っちゃったじゃないの! 飛べないシャチはただのシャチだからね!」


 ベチベチとヒレでハーディンの太腿を叩いてみるも、ニコニコ笑うだけ。 ……なんか、イメージ全然違うなあ。本当にこの人、ハーディンなの?

 ミュラを地下に閉じ込めて虐待したり、魔王になるために数多の魔物をぶっ殺したりしてるようには見えないんだけど。

 もしや影武者とか? 本物は別の場所にいるとか。ジロジロとハーディンを見上げていると、彼はポンポンと私の頭を撫でながら言葉を続ける。


「君を殺さなかったもう一つの理由は……なんだろうね。本来なら、僕の『制圧領域エデン』に触れた何かを感知したとき、透明化を剥がして即座に侵入者をこの手で仕留めるつもりだったのに」

「やっぱり仕留める気だったのね!? みんなのアイドルシャチ子さんを勝手に殺すなんて、法律違反で罰せられるんだから! 罰金五十万または懲役一年以下の禁固刑ものなんだからっ!」

「殺すつもりなら既に処理しているさ。僕が殺せない存在など、この世界のどこにも存在しないのだから――」

「あ、今ちょっとボスっぽい雰囲気出てましたよ? 漆黒の炎を纏いし、闇の力に目覚めた中二キャラって感じ! もう一回やって、もう一回! 片目を隠すように腕を翳して、如何にも意味深ボスって感じの演出込みでおなしゃーす!」

「意味はよく分からないけれど、止めておくよ……」


 ヒレでパチパチしながらコールしてみるも、やんわりと拒否されました。なんか顔を赤らめてるあたり、ちょっと恥ずかしかったらしい。

 恥ずかしがるなら最初からそんな台詞吐かなきゃいいのに。

 コホンと咳払いをして、ハーディンは私に視線を向けなおして会話を続ける。


「さて、シャチ子。君はこれからどうするつもりかな」

「どうする……うーん、お腹いっぱいになったし、スキルが使えるようになったら空を飛んで失礼しようと思うんですけども」

「残念ながら、それはできない。理由がどうあれ、侵入者である君を外に逃がしてはやれないんだ」

「や、やっぱり?」

「無理に逃げようとするのは止めて欲しい。そうしてしまえば、僕は躊躇することなく君を殺すことになるからね。『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』が刺さっているかぎり、君がどこへ逃げても瞬時に僕の傍に転移することができる。君が僕から逃げられることはない」

「そ、そんなヤンデレ監禁エンド的能力まで!? ににに、逃げませんとも! このシャチ子さんには夢がある! 美少女になって、素敵な人と巡り会い、きゃっきゃうふふな生活を送るまで、私は泥水を啜ってでも生き延びるんじゃあ! いや、実際に泥水は飲みませんけども! お腹壊しちゃうからね!」


 ハーディンの目が怪しく光った瞬間、マッハで無抵抗宣言。

 冗談じゃないわ! 今はスキル封印されているから『識眼ホッピング』で確認できないけど、この人絶対オールSSとかそういう能力なんでしょ!

 そして、私は『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』とかいうスキルを使われて、相手にダメージすら与えられないという絶望状態なのに、どうして無理に逃げるなんてできるのよ!

 命大事に、ここは大人しく服従を演じるのよ! 臥薪嘗胆、今は雌伏の時!

 ごろんと転がり、お腹をみせて獣式降参の意を示す私に、ハーディンはくすりと笑って事を続けた。


「君が命を長らえる方法は唯一つ――僕にこのまま飼われることだ」

「か、飼われるとな!?」

「君の話してくれた異世界もそうだけれど、何より君自身の存在が興味深い。もし君が望むのならば、僕の話し相手として飼われるといい。もし君が了承するなら、食事とある程度の自由を約束してあげよう」


 『小魔王』ハーディン、まさかのオル子さんペット宣言。マジで?

 な、なんてこと! この超絶美少女オル子ちゃんを飼いたいだなんて、いやんいやん! 

 こんな美青年に言い寄られるだなんて、オル子さんの人生最高のモテ期到来……などと言っている場合ではぬわあああい!

 つまりどういうことだってのよ!? 私が命を長らえるためには、死亡フラグを回避するためには、ハーディンの愛玩動物として、ペットとして生きるしかないというの!?

 馬鹿にしないで頂戴! 私は人よ、女の子なのよ! 姿はシャチになれど、心まで人間を捨てたつもりはありません!

 私に人としての尊厳と誇りを捨てて、ペットとして生きろだなんて、私は絶対に屈服したりしな……


「君は人になる方法を探しているんだったね。自由を奪う対価として、僕がその方法を探してあげてもいいけれど」

「きゅーん、きゅーん! シャチ子をどうぞ犬とお呼びくださいまし!」


 あ、折れた。私の誇り高い人としての誇りがぺキっと根元から。

 まあ、どうせ最初から選択肢なんてないもんね。生きてみんなの元に戻るためには、今はハーディンに従うしかありませぬ。ノーと言えないシャチ苦、サラリーマンオル子さんなのです。



















 ハーディンの部屋に一人残され、ごろんと床に転がる私。

 玉座に戻り、部下たちの戻りを待つと言ってハーディンが部屋から消えて十分くらい経過。よし、そろそろいいわね。

 空も飛べるようになってるし、私はスキルをもう使えるようになってる。

 右良し、左良し、オル子さんの小顔良し。周囲を警戒していざ『トランジェント・ゴースト』を発動!

 ぐーぐーと眠り果てる肉体からにゅるんと出てくる私の魂。そして、当然というか、私の傍にいたのは――アルエ!

 私が魂になるなり、アルエはがばっと私に抱き付いてくる。おおう!? イケメンに続いて美少女からもモテ期到来とな!?


『オル子! 大丈夫なのね!? ハーディンに捕まって色々されていたけれど、怪我とかはないのね!? オル子が捕まった時、私もう駄目かとっ』

『ありませぬう! おおお、泣かない泣かない! エンディングまで泣くんじゃあない! おーよしよしよし!』


 アルエの背中をヒレでさすりさすり。怖かったねえ、魔王怖かったねえ。

 落ち着かせること数分後。ちょっとだけ冷静さを取り戻したアルエが、不安そうな声で私に訊ね掛けてくる。


『ど、どうしようオル子。ハーディンがあなたの「トランジェント・ゴースト」を無効化したうえに、体ごとこっちに持ってくるなんてっ。今頃きっとオルカナティアは大騒ぎよ! いや、そうじゃなくて、敵に捕らわれたオル子をどう助ければいいのっ』

『うむ、それなんですが、今のところ命の危機はないみたいなのよね。理由は分かんないけど、ハーディンがペットになるなら命は助けてやるって言ってくれてるし。というわけで、折角なので、オル子さんはこのままお城に居座ろうかと』

『居座るって……本気なの!? いつ殺されるかも分からないのよ!?』

『まあ、そこはハーディンを信じるしかないんだけど……一人で無理に暴れて脱出できるような相手でもないからね。幸い、スキル封印は解除されたから『識眼ホッピング』は使えるわ。この機会に乗じて、ハーディン含めたボスどものステータスを全部覗いてやろうかと』


 ステータスを看破したり、敵の弱点を探ったり。

 ハーディンのペットという名目があれば、大手を振って城内を動き回れるだろうし。

 私の意見に、不安そうなアルエ。そんなアルエに、私はヒレをむいむいと振ってお願いをする。


『そこで、アルエにはオルカナティアに戻ってエルザたちにこの状況を伝えてほしいの』

『エルザたちに?』

『うみゅ。エルザたちなら、オル子さんを助けるための方法を見つけてくれると思うの。多分、この状況を私一人で脱出は不可能だけど、みんなならきっと何とかしてくれると思いまする!』


 他力本願、困った時のエルザ任せ! とにもかくにも、私に発動してる『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』とかいうのを何とかしないと、私は逃げても無駄みたいだし。

 エルザたちが何らかの方法で私を助けてくれるまで、私は私にできることをする!

 情報収集をしっかりやりきって、エルザたちと合流した時に『よく頑張ったわね』っていっぱい褒めてもらうんですよ! でへへ!


『それに、もしかしたらハーディンがオル子さんの人化の方法を見つけてきてくれるかもしれないし? こうなったらあの王子様を利用するだけ利用してポイ捨てしてやります! ああ、オル子さんってば悪い女! 悪役令嬢! こんなにも酷い女な私を許ちて!』

『どちらかというと、利用されるだけされてポイ捨てされる側のような気がするけれど……分かったわ。エルザたちにこの状況を伝えてくる』

『お願い! もしエルザたちから何か指示があったら、折り返し戻ってきてくれると助かりますぞ! 一日二回、お昼寝と就寝の前に必ず「トランジェント・ゴースト」を発動するようにするからね!』

『それじゃ、オルカナティアへ全速力で飛んでくる……オル子、絶対に無事でいてよ!』


 そう言い残して、アルエはお城の外へと消えていった。

 それにあわせて、私もスキルをカットして肉体へびゅびゅーん。むくりと起き上がってほっと一息。


 ふー、アルエがハーディンに感知されずに助かったわ。理由は分からないけれど、見つけられるのは私の魂だけみたいね。

 『制圧領域エデン』だったかしら。効果は分からないけれど、ハーディンは常時発動型の何らかのスキルを使ってるみたいで、それに私が引っかかったみたいね。

 きっとまだまだ、色々と厄介かつ凶悪なスキルを持っているんでしょうね。けれど、私を引き入れてしまったことで、全てが丸裸よ!

 ヒレを丸めて決意表明をしていると、扉の向こうからハーディンが。


「シャチ子、待たせたね。ガウェルたちが戻ったようだから、君に引き会わせよう。僕の信頼する幹部たちだ」

「にゅにゅーい! 会います会います! 愛されマスター信じてるガールズーう!」


 ぴょこんぴょこんと飛び跳ねて、ハーディンの後ろにぴとり。

 ふふん、この狡猾な女スパイを引き入れてしまったとは知らず、呑気なものね!

 所詮あなたは私に弄ばれるだけの哀れなイケメンなのよ! この悪役令嬢オル子の華麗なスパイリッシュザマァ展開に乞うご期待! 美しきチューリップには棘があるう!



  

 

 明日9月1日、HJ文庫様よりライトノベル『ドルグオン・サーガ』が発売いたしますっ!

 もし本屋さんで見かけましたら、よろしければ一度お手に取って頂けるととても嬉しいですー! 何卒よろしくお願いしますっ!


 

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