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108.翼を失っても、人は自らの足で歩いていけるのよ

 



 ラスボスさんことハーディンは超絶イケメンでした。 

 なんという比類なき程に素晴らしい鑑賞対象! これは是非とも嘗め回すようにじっくりとご尊顔を拝まねば! オル子ファイヤー!

 床をゴロゴロと転がりまわり、玉座に座るハーディンをありとあらゆる角度で脳内シャッター!

 これかな? これかな? この角度かな? これもいいな! オル子さんハッピーセット!


『ああもう、落ち着きなさい、このおバカ! あんまりふざけてるとエルザに言いつけるわよ!』

『ひい! それは勘弁!』


 エルザの名前を出され、私は慌てて飛び起きる。

 イケメンに夢中になり過ぎるあまり、お仕事をサボっていたなんてエルザに知られたらおやつ抜かれること待ったなし! そんな責め苦をされては、オル子さん生きていけませぬ!

 私はヒレで額の汗を拭きながら、息をつく。


『落ち着きました。まさか私に魅了のスキルを使ってくるなんて、流石は『小魔王』と呼ばれる男ね』

『ないから。使ってないから。顔が整ってるのは認めるけど、オル子の反応は大袈裟すぎるわよ』

『大袈裟にもなりますぞ! こんなイケメン見たことないんだもん! 恋する乙女はいつだって格好いい男の子を追い求めるものなのです! あ、でも結婚する相手は性格重視で堅実な爵位を持った貴族でお願いしまふ! 政争や没落に巻き込まれない程度の裕福なお家なんて最高ね!』

『なんでそこは無駄に現実的かつ堅実的なのよ……』


 アルエの突込みのおかげでだいぶ気持ちが落ち着いたわ。

 さてさて、真面目にハーディンを観察しましょうか。銀髪を肩くらいまで伸ばして、穏やかな優しい系の王子様フェイス。

 だけどオル子さん知ってるもんね! こういう優しい顔して当たりの柔らかい人に限って、心の中はどす黒いんだから! 決して雰囲気に騙されませんぞ!


『さあ、ハーディン! このオル子さんに軍の情報を山のように漏洩しなさい! ほら、軍の弱点とかあなたの弱点とか好みのタイプの女性とか今付き合っている人はいるのかとか!』

『後半全く関係ないでしょ! それに、今ハーディンは一人で部屋にいるんだから、情報なんて漏らす訳ないじゃない。独り言でも言ってくれるなら話は違うけど』


 ぬう、確かに。

 よく見ると、この広い玉座の間に、ハーディンは一人ぼっちで椅子に座って静かな笑顔。

 ううん、なんか寂しい奴ね。もしかしてこいつ、ボッチ系? あらやだ、なんだか最強ボスがとても親しみある存在に。


『ハーディンは友達いないボッチ魔王なのかしら? エルザタイプ?』

『オル子、あなたはどうしてそう自分から怒られるようなことを……エルザからまた杖で殴られても知らないからね』

『いやん、失礼! でも、そうなると、ハーディンのもとに誰か部下でも現れない限り情報が抜けそうにないにゃあ……誰かくるまでゴロゴロしてていい?』

『別にいいけど……あなた、こんな時でも本当に自由気ままよね』


 だってそれが私ですしおすし。

 ハーディンの真ん前に着地し、ごろんと横になってみたり。はー、いいわあ、イケメンを眺めながら床にごろりんちょ。

 なんかもう、このまま眠ったら乙女ゲーの夢でも見られそうだわあ。段々ひかれあう私と王子様、だけど愛する彼の正体はなんと憎き敵の王だった! みたいな! きゃー! 王道ラブだわー!


 いやんいやんと転がりながら、視線をふと上げると、ハーディンの視線が……え? 私の方を見てる?

 いやいやいや、そんな馬鹿な。私、今、『トランジェント・ゴースト』使ってるよね? 完全透明お化けモードで見えないのよね?

 だけど、ハーディンの視線は私の寝転がる床に向けられ、依然として優しげな笑みを浮かべたまま。

 その異常に気付いたらしく、アルエが慌てて私に問いかけてくる。


『ちょ、ちょっとオル子! ハーディンがあなたのほうを見つめてるみたいに見えるんだけど……』

『う、うぬう……そんな馬鹿な。だって私、スキル発動中なのよ? 完全に他人から見えなくなって、干渉を一切シャットアウトするはずなのに……』


 あえて例外があるなら、人や魔物としてこの世界に留まることを許されないアルエのような魂だけの存在だけ。

 ハーディンが誰かに殺され、死んで魂だけの状態というなら分かるけど、でもハーディンは生きている訳で。

 それに、見えているなら私たちがこの部屋に入ってきたときに反応を見せるよね? つまり、ハーディンがこちらを見ているのは偶然のはず……よし、試してみようかしら。


『必殺! オル子ローリングスマーッシュ! 成敗!』


 ごろんごろんと転がって、ハーディンの正面から足元へ。

 どう? もしハーディンが私の姿を見えているなら、視線が私へと動くはず!

 足元でハーディンを見上げるけれど、ハーディンの視線は足元へと向けられない。ほっ、やっぱり気のせいだったのね。偶然ですな。


『まったくもう、驚かせてくれるわ。まあ、たとえ見えていたとしても、干渉できない上に『トランジェント・ゴースト』をオフにすれば、魂はオルカナティアのマイボディへと戻るんだけどね?』

『ちょ、ちょっと! もしそうなったら、私はどうやってオルカナティアまで帰るのよ!? 私の飛行速度じゃ、一週間以上かかっちゃうじゃない!』

『まあまあ、結局は気のせいだったんだから問題なし子ちゃんですぞ。さあ、引き続きこのボッチイケメンに張り付いて情報収集を……』


 そこまで口にしたときだった。

 ハーディンは掌をそっと上に向け、中性的な声で初めて言葉を紡いだ。


「――『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』」

『ほえ?』


 ハーディンがある単語を口にした瞬間、彼の掌の上に現れる大きな黒球。

 あれ、これ、もしかしなくても、ミュラが使ってるスキルじゃないの? ボス戦の切り札として名高い、スキル封印オールディスペル効果の……え、ハーディンもこれを使えるの? マジで?

 いや、問題はそうじゃなくて。なんで今、そのスキルを発動させたの?

 この室内にはハーディン以外誰もいないし、黒球をぶつける相手なんて誰も……あれ、ハーディンが私を見下ろして笑ってる? え、え、え?


『オル子! 「トランジェント・ゴースト」を切りなさい!』

『え、えええ? でも、この状態なら敵のスキルなんて無効化……』

『早くっ! 急いで! 嫌な予感がする!』


 アルエの声に、私は慌ててスキルをカットしようとしたけれど、それより先にハーディンから放たれた黒球が私へと吸い込まれた。

 その瞬間、私の視界からアルエの姿が一瞬にして消えてしまった。え、え、どうなったの?

 すぐ傍で椅子に座ったままのハーディンは依然として私を見つめて微笑んだまま。えっと……み、見えてないよね?

 私は恐る恐るヒレをハーディンの前でふりふり。すると、ハーディンも片手をそっと上げてふりふり。まあ、まるでアイドルの対応みたい……マジで?

 寝転がったまま、私はなぜか小声で彼に訊ねてしまう。


「あの……もしかして、見えてまふ?」

「うん、見えているね」


 そっかあ、見えちゃってるかあ……って、うおおおい!? なんで!? どうして!?

 おかしいでしょ!? だって、『トランジェント・ゴースト』は他者の干渉の一切を防ぐんでしょ!? いや、仮にミュラの使ってるスキル封印ディスペル効果をくらっても、私の魂がオルカナティアの肉体に戻るだけでしょ!?

 それなのに、なんで私の体が見えてるの!? 見えてるってことは、私の肉体が実際にこの場にあるってことでしょ!? 色々とおかしすぎるでしょ!? こいつ、私に何したの!?


 いや、問題はもうそこじゃない! 理由は分からないけど、私はハーディンの前に一人で現れちゃった訳で! 敵の本拠地ど真ん中に一人って!

 しかもさっきのスキルがミュラと同じものなら……うばー! やっぱり空が飛べぬう! 

スキル封印されてるから『空中遊泳』も使えないんだわ! 空も飛べない、スキルも使えないの最強縛りプレイでラスボスソロ!? し、死ぬに決まってるわそんなもん!

 あわあわと大混乱する私に、ハーディンは笑顔のまま、問いかける。


「不思議な感覚がしたから、用心にと『闇王鎖縛ダーク・ジェイル』を使ってみれば。随分とまあ、珍妙な来客のようだけれど……さて、君の名を僕に聞かせてもらおうかな? 君は誰だい、正体不明の魔物さん」


 優しく問いかけてくるハーディンだけど、重圧がハンパないいい! 強敵オーラ爆発してるうう!

 ここで馬鹿正直に『オル子です。あなたをぶっ殺すため偵察に参りました』なんて言おうものならその場でシャチの開きにされる! ホッケもビックリなくらいに開かれちゃう!


 どうする、どうする、どうすればいいの!?

 いつもみたいにワル子を演じる!? 馬鹿、敵の本拠地ど真ん中で喧嘩を売ってどうするのよ! そんなことをすれば一発で敵認定、ぶっ殺されちゃうのがオチよ!

 拙い、拙い、拙い! 早く返答しないと沈黙と捉えられて怪しまれるうう! 何か口にするのよ、私! 助かるために、殺されないために、何か、何か、何かああああ!


 出まかせを並び立てようとした刹那――私の口より先に、盛大にお腹の音が鳴り響いてしまった。


 やば、なんかめちゃお腹空いてるんだけど。

 エルザたち、ちゃんと私のボディにご飯与えてくれていたの? これを機にダイエットとか言って食事を減らしてたんじゃないでしょうね! まだダイエットする段階じゃないもん!

 ぐぬう、とにかくこれは拙い。お腹が空いてて、アイディアなんて何も思い浮かばないですぞ! 死ぬ、死んじゃう! 殺されるのが先か、飢え死にが先か! オル子さん大ピンチ!

 お腹をヒレで押さえてジタバタする私に、やがてハーディンは大きく息をつき、私に問いかけてくる。


「話をする前に、まずはその飢えを満たす必要がありそうだね。何か食べるかい?」

「……お腹すきました。何か食べとうございまふ。ご飯下さい」

「僕の部屋に来るといい。おいで」


 玉座から立ち上がり、奥の部屋へと案内してくれるハーディン。それにノコノコついていく私。

 な、なんか分からんけど、すぐに殺されることはなくなったの……? 武士の情けというか、最後の晩餐というか、そういうあれなの?

 ぐぬう、罠かもしれないけれど、何か食べさせてくれるという誘惑に逆らえない! 悔しい、食事しちゃう!

 スキルが封印されているため、空を飛べずぴょこぴょこ跳ねて後ろをついてくる私に、ハーディンは相変わらず楽しそうに微笑みながら、再び問いかけてくる。


「こっちの部屋だ。食事の前に、名前だけでも教えてくれるかな。そうでなければ、名を呼ぶこともできないからね」

「シャチ子」

「シャチ子か。良い名だね」


 それだけを言って、ハーディンは豪華絢爛な自分の部屋に私を案内してくれた。

 ……やばい、本名は拙いと思って適当な名前名乗っちゃったんですけど。というか、この状況、なんなの? 何がどうしてこんなことに?


 ラスボスことハーディンに見つかって、スキル封印くらって、殺されるかと思ったらなぜかご飯くれるって言われて、それで……仮にも侵入者相手に何してるのこの人?

 隙をついて殺されるとか思わないの? それとも、そんなことはされないという絶対的な自信があるの? うぬうう、全然考えてることは読めない。


 ああもう駄目、オル子さんの頭じゃ考えるのむーりー……

 とにもかくにも、食べ物をくれるなら今はご飯最優先よ! 据え膳食わぬは恥じらい乙女!

 難しいことはその後考える! 今日も元気だご飯がうまい! ひゃっほーう! 現実逃避最高!



  

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