107.美しさは武器よ。磨けば輝くの、まるで刀身のように
『これは酷い』
『これは凄いわね……』
アルエを乗せて東へ飛行すること二日。
辿り着いた場所は、紛うことなき戦場でございました。
右に左にビキュンビキュンと魔弾が飛び、巨大な獣が足元の魔物を容赦なく押し潰し。
かと思うと、騎士のような鎧男が、一瞬にして巨大魔獣を一刀両断にしてしまい。
目まぐるしく動く戦況、その光景に魅入りながら、私はほうと息を吐いて感想をアルエに述べる。
『あれね。まるでロボットアニメの世界ね。敵味方入り乱れた戦場で、ビームをバシュンバシュンと撃ちあうシーンあるじゃない? まさにあれそのものだわ。人間の軍勢とは違う、まさに化物オールスターの大戦争。しゅごいわあ』
『うん、オル子の言ってることの意味がちっとも理解できないけれど、凄いっていうのだけは同感。これはちょっとガルベルーザ帝国騎士団でも勝てないかも……』
草原を舞台に繰り広げられる大戦争。虫に牛に鳥に鬼に。もうなんでもありって感じの魔物混成軍ね。
とりあえず、情報を集めるためにも人型の魔物の傍に近づいてみましょう。何か会話をしているのを盗み聞きせねば。
ハゲ頭、全身緑肌のゴブリンもどきさんこんにちは。さてさて、随分と苦戦気味の様子ですけれど、幽霊オル子さんに情報プリーズ!
「くっ、ハーディン軍め、勢いづきおって! 退くな! 我らがここで退けば、ロウゲンの谷に続いてこの地まで奪われることになる! これ以上の敗戦は――ぐひゅ」
『あ、死んだ』
上空から炎を纏った岩が降り注いできて、ゴブリンさん圧殺。
視線を草原の向こうに向けると、杖を持った人型の魔物がずらりと並んでる。うわあ、ウィッチの悪魔バージョン? なんかとんでもない魔法部隊が配備されてるんですけど。
次々に降り注ぐ隕石の嵐に、戦場は阿鼻叫喚。いや、味方も巻き込んでない、これ?
「イシュトス軍が後退したぞ! 魔法隊はそのまま前へ! 敵に圧力をかけ続けろ!」
魔法の物量作戦で勢いに乗ったハーディン軍がぐんぐん前へ。
ほええ、こうなると勝負はついたかな? これだけの岩を降らされると、ちょっと対処は難しいもんね。
私たちだったらどうするかな? 頑丈さに定評のあるオル子さんか、鬼速度のクレアを突っ込ませて魔法部隊を掻きまわし、その隙にエルザの殲滅魔法でお返しとか?
「ハッ、調子に乗ってくれてんじゃねえよ――『サンダー・ブレイカー』!」
ハーディン軍の攻略法を考えていると、イシュトス軍側から電撃の巨大竜巻が巻き起こった。
発生した嵐は、次々にハーディンの魔法部隊を呑み込み、暴れ回っていく。
そうそう、あんな風にエルザの電撃魔法を……って、あれ? あの人って確か、ウィッチの里で会ったイシュトス軍についてるウィッチじゃない?
エルザパパの弟さん、つまりエルザの叔父さんにあたる人。確かカーゼルだっけ?
あのチャラそうな感じ、エルザと同じピンク髪。間違いないわ。私はアルエにそのことを伝える。
『アルエ、アルエ、あれエルザの叔父さんよ。イシュトス軍の大幹部のウィッチ』
『え? エルザの叔父ってイシュトス側についているの? それ、大丈夫なの? 下手すれば、あの人とも殺し合うことだってあるんでしょう?』
『うぬ、エルザもエルザパパママもサバサバしてましたぞ。「仕える主が違えば、それも仕方ない」って』
『そうなの……まあ、人間だって血のつながった兄弟とも殺し合うから何も言えないわ。しかし、エルザの叔父さん、強いわね。一人で戦況を逆転させたわよ』
エルザの叔父さん、略してエル叔父の広範囲雷嵐魔法で敵が綺麗にお掃除されちゃってる。
巨大な魔物も、歩兵も、どいつもこいつも一網打尽。これがあるから、戦争ではエルザたちは強いのよね。
タイマンではなく、対多数で真価を発揮するウィッチの力。これが私たちに向けられるのはちょっと嫌だなあ。
一通りの敵を消したのを確認し、エル叔父は杖を下ろして愚痴を零してる。
「ちっ、どこの戦場も後手に回ってんな。ハーディン軍ども、進撃の力を急激に強めてやがる。魔王城のハーディンから鞭でも打たれたか?」
そう言いながら、エル叔父は北の方角を睨みつける。
その姿を隣で眺めながら、アルエに相談。
『もしかして、この方角に向かえば魔王城とやらに辿り着けるのではないかしら? ハーディンの城に忍び込んで、情報を得るチャンスかもかも』
『もしくは、敗走した連中についていくかね。ハーディン軍の魔物の中でも偉そうな奴に会えるといいんだけど』
『ほむほむ。まあ、とりあえずエル叔父の言動を信じて、北に向かってみませう!』
『いいわ。ところで、エル叔父って何?』
『エルザの叔父さん、略してエル叔父』
『……エルザが聞いたら絶対嫌そうな顔をするでしょうね』
「騎士どもは前に出ろ! 北部戦線に引き続き、ここまで取られちまったらシャレにならねえぞ! ハーディンの小僧に目にモノ見せてやれ! 騎士の動きに合わせて鳥どもも空からかき乱してやれ!」
エル叔父の指示で、後方から鎧騎士が次々に敵へと切り込んでいく。
ほむう、どうやら空の鳥型魔物と陸の人型鎧騎士がイシュトス軍のメイン戦力みたいね。その中でエル叔父みたいにちょこちょこと抜けた強さの人がいるって感じかな。
対して、ハーディン軍は完全混成。大型獣あり、魔法使いあり、獣人あり。あまりにごった煮過ぎて統率が種族ごとにしか取れてないイメージだけど、その分質と数でごり押し。
個人的には連係を組んで、空と陸の二面攻勢を組んでくるイシュトス軍の方が厄介なイメージかにゃあ。まして、エル叔父の鬼火力というカードまであるし。
ただ、ハーディン軍は幹部クラスっぽい人がまだ見当たらないのよね。ここに『六王』クラスが投入されると、また状況は変わるかな?
もしそうなったら、私とクレアで敵の頭を押さえつつ、ミュラとエルザに雑魚の処理をお願いして……そんなことを考えていると、アルエが私を見つめて問いかけてくる。
『どうしたの? ハーディンのお城に向かうんじゃないの?』
『あ、ごめんにゃい。もしこの連中と私たちが戦うなら、どうやって戦うかなって考えてたの……って、何よそのびっくりした顔は』
『だって、オル子が真面目にそんなことを考えてるなんて思わなくて。あなたの頭の中ってご飯のことと遊ぶことくらいしか入ってないのかと』
『し、失礼過ぎるう! 私だって戦いに関しては真面目になるわよ!』
人化する前にシャチの姿のまま戦死なんてしたくないもんね!
普段はぐーたらなのは自他ともに認めるけど、生きるか死ぬかの瀬戸際では真面目ちゃんですぞ!
ぷんぷんと怒る私に、ごめんごめんと謝りながらアルエが興味津々に言葉を続ける。
『それで、戦場を観察して、オル子はどう感じたの? ハーディン軍とイシュトス軍の戦いを実際にその目で見てみて。自分ならこう切り崩すとか、敵軍の弱点とか』
『そうね……今となっては戦いのプロと呼ばれてもいい、百戦錬磨のオル子さん視点による敵の攻略法を述べさせてもらうと』
『うんうん、述べさせてもらうと?』
『――私が敵陣のど真ん中に突っ込み、思考停止でビタンビタンと飛び跳ねて大暴れ! あとはみんなが策を考えたり援護したりと頑張って何とかしてくれると信じる! これがハーディン軍、イシュトス軍に対する攻略……あれ、アルエさん?』
大きなため息をついて、アルエが頭を押さえてる。
あれー? オル子さん、今凄く真剣に意見を口にしたんですけど。ちょっとアルエさん、まだ私の高等戦術の話は終わってませんけどもー。
後退したハーディン軍が北東に向かったので、それについていく形で飛行し続けると、ありました魔王城。
切り立った崖の上に聳え立つ、黒塗りの不気味なお城。そのお城を眺めて感想を一言。
『うむ、趣味が悪いわね。オル子さん的にはもっと明るいイメージを持たせるために、ショッキングピンクなんていいと思うの。蛍光カラーにして、クリスマス張りのピカピカしたイルミネーションもつけると良い感じね! 実に私好みだわ!』
『とりあえず、オル子の趣味が極悪というのだけはよく分かったわ。でも、魔物で一番強い人の居城だけあって、警備についている魔物もみんな強そうね』
確かにアルエの言う通り。
ドラキュラっぽい奴から、巨人族っぽい奴から、剣士っぽい奴から。なんかどいつもこいつも高ランクっぽい雰囲気。
ううむ、もしこれがRPGなら逃げるボタンを連打してボスまで体力温存するレベルだわ。こんな奴らと一々戦ってたら、キリがなさそう。
『とりあえず、ボスのお約束として最上階に玉座があったりするかしら?』
『そうねえ……とりあえず、一度上に向かってみましょうか』
『あいあい!』
強そうな強面悪魔の守る大扉をすり抜けて、キマイラみたいな四足歩行怪物の跋扈するホールを抜け。
死神亡霊の徘徊する階段をあがり、一つ目武者の守護する通路を抜けて。
やってまいりました、ラスボスルームっぽい部屋の前。私はふーと息をついてヒレで汗を拭く。
『いやあ、ラストダンジョンの中ボスは強敵でしたね! 仲間はアルエだけという縛りプレイでここまで来た勇者オル子の冒険も、とうとう最終章を迎えてしまいましたよ! ハーディン倒した後に地底世界に裏ボスとかいう展開はノーセンキューよ!』
『また意味不明なことを……はあ、早く館に戻ってオル子の相手をエルザに押し付けなきゃ。さあ、情報を集めに行くわよ』
アルエと一緒にラスボスルームへ突入! 警察だ! 国家権限でこの場の全てのイケメンを拘束するう!
さあ、ハーディン! 異世界にきて散々私の気分を害してくれたお邪魔虫の顔を拝ませてもらおうじゃないの!
ミュラを地下深くに閉じ込めたり、放置したりと、私の愛する愛娘を随分と可愛がってくれた怒りは今も胸に轟轟と燃え盛っておりますぞ!
ふんだ、妹にそんな仕打ちをするなんて、どうせ大した奴じゃないわ。小物ですよ小物!
顔だって性格がそのまま表れたように、荒ぶるドSの顔をしてるんでしょ! リナとかみたいに! リナとかみたいに! リナみたいに! リナ!
『あの玉座に座っているのが、ハーディンかしら?』
『ふむ、どれどれ? いったいどんな性悪俺様フェイスをお持ちなのか、拝見してやろうじゃ……』
私の視線の先――そこには天上の薔薇が咲いておりました。
ミュラと同じ美しき銀の髪と二本の角。二十歳には満たない、少年と青年の間ほどの年頃。
上品に玉座に座り、穏やかに笑みを湛えている美男子……否、美男子なんて言葉すらその容姿を形容するには足りないくらい。
まるで絵に描いたような、物語の『王子様』。何日、何年、いいえ、何度生まれ変わっても見足りないほど麗しい魔物――ハーディンがいた。
その容姿に、私は愕然とし、思わずその場に蹲ってしまう。そんな私に、アルエが慌てて近づく。
『ど、どうしたのオル子!? まさかハーディンに何か攻撃をしかけられたの!?』
『う、うぐぐ……なんてことなの……『小魔王』ハーディン、これほどだなんて……』
『や、やっぱり何かされたのね!? ど、ど、ど、どうしよう!? こういう時、どうすればいいの!? と、とにかくオル子、体を楽にして!』
床に寝転がらされ、息も絶え絶えになりながらも、私は視線をハーディンから外さない。
睨みつけるように彼を凝視しながら、私は心配そうなアルエに、必死に言葉を紡ぐ。
『大丈夫よ、アルエ……もう少しすれば、目と心が慣れるはずだから……』
『オル子……目と心?』
『うにゅ……ハーディンがあまりに、あまりにイケメン過ぎて、オル子さんのドストライク過ぎて、ドキドキし過ぎて動悸が……あうっ!』
叩かれました。アルエにこれでもかとグーで叩かれました。ぴぎぃ! 暴力反対!
でも、ハーディンがまさかこれほどまでイケメンだっただなんて……駄目よ、落ち着きなさいオル子。
興奮しちゃ駄目、いくら伝説クラスのイケメンでもあいつはミュラをイジメる悪い奴、悪い奴なのよ……あれは敵、私の敵なの!
ぬおおお! オル子さんは見た目だけじゃなく、中身も重要視するタイプなので惚れはしないけど、私のイケメン大好き欲の暴走がががが! くう、静まれ、静まるのよ私の中に潜む漆黒の暴竜よっ!
ぐぬう……アヴェルトハイゼン、アスラエール、そしてアルガス。みな手強いイケメンだった。
だけど、この異世界で出会ったイケメンたちが子供に見えるほどに……ハーディンは住む世界が違う……! き、記念にツーショット写真とか撮らせてくれないかしら……?




