106.噂だけでは分からないわ。直接会ってこの目で確かめなきゃ
オル子ハウス、最上階にある会議室。
夕食を終え、オルカナティア最高幹部のみんなが部屋に集まり、話し合いの真っ最中。
もちろん、王様である私も真面目に参加中ですよ。頭の上にミュラとミリィを乗せ、鏡餅状態で話を真剣に聴くのです!
「ウィッチにプラント・フェアリ、ピクシー、サンドリザード、バトルホーク、ブルホーンズにゲルヒューム。この辺りが新しくオル子に忠誠を誓い、オルカナティアの傘下入りを希望した魔物かの。全種族合わせれば、数はざっと5000程度かのう」
「随分と多いわね。それに、大陸東部を生息地にしている魔物連中もいるじゃない。そんな連中がどうしてオルカナティアに?」
「なんでも、大陸東部では『小魔王』と『空王』の戦いが激化しておるそうじゃ。どちらも周辺の『支配地』を獲得するため、その地の魔物を容赦なく殺しているらしいの。争いに巻き込まれぬよう、新たな住処を求めて西を目指した連中じゃの」
「彼らはオルカナティアに訪れてきたのですか?」
「いや、ライルたちラヴェル・ウイングの『網』に引っかかったのじゃ。彼らにはオルカナティア周辺の見回りを頼んでおるでの。接触して事情を聞いたという訳じゃ」
まあ、魔物がみんな戦死上等、戦い万歳って訳じゃないもんね。戦っても死、従っても使い捨ての兵士として使い潰されるじゃあねえ……
しかしまあ、ハーディンとイシュトスは派手にバトってるのね。オル子さんの安全のためにも、せいぜい潰し合ってくださいな! 願わくば共倒れ!
「ハーディンとイシュトス。大物が動いてきたわね。まあ、オル子が『森王』を倒した時点で予測はついていたけれど」
「そうなの?」
「それはそうよ。『魔選』において、勝ち抜くだけの力がある候補は『小魔王』か『六王』でしょう? 『六王』の支配地はハーディンもイシュトスも把握していて当然。その『六王』を正体不明の魔物が三人も撃ち破り、支配地を獲得しているのだもの。そろそろ行動を起こさない訳がないわ」
「オル子様は『海王』『山王』『森王』を倒してしまいましたからね。イシュトスはともかく、オル子様の正体を知らないハーディンにしてみれば不気味に映るかもしれません」
「ハーディンにしてみりゃ、さっさとイシュトスをぶっ殺してオル子に当たりたいってところか。クハハッ、これだけ強者どもに警戒されるなんて魔物冥利に尽きるじゃねえか」
「嬉しくないでござる! ちっとも嬉しくないでござる! 魔物冥利の人生よりも女冥利の人生を歩みたいのです!」
バトルジャンキーな生き様よりも、命短し恋せよ乙女! まあ、実際に人としての人生は短かったんだけども! それなのに恋の一つもできなかったんですけれども!
前世の悔いを解消するためにも、私は人化して恋に夢に生きねばならぬのです。魔王争いなんてマジで興味ないので適当に終わらせてくださいまし!
私たちの話し合いを聞きながら、リナはククッと笑って口を開く。
「『六王』のうち、三人が退場した今、次期『魔王』の有力候補は三人に絞られたとみていいだろう。『小魔王』ハーディンか、『空王』イシュトスか、阿呆のオル子か」
「ちょっと待って、今オル子さんのことアホって言った? アホと王を足して阿呆みたいな酷いこと言った? ふんがー! そもそもリナが支配地を押し付けてこなければ、私は『魔選』に参加していなかったんですぞ! 私がこんな物騒な争いに参加する羽目になったのは他の誰でもないあなたのせいだってこと忘れないでほちい!」
「ああ、もちろん忘れてなんていないぞ? あの時の自分の判断が間違っていなかったと過去の自分を褒めてやりたいほどだ。なにせこんなにも面白い光景を特等席で眺めることができているのだからな」
は、反省の色ゼロですよ! この人反省の色皆無ですよ! 流石ドS女王。
まあ、『魔選』に巻き込まれたからこそ、みんなと出会えたのかもしれないし。最高の友達がいっぱいできたし、結果オーライと考えませう! オル子さんはいつだって前向きなのです! ポジ子ちゃんですよ!
でも、リナの言うとおり、私が有力候補になっちゃってるのは事実なのよね。
グラファン、アヴェルトハイゼン、そしてアスラエールと強者を三人潰している以上、そこは私も否定できませぬ。でもなあ……ハーディンもイシュトスも、とんでもない化物なんでしょ?
以前、ウィッチの里で会ったイシュトスのステータスが確かこんなだったわよね。
名前:イシュトス・ブロムナド
レベル:13
種族:ケイオス・サティア・ウイング(進化条件 レベル20)
ステージ:9
体量値:C 魔量値:S+ 力:B 速度:SS+
魔力:S 守備:C 魔抵:A 技量:SS 運:SS-
総合ランク:S+
いや、無理だから。こんなの絶対無理だから。総合ランクS+って頭おかしいから。
イシュトスですらぶっ壊れチートボスなのに、ハーディンは間違いなくこれを超えてくるんでしょう? 負けイベントか何か?
そんな私の心を代弁してくれるかのように、エルザが二大巨頭について解説を加える。
「『空王』イシュトスのランクはS+。本人の強さもさることながら、組織としての強さも巨大。配下には『白騎士』をはじめ、Aランクを超える魔物を揃えているわ」
「計略や搦め手に関してはハーディンよりイシュトスの方が厄介かもしれんぞ? とにかく奴は頭が切れるからな」
「ほむ、それってリナよりも? リナは魔王の副官だったのに、イシュトスに負けてたの? それで魔王軍の頭脳だなんて恥ずかしくないの?」
「面白い冗談を言う肥満魚だな。私がイシュトスに劣ると思うか?」
「ぴきー!」
ずかずかと近づいてきたリナに頬っぺたをこれでもかと引っ張られました。酷い。いつもの反撃にとからかい返した結果がこれですよ!
ぺちぺちとリナの手を叩いて『止めなさい』と意思表示をしてくれたミュラによって、私は何とか解放された。うう、ミュラ、お母さんを守ってくれてありがとう……イジメ、駄目、絶対!
「だけど、強さだけで言うなら『小魔王』ハーディンはそれすらも上回る。本人の強さの情報はないけれど、配下には残る『六王』二人がいるわ。『地王』ガウェル、そして『窟王』ウェンリーの強さは私たちがこれまで戦ってきた『六王』より上と考えて間違いないでしょう」
「いや、無理だから。そんなの無理ゲーですからね? オル子さん、オカマ王相手に死にかけたんですぞ? それと同格以上の三人に加え、魔王軍の魔物たちに勝つなんて鬼難易度過ぎだから! 私が凄いチート持ち主人公だったらワンチャンあるかもしれないけれど、私に用意された能力はシャチになる程度の能力だけですし」
「現状の私たちでは非常に厳しい相手よ。だからこそ、イシュトスとハーディンがぶつかりあってくれている今が好機なの。オルカナティアの力を蓄え、私たち自身も力をつけることで奴らに対抗できるようにしないといけないわ」
そうよね。イシュトスもハーディンも『魔王』の座を、そしてミュラを狙っているんだもん。いつかは戦うことになるだろうからね。
愛する娘を守るためなら、オル子さんはチートボス相手でも戦いますぞ! ただ、戦わないで済むならそれに越したことはありません! ですので何卒、潰し合いの相撃ちをお願いしもふ!
「やるべきことは私たち自身の成長、引き続きオルカナティアを育てていくことね。後者はキャスたちに任せることになってしまうけれど」
「うむ、任されよ! そのための妾たちじゃからの! 安心するがいい!」
「キャス、立派なワーカーホリックになっちゃって……こうなったら、やはりキャスの負担を軽減するためにも、オル子さんが内政チート令嬢となるしか! オルカナティア国民には週一で舞踏会への参加を命じます! 街のど真ん中にダンスホールを作ってそこで天下一舞踏会をやるしか!」
「オル子、ゴロゴロしてお菓子を頬張るぐーたらなお主が妾は大好きじゃぞ? どうか何も変わることなく、そのままのお主でありつづけるのじゃ! ありのままのオル子を愛しておるぞ!」
なんか遠回しに拒否された気がする。でも愛されてるみたいなので許しちゃう! 愛され過ぎ令嬢で申し訳ない!
ヒレをぱたぱたさせる私に冷ややかな目を送りながら、ササラがエルザに問いかける。
「やるべきことが成長なら、オル子やお前たちはまたレベル上げの旅にでも出るのか? もし行くなら、俺も一緒に行くからな! 俺の作業場は館にあるんだから、一緒にいかねえと仕事できねえし……別に置いて行かれたくないからとか、そういうんじゃねえけど」
「近隣の魔物では経験値が低すぎて物足りないから、そうするつもりだけど……その前に、オル子とアルエに一つ仕事をお願いしたいの」
『私とオル子に? ……って、私たちに頼むなら用件は一つしかないわよね。偵察でしょ?』
「そう。サンクレナでやったように、あなたたちには霊体になってハーディンやイシュトスたちから情報を抜いてもらいたいのよ」
「情報? いいけど、どんな情報?」
「戦況から両軍の有力そうな魔物、もしイシュトスやハーディンが直接戦っているならその戦い方。言うなれば、どんな些細な情報でも構わないわ。あなたたちが見聞きした全てを私に報告してほしいの」
『それはまた、何とも……そこまで抽象的だと、持ち帰った情報が役に立たないかもしれないわよ?』
「構わないわ。現状、私たちの抱えている問題の一つにハーディン軍やイシュトス軍のことをほとんど分かっていないという点があるの。魔物の軍として、どんな戦い方をするのかを目にするだけでも価値がある。まして、その戦場でイシュトスやハーディンが戦っていたら、オル子にとってこれ以上ない価値ある情報だわ」
まあ、確かに。イシュトスやハーディンの戦いが見られたら、どんなスキルを使うのかとかも分かるもんね。
テストでも初見で問題を解くのと、『あ! これ送られてきた教材でやったところだ! 恋に勉強に二重丸! 特別教材で新学期に差をつけろ!』ってなるのでは世界が違うものですし。
まして、『トランジェント・ゴースト』による偵察効果は、サンクレナの王様との戦いで示した通り。
情報さえ事前に握っていれば、どんなチートでも対策は練られるわ。情報を制する者はバスケットを制す、ってね!
「オル子とアルエ、これから先、強敵とぶつかるに際して二人の力に頼らない手はないわ。二人がハーディンやイシュトス、他の『六王』のスキルや強さを持ち帰れば、対策を練ることだってできるのだから。どこかの誰かさんが情報を吐いてくれたら、こんな面倒なことはしなくてもいいのだけど」
「ククッ、それはあまりに楽をしようとし過ぎだろう? 家賃代わりにゴーレムは幾らでも配置してやっているんだ、それだけでおつりがくると思うがな?」
「はあ……とりあえず、期間は二週間。有益な情報が得られても得られなくても構わないから、その時間が経過したら必ず戻ってきて頂戴。それが終わり次第、私たちのステージを上げるための旅に出る予定だから」
「おけこ! ちなみに、ハーディンとイシュトス、より知りたいのはどっちの情報? そっちを重点的に調べてみようと思うんだけども」
私の問いかけに、エルザは少し考える仕草をみせて答えを紡ぐ。
それは当然、予想できた答えで。
「――ハーディンよ。直接会ったイシュトスと違って、『小魔王』の軍勢は謎に包まれているの。『地王』ガウェル、『窟王』ウェンリーもあわせて、少しでも情報が欲しいわ。厄介な仕事を頼んで申し訳ないけれど……お願いするわよ、オル子、アルエ」
『別に構わないわよ。ハーディンだっけ? 私も魔王の王子様に興味がないわけじゃないし。観光がてらオル子と旅を楽しんでくることにするわ』
前向きにアルエは承諾。アルエと一緒なら、難しいことは全部お任せでいけるから安心ね。
「アルエよ、何かあった時のために、一日数回『剣霊化』を行うようにしておくからな。もし主殿の身に何か起こり、身動きがとれないような状況に陥ったときは、一度私の傍に戻ってきてくれ」
『「トランジェント・ゴースト」がある限りそんな事態は起きないと思うけれど』
クレアとアルエが何やら作戦タイム。石橋を叩いて渡るというやつね。
ただ、旅に出る前に一つだけ訊かなければ。私は真剣な表情をリナに向けて口を開く。
「敵の偵察に行く前に一つだけリナに訊かなければいけないことがあるわ」
「なんだ? ハーディンたちの情報なら吐くつもりはないぞ? お前たちが自分で情報を掴み、打ち勝ってこそ価値があるのだからな」
「そこを曲げてどうしても教えてほしいことがあるのよ。それを知らなければ、私は旅立てない。だからお願い、リナ、教えて頂戴」
「ほう? 珍しく剣呑な表情だな。いいだろう、言ってみろ。魔王候補オル子、お前は私にどんな情報を求めている?」
睨み合うように、真剣に互いを見つめ合う私とリナ。
静寂に包まれた会議室の中、私はゆっくりとその口を開いた。
「――『地王』ガウェルと『窟王』ウェンリー、この二人はオル子さん好みのイケメンかしら? オル子さん、イケメン鑑賞の為なら喜んで偵察する所存ですけれども。いやいやいや、これはあくまでも仕事であって、決してやましい気持ちで言っているわけでは……」
「……貴様の好みなど知らんが、ガウェルは中年で、ウェンリーは女だぞ?」
「あ痛たたたた……オル子さん、急にお腹が痛くなってきました。ごめんエルザ、ちょっと偵察任務無理っぽいから、アルエだけにお願いしてもらえると……」
「清々しいまで自分の欲望だけに忠実な野郎だな、テメエは」
必死に体調不良を訴えましたが、エルザに認めてもらえませんでした。ぐぬう。
ハーディンはいくらイケメンでも、私のミュラに酷いことした奴だから論外だし……
もういいや、パパッと仕事を終わらせてすぐに戻ることにしましょう。
「待ってなさい、ハーディン! このオル子さんの持つ偵察チートスキルで丸裸にしてあげるわ! いやん、丸裸なんて駄目よ! エッチ!」
「常に丸裸のくせして何を言ってるんだお前は」
「うばああああ! ササラが、ササラが酷いこと言ったあああ! 先生に言いつけてやるうう! ホームルームで吊し上げてやるううう!」
「誰だよ先生って」
あまりの暴言に、嗚咽を漏らしてエルザに縋りつくも、非常にめんどくさそうな顔されて終わりました。酷過ぎる。
決めました。この偵察任務から戻ってきたら、ササラに私の服をいっぱい作らせてくれるわ。毎日ドレスをとっかえひっかえするセレブライフを送ってくれる!
そのためにも、まずはラスボスの本拠地見学に行かないとね! 待ってなさいハーディン! ワールドヒロイン、世界で一番のお姫様オル子がいざ参るう!




