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105.穏やかに流れる時間、心から愛しく思うわ

 



 人は唐突に大きな衝動に襲われる時があります。

 それは私、オル子も例外ではありません。ミュラとミリィを頭に乗せて、部屋へ移動中、私はきゅぴーんとある衝動に襲われたのです。


「か、構ってほしい! オル子さん今、唐突に誰かに構ってほしい衝動に駆られましたよ! 全身からあふれ出るこの欲求を如何せん!」 


 衝動を解消するために、ビタンビタンとその場で跳ねてみましたが、気持ちはちっとも解消されません。

 ふむう、こうなると、一番の良薬は誰かに構い倒してもらうこと。ミュラやミリィだと、私が構ってる形になるから駄目。あくまでも私に構ってほしいのです!

 という訳で、獲物を探すために館を散策しましょう。ふむー、とりあえず来た道を戻れば誰かに……


「ん? 何を廊下に転がってるんだ? 邪魔だぞ」

「げえ、ドS!」


 振り返るとそこには鬼……じゃなくてリナが。

 全力で逃げ出そうとしたけど、尻尾を踵で全力で踏みつけられ逃げられぬう! キャッチアンドリリースプリーズううう!


「顔を合わせるなりご挨拶だな。んん?」

「離してえええ! 誰かに構ってほしいとは言ったけど、誰かにイジメて欲しいとは微塵も思っておりませぬぞ! 悪霊退散煩悩退散!」

「煩悩の塊が何を偉そうに。まあいい、私もお前に構っているほど暇人ではないのでな。ほれ」


 白衣からお菓子を取り出し、ミュラとミリィの口の中に押し付けてリナは廊下を歩いていく。

 相変わらず神出鬼没なマッド博士ね。あれ、二人にお菓子をあげて私にはくれないの? そんなだから魔王アディムに相手にされなかったんですよ。ぷふー!

 心の中で笑っていると、私の顔面に恐ろしい速さで飴が飛んできた。というか、突き刺さった。ほあああああ!?


「よく分からんが、イラッとしたのでとりあえず制裁した。それではな」


 一度だけ振り返り、リナは今度こそ自分の部屋へと去っていった。

 あの、リナさん。私の顔に飴玉がめり込んで取れないんですけど……これルリカに治癒スキルかけてもらえば治りますかね?

 大きく空気を吸い込んで、気合いを入れてなんとか飴玉をスポンと噴出。風船オル子でございます。

 そして床に転がった飴をミュラに拾ってもらい、口の中にポイッと入れてもらいました。甘いー! おいひー! 床に落ちた? 三秒ルール、三秒だからセーフ。


「栄養補給も完了したし、気を取り直して私に構ってくれる人を探しましょうかね。レッツゴー!」


 ぴょんこぴょんこと飛び跳ねて、館を徘徊。

 階段を下りていると、玄関の扉を開けてクレアが登場。おほー! 獲物発見!

 クレアは押しに弱いというか、ああ見えて実は女性陣の中で一番控えめタイプだから、きっとガンガン攻めれば私に構い倒してくれるに違いないわ!

 階段から大きく飛んで、クレアの前にダイブ! 着地する私に、クレアが大粒の汗を流しながら笑顔で挨拶。


「これは主殿。今からお出かけですか? もう夕方で、まもなく日も暮れますが」

「ううん、外には出なくてクレアに構ってもら……クレア、どしたの? 汗いっぱいかいてるけど」

「すみません、お見苦しい姿を。エルザに任された仕事をこなしていましたので」

「ほむほむ、なるほど、エルザに仕事を……仕事!?」

「ど、どうされたのですか、主殿?」


 クレアの言葉に私は衝撃を受ける。

 そんな馬鹿な、クレアと言えばオル子さんと並ぶオルカナティアの誇る社内ニートだったはずじゃない!

 やることも手伝えることもなくて、二人で一緒にエルザに仕事を貰いに行っては門前払いされていた無職シャチと無職武者な私たちだったじゃない! それが仕事だなんて!


「ち、ちなみにどんな仕事をエルザに与えられてるの?」

「兵たちの戦闘鍛錬です。ラヴェル・ウイングをはじめとした兵の希望者に、私が手合わせを行っております。経験値が入ったりなどはしないのですが、強敵や格上と戦うことでいい経験となるのだと。ええ、今日は二百対一で戦ったのですが、実に心行く戦いでした」


 そ、そんなバトルジャンキーな感想を……ぐぬう、でもクレア、しっかり仕事しちゃってる。

 対して私は今日も一日ゴロゴロして、気付けば日が暮れていたシャチニート……たった数日前までは同じ立場だったのに、いつの間にこんな差が。


「それで、主殿は私に何か御用でしょうか?」

「ああ、うん……あの、なんでもないでふ……」


 思いっきり凹みながら、私はトボトボと上の階へと戻っていった。

 言えぬ。仕事を終えて良い笑顔を浮かべているクレアに構ってなんて言えぬ。それではあまりに私が惨めではありませぬか。

 私を慰めるようによしよしと頭を撫でてくれるミュラ。そ、そうよね! 私が仕事をしたらあなたやミリィと一緒にいられる時間が減るもんね! 大好きよ、二人とも!


 私は二人と遊ぶのに忙しいのです! だから仕事する時間なんて取りませんし取れません! あくまで家族のためだから! 二人の為に頑張る私はクレアと同等だから! 負けてないから!

 くそうくそう! これで勝ったと思わないで頂戴まし! 行きますわよ、ローザ! スザンヌ!


 ぴょんこぴょんこと飛び跳ねて、廊下に戻ってきた私。

 さて、どうしよう。ササラは地下の作業場で没頭してるだろうし、キャスは政務館で残業フィーバーだから夜遅くまで館に帰ってこないだろうし。

 アルエは幽霊だから撫でたりしてもらえないし、ルリカは晩御飯の準備があるから邪魔したくないし、ポチ丸は駄犬だし……ほむ、こうなるとやはり選択肢は一つね!

 私はウキウキで目的の部屋に辿り着き、バーンと扉を御開帳!


「エールーザー! あーそーぼー!」


 そう、やはり私に構ってくれるのはエルザをおいて他にいないわ!

 さあさあさあ! あなたの大親友が遊びに来ましたよ! お茶とお菓子を用意して、存分に構い倒してくださいまし!

 室内を見渡すと、机の上で何やら執筆作業をしているエルザの姿発見。だけど、視線が微塵も私の方を向いておりませぬ。ほむ。


 私はミュラとミリィを頭の上から下ろし、床をゴロゴロと転がってエルザの足元へ。

 そして、エルザの太腿をヒレでツンツンと突きながらもう一度声をかけてみる。


「エルザ、エルザ、あなたの愛しのオル子ちゃんがやってきましたよ? 今ね、私ね、すっごく誰かに構ってほしい気分爆発なの。という訳で、存分に構ってあげてくださいまし! さあさあさあ! この私のプリチーボディを思う存分撫でまわしてもいいのよ! 今ならお腹だって触らせちゃう!」

「忙しいから後でね」

「後っていつ? あとどれくらい待ったら構ってくれる? ねえねえねえ」

「太陽が昇り始めたらくらいかしら」

「太陽が昇り始めたらね! 仕方ないわね! 心の広い私はそのくらい待ってあげませう!」


 私はポテンと寝転がってエルザを待つことに。

 太陽が昇り始める頃かあ。まあ、それくらいなら待ってあげてもいいかな。今が夕方だから、太陽はもうすぐ沈みきるし……ほむ?」


「エルザさん、太陽が昇り始めたらって、それってつまり明日の朝が来るまで構ってくれないってことじゃない? 今、夕方ですけど」

「あら、誰も明日の朝とは言っていないわよ。もしかしたら明後日かもしれないし、さらにその先かもしれないわね」

「ぬおおおお! 何そのギャンブル強制されそうな理論は! 嫌じゃあああ! そんなつれないことを言わないで、今構って! オル子さんの心を満たして!」


 足元に縋りつくも無視。スルー入ります。

 ぐぬうう、こんなに可愛い私がこれほど求めているというのに、まるで鉄の心だわ。流石エルザ……だけど、私は知っているのよ。エルザはツンデレだということをね。

 どんなにそっけない振りをしても、エルザは私のピンチにはいつだって熱く助けてくれたものよ。

 つまり! 私がピンチに陥ればエルザも構わずにはいられなくなるはず! という訳で、ミリィに尻尾を噛ませてと……準備OK! いざいざいざ!


「きゃあああ! エルザ、大変よ! か弱いオル子さんがドラゴンに襲われてるわ! このままじゃ私が食べられちゃう! 助けてー!」

「もきゅーん! もきゅーん!」


 私の演技に応えるように、ミリィもノリノリで私の尻尾を噛んでくれているわ。

 いいわよ、ミリィ、その調子よ! さあ、エルザ、私のピンチを助けなさい! そして構って!

 私とミリィの共演に、視線をちらりと向けた後、溜息をついて一言。


「ミリィにそんなもの食べさせないで。馬鹿になったらどうするの」

「え、オル子さんの肉を食べたら馬鹿になるの? というか私そんなもの扱い? 酷いいいいい!」

「酷いのはあなたの発想だと思うけれど」

「いいの!? あんまり冷たくしちゃうと、オル子さんにも考えがあるから! 『私、みんなに迷惑かけたくないから!』なんて言いながら敵の本拠地にノコノコ一人乗り込んで、案の定捕まって視聴者をイライラさせるようなヒロインになるんだから! 私がハーディンに捕まってもいいの!? 洗脳されたり利用されたりしてもいいの!?」

「そのまま隙を見てハーディンの首を落としてきてくれると楽でいいわね」

「うわああん! エルザのバカ! いくじなし! もう知らない! オル子さん家出します! みんなから『無能ヒロイン』と馬鹿にされる自己陶酔ヒロインになってやるううう!」


 ヒレで顔を押さえ、ミュラとミリィを頭に乗せて部屋から脱出。

 何よ何よ、少しくらい構ってくれてもいいじゃない! こうなったら別居よ! 実家に帰らせて頂きます!


 しゅんとして廊下を歩いていると、向こうからルリカが。うわああん! ルリカあああ! 私が縋れるのはあなただけよおおおお!

 びたんびたんと飛び跳ねながらルリカに近づくと、何やらトレーの上に美味しそうなお菓子が。ほむ? クッキー盛り合わせ?


「オル子様、ちょうどいいところに。夕食まで今しばし時間がかかりますので、ミュラ様やミリィ様と一緒にこちらをどうぞ」

「え、いいの? 私たちが食べちゃっても」

「はい。もともとこのお菓子はエルザに用意したものだったのですが、エルザが『どうせ夕食前にオル子が夕食まで待てないって騒ぐだろうから、あの子にあげて』と」


 クッキー盛り合わせのトレイをミュラが受け取り、ルリカは一礼して夕飯の支度へと戻っていった。

 ぴょこんとジャンプして、向きを180度回転。

 私は来た道を戻る様に引き返して、再びエルザの部屋へ。作業の邪魔にならないよう、そっと扉を開けて、静かにぴょこぴょこと近づく。

 そして、相変わらず筆を走らせるエルザの太腿をヒレでツンツンと突く。筆を止めたエルザに、私は提案。


「エルザ、エルザ、ごめんね。もうオル子さんお仕事の邪魔しないから、ちょっとだけ休憩しよ? そして一緒に美味しいクッキー食べよ? ねね?」

「……仕方ないわね。少しだけよ?」

「わはーい!」


 息を吐きながら、小さく笑顔を見せてくれるエルザに、私は全力で甘えつつクッキーもちゃもちゃ。

 うむ! お菓子は美味しいし、ミュラとミリィもいっぱい食べてるし、エルザと一緒だし、今日も幸せ! 大満足でございます!




 

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