ex.6 ササラ
晴れ渡る空の下、俺はオルカナティアの大通りで店を構えていた。
店と言っても、そんな大したものじゃない。屋台というか出店というか、椅子と屋根、簡単な机があるだけの簡素なものだ。
オル子やエルザに頼んで用意してもらったこの店で、俺は暇を見つけては鍛冶屋紛いの仕事をやっている。
「ほらよ。槍の修理は終わりだ、大事に使ってやれよ」
「おお、すまんなササラ。ほほう、根元から折れていた槍がまるで新品のように。見事なものだな」
「当たり前だろ。そういうスキルなんだからよ」
俺の所有する修理スキル『クイック・リペア』によって修復された槍を受け取り、ラヴェル・ウイングの兵士のおっさんは上機嫌そうだ。
礼を言うおっさんに、俺はシッシと追い払うように手を振って次の客を迎え入れる。無論、対価なんて何も受け取っちゃいない。
なんでこんなことをやっているかというと、理由は大きく分けて二つある。
一つはこの『クイック・リペア』で何かを修復し続けると、俺自身のレベルアップにつながることが判明したからだ。
『クイック・リペア』だけじゃなく、『乙女心とシャチの空』もそうだ。俺の会得したスキルは使うだけで経験値が増えてくれる。
魔物や人間を殺さずしてレベルが上がる、俺にとってこれほど美味しいことはない。もしレベルが上がれば、俺は更に進化することができる。
進化すれば、新たなスキルだって手に入る。そうすれば、もっともっとあいつの力にだって……まあ、こんなこと、あの馬鹿には死んでも言わねえけど。恥ずかしいし。
そして、もう一つの理由は、単純にオルカナティアのみんなの力になりたかったから。それだけだ。
「すまないねえ、ササラ。アンタもオル子様の臣下として色々忙しいだろうに」
「別に忙しくもなんともねえよ。それにあいつ、俺のこと臣下どころか仲の良い友達とか家族みたいにしか思ってねえし。ほら、おばちゃんさっさと鍋寄越せよ」
「おやまあ、友達や家族だなんて、オル子様は相変わらず懐が広いねえ」
「腹が太いの間違いだろ。あいつ、この前もエルザのお菓子勝手に食っちまって、そのこと泣きながら謝ってたし。食い意地が張り過ぎなんだよあいつは……よっと」
顔見知りのラグ・アースのおばちゃんから鍋を受け取り、スキルによって一瞬で穴を塞ぐ。
ただ、このままだと、ちょっと形が危ないな。角ばった部分に、俺はラグ・アースの研削魔法を当てて滑らかにする。うし、問題なし。
俺は鍋をくるっと一回転させ、おばちゃんへと手渡しする。
「立派な職人さんになったねえ。ヨルホとマアサも鼻が高いだろう。ちゃんと二人には顔を見せてるかい?」
「ああ。オル子の奴にオルカナティアにいるときは一日一回、必ず親に顔を見せろって言われてるからな。週一は家族の元に泊まるようにって。ったく、別にそこまでする必要ないってのに」
「大切にされているのさ。オル子様によーく感謝するんだよ、ササラ」
おばちゃんにそう言われ、私はしかめっ面のままおざなりな返事をする。
あいつに感謝しろなんて、そんなの言われなくても分かってるよ。少なくとも俺は、このオルカナティアの誰よりもあいつに……オル子に感謝してるっつーの。
食べるものもなく、人間たちに迫害され、死を待つだけだったラグ・アースの運命をオル子は変えてくれた。
食べ物を、住む場所を、生きる意味を、幸せを、あいつは俺たちに教えてくれたんだ。
あいつらは自分のため、持ちつ持たれつだから気にしないでいいなんて言うけれど、俺たちはあいつに受けた恩を絶対に忘れない。
こうやって一人のササラとして、ラグ・アースとして生きる世界を与えてくれたオル子のために、俺はできることはなんだってやってやる。
あいつの、オル子の力になりたい。あいつに救ってもらったこの命は、生涯をかけて恩返しすることに使うと俺は決めたんだ。
オル子に対するこの気持ちは、このオルカナティアの誰にも負けたりしない――それがたとえ、エルザにだって、ルリカにだって、クレアにだって。
たとえ一緒に戦えなくても、あいつの……オル子の力になりたいって気持ちだけは、絶対に誰にも負けたくない。それが俺の意地と決意だから。
「……まあ、絶対に本人には言わないけどな。あいつ、すぐ調子に乗るし、馬鹿だし、言うの恥ずかしいし、どうしようもない馬鹿だし、アホだし……」
「どうしたんだい、ササラ? 顔が真っ赤だけど、風邪でも引いたのかい?」
「なんでもねえよ! ほら、修理は終わったから次だ次! 次の奴、さっさと……」
「おう、元気の良い小娘だな。お前がササラか?」
「あ?」
おばちゃんの後ろで順番待ちしていたラビット・ピュリアの女の子の前を、見たこともない奴らが割り込んできた。でけえ野郎が四人。
牛頭に全身筋肉の半獣型……確かブルホーンズとかいう種族だったか?
オル子たちが不在の間に、オルカナティアの傘下に入ってきた魔物で、今は確か国での役割を割り振るため待機命令が出ていたはずじゃねえのか?
訝しむ俺に、ブルホーンズのリーダー格の男が鼻で笑いながら口を開く。
「なんだなんだ、オル子とかいう魔物の親玉の腹心の一人だというから、どんな魔物かと思えば、ただのガキじゃねえか」
「ああ? なんだお前、喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩だあ? クフフ、そりゃあいい。お前みたいなガキを潰せば、俺もこのオルカナティアの腹心の一人って訳か? 魔物とは力こそが全てだからな」
「生憎と俺は魔物じゃねえから、そんな頭の悪い理屈なんて知らねえよ」
「だ、誰かっ、誰か見回りの兵士を呼んできてっ!」
俺とブルホーンズが睨み合っていると、周りのみんなからざわめきが起こる。
その理由は、俺たちが喧嘩になりかけてるからじゃなくて、このブルホーンズがオル子に微塵も敬意も払っていなければ、恐怖すら感じていないことがありありと伝わってきたからだ。
そうか、こいつはまだオル子に会ったことないのか。だからこんなオル子を舐めたような態度がとれるのか。この国の魔物、とりわけ力自慢な連中はオル子の『洗礼』を受けて大人しくなるんだけどな。
あいつの恐怖を経験していないブルホーンズは、調子に乗ったまま俺たちに語り続けていく。
「いいか、俺たちブルホーンズは純粋な戦闘種族の魔物だ。誰もが総合ランクE+を超えていて、俺に至ってはD-だ」
「ああ、そうかよ。奇遇だな、俺もD-なんだぜ?」
「クハハッ! ハッタリはよせ。貴様のような小娘がD-であってたまるか。俺たちは強さこそ全てを謳っていてな、頂点に立つべきは強者だと考えている。ゆえに、貴様たち弱者の魔物を俺たちがしっかりと管理してやろうと思ってな」
気色悪い笑い声を上げながら、ブルホーンズは俺を指出して宣言する。
「まずは貴様を軽くひねりつぶして、オル子とかいう奴の腹心に成り上がる。そして、傍でその魔物が俺たちの頭として立つに相応しいかどうかを見極めてくれよう」
「へーえ。それで? もし不適格だと思ったらどうするんだ?」
「知れたことよ。その時は、俺がこのオルカナティアの王として成り上がるだけよ」
やべえ、こいつ、マジで周りが見えてねえ。
周りの連中見て見ろって。どいつもこいつも、お前を射殺さんばかりに睨みつけてるじゃねえか。
俺たちラグ・アースもそうだけど、ここにいる種族はどいつもオル子に滅びから救ってもらった連中ばっかなんだぞ?
それを新参者の身の程知らずがそんなこと言ったりしたら……さて、どうすっかな。見回りのラヴェル・ウイングが来るまで待つべきかね。
こいつらがラヴェル・ウイングに……族長のライルの元に連れていかれたら、間違いなく殺されるだろうな。
あいつもオル子に忠誠誓ってて、こんな風に馬鹿にされたら本気で殺りにいくだろうしな。
ブルホーンズも貴重な民だから、とにかくこの鼻っ柱させ叩き折って現実を見せてやればいいんだけど、俺が何言っても聞きそうにねえしなあ……
だいたい、総合ランクD-程度で何をどうすりゃ威張れるんだよ。オル子はS-、他の連中も軒並みA前後で、ポチ丸ですらC-だぞ?
そんな化物揃いのオルカナティアの王になろうって、百回生まれ変わっても無理だっつーの。ライルやルリカにぶっ殺される前に、何とかしてやらねえと。
どうしたものか悩んでいた、そんな時だった。空の向こうからこちらに向かってくる巨大魚が見えたのは。
巨大魚……もといオル子は、ミュラとミリィを背に乗せたまま、とんでもない速度でこっちに近づいてきていた。何してるんだいあいつ。
大空から舞い降り、私たちの前に着陸するオル子。街の連中から歓声があがる中で、オル子は興奮した口調で私に声をかけてくる。
「た、大変よササラ! 大事件、大事件よ!」
「大事件って、なんだよ? どうせおやつが切れたとか、そういうアホな内容だろ?」
「違うもん! 昨日はそれだったけど、今日は全然違うの! あのね、あのね! 外をフラフラ散歩していたら、滅茶苦茶かわいいワンコを散歩してる魔物がいたの! ラビット・ピュリアの子でラミミっていうんだけど、その子が飼ってるワンコが可愛くて可愛くて!」
「はあ……で?」
「オル子さんはピーンと来ました! そのワンコをポチ丸に紹介してあげるのよ! 仲良くなって、ポチ丸のお嫁さんになってくれれば、子どもはきっと可愛いポメがいっぱい生まれるはずよ! 目つきの悪いポメじゃなくて、お母さん似のくりくりした白ポメが!」
「おい、止めてやれ。マジで止めてやれ、ポチ丸が可哀想だろ」
やっぱりとんでもなく下らない内容だった。
だいたい、ポチ丸って元はルリカと同じ魚人型の魔物なんだろ? 犬の雌なんて興味ある訳ねえじゃねえか。鬼かお前。
私の言葉をスルーして、オル子は瞳を燃え上がらせて声を大にする。
「駄目よ! オル子さん、張り切ってラミミに頼み込んでお見合いの場をセッティングしてもらったんだから! ポチ丸もいい歳だからね、そろそろお嫁さんの一人も欲しいと思うんですよ!」
「お前がポチ丸の子どもみたいだけだよな? 絶対そうだよな?」
「違いますー! 私だけじゃなくてミュラとミリィも見たがってるんですー! ルリカも笑いながら『良い案だと思います。是非ともその話を進めてあげましょう』って言ってくれたもん!」
「ルリカ、ポチ丸に対してマジで容赦ねえな……いや、それよりもだ、オル子。ポチ丸のお見合いの前に、そいつがお前に用があるってよ」
「ぬ?」
私の言葉に、オル子はようやく背後のブルホーンズに気づいたらしい。
表情を引きつらせながら、ブルホーンズのリーダーはオル子に対して語り掛ける。
「お前がオル子か? この国の頭らしいが、随分と巨体だな。デカさが強さに比例するとは限らんがな」
「え、何こいつ? ササラってこんな牛マッチョが好みなの? 正直ひくわあ……」
「言ってねえよ! 微塵もそんなこと言ってねえよ! なんだかそいつら、お前に従うのが嫌なんだと。自分より弱い奴に従う気はねえって」
「ああ、オルカナティア入居希望者の魔物? 全く、力自慢の魔物はどいつもこいつも面倒ねえ。ササラ、ミュラとミリィをお願いー」
「あいよ」
オル子の背から下りたミュラとミリィを預かり、私はブルホーンズに哀れみの目を送る。
そんな私とは対照的に、街の連中は大フィーバーだ。オル子の戦いが見れるとあって、どいつもこいつも大熱狂。オル子の戦いを間近で見るって、この街にいると意外と機会ないからなあ。
大通りに出て、ブルホーンズに向き合い、オル子はヒレをぴこぴこさせて問いかける。
「なんか力自慢みたいだから、さくっと終わらせて現実を教えてあげまふ。オル子さんはポチ丸のお見合い大作戦に忙しいのです!」
「ほう? 王様自ら相手になってくれるってか。面白え! ブルホーンズ戦士筆頭、鋼体のゴズが――はえ?」
次の瞬間、ブルホーンズは空の彼方に連れ去られていった。
オル子が目にも見えない速さで動き、奴を口に咥えて上空へと舞い上がったからだ。
大歓声があがり、期待が集まる中で、そこから始まるオル子の公開処刑。獲物を口に咥えたまま――オル子はそのまま『ブリーチング・クラッシュ』で道から外れた何もない広場へと急降下。
「うおおおおお! 地震だ、オル子様のお力による大地震だあああ!」
「なんと、なんと力強く神々しい……ありがたや、ありがたや」
「すげー! オル子様すげーー!」
一回、二回、三回。オル子が『ブリーチング・クラッシュ』を炸裂させるたびに、大歓声が巻き起こる。
恐ろしい高さと殺人的な加速を合わせたオル子のフリーフォール。
強烈な昇降運動を十回ほど繰り返し、広場にぽっかりとクレーターを生み出して、オル子は俺たちのもとへと舞い戻ってきた。
そして、白目を剥き、泡を吹いて痙攣するブルホーンズをペッと吐き出し、残るブルホーンズを見つめて問いかける。
「はい、おしまい。他に私に挑戦したい奴はいるの? やるならオル子さん張り切ってあげるよ! つい最近、力加減を間違えて口に咥えた敵をぐちゃぐちゃに噛み砕いちゃってて、正直言って命の保障はできないけれど」
「ひっ……」
「もういいのね? 満足したわね? よし、用事は片付いたわ! それじゃササラ、ポチ丸のお見合い計画を進めるわよ! さあみんな! 私の上にカムヒア! ライドンライドン!」
地面でぴょこぴょこ飛び跳ねるオル子の背中に、ミュラとミリィは即座に飛び乗っていく。
そんな光景に、俺は耐えきれず大笑いしてしまう。
あれだけ舐めた真似をしたブルホーンズなんて、オル子は気にしちゃいない。
こいつにとっては、自分が舐められたり馬鹿にされたりすることなんか、本当にどうでもよくて。蚊に刺された程度にも感じてなくて。
誰よりも強くて、その気になればどんな命令だって下せるだろうに。頭の中にあるのは、いつだってみんなと楽しく笑って過ごすことだけで……ああもう、本当にオル子って奴は!
俺は迷わずオル子の背中に飛び乗り、ワクワクする気持ちを胸に、オル子に語り掛ける。
「仕方ねえな! 一応付き合ってやるけど、ポチ丸に怒られても俺は知らねえからなっ!」
「怒られる訳ないですぞ! 恋人がほしいと思う気持ちは誰もが抱く気持ちなのです! むしろポチ丸から泣いて感謝されるに違いないわ! なんて飼い犬想いな私でしょう! そーれ、レッツゴー! まずは館で昼寝してるであろうポチ丸を確保するわよー! 大急ぎでいくから、落ちないようにしっかり捕まってプリーズ!」
大空へ舞い上がり、館へと飛び立つオル子に俺はニヤリと笑って胸を張る。
離さねえよ、絶対にこの手を離すもんか――これから先、ずっとずっとお前と一緒にいるために。
返しきれないほどの恩を少しでも返すために、俺はオル子の傍から絶対離れないからなっ!




