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104.並んで咲き誇りましょう? 花は一輪では寂しいわ

 



「なるほどのう。ササラが『支配者』となったことで、サンクレナは完全に首根っこを掴まれた状態になったということじゃな」


 全てを終え、戻ってまいりましたオルカナティア。

 夜、私の部屋にみんなで集まって、事の次第をご報告。もちろん私以外の人がね!

 私が説明しようとしたら常に話が脱線するからって拒否されたのよね。失礼しちゃうわ! ディベートのデパートと呼ばれたオル子さんですぞ! そうだね、ディスカッションだね。

 そんな訳で、私はベッドの上に転がってダラダラモード。ミュラが私を抱き枕にお休みモード、巨大ぬいぐるみ状態でされるがままです。

ミリィも相変わらず私の尻尾をガジガジ。私の尻尾はそんなに美味しいのかしら。サンマ味?


「ササラが『命令権』を握っている以上、サンクレナの人間はオルカナティアに手出しできないわ。仮に兵を送ってきたとしても、その兵たちにササラが首謀者の首をあげるように命令すればそれで終わり」

「ふむ……しかし、『支配者』の力とは恐ろしい物じゃな。このような力があると分かれば、王族たちは我先にと人型の魔物と子孫を残すじゃろう。国民すべてを意のままに操ることができるのじゃ、躊躇する理由などあるまい」

「ほむ! つまり、美少女魔物っ娘であるこのオル子さんに人間の王族たちからぞくぞくと求婚が舞い込むということかしら!? いやんいやん、モテモテ過ぎて申し訳ねこ! そうね、私と結婚したいなら五つの難題を乗り越えてもらうところからですね!」

「いや、人型の魔物じゃからな。お主は魚だから流石に人間との子を残せぬからのう……」

「どの口が美少女なんてほざいてんだ。頭が一面花畑なのかテメエは」


 キャスとポチ丸から全面否定されました。しょぼーん。

 苦笑しながら、キャスは咳払いをして言葉を続ける。


「そういう意味では、ラグ・アースを保護できたのは大きいの。魔物と婚姻をせずとも、魔物の血を残すラグ・アースと子を成すことでも代用はできるから、ガルベルーザや聖アルカナは我先にと保護という名目で引き込もうとするじゃろうし」

「ったく、どいつもこいつも人間どもは……キャスとか、オルカナティアに来てる人たち見てるから、そんな奴ばかりじゃないって知ってるけどよ……俺たちは人間の道具じゃねえ」

「少々言い方が悪かったの。すまぬ、ササラ」

「はっ!? 今思ったんだけど、ササラがサンクレナ中のイケメンにオル子さんを愛するように命じたらモテモテ逆ハー形成できるのでは!? ササラさん、ちょっとお願いがあるんですけど!」

「キャス、俺と一緒にオル子をぶん殴ってくれ。全力で」


 ササラとキャスからダブルでパンチが顔面に飛んできました。

酷い! ちょっと可愛いおねだりを口にしただけじゃない! 暴力反対! ガンジス川!


「これが『命令権』……凄いの、体が自然にオル子を殴っておったぞ。サンクレナで生まれ育ったものならば、妾も含めてササラに逆らえんということじゃな。くふふ、これではササラにどんな命令をされても妾は受け入れるしかできぬのう。これからどんな命令をされてしまうのか、ドキドキするの」

「め、命令なんてしねえよ! 俺はラグ・アースやオルカナティアのみんなが守れたらそれで十分だからな! こんな力、みんなに求められなきゃ絶対に使わねえからな!」

「あの、さっきオル子さんを殴った時に思いっきり能力行使してたと思うんですが、それは」

「いや、それはオル子が悪いでしょ。あんな馬鹿なことを口にされたら、私がササラの立場でもそうするわ」


 親友のエルザさんにすら裏切られました。エルータス、おまえもかー。

 ふんだ、ここのみんなはみんな絶世の美少女だからシャチの気持ちが分からないんですよ。オル子さんだって美少女になってイケメンにチヤホヤされたいんだもん。一度くらいいいじゃないっ。

 私が異世界でイケメンと触れた機会なんて、殺し合い殺し合いアンド殺し合いの時しかないんだからね! くそうくそう、何もかんも出会いのない異世界が悪い。


「とにかく、これで人間たちとの争いは終わりと見ていいでしょうね。私たちオルカナティアに面している人間の国はサンクレナのみ。他の二国が何らかの目的で、こちらに攻めてくるとしても、必ずサンクレナを経由する必要があるから、手出しは出来ない」

「サンクレナの人間全てが主殿を守る盾となるからな。となると、問題は竜族か」

「竜族は『三姫』なるものを求めていましたね」

「その三つが『人』、『魔』、『竜』を示すと仮定して、『人姫』はキャス、『魔姫』はミュラ、そして『竜姫』は――当然、ミリィなのでしょうね」


 そう結論付けながら、みんなの視線がミリィへと集まる。

 ミリィはベッドの上で依然として私の尻尾をガジガジ舐め舐め。おほほ! 尻尾がくすぐったくてよ!

 でも、そうなのよね。連中の話の流れからして、どう考えてもミリィもやっぱりお姫様っぽいのよね……あっさりと人化した時点で特別な竜とは分かっていたんだけど、まさかの竜姫。


「というかですね、アヴェルトハイゼンはやっぱりミリィのお兄さんっぽいんですよ。私めっちゃアヴェルトハイゼン殺しちゃってるんですけど!」

「アヴェルトハイゼンが竜王を裏切ってミリィを攫ったって言っていたわね……私は竜王ドラグノスの命令でアヴェルトハイゼンが『魔選』に参加していると思っていたのだけれど」


 うむ。竜族は魔物じゃないから『魔選』には参加できないのよね。

 でも、魔物と竜族のハーフであるアヴェルトハイゼンなら参加OKだから、竜王は彼を手駒として『魔選』に参加させていた……と、思っていたんだけど。

 あの無表情ロボット竜族の話だと、アヴェルトハイゼンは竜王からミリィを連れ去ってしまったみたいだし、よく分からんぬー。


「こうは考えられませんか? 竜王ドラグノスがミリィ様をはじめとした三姫を集め、何か良からぬことをしようとしていた。そのことを察知し、アヴェルトハイゼンがそれを防ぐためにミリィ様を連れ去って単独で『魔選』に参加した、と」

「ちょっと待ってルリカ! そうなるとオル子さん、正義の味方のアヴェルトハイゼンをぶっ殺しちゃった悪い奴になるんですけども!」

「魔物同士の戦いに善悪なんてないでしょうに。だけど、アヴェルトハイゼンの行動からして、ドラグノスがあまり良い意味で『三姫』を集めている訳ではないことは確かね」

「ふむ……妾とミュラ、ミリィの三人が竜王とやらに連れ攫われれば、妾たちはよくて飼い殺し、悪ければ殺されるかの」


 な、なんと! ミュラもミリィもキャスもオル子さんの大切な家族ですぞ!

 それを横から奪い、酷い目に合わせようなど断固許さぬ! 私はヒレで腹太鼓して意思表明。


「安心しなさいキャス! もし竜族どもが攻めて来たら、オル子さんが一匹残らず食い殺してあげるわ! ドラゴンステーキだってぺろりと平らげちゃうアイドル系フードファイターオル子ネのパワーを見せてあげる! その手始めに今日の晩御飯はいつもの三倍分を所望するう!」

「『聖剣』のことも含め、竜族に関しては相手の動きを待つしかないでしょうね。竜峰は強き竜たちの集う聖地。魔王と並ぶ強さを謳われる竜王に、『六王』上位クラスの強さを持つレクナトという竜……正直、こちらから攻め入るには無謀過ぎるわ」

「あの、エルザさん? オル子さんのご飯、三倍……」

「やるならば、もっと俺たちが強くなってからということか。まあ、正論だわな。俺たちが先に構えるべき相手はハーディンそしてイシュトスだ。竜族と戦い、消耗してるところを突かれて全滅なんぞシャレにならねえからな」

「ごはん……三倍……」

「そういうことよ。サンクレナを押さえて人間相手の蓋は完成し、ハーディンやイシュトスは遥か東の地で衝突中。私たちが今すべきことは、『小魔王』と『空王』の勝者と戦うための下準備を進めること。そのためには、時間はいくらあっても足りないのだから」


 いいもん、いいもん。戸棚に隠してあるエルザのお気に入りのおやつ、こっそり夜中に食べることにするから。私を無視するエルザがいけないのですよ。

 しかし、人間相手の戦いは終わったけれど、まだ東に大物が二匹もいるのよね。

 イシュトスとハーディン。どっちが勝つにしても、魔王を目指す以上、私たちとぶつかることは避けられない……か。

 ぐぬう、私は別に魔王なんてなりたくないのに。二人が潰し合ってる間になんとかの月とかいうのが現れて試合終了になってくれないかな。緑の月が空に浮かべば、『魔選』は終わりらしいし。

 そして、北では竜王とかいうのが暗躍してるみたいだし……全くもう、物騒なことこの上ない異世界ですよ!


「私が求めた異世界ライフはこんなのじゃありませぬ! もっとこう、愛欲とか正室とか側室とか浮気とか不倫とか悪役令嬢とかイジメとか、そういうサッパリした青春恋愛劇をですね!」

「何言ってるか分かんねえが、とりあえずそれのどこがサッパリしてんだよ。ドロドロしまくりの愛憎劇じゃねえか」


いや、そこからエンディングに向かうエクスタシーがね? ドキドキワクワクの興奮が!

 みんながオルカナティアの未来を議論する中、私は嫌がるササラ相手に恋愛談義に突入。


「いい、ササラ! 異性に無頓着なあなたに、オル子さんがモテガールになるための秘訣というものを教えてあげるわ! 彼氏が欲し過ぎたあまり、その手の雑誌を買い漁っては蓄えた私のモテカワ知識と愛されスキルをあなたに授けてあげようじゃないの! いい、まずは男子との会話から……」

「要らねえよ。だってお前、その知識あるのにちっとも男にモテてねえじゃんか。それってつまり、何の役にも立ってないってことじゃ……おい、オル子?」


 ふて寝します。おやすみなさい。

 何か目から水が流れてる気がするけど、きっと気のせいだわ。

オル子さんは泣かないよ、強い女の子だもん。泣いてない、泣いてないもんね。

 不特定多数にモテたって仕方ないんですよ。生涯にただ一人、愛する殿方と添い遂げる、私はそんな大和撫子なんだもん……

ああ、この異世界のどこかにいるであろう私だけの王子様、はやくオル子に会いにきてくださいまし! ワールドヒロインことオル子はあなたの訪れを待っていますわああ!



















「――以上がイシュトス率いる空王軍と我が軍の戦況報告となります」


 玉座で肘をついたまま、『小魔王』――ハーディンは瞳を閉じ、配下の悪魔の報告に耳を傾ける。

 軽く息を吐き、ハーディンは彼と同じく報告を耳にしていた『地王』ガウェルに視線を向けて言葉を紡ぐ。


「戦況が完全に膠着しているようだね。ウェンリーだけではイシュトスを推しきれないかい?」

「『窟王』も相当な実力者ではありますが、何せ相手はあの『空王』ですからな。実力もさることながら、あ奴は頭が切れる。こちらを抑え込むだけの守りの戦いに徹しておるようですので、『窟王』を責めるのも酷という話しょうな」

「別に責めるつもりなんてないさ。ただ、いつまでもイシュトス相手に時間をかけているほど、僕も気は長くないようでね。あのリナ・レ・アウレーカの認めたという正体不明の『魔王候補』は次々と頭角を現しているようだしね」


 小さく笑いながら、ハーディンはそっと掌を翳して『支配地勢力図』を発動させる。

 宙に浮いた大陸図には、各地に散らばる無数の蒼い地域がある。それを指でなぞりながら、言葉を続けていく。


「『海王』ジーギグラエを倒した魔物、『山王』アヴェルトハイゼン、そして『森王』アスラエール。かの魔物は次々と『六王』を倒し、支配地を増やし続けているようじゃないか」

「『海王』となった魔物の素性は分かりませんが、鉄壁のアヴェルトハイゼン、不死のアスラエール……どちらも倒すことすら困難な性質を持つ連中ですが、それらを退けるとはよほどの実力者のようですな。偶然で倒せるほど生温い相手ではありますまい」

「『聖地』の支配者の色、そしてリナ・レ・アウレーカの暗躍……ミュラがこの魔物の手元にあるのは間違いないだろうからね。だからこそ、一刻も早く僕たちはこの魔物を探す必要があるのだけど」

「『空王』の横槍が入り、捜索部隊を送ることすら叶いませんな。送り出した部隊はことごとく『白騎士』や『魔幻師』によって壊滅させられているようで」

「ふふっ、となるとその魔物は『空王』とつながっていると見て間違いないかな? 偶然にしてはあまりに続き過ぎているからね。『空王』はその魔物の正体を知っていて、当然ミュラが手元にあることを知っている。だからこそ、僕にその魔物の居場所や素性を掴まれるのを防ごうとしているのかな」

「そうであると仮定して、如何しますかな?」


 ガウェルの試すような問いかけに、ハーディンは喉を鳴らして笑う。

 ゆっくりと開かれた瞳。優し気かつ穏やかな表情の奥底に隠された、もう一つの表情――それは、どこまでも残忍で冷酷な魔王としての顔。

 穏やかに、そして凍て付くような笑みをみせたまま、ハーディンはガウェルとその隣に並ぶ金髪の女剣士に問いかける。


「一応確認しておくけれど、戦場に出る準備は出来ているかい? ガウェル――クレア」

「剣士たるもの、いついかなる時でも死合う準備は整え終えているもの。私も娘も問題ありませぬ」


 ガウェルの言葉に続くように、女剣士は無言で頭を下げて一礼する。

 その姿に満足し、ハーディンは椅子から立ち上がり、配下たちに告げる。


「空王軍を殲滅する――次の戦いでは、僕が直接イシュトスを仕留めよう。『空王』を呑み込み、そのまま正体不明の魔物を炙り出してしまおう。どうやら僕の覇道を遮る者はイシュトスではなく、その後ろに潜む魔物のようだ」

「『海王』、『山王』、そして『森王』を退けた、リナ・レ・アウレーカの遺志を継ぐ魔物ですか。実に戦い甲斐がありそうですな。はてさて、いかほどの大魚やら」

「魚に例えられるほど可愛げのある魔物ではないだろう。なにせその魔物の牙は、『六王』をも噛み殺すほど獰猛な牙なのだからね――楽しみだよ、その魔物と殺し合える瞬間が」



















 ぬ~、確かこの辺に……おほー! あったよ! エルザの隠してたお饅頭っぽいお菓子が! でかした私ぃ! すげぇ私ぃ!

 夜中にお腹がグーグーなったので、お昼に宣言したとおり、エルザの大切なお菓子を拝借しにきました。私が悪いんじゃないよ! 私を無視して冷たく接したエルザがいけないのよ!

 私に構ってくれなかった罰として、このお菓子は没収になります! ああ、人のお菓子をこっそり食べちゃうなんて、私ってば悪役令嬢だわ……我ながらあまりの悪役っぷりにウットリしちゃう。

 右見て左見て誰もいないの確認良し。それでは頂きまー……


「こらあ! 何勝手に人のお菓子を食べてるのっ!」

「ぴいいいい! ごめんなさいごめんなさい許してエルザ! 私じゃなくてこのヒレが勝手に動いたの! この悪いヒレ! 悪いヒレ! ヒレが悪いわけであってオル子さんは決して悪くないのです! わ、私は悪くねえ!」


 背後から怒鳴られ、私は慌ててその場に寝転がってヒレを床にペチペチ叩き付ける。

 床に這いつくばって全身で謝罪をしていると、頭の上からクスクスと笑う声が。あれ、なんか声がエルザじゃない? エルザにしては、少し声が幼いっていうか……

 私がひょこっと頭を上げると、そこにはしてやったりと笑うキャスが。え、キャス? エルザは?

 きょろきょろする私に、キャスはふふんと胸を張って告げる。


「どうじゃ! エルザの真似じゃが、よく似ていたじゃろ? くふふ、驚くオル子の姿は実に可愛かったぞ?」

「な、なんて恐ろしいことをするの!? エルザに見つかったかと思って全力で謝罪してしまったじゃないの! 怒られた後にお仕置きされるかと!」

「怒られるのもお仕置きされるのも嫌なら、最初からエルザのお菓子に手を出さなければいいと思うんじゃがなあ……」

「それはそれ、これはこれです。隣の芝生は美味しいって言葉が私の世界にはあってですね?」

「芝生は流石に食べぬと思うがのう……」


 あれ、何か違ったっけ。まあ、確かそんな言葉だったし、ニュアンスが伝わればいいよね。

 お饅頭を両ヒレで挟んだまま、真っ暗な食堂で私はキャスに問いかける。


「それで、キャスはこんな夜中にどしたの? オル子さんと同じで、夜食タイム? 夜中に目を覚ますと、甘い物が食べたくなるよね。分かります」

「いや、全然違うんじゃが。仕事を終えて、部屋に戻る途中でお主がフラフラと廊下を飛んでいるのを見つけての。それを見て追いかけてきたというだけじゃ」

「こんな時間まで仕事してたの? 無理は駄目よ! キャスが倒れたらオルカナティアが破滅しちゃうんだから! ウチはサビ残なんて認めませぬ!」

「無理はしておらぬぞ。ウィッチたちが来てくれたおかげで、恐ろしいほど仕事が楽になったからの。今日遅くまで仕事をしていたのは、そういう気分だったからじゃ」

「そういう気分?」

「うむ! オルカナティアのため、オル子のため、少しでも力になりたいと、恩返しがしたいと考えたら、筆が止まらんかった。サンクレナの民を救ってくれたお主のために、どうすれば感謝の想いを返せるのか、そればかり考えておった」

「恩返し?」


 そう言って、キャスは舌を出して微笑んだ。

 うむ、申し分なし、百点満点の美少女の笑顔ね。流石は一国のお姫様だわ。うらやまし!

 私の頭を撫でながら、キャスは穏やかな声で感謝の言葉を紡ぐ。


「オル子、お主のおかげでサンクレナの民たちは死なずに済んだ。妾の立場では、決して口にしてはならぬ言葉だと分かっておったが、それでもお主には感謝の想いをどうしても伝えたかった。ありがとう、オル子」

「ほぬ? いや、私は何もしてないっていうか、むしろ普通に一万人近くサンクレナの兵士ぶっ殺しちゃってるっていうか」


 まあ、その半分以上はエルザ一人で蹴散らしてる訳ですけども。殲滅魔法ごいすー。

 首を傾げる私に、キャスは笑みを浮かべたまま、首を横に振って言葉を続けていく。


「本来ならば、オルカナティアに兵を向けたサンクレナをお主は蹂躙することだってできたはずじゃ。もう二度とそんな気を起させぬよう、民を見せしめに殺すことも不可能ではなかったはず。けれど、オル子は民に犠牲がでることなく戦いを収めてくれた」

「たまたまですよ? 『命令権』が握れたから、必要がなかっただけだし。もし駄目だったら、そんな手をとらなかったとは言い切れませんにゅ。キャスにはごめんなさいだけど、オル子さんはサンクレナの人間よりもオルカナティアのみんなが大事だから、やる必要があったらきっちりやってたよ?」

「分かっておる。じゃが、結果としてオル子はサンクレナの民を殺さずに終わらせてくれたのじゃ。元王族として、そのことにどうしても感謝の想いを伝えたかったのじゃ。たとえ妾が、彼らにとって魔物に寝返った裏切者であっても……の」


 そう言って、キャスは少しだけ寂しそうに笑った。

 ……そっか。キャス、この戦いで一度もサンクレナの人間の助命を願わなかったもんね。

 そうしてしまえば、このオルカナティアに住む人間たちの立場が微妙なものになると分かっていたから。

もしかしたら、こいつらはオルカナティアを捨てて、サンクレナにつくかもしれない――そんな風に魔物たちから人間が偏見を受けないように、キャスは平然とした表情で人間を裏切ったように振る舞っていたもんね。

 元お姫様だもん。失脚したとはいえ、守るべき民たちを殺されても構わないなんて思うはずがない。だけど、キャスやオルカナティアの人間の立場上、そんなことは口が裂けても言えないよね。

 いつもオルカナティアのために頑張って、私たち魔物に出来ない国造りの指揮を執ってくれて、それなのに嫌な顔も疲れた顔も一つ見せずに。


 少し考え、私は手に持っていたお饅頭をペコリと折って半分こにする。

 そして、その一つをキャスに差し出してあげる。


「半分あげちゃう! 美味しい物を半分こ! 美味しい物を食べたら、胸のもやもやもどこかに吹っ飛んで行っちゃうからね! 美味しいは正義よ!」

「半分こって、それはエルザのお菓子だと思うんじゃが……」

「まあまあ、気にしない! もしバレたら共犯だから一緒に怒られてね! 嬉しい気持ちも、怒られて悲しい気持ちもみんな私と半分こ! どんなことも二人で共有すれば、辛さ半分、嬉しさ二倍だもんね! ささ、大きい方を召し上がれ!」


 そう言って、私はキャスにお饅頭を押し付ける。

 私から受け取ったお菓子を手に、キャスは表情を崩し、私の体に背を預けるようにして座る。


「本当に、お主という奴は……まったく、オル子はお馬鹿じゃのう……」

「んまーい! エルザが隠していただけあって、味は最高ね! これだからエルザのおやつの盗み食いは止められませぬうう!」

「うむっ……くふふっ、しょっぱくて味がよく分からぬというのに、妾がこれまで食べたどんな料理よりも美味いと断言できるわ……こんな美味しくて、幸せなものなんて、他にないの……」


 真っ暗な食堂で、私とキャスは美味しい気持ちを半分こ。

 キャスの沢山溜め込んだ想いも、苦しみも、全部全部オル子さんが一緒に背負うから。


 だから約束よ? これから先、嬉しかったり幸せだったりしたらいつもの二倍分の笑顔を見せてね。

だってあなたの感じるその幸せは、キャスの分とオル子さんの分、二人分の幸せなんだもんねっ。












 ~六章 おしまい~





 

 

 これにて六章完結となります。ここまでお読み下さり、ありがとうございました!

 そして、ご感想1000件突破、本当に本当に感謝です! 一番夢見ていた目標だったので、本当に嬉しくて、嬉しくて……むっふー!(オル子的ジタバタ)

 連載開始から四カ月強、まさかこんなにも多くの声を頂けるとは思わず、感謝の想いしかありません。ここまで来ることができたのも、全ては皆様のお声のおかげです。

 お馬鹿なシャチ娘、オル子の物語は次章も続いてゆきますが、これからも何卒よろしくお願いいたします!



 そして、最後のお伝えしたいことが!

 オル子のおバカな物語、『シャチになりましたオルカナティブ』が今秋に書籍として発売されることとなりました!

 既に情報は各所に出ているようで、「もう知ってるよ!」って方も多いかと思いますが、遅ればせながら皆様にご報告をさせて頂きたく! ご報告が遅くなってすみませぬ、すみませぬ(白目) 


 レーベルは『角川スニーカー文庫』様、発売日は10月1日予定となっております!

 詳細な情報は後日、改めてオル子の更新時や活動報告などにさせて頂ければと思います! 


 オル子が書籍化いたしましたこと、全ては読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございますっ!

 書籍世界でさらなる馬鹿っぷりに磨きをかけ大暴れするオル子、そしてそんなシャチ娘に振り回される仲間たちですが、なろう様版ともども何卒よろしくお願いいたしますっ!


  

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