99.子羊よりも狼でいたいわ。貪欲に自分の未来を掴み取るの
空から降り注ぐ雷撃、そして地上で風切る剣の舞。
一人、また一人と兵士たちが倒れていく戦場にありながら、アルガスは死にゆく者たちに微塵も心を向けようとしない。
彼の意識は視線の先、空に浮かびアルガスを観察し続ける敵の首魁である漆黒の大魚へと向けられていた。
「ご報告します! 前方で暴れまわっている魔物により、歩兵の相当数が死傷! 敵は何やら幻惑のようなスキルを用いており、こちらの兵を敵の姿に誤認させる能力らしく同士討ち状態に……」
報告に現れた兵士だが、それ以上言葉を続けることはできなかった。全てを報告し終える前に、彼の首が大地へと落ちたからだ。
馬上にて、紅の血を滴らせた聖剣を握ったまま、アルガスは視線すら向けることなく吐き捨てる。
「つまらぬ報告で俺の集中を阻害するな。使い捨ての徴兵など何人でも喰らわせてやればよい。死ねば死ぬほどカウントが増し、俺の糧となるのだからな」
「あの金髪の魔物剣士は捨て置けと?」
「いくら幻術を用いようと、『人類の盾』が自動発動する俺に状態異常など意味はない。上空からの雷撃とあわせ、兵を喰らってくれるなら好都合よ。俺の力を引き上げてくれる味方と考えてもいいくらいだ。警戒すべきは、上空からの雷撃の直撃と『あれ』のみよ」
そう告げながら、アルガスは聖剣を空に浮かぶ大魚へと向ける。
青髪の魔物を背に乗せた敵の首魁は、戦場に舞い降りてから依然としてアルガスのみを観察し続けている。
「奴は俺の首を狙っているのだろうよ。この戦い、王たる俺を殺せば勝利は確定すると奴は理解しているのだろう。だからこそ、雑兵には目もくれず俺の動きを観察し続けている。俺の隙を伺い、一気に飛び込んできて首を狩るつもりなのであろう。ククッ、流石は魔物を率いるだけのことはあるということか」
「では、兵を固め、王には下がってもらい安全を確保すべきですかな」
「阿呆。頭を潰せば、一気に崩れるは敵も同じよ。奴が飛び込み、俺に食らいついてきた時こそが最大の好機よ。そこを魔法兵に狙い撃ちさせ、トドメを俺が刺してくれる。敵が魔物である以上、俺に攻撃は通じぬからな」
説明しながら、アルガスは不敵に笑みを浮かべる。
もし、魔物の首魁の狙いが彼の命ならば、彼を殺すために必ず飛び出してくるはず。
本来ならば彼にとって危機である瞬間こそ、逆に最大の好機となる。なにせ、彼には魔物の攻撃を全て遮断するスキルがあるのだ。
それも任意ではなく、強制発動するタイプであるため、いくら不意をつかれようとダメージを受けることもない。
聖剣の力を知らない哀れな魔物が喰いついた瞬間、カウンターとして切って落とす。それが彼の狙いであった。
故に、後方に下げていた攻撃専門の魔法隊も前に出し、空に浮かぶ漆黒魚だけに集中させている。
上空の雷撃を防御専門の魔法隊による魔法障壁で防いでおり、陸では剣士型の魔物が暴れ回ってくれている。よって、彼の聖剣のカウントは増え続けはすれど、減ることはない。
現在の聖剣のカウントは6000を超える。600回という攻撃を与えなければ、彼の守りを突破することはできない、まさに絶望的な数字であった。
(さあ、くるがいい愚かな魔物よ。貴様がどんな攻撃やスキルを持っていようが、聖剣の前には何の意味も持たぬ。喰らいついたが最後、返す刃で胴体ごと真っ二つに割いてくれよう)
敵の首魁にのみ意識を向け続け、アルガスは剣を構える。
無謀にも突撃してくるなら網にかけて仕留める。このまま睨み合い続けるならば、カウントが際限なく上昇し続け、自身が強化され続けるだけのこと。まさに完全な盤面を整え、アルガスは敵の動きを待つ。
戦闘が始まって数十分。
しびれを切らしたように、とうとう敵の首魁が攻撃へと転じた。
「『移り気な海女神』!」
青髪の魔物が何らかのスキルを発動させた次の瞬間、漆黒の大魚はアルガス目がけてまっすぐ飛翔したのだ。
彼を喰らわんと、牙を剥きだしにして空を翔ける怪物に、アルガスは愉悦を抑えきれないとばかりに表情を崩して指示を出す。
「くるぞ! 魔法隊、詠唱を始めろ! ギリギリまでひきつけ、集中砲火しろ! 最後は俺が斬り殺してくれる!」
彼の前方に集めた魔法兵に命令し、万全の状態で魔物の王を迎え撃つ。
もはや、これは詰めの状態だ。敵がどれだけ強き魔物であろうと、どんなスキルを持っていようと、聖剣を持つ彼の前では何の意味もない。
そして、相手がどれほど強靭な魔物であろうと、『聖剣』の防御無視効果があれば容易く貫ける。
攻撃という動作に移っている以上、魔法兵たちの集中砲火も避けられはしない。どう転ぼうと勝利は必然。
(ククッ、所詮は薄汚い魔物、俺の前には無力よ。さて、敵の頭を潰した後どうするか……上空の魔物と地上の魔物はしばらく生かし、俺のカウント稼ぎに利用するか。最低でも二万は殺してもらわねばな)
敵の首魁を殺した後のことすら考える余裕があるアルガス。
それほどまでに、彼はこの戦いの勝利を確信していた。聖剣の無敵効果がある限り、何があろうとこの勝敗は覆らない。
漆黒の大魚が迫り、彼は剣をいつでも振り下ろせる準備を整えた。魔法が着弾し、動きが鈍った相手の首を叩き落とす、そのために。
まもなく大魚と衝突を迎え、ひとり勝利の瞬間を幻視した――その刹那だった。
「――なっ!?」
アルガスの視線の先にいた大魚が、突然その姿を大きく変容させたのだ。
ぼふんと大きな音を立て、巨大な漆黒の大魚から、銀髪の幼い少女の姿へ。縮小した黒魚へと跨った少女に、彼は驚きを隠せない。
(姿を変えただと? 幼い子どもの姿、あれが奴の本来の姿だというのか? 否、確か奴は報告にあがっていた別の魔物の一匹のはず。つまり、報告にあった敵の首魁である大魚はこいつではなく別――)
そこまで思考したとき、アルガスに対して青髪の魔物が動いた。
銀髪の少女と共にスケールダウンした黒魚に乗った青髪の魔物は、アルガスの方向へ手を翳して声を発する。
「『クリアライズ・マリン』!」
「俺にスキルだと!? はっ、無駄だ! 『人類の盾』がある以上、俺にスキルなど――がっ!?」
不発に終わったスキルを嘲笑い、敵に向かって切り込もうとしたアルガスだが、それを実行に移すことはできなかった。
なぜなら彼は、剣を構えていた両腕ごと『背後から』現れた――『漆黒』と『純白』の混ざりあう巨大魚に喰いつかれてしまったからだ。
魔物にくわえられ、馬上より連れ去られた王にデュナスは悲鳴にも近い声を上げる。
「お、王!? 馬鹿な、いつの間に背後に魔物など!? しかも、あれは先ほどまで前方にいた大魚ではないのか!?」
両腕ごと押さえつけるよう、挟み込むように噛み付かれたアルガスは、恐ろしい加速とともに上空を運ばれていく。
突然背後に現れた怪物に、アルガスは混乱せずにはいられない。落ち着いて思考することなどできるはずもない。
(馬鹿な、どうやって俺の背後に現れた!? 『覇王』の範囲外から転移でもしてきたとでも言うのか!? 仮にそうであったならば、なぜ『覇王』の効果で麻痺状態にならぬ!? こいつも耐性があるとでもいうのか!? そもそも、俺と睨み合っていた漆黒の大魚は偽物で、こいつが魔物の首魁だったというのか!? 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!)
状況が全く理解できず、狼狽するアルガスだが無理もない。
なにせ、彼の作り出した盤上の盤面、その全てを『本物』の怪物――オル子とその仲間たちが覆してしまったのだから。
『聖剣』の力、その詳細を知っているという情報。そして、アルガスがそのことを知られていないという思い違い。その二つを利用するために、彼女たちはここまで駒を進めてきたのだ。
アルガスの思考する通り、オル子は瞬間移動を行い、一気にアルガスの背後へと現れた。
それまでオル子は遥か上空にて、飛竜に騎乗するエルザとミリィと共に待機していたのだが、その彼女を地上まで一気に運んだのは他の誰でもない地上で戦うクレアだった。
クレアは敵兵と戦い、二つの役目を遂行し続けていた。
一つはオル子をアルガスの背後に転移させるため、『転移「瞬」』を発動させるタイミングを測ること。
そして、もう一つは遠くで敵兵を殺し続けることで、アルガスの意識を自分から『偽オル子』である少女――ミュラへと集中させることだった。
聖剣の力とアルガスの性格から、エルザたちは間違いなくアルガスが兵を犠牲にしてカウントを稼ぐために動くと読んでいた。
ゆえに、遠くで兵士を切り殺すことに徹していれば、アルガスは間違いなくクレアを『放置してよい敵』とみなす。クレアの仕事で重要なのは、アルガスに決して気づかれないタイミングでオル子を彼の背後へ転移させることだ。
上空にいてはタイミングを測れない。オル子に化けたミュラの上では、攻撃の手が『覇王』範囲外によるエルザの雷撃のみで、スキル発動狙いがあまりに露骨過ぎて『聖剣』の力を把握しているとバレてしまうかもしれない。
敵と戦いながら、ポチ丸の『ワンダフルドリーム』を散布してスキル発動の為の隙を生みつつ、ミュラの突撃を見極めて転移を行う。非常に難しい役割だが、見事にクレアは役目をこなしたと言えるだろう。
オル子に化けたミュラの役割はアルガスの意識を自分に集中させること、そしてルリカを運んで転移してきたオル子に『クリアライズ・マリン』を発動することだ。
魔物を率いているのが巨大な魚型の魔物だという情報はアルガスたちに流れている。
その魔物が、行動を起こさず上空からアルガスを睨み続けていれば、嫌でも警戒せざるを得なくなる。
上空からの攻撃もあわせて、敵の意識は必ずエルザとミュラへと集中するだろう。
逆に言えば、その二つを押さえてしまえば、他は警戒に値せずと思考するかもしれない。そうオル子たちは判断したのだった。
ランクも上がり、ミュラがオル子に化けていられる時間もかなり伸びていた。ゆえに、時間の許す限りオル子に化け続け、タイムリミットギリギリにアルガスに向けて突撃を行うこと。それがミュラに与えられた仕事だ。
クレアに対する能力置換。そして、オル子が転移を成功させた後に麻痺状態を消し去るのがルリカの役目となる。
オル子を転移させるクレアのスキル『転移「瞬」』の射程距離は術者の魔力に依存する。
クレアの魔力ステータスはF、オルトロスとヘラヴィーサの二刀流プラス補正を加えてBであるが、それでも遥か上空のオル子には届かない。
そこで、ルリカの有する対象のステータスを入れ替える『移り気な海女神』が効果を発揮した。上空からクレアを対象にし、彼女の『速度』と『魔力』のステータスランクを入れ替えたのだ。
オルトロス、ヘラヴィーサを持つクレアの速度ランクはS+。この破格のランクを魔力に置き換えることよって、恐ろしいほどの転移距離をクレアは獲得したのだ。
クレアとルリカの合わせ技によって、『覇王』の範囲外から一気にオル子の転移を行うことに成功しても、強制発動スキルによる麻痺になってしまえば動けない。
状態異常を消し去るために、ルリカの状態異常回復スキル『クリアライズ・マリン』が必要となる。
ステータスダウンこそ消せないものの、麻痺さえ取り除ければオル子は動くことができるのだから。
すなわち、この状況はまさしくオル子たちが計画し、実現することに成功した状況なのだ。
エルザとクレアが人を殺し続けることで、カウントが増え続け、アルガスはこの状況を良しとした。
オル子に化けたミュラが宙に現れ、動きを見せなかったことを警戒し、そこに意識を集中しろと命じた。カウンターで一気に斬り殺すために。
もはやこの時点で、アルガスや周囲の兵士の意識は上空から砲撃を続けるエルザと沈黙を続けるミュラだけに向けられており、背後からの奇襲など思考の外だったのだ。
敵の首魁をミュラだと勘違いし続けたアルガス、自分たちは聖剣のことなど何も知らないと彼を騙し続けたオル子たち。この差が今の戦況を生み出したと言えよう。
だが、それは決してオル子たちの勝利を意味するものではない。
なぜなら、敵の手には未だ聖剣があり、彼女たちにアルガスへダメージを与える術はカウントを減らす以外に存在しない。
そのカウントは7000を超えた。つまり、これから兵士を殺さずに700回攻撃を当てて初めてスタートとなるのだ。
圧倒的優位な戦況を思い出し、アルガスは少しずつ余裕を取り戻していく。
(スキルが発動している以上、いくら魔物に噛まれようと俺にダメージはない。もしこの巨大魚が俺にダメージを与えようとするならば、咥えたままでは何もできぬ。俺を咀嚼するために、力を緩めた瞬間が好機。こいつの口から抜け出して、聖剣で斬り殺してくれる!)
怒りと憎悪を燃やし、アルガスは拘束されながらも反撃の機をうかがっていた。
どこまで綿密に計画を立て、彼を捕らえることに成功しようと聖剣を攻略したことにはならないのだ。
聖剣の効果の届かない人間の支配地外、中央境界線の向こうへ運ぼうにもアルガスの力は既にC。対してオル子は力がAまでダウンしてしまっている。速度もBでいつものように一気に移動できるほどの速さはない。
この力の差では、一日近くも拘束して運び続けることなど不可能。すなわち、聖剣の効果を封じる策など存在しないのだ。
3ランクものステータス低下を起こしたオル子。今にもオールBまでランクが上がりそうなアルガス。
このままでは、拘束から逃れ、聖剣の力によってアルガスがオル子を討つのも時間の問題だ。
それを理解しているからこそ、アルガスは動きを封じられても自身の勝利を疑わないのだ。
(武器の所有者と認定されている以上、たとえ俺が聖剣を奪われても効果は消えぬ。魔道具によって空を飛翔する手段もある。カウントは7000超。いかにこいつが強かろうと、恐ろしいスキルを持とうと、魔物である限り俺には勝てぬわ!)
オル子を睨み、いつでも攻撃に転じられるように構えるアルガス。
どこへ連れていかれようと同じこと、敵の死に場所が変わるだけだ、好きな死に場所を選ぶがいい。それが彼の考えだった。
無敵防御の力が、魔物を切り伏せる力がある限り、勝利は動かない――そんなアルガスに、オル子はとんでもない行動に打って出た。
飛行する角度をグンと変え、彼女は空ではなく、視線の先にある蒼――湖へと飛び込んだのだ。アルガスを口に咥えたまま。
(な――)
そこは、サンクレナ軍が水の補給地点として利用していたブレンダ湖。
激しい着水音とともに湖の中へと連れ込まれ、アルガスは慌てて呼吸を止める。あまりに突然の潜水に、大きく息を吸い込むことすらできなかった。
だが、そんな彼を気にすることなく、オル子は湖底まで一気に移動してしまった。
そして、湖のそこに辿り着いたオル子は、ぴたりとその動きを止め、視線を口に咥えたアルガスへと向ける。
一秒、二秒、三秒……まるで時が止まったかのように静止し、オル子は捕らえた獲物を観察をするかのように彼を見つめ続けていた。そこまで至り、アルガスはようやくオル子の狙いを悟ってしまった。
(こいつ――まさか俺を溺死させる気なのか!? 攻撃もスキルも用いず、湖に引きずり込むことで俺を殺そうとしているのか!?)
アルガスがたどり着いた答え、それこそがオル子たちの導き出した全てだった。
そう。オル子たちは最初から聖剣の能力を攻略するつもりなどなかったのだ。彼女たちの狙いは、徹頭徹尾、担い手であるアルガスの命だったのだから。
魔物の攻撃、スキルでは完全無敵防御を破れない。ミュラのスキル封印を使用しても、アルガスではなく生命のない剣相手となるため、効果が及ぶのかも分からない。
ゆえに、オル子たちが選んだのは対魔物特化のスキルに関係のない、攻撃ですらない死を与えることだったのだ。
(まずい、拙い拙い拙い! 早く抜け出さねば、このままでは俺は本当に――くっ!)
必死にもがき、何とか拘束から抜け出そうとするが、それも叶わない。
まるで抵抗のタイミングを待っていたかのように、オル子の体が青い光に包まれた。『海王降臨』――ステータス向上スキルだ。
低下したステータスを少しでも上昇させることで、アルガスが抜けられないように。仮に口から抜けられても、即座にリカバリー出来るように発動させたようだ。
口の中で暴れるアルガスに慌てることなく、オル子は瞳をじっと彼へと向け続ける。その視線に、アルガスは苦しみの中でようやく『全て』を理解した。
(なんという……ようやく全てを理解した。こいつは、魔物ではなくただの『獣』なのだ。こいつの今の姿は、人間を蹂躙せんと考えなしに殺しにくる魔物ではない。獲物を弱らせ、確実に肉を喰らうことだけを目的とする野生の獣のそれよ)
獲物の肉に確実にありつくため、焦ることなく確実に己が仕事を全うする狩人。
彼の目に映るオル子の姿は、人間界に生きる肉食獣に近いだろう。
抵抗のできない水の中に引きずり込み、獲物を溺死させるその姿は、異なる世界にて冥府の魔物と呼ばれ恐れられる海獣そのものに他ならない。
自身の力を、環境を、敵の弱点を、習性を。全てを把握し、利用して敵を弱らせそして喰らう。
闘争本能、殺戮衝動に身を任せ暴れるだけの魔獣ではない。胃を満たすため、冷静沈着に仕事をこなしていく自然界の狩人、野生の獣。おそらくそれこそが敵の本質だとアルガスは悟ってしまった。
想像を絶する窒息の苦しみの中で、やがてアルガスは最後に口元を釣り上げ、心の中で最期の言葉を紡ぐ。
(俺は敗れるのか……それも道理よな。いくら聖剣と言えど、魔物ではなく獣が相手ならば意味などあろうはずもない……いいだろう、聡明で冷徹な獣よ。俺の死肉を存分に貪り、己が血肉とするがいい……ククッ、夢見た我が王道の果てに待っていたのは、獣の餌とはな……存外悪くはない終わりであったわ)
意識を闇に呑まれ、アルガスはその手から聖剣を落とすのだった。
アルガス・アルベリカ・サンクレナ――野心と暴虐に満ちた、その二十四年に渡る短い生涯を薄暗き水底にて閉ざすこととなる。
むむっ! 聖剣から手を放したわね! 手からとうとうあの厄介な剣がこぼれ落ちたわ!
ということは、王様やっと意識失ったかな? 溺れ死んだかな? おほー! これはオル子さんと愉快な乙女たちの完全勝利ということでよろしいのではないですかな!?
……いや、待ちなさい私。もしかしたら王様迫真の演技、死んだふりかもしれないわ。
真夏の道路に転がってるセミのように、『ジジジッ!』って急に動きだしたりして私を驚かせる算段かもしれませぬ! どれどれ、ちょっと両ヒレで突いてみましょう。
そーれ、ツンツンっと……わはー! イケメン触っちゃった! 異世界の王族イケメンに触っちゃいましたよ! これは記念日ではないですかね!? ヒロイン特有の好感度アップ系ボディタッチなのでは!?
……うーむ、とりあえず反応ないし、死んでくれたのかにゃあ。
とりあえず、もうちょっとだけ様子見で潜っていようかな。確実に殺すまで、オル子さんは決して口から王様を離しませんぞ!
あ、でも苦しくなってきたので一旦浮上しよっと。溺れた王子様を連れて水面近くまで向かう私……まるで人魚姫のようね! 可愛くて可憐で恋に生きる私にぴったりな役だわ!
水面に頭を出してぷしゅー。ぷしゅー。ふう、呼吸オッケー。
それでは再び水底に参りまーす……って、ぎゃああああ! 口の中で王様の体がちぎれたあああ! グチャってミンチになっちゃったああああ!
聖剣の無敵効果が切れたの!? 抵抗されるからと、王様を全力で噛み続けていたから、無敵効果が切れて体も噛み千切っちゃったの!?
ひいいい! 口の中に王様の血が! 肉が! オル子さんは野生の獣じゃないので、襲った人間なんて食えませぬううう!
ちょっと嘔吐失礼します、おげえええええええ! おろろろろろろ!
やばい、勢い余って胃の中の物も全部出しきっちゃった。湖の魚たち、お目汚し水汚しごめんね! ほほほ!




