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92.私が信じるのは、この瞳に映る全てだけよ

 



「これは酷いわね、色々と」


 太陽も完全に落ちちゃって、夜を迎えた時間。

 ササラのレベル20到達が無事完了したので、それまでに倒した魔物の素材を持って帰るために、エルザを含めたウィッチの皆さんを館ごと連れてきましたよ。

 エルザの視線の先には、これでもかと積み上げられた魔物の死骸の山、山、山。軽くウン百匹分はあるんじゃないかにゃあ。

 むせかえる死臭のなかで、エルザは呆れるようにぽつりと言葉を紡ぐ。


「やり過ぎでしょう。誰がここまで頑張れと言ったの」

「頑張る女の子はいつもより輝いて見えると申しましたか。いやん、照れるう!」


 杖で叩かれました。何故じゃ。

 ため息をつきながら、エルザはウィッチのみんなにアイテム・ボックスを用いて魔物の死骸回収を命じていく。この量だと、流石にエルザのアイテム・ボックスだけじゃ入りきらないのだとか。

 そして、エルザは私の横で大の字に寝転がっているササラに視線を向ける。


「ササラ、生きてる?」

「死んでるよ……明日、絶対に筋肉痛確定だぞ、これ……」

「わお、ササラが何かぷるぷるしていらっしゃる! いったい誰がこんな酷いことを!」

「もう突っ込む気力もねえよ……」

「よみがえれー、よみがえれー、ねばーぎぶあぷ!」


 少しでもササラが楽になるよう、私とミュラによるリラックスマッサージよ! 高級シャチヒレとミュラハンドのリラックステクニックをご堪能あれ!

 太腿をぐにぐに揉んでいると、ササラが絶叫と共に飛び起き、『痛いわ!』と頭を叩いてきました。おかしいわね、疲れた体にオル子さんマッサージは効果てきめん、人間の頃は妹も泣いて喜んでたのに。不思議ですぞ。

 まあ、飛び上がるほどに元気になったのだと思いましょう! 私を涙目で叩き続けるササラに、エルザは問いかける。


「レベルが20に到達したということだけど、進化はまだやってないのね?」

「ああ、エルザが合流するまで休憩させてくれって言ったからな。俺もミリィもまだ進化してねえよ」

「ミリィ?」

「ミリィもとっくに20超えてて、ステージ3になれていたみたいなの。どうせだから、ササラとあわせて一緒に進化しようかなって」


 私たちの視線の先では、クレアに抱っこされてご満悦のミリィの姿が。

 どうもミリィはああやって抱っこされるのが好きみたい。人化した姿を見ても、ミュラよりもさらに幼い感じだもんね。まだまだ人に甘えたいざかりなのです!

 ちなみにミュラは抱っこされるより、私に抱き付くのが好みなようでふ。オル子ライダーの名をほしいままにしておりますぞ! ミュラってば尻に敷くタイプなのね!


「どうする? 体がつらいなら、オルカナティアに戻ってからでも構わないと思うけれど」

「いや、ここで済ませとく。さっさと終わらせて、フロに入って、ベッドの上で眠りこけてしまいたい」

「おお! ササラもとうとうお風呂の魅力を理解してしまったのね! 疲れた体にアツアツのお風呂、これ最強ですよ! よーし、今日は頑張ったササラのために、オル子さんが背中を流しちゃう! 一緒にお風呂に入りませう!」

「絶対に嫌だ! フロでくらい、お前から解放されたいんだよ! 頼むから俺を休ませてくれ!」


 ササラが仕事で疲れ切った旦那様みたいな台詞を言います。酷い。家に帰って私の相手をするのも大切なお仕事ですよ!

 あんまり冷たくされると、こっちにだって考えがあります。一枚の紙きれをちらつかせたりしちゃいますぞ!

 くらえ、必殺の紙きれ、私のお手製『あなた、普段からお仕事お疲れ様。だけど無理だけは絶対にしないでね。ずっとずっと健康で、私の大好きなあなたでいてね』賞状よ!

 

「それじゃ、進化するからな。初めてのことだから、ちょっとドキドキするな……ラグ・アースで進化してる奴なんて他にいないし」

「そっか、ラグ・アースは非戦闘種族で戦いなんてしないもんね。ラグ・アース史上初、偉大な一歩をササラが踏み出すのね!」

「へへ、そう言われると悪くないかもな。よし、いくぞ!」


 掛け声とともに、ササラが黄金の輝きに包まれる。さあ、どうなる!? ササラも『オルカ化』できちゃうの!?

 みんなでワクワクして光が収まるのを待つと、光の中からササラが姿を現したわ。

 おお! 格好がちゃんと変わってる! 灰色を基調とし、白と黒のカラーが入った作業服とシャチの顔を模したぷりちーな安全ヘルメット。

 メカニックって感じの格好に衣装チェンジしたササラがにかっと笑って満足そうにブイサイン。


「できたぜ! みんなのおかげで俺も『オルカ化』に成功したみたいだ」

「おほー! すばらしこ! すばらしこ! ステータス見せてー! 見せてー!」


 早速とばかりに、ササラに向かって識眼ホッピング! さてさて、ササラはどんな進化をしたのかな?




名前:ササラ

レベル:1(進化条件 レベル20)

職業:オルカニック・エンジニア

ステージ:2

体量値:E(F→E) 魔量値:C(E→C) 力:F(G→F) 速度:F

魔力:E(F→E) 守備:G 魔抵:F 技量:A(B→A) 運:D(E→D)


総合ランク:D-(F+→D-)




 おお、非戦闘員としては理想的なステータスの伸び! 魔量値に魔力に技量、ササラに必要そうなところがグイグイいっちゃってるわね!

 それと、ササラは『オルカ化』でも、やっぱり種族じゃなくて職業のままなのね。魔物や竜族は種族表記、人間やその子孫は職業表記っていうのは完全に確定かな?

 ステータスの変化を嬉しそうにエルザに伝えるサラサ。ううむ、とっても上機嫌ね。くたくたで疲労困憊だった姿がどこかに飛んでいっちゃった。

 ヒレでつんつんとササラを突いて、そのことを指摘してみたり。


「ササラ、ササラ、なんだか凄く嬉しそうよ。顔が蕩けるくらい笑顔いっぱいだし」

「いやあ、『オルカ化』がとんでもないってのはお前たちの話で分かってはいたんだけど、いざ実際に自分がそうなると興奮が抑えられなくて。ステータスもそうだけど、手に入れたスキルがさ」

「そこは私も気になるわね。ササラ、あなたはどんなスキルを手に入れたの?」


 エルザの質問に、ササラはにんまりとしながら、腰のポケットに入ったシャチ印のトンカチを手にして語ってくれた。

 ササラが手にしたスキルは二つ、それぞれが以下のような効果なのだとか。



・クイック・リペア(単体:近:壊れた装備や道具、建物などを復元する。ゴーレム種、鎧種、鉱物種などに使用すると体量値を最大値まで回復:魔量値消費(極小):CT15)


・(オル子との絆)乙女心とシャチの空(三つの異なる素材を組み合わせて、異界のものをランダムに生成する。スキル発動時、使用した素材は消失する。素材に命や意思のあるものは使用できない:魔量値消費(中):CT60)




「これはまた、随分と面白そうなものを引き当てたわね」

「だろ? 戦闘系の能力だったらどうしようかと思ってたんだけど、これなら俺も役に立てそうだからな」


 嬉しそうに笑うササラ。

 ほむほむ、前者は確かに便利ね。戦争とかで建物を壊されても、これがあればあっという間に直っちゃうし、何よりゴーレムを一瞬で全回復できるのは凄いわ。

 リナに沢山ゴーレムを借りれば、ゴーレム突撃、壊れかけの奴を私に乗ったササラが回復して回るという強力コンボが決められるのでは。こ、これは鬼スキルですよ!


 でも、私的に気になるのは何といっても後者のスキル。

 三つの素材を組み合わせて、異界の道具をランダムに生成する……異界って、異世界から見た異界って、つまり私のもといた世界のことじゃないかしら。

 もしかすると、このスキルを使えば、地球にあったものを色々生み出したりできるのでは?

 私と同じ考えに辿り着いたのか、視線の合ったエルザはこくりと頷いて、ササラに口を開く。


「ササラ、早速で悪いけれど、『乙女心とシャチの空』を使ってみてもらえるかしら? 素材は……そうね、その辺の魔物の死骸を適当に使って。もしかしたらそのスキルで、オル子がいたという異世界の道具を生み出せるかもしれない」

「ああ、いつもオル子が言ってる前世がどうとかいう夢物語か」

「夢物語じゃありませんぞ! 今が鯱物語だとタイトルをうつならば、前世のオル子さんはさしづめ人物語! 恋と青春に溢れた心温まる学園ストーリーでお送りする予定でした!」

「予定だったのか」

「予定でした……私の短い生涯に恋も青春もラブ要素も何も存在しませんでしたが何か。その生涯に恋はなく、我が人生はきっと非リア充で出来ておりました」


 不貞腐れるように地面に転がる私。おかしいなー、同級生の男の子に告白したりされたりする私の学園ライフどこにいったのかなー? 妹はあんなにモテモテだったのになー?

 まあ、私の悲しみに満ち溢れた前世は置いておくとして。今はササラのスキルですよ。

 適当な魔物の死骸を三つ並べ、ササラは手に握るシャチ印トンカチを掲げてスキルを発動。


「いくぞ、『乙女心とシャチの空』!」


 トンカチから放たれた青白い光が死骸を包み込み、ぼふんと間抜けな音を立てて煙を巻き起こす。

 そして、その煙の中から現れたアイテムを見て、私は大興奮。


「こ、これはっ! 私の愛読していた月間少女雑誌、『花とみつばち』じゃないのっ! うおおおお!」


 こうしてはいられない、ミュラを背に乗せたまま私は本に向かってダイブ!

 ずざーっとヘッドスライディングをしつつ、漫画をゲット! うおおお! 久々の漫画じゃあああ!

 娯楽に飢えに飢えていた私に我慢などできるはずもなく。漫画を読もうと手を伸ばすものの、ヒレじゃページをめくれませぬ!


「うおおお! ページが、ページが開けぬうう! ちくせう、オル子さんのこの手がシャチだから!」

「書物? 色がついてこれはあなたのいた世界の本なの? 随分とカラフルな表紙ね、何やら人型の生き物らしきものが描かれているけれど」

「これは『フルーツダンクシュート』のヒロインと王子様たちですぞ! 私の一番大好きな漫画なのですよ! 私の人生のバイブルなので、エルザも是非読むべきです! はまること間違いなし!」

「読むも何も、異世界の文字なんて読めないわよ。でもまあ、後で貸して頂戴。異世界の書物、興味がないといえば嘘になるもの」

「というか、俺のスキルって読めない本を出しただけかよ……正直期待外れなんだけど」

「何を言うの! 私にとってこれほど最高のスキルは他にないわ! むしろオル子さんの持つスキルと交換したいくらいだわ! ササラ、あなたは一生手放さないからね!」

「それはもうとっくの昔に諦めてるっつーの……くそ、もう一回だ。次こそ凄いアイテムを出してやる」


 それから何度かチャージタイムが溜まるたびにスキルを使用するササラ。

 出てきたのは、オル子さんの前世で愛用してた枕、携帯の充電器、部屋に飾ってたラリアットクマのぬいぐるみ、そして高校の制服。

 制服が出てきたところで、ササラはがくりと肩を落として膝をつく。


「なんで、なんでこんな意味不明なものしか出てこないんだ……オルカ化のスキルは凄いんじゃなかったのかよ」

「やべえ! 制服のスカートをはこうとしたらビリって言いましたよ!? オル子さん、ウエストがちょっとピンチかも! ほんのちょっとだけね!」

「何着ようとしてるんだよ!? その図体で人間サイズの服が着れる訳ねえだろ!」

「いや、ギリギリいけるかと思って」

「微塵もいけねえよ!? 何をどう考えたらギリギリいけるって発想になるんだよ!?」


 枕を思いっきり顔面に投げつけられました。ぬう、やっぱりちょっとだけ無理がありましたか。

 でも、ササラのスキルの効果、なんとなくわかってきたかも。多分このスキル、前世の私に関係あるアイテムを作り出すスキルだわ。

 どれもこれも、私の所有物だったものだもんね。むふー! これは私にとって最高のスキルを手に入れましたぞ! 将来的には、異世界でゲームをプレイしたり出来るようになるかも! ゲームをするためなら、たとえ手がヒレでも根性でプレイしてみせるわ!

 ちなみに、ラリアットクマのぬいぐるみはミュラが抱きかかえております。ミュラってばクマさんの発達した上腕二頭筋の可愛さが分かる年頃なのね!


「オル子の前世に関係するアイテムが生み出せるなら、時間を見つけて使用し続けたほうがいいわね。続けていれば、ササラの興味を引くようなアイテムが出てくるかもしれないわよ?」

「本当か……?」

「んー、充電器が出たくらいだし、運が良ければ携帯とかテレビとか掃除機とか出るかもしれないよ! 頑張ってスペシャルオル子ガチャを回し続けてね! 目指せSSRオル子!」

「要らねえよ! お前が二匹も三匹もいたらこの世の終わりだ!」

「ん? 今、冥府の宴が見たいって言わなかった?」

「言ってねえ!」


 ぶんぶんと必死に首を振るササラさん。そこまで嫌がられるのは心外です。ぷんぷん。

 何はともあれ、ササラの進化は大成功かな。特殊スキルが私にとって最高なのはもちろん、クイック・リペアも非戦闘員としてかなり有用なスキルだもんね。

 ササラはぶつくさ言いながら、次なるスキル発動の準備に入ってるし。ああ、これはガチャに魅入られし課金者の目だわ。

 次こそは、次こそはと夢見て泥沼に入っていく……ササラ、頑張って素敵なアイテムを引き当ててね、生温かい目で応援してる!

 魔量値消費結構大きいみたいだから、そこまで連続使用できない以上、何よりも運が大事よ!


「さて、ササラの次はミリィかしら。ミリィの進化は……」

「ミリィなら、既に進化を終えているぞ。ササラと同じタイミングで進化していた」


 人化したミリィを抱きかかえたクレアの言葉に、エルザはいつの間にと驚く。

 うむ、ササラの方に集中し過ぎて、ミリィが進化したことに気づかなかったわ。にぱにぱ笑うミリィにステータスと新スキルを訊くと、こんな感じでした。




名前:ミリィ

レベル:7

種族:ハイドラゴン・オルケイア(進化条件 レベル20)

ステージ:3


体量値:A(B→A) 魔量値:C 力:S(A→S) 速度:D(E→D)

魔力:D(E→D) 守備:A(B→A) 魔抵:E 技量:F 運:B


総合ランク:B-→B+


・竜の咆哮(複数:遠:全体に0.2倍ダメージ。また、自身より低ステージである敵の体量値、魔量値を除く全てのステータスを中確率でワンランクダウン、混乱の追加効果を付与する。術者と対象のステージ差があればあるほど、追加効果の成功率は上昇する:魔力依存、魔量値消費(小):CT60)




 むむ! ステータスの伸びは相変わらずのアヴェルトハイゼン寄り、低速パワーファイター型ね! 力と守備が順調にぐんぐん伸びて、将来的には私と並ぶパワーアタッカーになれそう!

 そして、新スキルはこれまたユニーク。与えるダメージ自体は大したことなさそうだけど、追加効果が面白いかも。

 エルザもそこに着目したようで、にんまりと笑みを浮かべながら満足そう。


「いいわね。人間たちが群れて襲い掛かってきたとき、このスキルは真価を発揮してくれそうだわ。人間の雑兵がステージ3を上回っているとは思えないもの。ミリィ、戦場では敵に向かってどんどんこのスキルを使用して頂戴」

「ほえる! がおー!」


 んまっ! ミリィってば小さくても立派なドラゴンね! ミュラのラリアットクマ人形に向かって威嚇してるわ!

 人形の手足を握って踊りを踊らせるミュラと、びっくりしたのかドラゴンに戻ってきゅんきゅん鳴いて逃げ回るミリィ。ミリィ、ラリアットクマは怖い相手じゃなくてよ! 腕がムキムキなだけの可愛いクマちゃんなのよ!

 尻尾を丸めてクレアの腕の中に飛び込むミリィ。どうやらミリィにラリアットクマは刺激が強過ぎたみたい。可愛いのに、ラリアットクマ。


「何はともあれ、二人とも進化できて何よりだわ。頑張ったわね、ササラ。ミュラにミリィ、ポチ丸もお疲れ様」

「あれー!? なぜかねぎらわれる対象に私とクレアが入っていないんですけど!? 私たちも凄く頑張ったんですけど! そうよね、クレア!」

「う、うむ。主殿とともに、久しぶりに張り切って頑張ったのだぞ」

「あなたたちは頑張り過ぎよ。もう少し加減を覚えなさい。そもそも誰が一日でやりきれといったのよ。オル子はともかく、クレアも一緒になってはしゃいでどうするの。ササラはあなたたちと体力が違うのだから、休憩なしで作業し続けるなんて……」


 私とクレアは二人並んでエルザに説教されました。解せぬ。

 延々と説教が続いた後、『分かった?』と訊かれ、答えるより早く私のお腹の音がなったので『お腹空いたよ! ごはん!』と答えたら、説教が延長されました。酷い、ワザとじゃないのに。






















 その日の夜、おねむの時間になったので、ベッドに入って就寝中。

 一度死にかけて以来、さながら修学旅行の宿泊部屋のごとくみんなの集まるマイルーム。

 それは今も変わることなく、室内には私、ミュラ、エルザ、ルリカ、クレア、ミリィ、そしてササラが眠っております。

 ミュラとミリィ、そしてササラは私のベッドに、他のみんなは自分のベッドで寝ている状況。

疲れ切ってるのか、既にみんなは熟睡中。そんな中で、私はポツリと言葉を漏らす。


「お腹が空きました。グーグーです」


 夜ごはんが足りなかったのか、さっきから私のお腹が叫びをあげているのです。

 うーん、しまった。何か食べたいんだけど、アクア・ラトゥルネの誰か起きてるかな。食堂に行っても、どこに何があるかとかオル子さん分かりませんぞ。

 夜勤組の誰かがいるとは思うんだけど、もし誰もいなかったら申し訳ないけどルリカを起こさなきゃいけないわ。ルリカは気にしないと笑ってくれそうだけど、空腹のためにわざわざ起こすってのも……


「よし、こうしましょう。食堂を確認して、誰かいたらこっそり向かって、誰もいないようだったらルリカを起こしておねだりしましょう」


 もはや私の頭に『食べずに朝を迎える』なんて選択肢はないのです。お腹が空いたら我慢できないものね。おほほ、夜食ほど美味しいものはないのです!

 ただ、ここで起き上がって食堂まで行くと、その時点で誰かを起こしちゃうかもしれない。食堂に誰もいなかったとき、わざわざ二度手間で戻るのも嫌だし。


「うーん、二度手間は嫌だなあ……そんなあなたに朗報です。ここで新商品、アメリカ生まれのこのスキルをご提供。そーれっ、『トランジェント・ゴースト』」


 スキル発動後、一気に眠りについた本体からうにょんと抜き出る私の魂。

 これぞ進化で手に入れた私の必殺スキル。誰にも見えない干渉できない魂だけの状態になり、偵察などができちゃうスキルなのよ。

 これさえあれば、わざわざ起き上がらずとも、魂の状態で食堂を確認することができるって寸法ですよ。これといって使い道のない意味不なスキルですが、こういう横着をするときに便利だったりするのです。


 魂だけの状態になった私は、食堂を確認。うむ、明かりがついてて何人かお茶会で楽しんでるわね。

 よーし、これならルリカを起こさずに済みそう。こっそり、こっそりベッドから抜けて夜食をもちゃもちゃと楽しむことにしましょう。


 ふわふわ浮かびながら、ウキウキ気分で自分の部屋に戻っていく私。

 そして、本体の前でスキルをオフにして、元に戻ろうとしたその時だった。部屋の隅に、何かが見えたのは。


「……ぬう?」


 魔物だから夜目がきくので、おぼろげなその存在に気付けたのかもしれない。

 それは、部屋の隅っこにちょこんと膝を立てて座っていたわ。

 薄暗い部屋の隅で、じっとこちらを見つめてくる、金の髪を左右に巻いた釣り目で赤い瞳の女――次の瞬間、私はたまらず絶叫した。


「――ぎゃあああああああ! お化けええええええええええええええ!」

「きゃあっ! なっ、何、何ごと!?」

「うん……もう朝ですか、おはようございます、オル子様……」

「て、敵襲か!?」

「きゅきゅーん!?」


 やば、驚きのあまり、『トランジェント・ゴースト』の効果を切っちゃってた。

 本体に戻ってあらんかぎりの声で絶叫したため、私の叫びで次々と跳ね起きるみんな。


 エルザさん、悲鳴がいつもの姿からは想像できないくらい可愛いですね。

 ルリカさん、分身に送られたシャチ人形に向かってなぜに深々と挨拶してるのでしょうか。

 クレアさん、ミリィを片手で抱っこして構えてますが、ミリィは剣ではありませんぞ。

 ササラさん、今の叫び声でも目を覚まさないって、今日一日でどれだけ疲れていたんですかね。


 飛び起きたみんなの視線の集まる中、私はコホンと咳払いをし、ヒレをビシッと上げて一言。


「お化けが出たんです! 部屋にお化けが! どやっ!」

「~~~っ、オル子、あなたねえ!」

「ひいいい!? な、なんで、なんで怒られてるの私!? 本当ですよ、本当に幽霊がすぐそこにいるんですよ! 信じてえええ!」


 私に馬乗りになり、ぼすんぼすんと枕を叩きつけてくるエルザ。

ぴいい! 寝起きのエルザ怖いいい! 私悪いこと何にもしてないのにいいい!



 

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