91.私からあなたへ、あなたから誰かに受け継がれる。それが伝統
草むらに中に伏せ、息をひそめて視線の先の獲物を睨みつける。
私たちの視線の先には、人間大はあろうかという巨大カナブンの魔物がのそのそと動いている。
敵はどう見ても鈍重、逃げられるとは思えない。けれど、ここで焦っては駄目。私は逸る心を抑えさせるよう、私の横に並んで草むらに寝転がる子たちにレクチャーをする。
「まだ飛び出しては駄目よ。カナブンには『気持ち悪い羽音で空を飛ぶ』という最終奥義があるの。油断すれば最後、奴らが顔に体当たりをしてきて大惨事になっちゃうわ」
「みゅみゅー!」
「みゅーん!」
「みゅー!」
「もきゅーん!」
私の言葉に、きなこもちもごまだんごもさくらもちも元気よく返事。クレアに抱っこされたミリィも輪唱するように遠吠え。
どうやら私の言う危険を察知してくれているようね。私に似て、実に頭の良い子たちね。
将来有望さを賞賛しつつ、私はカナブンを睨みながら小声でカウントダウンを始める。
「冷静に、落ち着いて、音もなく仕留めるのよ……いくわよ、さん、に、いちっ、ゴー!」
「みゅーん!」
「みゅみゅーん!」
「みゅーん!」
「ひゃっはー! ガキども俺に続きやがれえええ!」
私の合図とともに、草むらから解き放たれる三匹のイルカとおまけのポメラニアン。
背後から襲い掛かるイルカの群れとじゃれつくポメラニアンにカナブンは為す術なし。
強烈なイルカ尻尾ビンタやタックルによって、まるでビーチボールのように宙を舞いあがるカナブン。それを必死に追い回す、尻尾をブンブン振る白ポメ。
その光景を満足げに見つめながら、私はヒレをぐっと握りしめてガッツポーズ。
「素晴らしいわ、きなこもち、ごまだんご、さくらもち……あなたたちはもう立派な狩人、海の王者の名に恥じないオルカよ。今のあなたたちなら、どんな敵だって集団で食い破れるわ! 常に多対一であたり、兄弟と助け合う戦いを心掛けなさい!」
「いや、あいつら純粋に遊んでるだけだろ。ぜってーそんなこと考えてねえからな」
感動に酔いしれる私に、横からササラからの突込みが。
ぬう、言われてみればあの子たち、ボール遊びのようにカナブンを弄んでるだけのようにも見えるけれど……残虐な狩り遊び、それはそれでますますシャチっぽくていいのでは?
そんな私の想いを代弁するように、ミリィを抱っこしたままクレアが言葉を紡ぐ。
「きなこもちたちは生まれて間もない、いわば飛竜の赤子のようなものだ。あの子たちに戦い方を教えるなら、主殿のやっているように遊びの一環として覚えさせるのが手っ取り早いと私は思う」
「はい今クレアさんが良いこと言いましたよ! 子供の面倒を見ることに定評があるオル子さんを信じなさい! 私の将来の夢は幸せな結婚と幼稚園の先生なのですよ!」
「頭の中身が子どものお前に言われてもなあ……」
とんでもなく失礼なことを言いながらため息をつくササラ。
そして、草原の向こうでカナブンの死骸をバラバラにして遊びまわる無邪気なきなこもちたちを見つめながら、声を漏らす。
「……そもそも、なんであいつらの狩りの練習に俺まで連れてこられてるんだ? 俺、お前ら暇人と違ってやらなきゃならない仕事いっぱいあるんだが」
「ひ、暇人とか言うんじゃないわよ! 今日の私たちはエルザから仕事を与えられた立派な社会人なのですぞ! ですよね、クレアさん!」
「う、うむ!」
私の言葉に強く同意して頷くクレア。私の上でミュラも胸を張って誇らしげ。
ササラの言うように、私たちがイルカ飛竜たちを引きつれ、境界線の外側まで来て魔物退治を行っているのにはちゃんとした理由があるのよ。
ぐーたらし続けること一週間。
とにかくやることがなくて、我慢できなくなった私は、それはもうエルザに何度も何度も何度も仕事を下さいとおねだりし通しました。
人間というのは不思議なもので、代わり映えの無い同じ日常が続くと変化を求めてしまうのです。これをオル子さんは『夏休み中、なぜか学校に行きたくなる症候群』と呼んでおります。
必死におねだりする私だけど、そんな孤独な戦いに心強い味方が現れたの。それがクレア。
なんとクレアも、私同様暇を持て余していたらしく。鍛錬するにも適当な相手もいない、かといってクレアに軍事面や内政でできることなんてない。
ルリカのように、館のことを手伝おうと掃除をしようとしたものの、次々と調度品をぶち壊してしまい、重圧たっぷりに微笑むルリカから戦力外通告をされたのだとか。
そんなクレアと私は心の底から通じ合い、結託してエルザに仕事を下さいとアピールし続けた結果、めでたく貰えたのがデータ取り作業だったの。
私とミリィのスキルによって生まれた飛竜たち、この子たちを育成し進化した時、どのような魔物になるのか。
また、非戦闘員であるササラが『オルカ化』したとき、どのような変化をみせるのか。
それらをはじめとした、エルザの欲する様々なデータをまとめ、提出すること。それが私たちに課せられた役割なのよ。
「沢山のデータを取得し、レポートとしてまとめて提出することでオルカナティアに貢献する、これぞ私たちにしかできない大切な仕事なの! エルザにも言われたわ、『これはあなたたちにしかできない重要な仕事よ。しっかり役目をはたして、適当に暇をつぶして満足してきて頂戴』と! あのエルザに期待されて、それに応えない訳にはいかないわ!」
「期待、してるか……? そこはかとなく投げやり気味、適当っぽく感じるんだが」
「頑張るわよ、クレア! もう二度と無職クイーンなんて言わせない! あなたも頑張って武者ニートの称号を返上よ! 目指せ自称・会社員!」
「はっ! 全身全霊を尽くします!」
「もきゅっ!?」
気合いを入れ過ぎたクレアさん、力を込め過ぎたらしく抱きしめられるミリィがびっくり。
慌ててミリィに謝るクレアを微笑ましく眺めていると、カナブン退治からみんなが戻ってきた。
私に体を擦り寄せ、次々とじゃれつくイルカたち。むふー! あなたたち、返り血が私の体にこれでもかと付着してるわ! オル子さんの体は返り血を拭くための巨大タオルじゃなくってよ! そのつもりじゃないのは分かってるけども!
褒めて褒めてとみゅーみゅー鳴いてるみんなをヒレで撫で撫でしつつ、頭上のミュラに即座にレポートの指示よ!
「ミュラ、レポートをまとめて頂戴! 『飛竜たちは集団戦、コンビネーションを得意とする』と!」
私の言葉を受け、ミュラはエルザから渡された紙にクレヨンみたいなペンを走らせる。私はヒレだからペンを握れないからね! ミュラに記入をお任せよ!
私からぴょんと飛び降り、ミュラは紙を広げて記入内容を見せてくれた。
そこには、お日様の下、ぴょこぴょこ草原を飛び回る私とイルカたち、そして私に乗って笑うミュラの描かれた絵が。
「ほむ! 飛竜の集団戦の素晴らしさがまとめられた、実に見事なレポートだわ! すばらしこ! あえていうなら、もうちょっとお母さんの妊娠してるみたいなお腹をスリムに描いてくれてもいいのよ! これじゃまるでお母さんがフグみたいになってるわ!」
「いや、ただのお絵かきだろこれ……マジでこれ、エルザに提出するのかよ」
「もちもち! エルザならこれを見て全てを理解してくれるはずだもの! きっと喜ぶに違いないわ!」
「いや、ミュラが頑張って描いた絵だし、そりゃ喜ぶだろうけどよ……」
「ささ、どんどんレポートを増やしていくわよ! きなこもち、ごまだんご、さくらもち、あなたたちはしばらく自由に狩りを楽しんでなさいな。遠くに行っちゃ駄目よ?」
「みゅーん!」
「みゅみゅーん!」
「みゅん!」
私の言葉に頷き、飛竜たちは楽しそうに草原を飛んで向こうにいる魔物に襲い掛かっていった。
見た目はイルカでも流石は飛竜、容赦ゼロね! 無邪気さが残酷でとても素敵よ!
トカゲの魔物を蹂躙する様を応援しつつ、エルザさんから求められてる次なるデータ取りへ。
「次はササラのレベルアップ、ステージ2を目指していくんだけど、それと並行して一つ実験をしてくれって言われてるのよね」
「実験? 言っとくけど、俺のスキルで魔物と戦うのは本当に無理だからな。この前みたいに、瀕死の魔物を捌くとかならまだしも」
「大丈夫よ! このオル子さんが絶対に危険な目にはあわせたりしないから! クレア、ポチ丸を剣化よろぴこ!」
私の指示に従い、クレアのスキルでポチ丸がオルトロスに変化。
うむ、いつみても禍々しい暗黒剣ね! ポチ丸剣を手にしたクレアに、私は次の指示を出す。
「それじゃ、そのポチ丸剣をササラに渡してあげて」
「なんと、オルトロスをですか? ふむ、理由は分かりませんが、主殿が言うならば。受け取れ、ササラ」
「おい! ちょっと待て、俺は剣なんか微塵も使えないぞ!? そんな物騒なもん渡されても戦えないってば!」
必死にブンブンと首を横に振っていやがるササラ。あなた、初めて出会ったときお手製の槍持ってたじゃないの。そこまで嫌がらなくても。
嫌がるササラに同調するように、剣霊になってるポチ丸が意見を口にする。
『ササラに俺を使いこなせるとは思えねえぞ。クレア以外の奴に剣の心得なんてねえからな。俺を使いこなして魔物を倒せってんなら酷過ぎるだろ』
「無理無理無理! 絶対無理だからな! 剣で接近戦なんてしたらマジで死ぬからな!」
「違うわよう、そんなことさせないもん! えとね、エルザが調べてほしいのは、クレア以外の人がオルトロスを握って効果が発揮できるのかどうか、なんだって」
「効果?」
「うにゅ。たとえクレアのように剣は使いこなせなくても、ステータス向上効果とポチ丸のスキルを使用可能になったりするかもって」
「な、なるほど」
私の説明に、クレアが驚きの表情を見せる。
つまり、エルザが言うには、もしそれが可能なら、ポチ丸剣の使い方に幅ができるということ。
クレア以外、例えばルリカやミュラ、エルザが剣を握れば、『ワイルド・ワン』や『フリスビー・バック』、『鯱の威を借る子犬』が使用できれば戦略が大きく広がる。
また、今回みたいにササラのような非戦闘員のレベル上げをするとき、どれだけササラが戦えなくても、ポチ丸スキルで攻撃すればダメージだって与えられるわ。
「言うなれば、ポチ丸というチートアイテムをみんなで使えるかどうか! もしこれが出来たなら革命が起きちゃうわ! 戦えないササラでも無双プレイができちゃうかもしれない!」
「言いたいことは分かったけど、そんなにうまくいくもんかね……」
「それを調べるためのデータ取りなのですぞ! 何事もレッツチャレンジ!」
私に促され、ササラはクレアからオルトロスを受け取る。さあ、効果は如何に!?
受け取ること数秒、ササラは少し難しい顔をして、やがて首を横に振る。
「駄目だな。ステータスも変わらないし、スキルも増えてないぞ」
「ええー……」
「主殿、ポチ丸の剣化による恩恵は未だに私が受けたままになっているようです」
「そうなの?」
「はい。ステータスも向上しており、スキルの選択肢にポチ丸のスキルが表示されておりますので」
「つまり、剣化した時点でオルトロスのステータスアップやスキル使用はクレアのものになっているってことなのね? それは剣にした時点で、武器を握っている握ってないに左右されないと」
『そういうことだわな。クレアとつながってる感じはするが、ササラには何も感じねえ』
ササラの頭の上に乗って説明するポチ丸。つながりを感じるって、戦争に召喚された犬の英雄か何か?
でも、これで判明したわね。剣化の恩恵は術者であるクレアだけのもので、他の人はうけたり使ったりできない、と。
ほむほむ、残念ではあるけれど、貴重なデータね。
逆に言えば、今回の実験でクレアは空手であっても剣化が発動さえしていれば、ポチ丸のスキルを使えたり、ステータスアップの恩恵があるってことだもんね!
私はまた頭上のミュラにレポート作成をお願いする。
そして、ミュラは紙に絵を描いてみせてくれた。剣を握って、目をぐるぐる回したササラと、対照的に剣を握ってニコニコするクレアが描かれたクレヨン絵。
うむ! 完璧だわ! 実に分かり易い! まるで小学校低学年の夏休みの絵日記のよう!
「また一つエルザに貴重なデータを持ち帰ることに成功したわ。館に戻ったら沢山エルザに褒めてもらえること間違いなし! オル子さんは褒められて伸びる子だからね!」
「そうか、それはよかったな。んじゃ、もういいよな? 俺、実験に付き合ったし、これで終わりでいいんだよな?」
剣をクレアに返しながら、ササラが早く帰ろうと言い出す。
何をおっしゃるの! これからが本番だと言うのに! 私はヒレをむいむいと振ってノーを突きつける。
「駄目よササラ、今日のオル子さんは労働意欲に湧きに湧いているのです! あなたの進化を達成するまで頑張るわよ!」
「ま、マジかよ……」
「大マジです! クレア、ポチ丸、ミュラ、ミリィ! 今日はササラのために、張り切って魔物を狩りつくすわよ! 出会った端から魔物を絶命寸前まで追い詰めて、ササラの前に持ってきて頂戴! それをササラが解体して、楽してレベルアップ、パワーレベリング作業に入ってもらうからね! ここの魔物は私の支配下の魔物じゃないから、容赦なくギリギリまで削って頂戴!」
げんなりとするササラをスルーして、私はてきぱきとみんなに指示を出す。
みんなもやる気に燃えているらしく、力強い返事をくれた。
「ササラ、任せておけ。久々に与えられた役目、見事に果たしてみせよう。お前の前に魔物の山を築くと誓おう」
「カハハッ! おもしれえじゃねえか! だったら勝負といこうぜ! 一番ササラに魔物を提供できた奴が勝者だ!」
「やる! いっぱい殺す!」
クレアが、ポチ丸が、偽オル子に乗ったミュラが、そして人化したミリィが四方八方へと散っていく。
みんなの背中を眺めながら、呆然とするササラに、私はにっこり笑顔で声をかける。
「これでササラも一気にステージ2、ササラオルカに変身よ! やったねササラ!」
「あ、悪夢だ……俺はいったい何匹魔物の解体作業をさせられるんだよ……」
「大丈夫! 解体した魔物の素材は、あとでウィッチの皆さんに来てもらってアイテム・ボックスでテイクアウトしてもらうから! 私たちの頑張りがオルカナティアのみんなのご飯や服の材料になるの! 食べて嬉しい着て嬉しい、レベル上がって超嬉しい! 良いことづくめ、労働ってすばらしこ!」
ヒレでぐっとガッツポーズを取って、ササラを励ます。ほむ、何やらプルプルしてるけど、武者震いかな?
とても嬉しそうなササラのために、私も一匹でも多くの魔物を衰弱させてササラのもとへと送らなきゃね!
おっと、折角だからきなこもちたちにも手伝ってもらおっと! あの子たちのレベルもガンガン上がるし、一石二鳥よー! レベル上げは効率を求めるゲーマーな私なのです!
煌びやかな王城、その最上階。
限られた者だけが入室を許された玉座の間で、兵士は震える声で報告を終えた。
ひじ掛けに肘を、顎を手に乗せた若き新王は、フッと口元を緩め、膝をついて首を下ろす十名もの兵たちに口を開く。
「お前たちの話は分かった。よくぞ生き延び、情報を持ち返ってくれた。ゆっくり体を休め、また軍務に戻るがいい」
「はっ、ははあっ……」
退室を促され、兵士たちは覚束ない足取りで玉座の間より去っていった。
それを見届けた後、王に対し、格式高いローブを纏った白髪の老人が口を開く。
「にわかに信じられぬ話ではありましたな。将として経験の無いガルバラ伯爵が率いていたとはいえ、500もの兵を一方的に虐殺するなど」
「どうやらラーマ・アリエに巣食った魔物は随分と大物のようだな。だが、その魔物には感謝せねばなるまいよ。ガルバラもルーズも、王となった俺にとって見返りを要求するだけの邪魔な存在だったからな。こちらの手を汚さずして消すことができたわけだ」
「アルガス王、あまりそのようなことを声に出すものではありませんぞ。たとえそれが真実であったとしても」
「ククッ、我が妹をその手で『間引き』した男の台詞とは思えんがな?」
「お戯れを」
まあいい、そう言葉を切って、アルガスは室内に集まった者たちを見渡す。
その数は二十に満たないが、しかし誰も彼もがサンクレナにて重役に位置する人間たちだ。
騎士団長、政務長、法務長……そのどれもが彼の息のかかった人間で、彼を王へと導いた言うなれば彼の後援者たちだ。
彼らの暗躍のおかげで、アルガスはサンクレナの王の座を手にすることに成功している。
そんな彼らに、まるで謎かけでもするようにアルガスは問いを投げかける。
「さて、ラーマ・アリエを占領している魔物によれば、次はないそうだ。我らが国境を越え次第、サンクレナに魔物を送り込む……しかし、そうしなければ何もしてこないという。先ほどの生き残りの話を聞き、どうすべきだと思う?」
「お戯れを。答えなど決まっているではありませんか」
そう彼に言うのは、重鎧を身に纏った短髪黒ひげの中年だ。
髪をかりあげ、頬に傷を負った無骨な男の言葉に、王は満足げに笑う。
「然り。そう、然りだ、デュナス。我が愛する国土に、穢れた魔物が足を踏み入れ我が物顔で支配している。それを聞いて、俺が許すはずがなかろうよ。何より、その魔物の言い分も気に入らんな。次はないなどと、上から目線、俺を相手に増長余りある」
「それでは王よ、今すぐ私に進軍の命令を。命じられれば、すぐにでもラーマ・アリエを奪還し、その地に生きる化生どもを殺し尽してみせましょう」
「ほう、心強い。それはラグ・アースも含めてか?」
「言うまでもなく。先日、城下町に並べた異形どもの首が我が意思を証明しているでしょう」
その言葉に、アルガスはまるで狂気に囚われたように笑い声をあげる。
「ああ、あれは実に傑作であったな! ラーマ・アリエに魔物が入り込んだのは全てラグ・アースの手引きによるもので、ラグ・アースは魔物を利用してサンクレナの人間に刃を向けようとしている……たったそれだけの情報を流し、数名のラグ・アースの首をはねるだけで、民たちは愚かにも踊ってくれた! 愉快、実に愉快よな! 俺たちが何もしなくとも、民どもは恐怖に駆られ、この地に残る虫どもを全て自ら処刑してくれたわ! 男も女も、老人も子供も誰もが例外なくラグ・アースを殺し、己が正義を謳う! まさに最高の出し物ではないか!」
かんらかんらと笑う王の言葉に、その場の誰もが諌めることをしない。
なぜなら、その出来事はアルガスを含めた新王権にとって、最高の追い風だったのだから。
ラーマ・アリエが魔物に占領された事実、それは魔の根絶を掲げ、国内に残る数百ものラグ・アースの処刑を狙っていた彼らの基盤を皮肉にも強く後押ししてしまった。
「そう、それでよいのだ。魔物とは人にとって、決して相容れぬ呪うべき存在でなければならぬ。人は美しく、眩く、どこまでも種として純血でなければならぬ。それを魔物ごときが人間の一部として同化し、それを認めていたなど、人類史における汚点よな」
「王の声に民共は熱狂しております。国境傍に魔物の大国が起きたことは国中に吹聴し終え、誰もが魔物を恐怖の対象として見ております。そこで、新王として立ったアルガス様がラーマ・アリエを奪還し、魔物の頭を殺せば……」
「民による俺の基盤は盤石なものとなり、他国にも俺の名を轟かせることができる……か。ククッ、ラーマ・アリエに現れた化け物とやらに感謝してもしきれんよ。奴のおかげで、俺は『人王』として全てを手中に収めることができるのだからな」
そう述べながら、アルガスは玉座に立てかけられていた聖剣を手に取り、抜き放つ。
青く輝く長剣を掲げながら、王は満足げに笑う。
「かつて人間の力を一つにまとめ、魔の侵攻を押し返した『聖乙女オリカ』が有したとされる三神器が一つ――『聖剣シャルチル』。これの持つ力さえあれば、魔物など何千何万、否、何十万あろうと同じことよ。恩に着るぞ、『聖竜』よ。貴様が与えてくれたこの聖剣と、ラーマ・アリエの哀れな羊によって、俺は次のステージへとのし上がってみせよう」
聖剣を鞘に戻しながら、アルガスは視線を後方に立つ男へと向ける。
そこには、額から曲線を描くように反り返った二本の角を生やした、ブロンズ色の髪をした青年が佇んでいた。その姿、その美貌、全てが人外であり――事実、彼は人ではなく、竜族。
アルガスの言葉に、男は興味もないらしく、淡々とした口調で返答する。
「些末なことだ。我らが求める対価、忘れた訳ではあるまい」
「ああ、そうだったな。お前たち竜族が求めるのは『人姫』『魔姫』、そして『竜姫』の身柄だったか。だが、魔物に支配されたラーマ・アリエだ、愚妹が未だそこで生きているかは分からんぞ? お前たちに引き渡す前に、魔物が溢れかえってしまったからな。既に魔物どもに食い殺されている可能性が高かろう?」
「生きている。場所こそ分からぬが、三姫は全て命を長らえている」
「分かるのか? 是非ともその原理を教えてほしいものだがな」
「貴様が知る必要はない。相応の見返りは先に与え、力を貸すことも約束した。ゆえに、我ら竜族に『人姫』――キャス・アルベリカ・サンクレナを早々に発見し、差し出せ。それが竜王ドラグノス様の要望である」
『聖竜』の名を持つ竜族の言葉に、アルガスは満足げに頷く。
ククッと口元を歪め、まるで鼻歌でも歌うかのように声をもらす。
「人魔を管理する調停者、竜に認められた英雄か……悪くない。『竜王』にしかと伝えておけ、『聖竜』よ。この『人王』アルガス、やがては貴様に並ぶ王になることをな。デュナス、遠征の準備だ。一月の猶予を与える、それまでにしっかりと兵をまとめあげておけよ」
「おお、王よ、それでは……」
跪き、首を垂れる部下たちを一瞥し、アルガスはこの上なく上機嫌に笑う。
どこまでも獰猛に、まるで猛禽類の如き瞳をぎらつかせ。若き王は部下たちに命令を与えるのだ。
「――ラーマ・アリエを平定する。かの地の魔物全てを殺し尽し、『人王』アルガスの名を世界に轟かせるのだ。歴史は繰り返すとはよく言ったものよ……かつて『戦乙女オリカ』が『聖剣シャルチル』を手に成し遂げたように、今度は俺が魔物を利用して世界の『王』へとのし上がってやろう。くはははっ! 首を洗って待っているがいい、ラーマ・アリエに蔓延る愚かな魔物よ!」
「毎度―! 大コウモリの羽と足を毟り取った瀕死魔物の配達でーす! サクッと頭潰して経験値稼いでもらえますかー!」
「もらえねえよ! こちとら山積みの魔物の処理がおいついてねえんだよ! くそっ、どいつもこいつも容赦なく狩った魔物を次々持ち込んできやがって……完全な善意だから嫌だとも言えねえし……」
「サーサーラーさーん、コウモリさん泡吹いて死にそうなんですけどー。トドメプリーズー」
「ああああ! やるよ、やりますよ、やってやるよ! ちくしょう、帰ったらエルザに山ほど文句言ってやるからな! 人に子守りなんか押し付けやがって!」
子守り? ササラってば意味不明なこと言うのね。子どもってきなこもちとかのこと? むしろ私がお母さんとして面倒を見てるんですけど!
しかし、みんなで協力してるおかげで、ササラのレベルがガンガン上がるわー!
うむ、良いことをすると気持ちがいいわね! ササラも喜んでハッピー、私もクレアも充実した仕事ができてハッピー、みんなで幸せハリケーン!
「よーし、ここはササラがもっと気持ちよくレベル上げできるように、オル子さんが傍で応援しちゃいます! 頑張れ頑張れサ・サ・ラ! そこだそこだサ・サ・ラ!」
「ああああ! ビタンビタンうるせええええええ!」
魔物の骨を投げつけられました。
ふむ、これは犬でいうところの『とってこい』をしろってこと? 確かにオル子さんは小動物的な可愛さがあると評判だけども。仕方ないわねえ、つきあってあげましょう!
草むらに落ちた骨を咥えてササラのもとまで飛び跳ねると、『もう嫌だ、このばか』って泣かれました。
なんでよ、オル子さんワンコみたいでとても可愛かったでしょ! どこぞの白ポメとは違うんですよ!
あ、もしかして泣くほど可愛かったってこと? えへへ、照れますぞ! ヒレで顔を隠して照れ照れりん!
本作のレビューをRead・Maestro様より頂きました!
心より感謝申し上げます! 本当にありがとうございました!




