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90.休息を楽しみましょう? たとえ嵐の前の何とやらでも

 



 ラグ・アースの職人が五人がかりで作ったという、私専用の超高級ふかふか獣皮ソファーに横たわる私。

 そして、そんな私の目の前にやってきた羊が一匹。円らでキュートな瞳を向け、モコモコしたメルメルヘン。

 後ろ足による完全に二足歩行で歩き、器用な手つきで私の前のテーブルに薄赤色の飲料が入ったカップをトレイから下ろし、一言。


「メェー」

「めぇー」


 郷に入っては郷に従う。和を以て貴しとなすがモットーである私は、異世界言語である羊語でお礼を告げるの。

 私のお礼に満足したのか、羊はペコリと頭を下げて、そのまま二本足でトコトコと奥へと去っていったわ。

 戻った羊に『よくやったわ! オル子様への接客のため、今日のこの日まで沢山頑張ってきたもんね!』と言いながらラヴェル・ウイングの女の子が涙を流して抱きしめてるのは見なかったことにした。


 用意されたカップをミュラが私とミリィの口へと運んでくれる。うん、素敵な風味。

 例えるならそれは紅茶と緑茶とウーロン茶をドリンクバーでごちゃまぜにして遊びで作った謎ドリンクのような味かしら。ミリィはイヤイヤと首を振って絶対に飲もうとしなかったけれども。


 謎茶を嗜む私とミュラの前で、お店の出し物は続いていく。

 小さな舞台の上で、楽器を奏でる羊。それを指揮する羊。それに合わせて踊る羊。『メェーメェー』と歌う羊。白、赤、青。色とりどりのカラー羊のパーティー。センターに立ってる、ひときわ目立つ虹色羊の目立つこと目立つこと。

 そして、舞台下では次々と私たちの元へ食べ物を運んでくる二足歩行の羊たち。テーブルに品物を並べ終えると、羊たちは私の背後に直立不動。

 二本足で仁王立ちをし、ラーメン屋のポスターのごとく腕を組む羊たちを背に感じながら、ミュラに運んでもらった食べ物をモシャモシャ。

 うむ、餅と粘土を混ぜ込んだような食感が素敵、味が全くないというシンプルイズベストな逸品ね。ミリィは私のお腹の下に必死に潜り込もうとして必死に食べるのを拒否していたけれども。


「オル子様、どうだったでしょうか。オル子様に命じられた『ヒツジキッサ』、オルカナティアの民の総力を挙げてお作りしたのですが……す、少しでも楽しんで頂けたでしょうか!」

「うん……そだね、凄く、良かったよ。凄く斬新で、執事……じゃなくて、羊が魅力的で、うん……この魅力を広める意味でも、オルカナティアの民のみんなにも、じゃんじゃん門戸を開いていいんじゃないかな……」

「あ、ありがとうございますっ! オル子様の御墨付きのもと、国民にヒツジキッサの素晴らしさをしっかりと伝えていく所存です!」

「うん……頑張って、うん……」


 ミュラとミリィを背に乗せ、力なくヒレをふりふりして、私は店を後にする。

 外に出て、私は空を見上げる。上空にはただただ澄んだ青空が広がり、眩い太陽が私たちを照らしていた。

 太陽光に目を細め、私は大きく息を吸い込み、そして――地面に向けてヘッドバッドを繰り返した。


「――うおおおおお! なんでよおおおお! なんでこんなことになったのよおおおおおお! どおじでっ、どおじでええええええ! わだじのいげめんぎっざの夢があああ!!」

「う、うわああ! オル子様が、オル子様がご乱心されてらっしゃるぞ! みんなこの場から離れろおおお! 地震、地震だあああ! オル子様が大地に怒りをぶつけ、激しく大地を揺らしておられるんだ!」

「なんと……終わりじゃ、オルカナティアの終焉の日じゃ……我らは神の怒りを買ってしもうたのじゃ……」

「誰かエルザ様を、エルザ様を呼んできてえええ!」

「うわあああん! 怖いよおおおお!」


 街中が阿鼻叫喚に包まれても、私の爆発は止まらず、何度も何度も地面にヘッドバッド。地面にクレーターが抉れようと頭突き頭突き頭突き。私の背中の上でミュラとミリィも大興奮。

 その後、騒ぎを聞きつけたエルザたちに引き取られ、丸一日かけてこれでもかとお仕置きされ、嗚咽漏らして大反省。ちょっと悲しみに我を忘れ過ぎました。

 淑女としてあるまじき行為、もう二度とあんなことはしないよ。きりっ。





















 エルザにガチ泣きさせられるまで怒られてから三日。今日も私は元気です。

 心を入れ替えて、オル子さんはオルカナティアの為に働くよ! みんなが対サンクレナを見据えて、国の為に働いている中、オル子さんだけ何もせずにゴロゴロなんて出来ませぬ!

 私は働き者で有能な王様なのです! 働かない無能な王様ではないのですよ! 


「という訳でエルザ! 私にできる仕事プリーズ!」

「その辺でゴロゴロしてて。リナ、ゴーレムの指揮系統はあなたとオル子以外に譲渡できないの?」

「無理だな。ゴーレムは疑似生命こそ存在するが、所詮は紛い物に過ぎん。創造者である私と支配者であるオル子以外の命令は、簡単なものこそ受け入れるだろうが、細かな指示には対応できんだろうな」

「そう……ちなみにあなた、サンクレナやイシュトス、ハーディンとの戦争の時に指揮するつもりは?」

「ないな。『魔選』を盛り上げるために、面白おかしくするためにゴーレムや街の発展といったものに力は貸してやるが、私自身が戦うことはない。破格のゴーレムや施設をこれでもかと用意してやるんだ、あとはお前たちで何とかするんだな。かつての魔王の右腕として、様々な助言はしてやるぞ?」

「でしょうね。いいわ、それで。あなたがオル子のために戦うなんて、最初から期待していないから」

「あのー、もしもーし……オル子さんのオシゴト……」


 エルザはリナと顔を突き合わせて、ああでもないこうでもないと議論しっぱなし。

 ふんぬー! 何よ何よ! エルザのバカ! 私より仕事が大事なら、仕事と結婚すればいいじゃない! 実家に帰らせて頂きます!

 ミュラとミリィを背に乗せ、ぷんすかと私は自分の部屋へと戻り、ベッドに転がってふて寝。

 私の部屋でドレッサーの製作に勤しんでくれてるササラが、そんな私を見て呆れ気味に一言。


「随分と早い戻りだったな。エルザに仕事をもらってくるんじゃなかったのか?」

「相手にしてもらえませんでした。ふーんだ、ちょっと人がやる気になったらこれですよ。エルザは釣った魚に餌をあげるという言葉を知らないのかしら。ウサギは寂しいと死んじゃうんだからね!」

「魚なのかウサギなのか、いったいどっちなんだよ。おい、魔鏡板はこれくらい映れば問題ないのか?」


 そう言って、ササラが磨き上げた白い板を私に向ける。おお、鏡みたいにちゃんと映し出してる!


「うむ、ばっちりよ! どこからどう見ても鏡だわ! 相変わらず良い仕事をしてくれるわ!」

「ま、まあ、俺だってお前専属だからな。これくらいできないと、ラグ・アースの名が泣くってもんだろ。あとは机まわりを作って取り付ければ完成か?」

「椅子もお願いね! 人化したときに、ドレッサーの一つもなければお化粧もできないものね! 社交界デビューのためにも、必要なものは事前に揃えておくのです!」

「お前が化粧なあ……俺にはトラウマの記憶しかねえよ。今でも出会った時のこと、夢に出るんだぞ」


 何か言いたげな目を向けながらも、ササラは引き続き作業に取り掛かってくれた。

 ううん、ササラもこうやって私の専属職人として頑張ってくれてるのに、私は何一つ仕事も与えられず、毎日食っちゃ寝を繰り返す日々。本当にこれでいいのかしら。


「確かに私はぐーたらしたいわ。でも、誰にも咎められず、ダラダラしてお菓子をモチャモチャ食べていると、ふと不安に襲われるの。私、このままじゃ駄目人間になっちゃうんじゃないかなって」

「安心しろ、お前は人間じゃねえから。気にせずダラダラしてろよ」

「あれ、確かに私は人間じゃないわね。つまり、私はいくらぐーたらしても駄目になることはない……? むふー! それを聞いて安心しました! よってオル子さんはダラダラすることにします! お菓子うまー!」

「いや、少し訂正する。やっぱりお前、もう少し生活を改善しろよ」


 改善したくても、仕事がないんですよね。

 オル子さんの頭の中がウィキペリーヌの知識で溢れたチート頭脳だったら、内政なり軍事なり力になれたんだろうけど、私にできるのはシャチパワーで敵をしばきあげることくらいだし。

 人間の軍隊を蹴散らして警告した以上、すぐには攻めてこないだろうし……どうするかにゃあ。

 頭を悩ませてると、工作スキルを使用しながらササラが言葉を紡ぐ。


「オル子に頭を使うことなんてむいてねえよ。向き不向きってもんがあるしな、エルザやキャスの力になりたいって気持ちはいいと思うけど、無理に何かしようとするのは止めとけって。邪魔になるだけだと思うし」

「かなあ……だったら私、何をすればいいと思う? 今の私って、部屋でゴロゴロしてるか、飛竜小屋に行って飛竜たちと戯れてるかのどちらかなんですけど」


 きなこもちやごまだんごたちと遊ぶ時間は楽しいけれど。

 迷える子羊ならぬ美シャチな私に、ササラは大きく息を吐き出して仕方ないとばかりに言う。


「心配せずとも、もう少しすればエルザたちから何をしてほしいって要望がくるっつーの。だからオル子はそれまでの間、しっかり体を休めてろって。心配なんだよ、エルザも、ルリカも、クレアも、お前がまたあんなことにならないかって」

「あんなことって、私が死にかけたこと?」

「そうだよ。お前は知らないだろうけど、あの時の俺たちの絶望は言葉にできないくらい凄かったんだからな。オル子が死んじまったって、もう二度と会えないって思ったら、言葉に出来ないくらいつらくて、苦しくて……お前がいなくなるなんて、俺、もう二度と嫌だからな。だからしばらくは無理するな。じっとしてろ、頼むから」


 そっぽを向きながら、そう口にするササラ。

 ……そっか。みんな、心配してくれてたのね。だから私に休むように、何もしないように言ってくれてたんだ。

 決して私に仕事を与えるとマイナスになるとか、邪魔になるとか、足を引っ張るとか、余計なことばかりするとか、そういう理由じゃなかったのね。ないのよね? ね? ね?


「そっかそっか、そうよね! 休むのも仕事の内だもんね! 何もせずにどっしりと構えてるのも上に立つ者の大事な役目だもんね! オル子さんは例えるなら有能な働き者だけど、そこまで言うなら仕方なし! みんなの好意に甘えちゃう!」

「おーおー、そうしろそうしろ。ゆっくりしてエルザの心労を減らしてやれ」

「心労? 不思議なことを言うササラさん! エルザにとって私は癒しみたいなところあるの知らないの? 癒し系美少女として定評のある私ですよ!」

「そうだな、いやしんぼだな。分かったら寝てろって」

「あい!」


 ミュラとミリィに挟まれ、ふかふかベッドにごろりんちょ。

 まあ、あんな目にあってみんなに心配をかけたのは事実だもんね。本当は働きたいけど、ここは心を鬼にしてぐーたらしましょう!


 でも、ササラの言う通り、もし私の手が必要だったらエルザたちから要請がくるわよね。

 当分先のことだと思うけれど、それがくるまで私はしっかり体を休めることにしましょう。『森王』との戦い、本当に大変だったし。

 不穏なサンクレナ、動きを見せない竜峰、そして混沌とする魔物域……これから先に待つであろう、大きな戦いに備えるために、戦乙女は心も体もリフレッシュするのです。ぐー。




  

新たにレビューを頂きましたっ! とても嬉しいです!

Read・Maestro様、本当に本当にありがとうございました! 

 

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