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4話

よろしくお願いします。

美羅依は昨夜は疲れていたのか、昼近くまで寝ていたようだった。時計はもうすぐ昼を指す。

「はぁ、こんなんで私、暮らせるんだろうか」

美羅依は自分の手に持ってきた荷物を片付けながら、一人呟いた。

柚耶の手は優しくて懐かしかった。なんでそんなことを思うのかもわからない。

あんな悲しそうな表情をさせてしまった自分に罪悪感が込み上げる。


自分がああ言ったのには彼に負担を掛けないようにと思っただけだったのに……


またため息が漏れる。もう何回目だろうか。

気が重くなると片付ける手も次第に遅くなる。手元を見るとさっきからひとつの物を握っていた。深い(あお)の自分にしかない珠は自分の真名と同じ名前の『瑠璃』。彼は透明で光が当たると七色に光る不思議な『玻璃』。どうして持っているのか、自分の名はどうして生まれたときに二つもあったのかも五歳になるまでは知っていたはずだった。

父がなくなる原因のあの夜襲は思い出すことさえもできない。自分が覚えているのはすべてが片付いた後の傷ついた母と事切れた父の姿。そして、多くのおそらく夜襲を掛けてきた者達の屍だった。

その中で自分だけが無傷で、ただ泣いていたのしか覚えていない。

「お父さま。どうして、私はこうして生きていなければならないのでしょうか。母にも疎まれ、家まで追い出されて。高梛の当主は知らない事ばかりを私に言って来て。…私は、どうしたらいいのでしょうか」

美羅依は知らず頬を伝う涙が掌に零れ落ちたのをみて、初めて自分が泣いていることに気付いた。

他人に涙を見せてはならないと教わってきた。自分は人の上に立つ者だからと。人の上に立つ者には責任がある。一人の者、事などすべてにひとつづつ泣いていたら涙が枯れてしまっても泣かなくてはならない。すべてにおいて平等にしなければならないのだからと言われた。だから泣くのは誰にも見られないところで、密かにするものだと言われた。

今は誰もいないこの場所で、泣くことは許してくれるかと心の中で母に問う。

しばらく泣いた後に片づけを再開した。



柚耶は先ほどの美羅依が心配になり、様子を見にドアの前でノックをしようとしたところで美羅依の呟く声が聞こえてきた。

「……どうして、私はこうして生きていなければならないのでしょうか。母にも疎まれ、家まで追い出されて。高梛の当主は知らない事ばかりを私に言って来て。…私は、どうしたらいいのでしょうか」

ドアの向こうからの美羅依の泣きそうな声はともすれば消えてしまいそうで、今すぐにでも抱きしめて慰めてやりたかった。

宮家の当主代理だった美羅依の父は十年ほど前に亡くなったと聞く。宮家の当主の座を我が物にしようと(はか)った分家の者の仕業(しわざ)だった。

その時に無傷だったのは美羅依ただ一人だと聞いた。その時に何があったのかは宮家の者も宮家と親交のある他家の者も口を噤んで子供だった自分には知らされていない。それから全く彼女とは会うこともなく、今まで来てしまった。

まさか、前世の記憶も失くしているなんて思わなかった。

決して楽しい思い出ではないが、大切な記憶だったはずだ。

「瑠璃」

何時の世も呼べば答えてくれる存在だった。今は瑠璃の名の意味も、なぜここに来ることになったのかもきっと彼女は知らない。

「今は…まだ……」

部屋の中で涙を流しているだろう彼女にかける言葉も持たず、柚耶はただ、両手を強く握って自分の想いを内に秘めた。


『玻璃、いつでも私はあなたを想っているわ』


何時の頃だったか、瑠璃が振り返って言った。

夕焼けが赤く世界を染め上げ、風に揺れる(すすき)はつかの間の季節の移ろいを教えてくれていた。

闘いに明け暮れた日々の合間のたった数日の思い出。いつ自らの命が尽きるのかもわからないそんな日常を過ごしていた。魔の者は境界の扉を難なく超え、人と神の共同戦線は壮絶を極めていた。

『明日には私の命はないかもしれない。でも、玻璃、あなただけは絶対に死なせはしないわ』

瑠璃は玻璃の手を取って握った。

『あなたは私たちの最後の希望なの。私はそれを助けるのが役目。大好きだよ、玻璃。だから、あいつをこの世界から追い出して、あの忌まわしい扉を壊してね』

あまりにも無邪気に笑う彼女の言葉を否定したくなくて、思わず頷いてしまった。

闘いに明け暮れ、疲弊した心で聞いた彼女の言葉はあまりにも残酷で、いつになっても忘れられなかった。

その言葉の後、数日で魔の者達は地上界を席巻し、いつ天界まで攻め入るかわからない状態になり、七つの珠を持つ者達は一つの決断をする。


「あの時も前世(まえ)も決めるのは瑠璃だった。今度こそ、守る。他の誰でもない、瑠璃(きみ)を」

柚耶は誰にも聞こえないように一人呟いた。


ありがとうございました。

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