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2話

よろしくお願いします

「このマンションか」

地図と一緒に渡されたカードキーを差し込むと、音もなく自動ドアの玄関が開いた。

エントランスにはホテルのように人がいた。

「お待ちしておりました。宮梛 美羅依様。お部屋へお荷物は運ばせていただいております。お部屋へご案内いたします」

スタッフの後について歩いていく。

通された部屋は最上階。数部屋しかないとても静かなところだった。

「私はここで失礼いたします」

美羅依に一礼してスタッフは美羅依を玄関前に残して去っていった。

「えっと、これを差し込めばいいんだよね」

手に持っていたカードキーを差し込もうとしたときに、突然、玄関が開いた。

「えっ」

「あれ、宮梛?」

二人同時に声を上げる。

「…まさか、今日から同居人が増えるって…?」

「高梛君と、同居?」

二人でしばし身動きが取れずにいたが、高梛と呼ばれた少年が盛大にため息をついて玄関を大きく開いた。

「とにかく入りなよ。荷物はスタッフが来てある程度片づけていってくれたから。まさか、宮梛が来るとは思っていなかったけどな。さっき連絡が本家からきて同居するようにってさ。宮梛も似たようなこと言われて家を出されたんだろう?」

高梛はそう言うと美羅依を入るように促した。

美羅依は一つ頷いて、仕方ないと思い、促されるままに玄関に入った。

そう、この部屋の元々の住人、高梛(たかなぎ) 柚耶(ゆうや)は美羅依と同級生で同じクラス。特に親しかったわけでもなく、会えば挨拶くらい交わす程度の間柄だったはずだった。

「…で、お前は『瑠璃』なんだろう?」

柚耶に促され、ソファに座ったところで問いかけられた。

「……えっ?」

何を言われているのかわからなかった。

「だから、お前は『梛』なんだろう?」

柚耶に言われ、頷く。それがどうしたというのだろうか。

「お前はこれに似た珠を持っているはずだ」

柚耶はどこからか取り出した透明な掌に乗る珠を差し出した。

「どうして、それを」

美羅依は珠を掌に取り出し、柚耶に見せるように差し出した。

「やはり、『瑠璃』」

美羅依の珠を見るなり、柚耶は美羅依に抱き着いた。

「えっ、ええっ!」

美羅依は訳が分からず、悲鳴を上げた。

「なんで驚くんだ?」

柚耶が不思議そうに尋ねてくる。美羅依は何が何やらわからず、あたふたするしかなかった。

「お、驚くよ!急に抱きつかれたら!」

美羅依は必死に柚耶から離れようと肩を押した。

「覚えていないのか?」

「だから、何の話よ」

柚耶は真剣な表情で美羅依に聞くが本人は怒り出す始末だった。

「…記憶をなくしている……?」

柚耶の言葉にも美羅依は不思議そうに小首をかしげているだけだった。

「なんでその珠を持っているのか、知っているのか?」

美羅依はただ首を横に振った。

「知っているのは生まれた時から持っていたということを母から聞かされただけだから。それに私は5歳より前の記憶がないの。うろ覚えとかではなく、きれいさっぱり記憶をなくしているのよ」

手にした珠を見つめた。この珠のせいで父は死に、母は美羅依を一人で育て、宮梛の家を守らなくてはならなくなったのだ。

「これについて何か知っているんでしょう?だったら教えて、私は誰にも教えてもらえなかった。聞いてもはぐらかされてばかり。だいたい、『梛』って何?私はなんでそう呼ばれるのかさえ知らないのよ」

美羅依は柚耶に縋った。

「お前はここに来なければ良かったかもしれないな。……もしかすると、思い出さなければ良かったと後悔するかもしれない。俺でもこんなことはなかったからわからないけど、俺達と関われば嫌がおうにも思い出すだろう。忌まわしい前世の記憶もな」

柚耶は美羅依の頭を優しく撫で、縋りついた美羅依の手をそっと放した。

「前世?」

美羅依は信じられない様な表情をして柚耶を見上げた。柚耶はため息をついて美羅依の隣に座りなおした。

「前世については、今は話さない。とりあえず、この珠の事と梛の事だけは話すよ。俺たちは生まれながらにしてこの珠を持っている。この珠は全部で七つ。珠はすべて七つの家のいずれかに生まれる。数十年ごとに俺たちは生まれ変わる。俺たちは魔の者がこちらに侵攻してくる時期に生まれ変わるようになっているんだ。その証としてこの七つの珠を持って生まれる。これは分家だろうと、本家だろうと七つの家の血筋があれば一番自分に適した身体に転生する。分家の者に転生者が生まれた時点で本家の者は分家になる。転生者の生まれた家族が本家となるんだ。本家の証は苗字に『梛』がつく。そして転生者は当主になる決まりがあり、成人するまではその親が代理となる。各家の分家筋の長老と呼ばれる見極め人も存在する。宮梛の家にも長老という人が時々来るだろう?」

柚耶の言葉に美羅依は頷いた。確かに時々長老と言われる人が母といろいろやり取りをしているのを見たことがあった。

「なんで分家の人が一字の『宮』なのかわかった。けど、どうしてそんなしきたりになったの?」

美羅依はそのために諍いが起きていることを知っている。

「七家それぞれの当主はすべて能力者でなければならないという決まりがあるからだよ。七家当主は精霊に愛されていなければならない。珠の所有者が現れない時は能力者でなければ当主にはなれないんだ。本家に能力者が現れない時には分家の一番能力の強いもの、精霊使いが当主になる。それによって七家は今の地位と財産を獲得したんだ」

柚耶は忌々しそうに唇を噛んだ。

「今の制度に不満はあるんだね」

美羅依は苦笑した。自分だけではないのだと、少し嬉しくなった。

「まあ、前世(まえ)から考えてみてもおかしいからな。でも、今の地位を得るには理にかなった選定方法でもあったとは思うから、何とも言えない。だから、表立って意見も言えやしない」

不満たらたらのような表情で柚耶はため息をついた。

「当主になるものを特に珠を持って生まれた者には『梛』と呼ぶ仕来たりもできた。まあ、神の使いという敬うものと異端視するための呼び名だな」

忌々しいとまた吐き捨てるように言った。もう何度目のため息と憤りだろう。

「ありがとう。ごめん、嫌なことを話させて。でも、私だけじゃなかったことが少し嬉しいよ」

仕方ないとはいえ、現在の状況に不満なんてないのではないかともおもっていた。

「まあ、少しはわかっただろうから、今日は休んだ方がいい。シャワールームとこれから宮梛の部屋になるところだけでも教えるよ」

そう言うと立ち上がり、美羅依を促した。美羅依はそれに素直に従った。

ありがとうございました

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