1話
シリーズ 第二弾です。
よろしくお願いします。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさいませ、梛様」
少女の姿が現れると玄関に十数名のメイドがどこからか現れ、少女に礼をした。少女はうんざりしながらも小さくため息をついただけでその前を通り過ぎた。
少女はその足で奥の部屋に行き、廊下で正座をすると頭を深々と下げた。
「ただいま帰りました。お母さま」
少女の言葉に部屋の主は少しの衣擦れの音の後に声をかけてきた。
「おかえりなさい、美羅依」
その声を聴くと少女は立ち上がり、自室へ向かった。
「…はあ、家に帰ってきて疲れるなんて…」
小さい頃からこの家に移されて、仕えるメイド達は自分を梛と呼ぶ。自分の名を呼んでくれるのはもう母しかいなかった。
父は小さい頃にこの家に来てすぐの頃に殺された。それも自分を守るためにだ。
「こんなものがあるから」
手に握られた小さな珠は瑠璃色の綺麗な結晶だった。
『泣かないで、瑠璃』
頬をくすぐる風の精霊が優しく声をかけてくる。
「私は大丈夫だよ」
風に自分の髪を靡かせて、美羅依は言った。
「私は瑠璃という人の生まれ変わりなんだそうだよ。私にはそんな記憶はないのにね」
『瑠璃は瑠璃だよ』
美羅依の言葉に精霊はそんな言葉をかけてくるだけだった。
「…そうですね。その方が良いのでしょう」
電話口で美羅依の母はため息をついた。
「…まあ、母としては心配ではあるのですが、これも珠が与える運命なのでしょう」
母はそう言うと苦笑する。
「……はい、では…そのように。失礼いたします」
受話器を置いても美羅依の母は浮かない表情をした。
「旦那様、美羅依をこの屋敷から出す日が来たようです。先様は了承してくださいました。七十年前の悲劇を私たちは繰り返してはいけないのです。長老の方々には退場願います。それがこの国を、ひいては世界を救うのだと、教えて差し上げねばなりません」
仏壇の写真をそっと手にして、母はひとり呟いた。
伝え聞く七十年前の悲劇を思い出し、さらに十年前の悲劇を思い出して母は涙した。
「この家も寂しくなります」
母はそうつぶやくと涙を拭いた。
いつものように玄関を通り、母の居る部屋の前で挨拶をする。
「おかえりなさい、美羅依。待っていました。こちらにお入りなさい」
いつもと違い、母が美羅依を呼ぶ。不思議に思いながら、障子を開け、部屋に入る。
やけに日本式の居間は綺麗に片づけられ、卓袱台には似つかわしくないパソコンが置かれている。片づけきれなかった書類の束がいつも母が座る隣に重ねられていて、どれだけ忙しいのかが手に取るようにわかる。
「待っていたとは?」
入り口近くに正座をして問いかけた。
「今日からあなたはこの家に出入りすることを禁じます。まだしばらくは私が当主代理をすることもできますし、あなたがここにいる必要もありません。そのために修行をしてもらいます。これから住むところは私が手配をしておきましたから、今日、今からそちらに行きなさい。地図はこちらにあります。入用なものはある程度送っておきました。話は以上です」
母はそう言うと立ち上がり、パソコンの前に座りなおした。
「あの、お母さま?」
「まだいたのですか。話は済んだと言ったでしょう。さっさとお行きなさい」
美羅依は戸惑ったような表情で母を見ていたが、これ以上話をする気のない母に理由も聞くこともできず、小さく嘆息した。
「行ってまいります、お母さま。お元気で」
美羅依はそう言うしかできなかった。
美羅依は玄関先で数人のメイドに見送られ、格式張った家を出ることになった。
「梛様。お体を大事になさってください」
美羅依と同じ年齢の少女が心配そうに言った。
「ありがとう、莉奈。また月曜日に学園でね」
「はい」
美羅依は莉奈の手をそっと放して、笑顔で家を後にした。
「あ、そういえば…」
美羅依の母はパソコンのキーボードから手を離した。
「同居する人がいることを言うの忘れていたわ。同居するのが高梛のご当主ってことも言うの忘れちゃったわねぇ。まあ、大丈夫でしょう」
にこやかにひとり呟いて、近くに置かれたお茶を飲んだ。
それ、結構大事な話なのでは?
家の者たちは美羅依の母のつぶやきを聞いて、心の中で突っ込んだ。
ありがとうございました。




