It goes on
「こんなところで迷ったの? 変わった人たちねえ。でも、よかったわね。わたしの家はすぐそこよ」
遠慮しないで、と女は先に立って歩き始める。続いて若者たちが動き出す直前、『どうする?』とでも言うような視線が交わされたが、明確な答えはないままだった。
ソアフェイムは演じる様子もなく普段通りの矍鑠とした爺だったので、女はとっつきにくそうにしながらも魔術師と会話した。話に嘘はないが、ぼろを出す危なげさもなかった。そこは年の功だろうか。
「カーリ。なにか、変だ」
ダグコールの耳打ちに、カーリデュルアは視線だけを動かした。招かれた家には彼女しかいないようだった。ふつう女が一人で、野郎6人を家に入れるだろうか? 警戒心の低いうぶな娘なのかもしれない、と思うにはやや黨が立っていたし、こうなってくると気を散らせないような如才ない話し方が逆に不信感を煽る。なにより住人は最低5人、という前情報が引っかかる。
テーブルにはしっかり椅子が5つあった。人数にはひとつ足りないのに気付いて、あら、ごめんなさい、と女は手を振る。
「家人が他にいるのかな?」
「ええ。今は、狩りに出てるわ」
その時ふとした拍子でカーリデュルアと目があった。常あることで、女は気恥かしそうに乙女めいた微笑を浮かべる。カーリデュルアが笑い返したのは社交辞令の範囲内だったが、女はさっきよりも慌てたようすで椅子を探してくるわ、と言った。ジェイレンドは肩をすくめて溜息を吐いた。
それは初めてできた隙かもしれなかった――翻った女の上着の裾に、短剣がのぞいたのをカーリデュルアは見逃さなかった。
「椅子を探してくる、だってさ。どう思う?」
「なにがだ?」
ジェイレンドと先ほども言い合いをしていたコーダックスの発言は、やはりジェイレンドに拾われた。二人のやり取りをよそに、他の者の視線に気づいた魔術師は言った。
「彼らが狩るのは野の獣ばかりではないらしい」
それだけだった。謎かけのような言い回しは珍しい。
カーリデュルアは首をかしげ、ダグコールはうるさい二人の頭に拳骨を落とし、睨んだ。
「ごめんなさい、待たせちゃったわね――」
結局のところ、一番に行動を起こしたのはカーリデュルアだった。女が持っていた脚立を蹴り飛ばし、髪を掴んでテーブルに押し倒した。女の服から抜き取った短剣を首に擬すのも忘れない。
突然の蛮行ともいえる行いを一瞥し、魔術師は席についたまま閉じている扉に杖をむけた。
「てめえ、手え出しやがったな!」
勢い込んで突入してきた人物は、雷撃にあえなく打ち倒された。ダグコールとあと一人の仲間、サンサルタスも武器を抜く。
女が入ってきた通路、カーリデュルアの背後からも来たが、容赦なく女の髪を引っ張ってのけぞらせた喉に短剣を突き付け、冷たい――というより無機質な――眼を向けると動きが止まる。その隙にロープが跳んできて生き物のように絡みついた。
襲撃者は4人、前情報の通りだ。女ひとりと男三人、いずれも武装済みで現れた。もとはこちらが襲うつもりだったのに皮肉である。大体はソアフェイムが倒したようなものだったが、若者たちの対応と、魔術の連携がうまくいってくれた。コーダックスが肘をテーブルにぶち当ててしまったようでさすっているものの、特に怪我もなく2名捕獲。
まだ辛うじて息があったもう二人はダグコールとソアフェイムがそれぞれとどめを刺した。魔術師は例の奇妙なナイフを拭き清めると、女を取り押さえたままのカーリデュルアに問うた。
「で、どちらにする? ふたり連れていくのは骨だ。ひとりでいい」
カーリデュルアは目を瞬いた。女は無理な体勢もあって痙攣するように震えている。縄にしがみつかれている男の方も折れそうな格好だ。交互に見比べて、カーリデュルアも訊いた。
「どっちのがいいとかは、ないんだな? 血の量とか」
「ない。生きているのが肝要だ。……おまえの儀式だ、すきなほうを選べ」
臨戦時はともかく、ふたり転がされて選べとは難易度が高い。だが反応に困るが、人生を左右する重要な儀式だからと、この男なりに気を遣ってくれているのかもしれない。
二人の結末が同じでも、そういう話でもないのだ。この辺り俺もまだ正常だな、とカーリデュルアは独り言ちた。
「じゃあ、軽いほうにしよう」
魔術師は頷き、縛られた男のそばでナイフを構えた。