The Next
昏き竜の信徒、魔術師ソアフェイム。奴ほど人間味に欠ける者はみたことがない、彼は思った。皺が深く刻まれた顔に不機嫌以外の感情が現れたことはなく、もしかしたらそもそもないのかもしれない。外面ほど不機嫌なことはなく、親切なくらいなのだから。それに時々、痩せぎすの体や皺だらけの肌に関わらず、強い眼光やしゃっきりした背筋が若々しく見せた。魔術師というわりに先頭を切り――道案内をしているのだから当たり前だが――大股でずかずか歩いた。
邪竜の信徒を先頭に、カーリデュルアと続き、ついてきた3人の仲間、最後尾に山賊面のダグコールが黙々と歩く。山中にあるという祭壇へ向かっていた。
人々の反応は様々だった。復讐はすべきでない、という意見に対しては微笑みで返した。例の無邪気そうな、以前と何も変わっていないような表情を前に、同郷の者たちは絶句した。邪教に近付く彼を諌めたり、罵る者もいたが、やはり笑うだけだった。逃げ隠れするのは性に合わないと言う者たちはついてきた。もともとカーリデュルアとつるんでいたような連中で、それも納得だった。しかし自分たちを見捨てるのか、という言葉にはさすがのカーリデュルアも困った。血気盛んな若衆が抜けるのは、新天地で再興を試みる集落にとって痛手だ。
だが若き長は何を思ってか、彼らを送り出した。僅かな物資と決別の言葉とともに。集団は邪教徒と関係していると思われるのは許されなかった。
ついてきた者たちも不安で一杯だった。まずもって儀式が何をもたらすのか全く想像がつかなかった。知らぬものを理解することはできないが、カーリデュルアは魔術師を質問攻めにして意外なほど――知り合った当時からすれば――真摯な対応をもらい、納得できた。そのうえで仲間たちに対して再三引き返すように言った。彼の選択した前途には希望も正義も、救いさえも期待できず、そして魔術師は一言も弁明しなかった。
「この山は、なにか特別なのか?」
唐突にカーリデュルアが訊いた。登山に飽きていたのか、他の仲間たちも顔を上げる。まだ恐れが強い彼らはともかく、カーリデュルアは質問することにすっかり慣れていた。必ず一通りは答えてくれるし、表情からは何も読み取れないので、どんどん訊いてしまうのが得だ。
「いいや。何も」
魔術師は一度、まだ先のある山を見上げてから答えた。大陸を区切るような巨大な山脈に連なる、一つの山で名前もろくにない。かろうじて登山道があるがあまり利用されていないのは明らかだった。
「だが山小屋がある。食料はないが、引き払われたばかりでまだ使える。儀式を邪魔されてはかなわぬが、人里から遠くても不便だ。都合がいい」
気味悪がったり、恐れたりする者はいても、魔術師の能力を疑う者はいなかった。結果的に多くの人間が彼に救われたが、話すのが邪竜信仰の教えでは台無しだった。なんでも殺しは計画的に、継続的にすべきで、その方が最終的な量が多いからだという。それに一つ一つの死を軽く扱ってはならない………というあまり説得力のない言葉もあった。
カーリデュルアが復讐のために昏き竜の従徒になると言い出さなかったら、集落の人間も供物にされていたかもしれない、と仲間のひとりが言ったことがある。魔術師が取る行動はどれもが合理に即していて、一度協力関係を持った相手でも条件が満たされれば邪竜へ捧げてしまうことと思われた。カーリデュルアが想像するにそれは当然の理で、裏切られるという認識さえ湧かないくらいだった。そんな事態をみすみす許すつもりはないが、彼もやはり不安を抱えていた。だがそれ以上に渇望は強かった。