Beginning
「大丈夫なのか?」
ひげ面の男が言った。ともすると山賊に間違われそうな柄の悪い人相である。言葉の内容もこれから仕事に行こうか、どこか襲うかと問うているようにも聞こえる。信用する仲間にいつも通りの首尾を尋ねるようだ、と彼は思った。もしかしたらその通りかも――この男にとっては万事が重要事で、人生を掛けるように選択してきたのかもしれない。良くも悪くもくそまじめな男である。
視線を上げた彼は対照的な容姿をしていた。濡れ羽色の髪も瞳も、象牙の肌も、匂い立つような色香を放っていた。男娼の格好でもして微笑んでやれば、陰のある男が好きな貴婦人がたがころころと引っかかるだろう。だが仲間たちからすれば腹のよじれる妄想だ。媚びを売れるような殊勝な性格は持ち合わせていない。むしろ荒くれ者どもに信頼されていた。カーリデュルアには腕力も行動力もあった――もちろんそれだけではなかったが。
「不安があるなら帰ればいい。トラグは喜ぶだろうぜ。人手が足りないだろうからな」
彼の言葉に、ひげの男は首を振った。
「それはお前もだ」
「元気にやってくれるといいんだがな」
この言葉には頷いた。カーリデュルアの手にある物を見て、出所を問う。緩やかに波打つ刃を持つナイフのようなものだった。持ち手には革が巻いてあり、そこの具合には丁寧なつくりが見て取れたが、刃の反り方と妙な厚みのせいで扱いに困りそうだった。なによりざらついた銀色の光沢は通常の金属では在り得なかった。
それを掲げるようにしながらカーリデュルアは答える。
「魔術師がくれた。証だそうだ、連中の………。神官が首に下げてるアミュレットみたいなもんだろう。何でできてると思う? 牙なんだと」
「あの、昏き竜とやらのか」
カーリデュルアは他愛ない冗談や人をからかうのをよくした。茶目っ気のある無邪気な表情で、だから男は身構えているつもりだったが、不十分だったようだ。
「いや。人間のほう………昏き竜に力貰って、とっても働いたっていう、奴の元同僚の」
ひげ面男は絶句し、彼の楽しそうな笑みと歪なナイフを二度見、いや三度見した。ナイフは刃部分だけで掌ほどの大きさがある。それが人間の歯だと?
男は疑問を振り払った。大きさが問題という話でもない。
「本当に奴についていくのか。そんな、そんなものに頼るってのか」
「力が必要なんだ。己の力で、なんてつもりは毛頭ない。これは俺が選んだことだ、他にもやりようがある中で、俺がこれを選んだ。………こういう道があると知ったから、だ。
奴の話を聞けばわかる。まともじゃない」
太古の邪竜を信奉する魔術師の言葉は、仲間のみんなが聞いていた。神々の愛について説法する神官のように、破壊と殺戮、破滅と虚無を讃え、『入門者』むけに説いて聞かせたのだった。ふつうこうした邪教徒は大っぴらな行動を慎むものだが、あの時の彼らにどこか見所でもあったのだろうか。集落を焼かれ、血と煤まみれになって落ち延びた姿に。
多くの者は顔を背け、または法神ディーアロスへの祈りを吐きつけた。ひとりカーリデュルアは傍へ寄って、不出来な生徒よろしく問い質した――お前は救済を説く者か、と。魔術師は片眉を上げて、責め苦に耐える強さをしめそう、そう答えた。
「俺たちがやろうってことは、間違いだらけだよ。生きるためじゃない、仕方なしにじゃない、人を殺そうってんだから。ぴったりだろう……」
だらしなく椅子に座って堪え切れない、とでもいうように喉の奥で笑う。対する男は憮然と目を細めた。歯を見せて笑うカーリデュルアの瞳には昏い憎しみがあった。結局男も、同じ穴のむじなと言うしかなかったのだ。