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悪魔の人形  作者: もこー
2/2

世界の初め

 悪魔の人形第一話ということで、物語の導入部分を書かせて頂きました。文字数にしては、九千文字前後です。

 異世界に迷い込む設定というのも、こうして書くととても難しいのだと実感しました。どの程度の情報をチラつかせるのか、どれほど不必要な情報を挟むのか、そのさじ加減が上手くできないです。

 誤字脱字や日本語のおかしな部分等ありましたら、ご指摘いただけると嬉しいです。

 太陽が自己主張を強めてから一週間ほど、部屋の温度は急激に上がっていた。温度計なる物は置いていないが、体感でも三十はあると確信が持てる。

 普段なら冷房を使い、いまごろ漫画を片手にのんびりしていた所だ。しかし、今日はそれがない。というよりも、一週間ほど前に使おうと思ったら、故障しており使えなかったのだ。貯金を崩そうにも、直すのがいつになるか分からず、何となく勿体無い気がして直していない。

「先月から起きている連続失踪事件について……」

 テレビからは最近の流行が流れ、評論家とやらがご高説を垂れていらっしゃる。

 連続失踪事件というのは、最近この町で起きている不可解な物だ。肉体的にも、精神的にも、とても健康的な人が毎日一人ずつ失踪している。ちまたでは、シリアルキラーだの、神隠しだのと盛り上がっているが、俺はそれがいけ好かない。

 被害者の家族の身からすれば、そんな話を聞いているだけでも悲しくなるか、怒りを覚えるはずだ。それも分からないのかと思うと、こちらまで血圧が上がってしまう。

「それもこれも……こいつが壊れちまったからだけどな……」

 しかし、その怒りが理不尽な事くらい分かっている。そんな事は世間では当然のようにされているし、マスコミ様の力でそれがあたかも共通意識のように刷り込まれるのだから、どうしようもない。何より、血圧はこの部屋のせいでとても上がっている。

 俺は深い溜息を付くと、そこらへんに落ちていた衣類を着て持ち物を確認した。鍵や財布、あとは念のために用意した護身用の週刊誌。これを腹にでも仕込んでいれば、何かに刺されても命は助かりそうだ。

 テレビを消すと洗面台へ向い、ぼさぼさになっている髪を手入れする。自分で言うのもなんだが、正直かなり自信を持てる容姿をしていると思う。過去に告白された事は何度もあったし、職場でもある程度その影響が見受けられた。

 しかし、俺はそれを好ましく思った事が無い。なぜなら、俺は女が嫌いだからだ。

 うるさいし面倒だし金がかかるし、何も良いこと何て無い。あんなのと付き合うくらいなら、犬でも飼って可愛がる。といっても、結局は金も手間もかかるのだから、その点では一緒だ。

 髪を整えると、いつものように顔に笑顔を貼り付けてから外へ出た。

 今から向かうのはこの一週間お世話になっている喫茶店で、あそこの店主は女だが、他と少し違うように感じる。何というか、中学生の感じそうな大人の印象とでも言えばいいだろうか。とにかく、独特の雰囲気があるのだ。

 相手もこちらを悪く思っていないようで、珈琲一杯で何時間でも粘らせてくれる。先に言い訳をしておくと、恋心は無い。

 階段を降りてマンションから出ると、その異様な雰囲気を肌で感じた。通りがかっただけの人は明らかな警戒を示し、町全体が脅えているような印象を受ける。それもこれも、連続失踪事件のせいなのだろう。いや、この場合はそう感じている自分にも問題がありそうだ。

 どんな事であっても、実際に起きている事の正体が分からないというのは、誰でも不安になるものだろう。それが異質で、特別な事だと分かっているなら、より強く感じる筈だ。

 小さな溜息を付くと、足早に目的地へと向かう。幸い距離は近く、徒歩で五分程度の場所にその店はある。

 最近できたばかりなのに、その風体はどこか古臭さを感じた。どう見ても新品で、最近の流行に合わせたオシャレな店。それでも、なぜかそう感じてしまう。

 これは、懐かしいと肌で感じているからなのか、はたまた、俺が流行の先端を行き過ぎているのか。

 などと馬鹿らしいことを考えながら店に入ると、ベルの音が鳴り響き、人の少ない店の奥から女の声が聞えた。

「いらっしゃいませ。なんだ、また来たのかい?」

呆れたような言葉を出したのはこの店の店主で、見た目では二十歳過ぎくらいなのに、実年齢は内緒という不思議な人である。俗世間で言われる美魔女という物なのだろう。首から下がっている名札には”店主”と二文字だけ書いてある。

「どうも、いつものでお願いします」

「はいよ。訳アリの集う店へようこそ」

 そして、彼女は俺に対してはやけに気さくな接し方をするようになってしまった。一週間もずっと着てたら慣れるのも分かるが、接客業としてこの対応はいかがなものだろうか。とはいえ、それが少し気に入っているのも本音である。

 この店には道路に面した窓際の席と、店の奥にあるちょっとした個室のような席が幾つかある。一人客のほとんどは奥の部屋に居り、一週間来た感覚では、そちらの客層の方が多い気がした。表に客が少なく見えても、奥の席はそれなりに埋まっているだろう。

 そう思いつつ、店の奥へ入って行くと案の定いくらかの場所を除き、扉が閉まっていた。喫茶店としていかがなものかとも思うが、扉まで付けた完全な個室であり、二人用の席は用意されていない。訳ありだったり、恥ずかしいと感じる人にとってはありがたいのだろう。しかし、売り上げとしては赤字になりそおうだ。

 空いている部屋の中でも一番奥に入ると、そこには机と椅子しか無く、見栄えなんて物は一切考慮されていない、無骨な空間が広がっている。赤字になるツケは、こういった面に現れているのだろう。なぜもう少し考えて店を構えなかったのか、不思議で仕方無い。

「入るよ」

 部屋を一通り眺めて椅子に座ると、見計らったようにノックの音がして、店主が部屋へと入って来る。手に持ったお盆には珈琲が二杯あり、俺は首をかしげた。

「あの、一人ですけど」

「なぁに、ごひいきにして貰ってる客への、ちょっとしたサービスだよ」

 店主は明るく笑うと机にお盆ごと置いて出て行き、湯気を立てる二つのそれを見る。二杯もらえるなら、おかわりという形が良かった。

 とはいえ、ご好意には甘んじておこう。こういった体験は、珍しい物に違いない。

 いつも通り何も入れずに珈琲に口を付け、携帯を取り出す。最近テレビなどで広告されているアプリがあり、これがまた暇つぶしには丁度良い。複数人でダンジョンをクリアするよくある物なのだが、厳しめの難易度のおかげで、中々飽きない。

「さて……どこをマラソンするんだったか……」

 アプリを開くとアイテムボックスを確認し、次やるべきことを探した。そこで、レアドロップを発掘するための、低難易度をひたすらクリアする作業が終わっていた事を思い出す。準備も整い、高難易度のダンジョンへ向かう所だ。

 俺は一度ボックス画面から出ると、ギルド画面へと移る。このゲームにはギルドという、小さな団体を作れるシステムがあるのだ。特に何かイベントがある訳ではないが、一緒に行く仲間を募るのに、この機能はとても便利である。しかも、運の良い事に丁度一週間ほど前に、ランキング一位を独走している”ヴェル”というプレイヤーにスカウトされており、仲間の面々もかなりの腕前だ。俺もやりこんでいる方ではあるものの、ここでは下っ端も下っ端である。

「……ん、名指しされるのも珍しいな」

 掲示板を見ると、ヴェルさんから書き込みがあった。「クロトさん、調子はどうですか?」という文面から察するに、手伝いを申し出てくれるのだろう。こちらとしては、とてもありがたい。これから募ろうと思っていたのに、手間が省けた。それに、この人がいるなら二人でも十分やれてしまう。

「レアドロップの発掘が終わって、ミシュガルの森へ行こうと思っています」

「おー、ついに終わりましたか。じゃあどうせなら性能確認しましょうか。タゲ取りするので、援護お願いしますね」

こちらが用件を言う前から既に、こちらを手伝う前提で話が進んだ。楽なのは楽なのだが、こうも簡単に手伝って貰うと、悪い気がしてしまう。といっても、断る理由も無いのだから、大人しく甘んじるしかない。

「分かりました。ではパスはいつもので作っておきますね」

「はーい」

 ヴェルさんが来てくれるのなら、こちらも少し気合を入れていくとしよう。武器を手に入れたばかりの弓に変え、汎用パスで部屋を立てた。少しすると明らかに次元の違う装備をしたヴェルさんが入室し”よろしくおねがいします”とお互いに定型文を送りあう。

「少しお邪魔するよ」

 そのまま出発しようと思った所で、ノックもせずに誰かが個室へとやってきた。声には聞き覚えがあり、顔を見て深い溜息をつく。

「あの、客への配慮というのは無いんですか?」

「客にならあるよ? 珈琲一杯で閉店まで粘るのが客なら、客なんて要らないよ」

 一応文句を言ったが、そう言われてしまうと出す言葉も無い。

 しかし、一体何の用があってきたのだろうか。店の感想でも聞きたいのだとしたら、後で出すから紙だけ置いて行って欲しい。

「いやー、最近バイトを雇ってね。私にも休憩する時間ができたんだよ。アンタ、いつもデビクロやってるだろ? 話相手にくらいなってくれないかね?」

「いいですけど、今からダンジョン潜るので、少し待ってください」

 こちらとしては負い目もあり、それを承諾するとようやく出発した。手伝いをして貰うのに、待たせてしまうのも申し訳無い。

「私も今から行く所さね。最近発掘した新人が頑張ってるから、先行投資で手伝い中だよ」

「そう……ですか」

 どうも既視感があるが、気のせいだろう。ギルド何ていくらでもあるのだから、同じような状況というのもある。何より、この人がそんな凄い人には見えない。

「さて、今日も今日とて頑張りますか」

 ダンジョンに入ると同時に店主がそう呟くと、各種キャンセルを用いた前転回避で、ヴェルさんが凄まじい勢いで離れて行く。そして、店主の手元もよく分からない動きをしていた。俺はやれる限り前転回避を繰り返すだけで、一向に追いつける気がしない。

 そして、ようやく追いついた所に落ちていたのは、武器の強化素材とお金と経験値の山。タゲ取りをすると言った矢先の行動とは思えない。

 その後も同じような感じで追いついては離されを繰り返していると、ダンジョンの最深部へ到達し、仮面を被った蛮族が斧を持って現れた。ここでやっと武器の性能を確かめれるかと思ったが、ヴェルさんの完璧に動きを読んだ連続攻撃により、こちらのやった攻撃のダメージ表示がどれか分からない。これまでも強いと思っていたが、ここまで本気でやっているのははじめて見た。

「はい、お疲れ様」

 ボスは十数秒で雄たけびと共に倒れ、アイテムを大量に吐き出す。店主はそれに反応するように言うと、俺の肩を叩いてクスリと笑って見せる。もはや、疑う余地も無い。

「お疲れ様です……ヴェルさん」

「クロト君はもっと練習しなきゃね」

 まさかとは思うが、俺がやっているのを確認してからギルドの申請を飛ばしてきたのだろうか。だとしたら、かなり性格の悪い行動だ。それにしても、なぜ俺がこのギルドに誘われたのか少し分かった気もする。

「まずは武器変え回避と、アイテムキャンセルは覚えようか。キャンセル用には、傷薬よりも爆弾の方がいいよ。モーションキャンセルの受付時間が長いから、練習しやすいし」

「いや、そんなことよりも……」

「あと、君はソロプレイが多すぎるよ。たしかにアイテム堀りならソロでできるけど、皆でやった方が効率いいでしょ? 仲間としてギルドに居るんだから、遠慮してたらダメ」

 店主、もといヴェルさんはまくしたてるようにゲームについて言い始め、俺の言葉に耳を貸す気配が無い。俺もそうと分かれば大人しくそれに耳を傾け、思っていたよりも有意義な情報を貪った。キャンセルに関しては、それこそやれるようになる程度には分らされる。年の功とでも言うのだろうか、説明がとても上手かったのだ。

「おっと、もうこんな時間ね……閉店までにはそこで練習してなさい」

「はいはい、分かりましたよマスター」

 店長は一通り説明し終えて時計を見ると、休憩時間を過ぎていたのか、それだけ言い残してさっさと部屋から出て行く。ここに転職するのも、悪く無い気もする。今の職場は色々と面倒が転がっているし、店長の様子を見ていると、楽しめる気もした。

 何はともあれ、店長に言われた通りの訓練をしておく必要がある。

 俺はキャラの装備を全て剥ぎ、初期装備だけをさせて冒険へ旅立たせた。そして、ひたすらキャンセル行動を駆使してダメージを受けないよう敵を叩く。一撃でも受けたらその場でリタイアし、また繰り返す。普通に考えてただのマゾプレイという物なのだが、店長の選んだそれは程よい難易度で、各種キャンセルを間違いなく出せるなら、特に困る事のないほどだ。しかし、咄嗟にそれをできるかと聞かれてしまうと、そんな事できるわけがない。だからこそ、その判断力を付けさせるという事なのだろう。

「……あークソ、何でさっきから同じ所で……違う、違うだろ。アイテム、武器変え攻撃には若干のディレイが必要。焦って連打するから間違えるんだよ、そう……それでいい……」

 そして、俺は気付くと悪い癖を全力で晒していた。集中すると独り言が増える人はいると思うが、俺は多い何て物じゃない。まるで、もう一人居る誰かと俺が会話しているような、とても酷い内容の物だ。特に、自分への罵倒が多く、一度それで人間関係を損なった事もあった。以降気にしているのだが、夢中になるとそんな物どうでもよくなってしまう。だからこそ、悪い癖なのだ。

 その後も、独り言を続けること数時間。俺は店長の出した課題を終わらせ、どんどん先へと進んでいた。キャンセル行動ももはやマスターし、独り言をする必要も無いほど順調である。

「お客様、珈琲のお代わりはいかが致しますか?」

 そうしていると知らない女の声が聞え、一度ドアを見た。確かバイトを雇ったと言っていたし、きっと彼女がそうなのだろう。二杯の珈琲は独り言のおかげで飲み干しており、助けに船だ。

「それじゃあお願いするよ」

「かしこまりました」

 俺が言葉をかけると扉が開き、燃えるような赤髪の女が入ってきた。瞳も髪ほどじゃないが赤く、少し幼さが残る顔立ちだが、全体的に丸っこいパーツだからそう感じるのだろう。体系についても、どちらかと言えば痩せており、胸部のささやかな膨らみが、容姿の締めとして抜群の効果を発揮している。

「では、珈琲一杯でよろしいですか?」

「あぁ、一杯でいいよ。砂糖とミルクは入れなくていいから」

 女はトレーごと珈琲を回収すると、一度お辞儀してから部屋から出て行く。男だけになったむさい空間で、彼女の残り香が異様に存在感を残していた。

「外国の人か……もしくは、混血か? 日本語は上手だし、何かのコスプレという可能性も……」

 そして考えてしまうのは、そんな些細な事。ゲームがだらけてきた辺りで、いい餌が転がり込んだ。知識欲に関してはとても大きい自信がある。一つ気になる事があると、それが頭から離れなくなるのだ。彼女についてもそれだけの事で、重ねて言い訳をすると、女は嫌いである。名札を確認しなかったのがいい証拠だ。しかし、名前が分かれば外国の人かくらいは分かったかもしれない。

「珈琲のお代わりをお持ち致しました」

 そうこう考えている内に女が戻ってきており、扉を軽くノックすると部屋へと入って来る。改めてその様子を見ても、この世の女には見えない。存在自体がどうも不思議な感覚のする、よく分からない相手だ。

「ありがとうございます」

「あ、いえ……えっと、クロトさん、ですよね」

 相手の名札を確認しようと思いそちらに視線を移そうとした所で、珈琲と同時に置かれた言葉に俺は動きを止める。まさかとは思うが、あのギルドの人間だったりするのだろうか。だとしたらかなりやり難い。何せ、俺は下っ端も下っ端なのだ。相手がもし上位陣の一人だったら、何を言われるか分かった物じゃない。

「えっと、ギルドの方ですか?」

「はい。レインって名前でやってます」

 相手の言葉を肯定するより先に、まずは相手の状態を確認しておくことにした。すると、聞きなれない名前が出て俺は携帯を開く。ギルド内ランキングを確認しても、そのような名前は見当たらない。少なくとも、上位陣では無いらしい。

「なる程、どうして私がクロトだと?」

「店長がそう言ってました。仲良くしろ、との事です」

 どうも、新人同士で協力しろという事のようだ。それならむしろ都合がいい。気軽に誘える相手が居れば、面倒な周回でもやっていける。この機会に面識を持てたのは、都合の良い話だ。

「分かりました、よろしくお願いします。ところで、レインさんと呼べばいいですか?」

「はい。私も、クロトさんって呼びますから」

 一応、呼び名だけ先に決めておくと、レインは嬉しそうに笑いながら頷く。女のこういう所が嫌いだ。どうも、狙っているのか単純にそういう人なのか分からない。どうにも、無関心にならざるを得ない。

 レインは珈琲を置くと小さく会釈だけして部屋から出て行き、俺は改めてレインを探す。ランキングに居ないということは、圏外の人間。ならば、加入時期の遅い人から辿ればいい。

 そう思い加入時期の遅い人から見て行ったが、俺が最後で、俺より前には見知った名前が連なっていた。そして、次へ次へと流していきようやく見つけたのが、ヴェルさんの一つ下。副ギルドマスターの称号を引っさげたレインの名前である。

「これはまた……」

 何とも運命的な出会いに見えなくも無いが、それよりもなぜランキング圏外なのだろうか。俺も最下位ながらある程度稼いでいるのに、彼女は一切の貢献をしていないらしい。このゲームでのポイントは、ギルド戦でしか稼がれないが、副ギルドマスターなのに一度も参加していないということだ。

「訳アリの集う店か」

 俺の知らない所で何かが動いている気がしたが、どうせ知らないことなのだから知れないまま現れるに決まっている。考えるだけ時間と労力の無駄だろう。時計を見るともうすぐ晩飯時が近づいており、俺は軽く首を鳴らす。

 この店は決まって晩飯時に店を閉じる。そして、次の朝まで開店することはない。たしかに、喫茶店としては晩飯時以降は売り上げが伸び難いかもしれないが、いかがな物だろうか。十分な稼ぎが出てるとは思えないし、本当に不思議な店だ。

「おい下っ端、店はもう閉じるぞー」

「まだ閉じてないなら客として接するのが筋じゃないですか?」

 携帯を弄っているとノックも無しに店長がやってきて、堂々と荒い言葉遣いを選ぶ。流石に苦言を零したが、それでやめるような相手だとは最初から思っていない。

「何言ってんだ、客はもう全員帰って、今はギルドメンバーしか居ないよ」

 店長は肩を竦めて笑い、部屋へと入る。すると、後ろに待機していたであろうレインが椅子を二つ持っており、それを部屋内へと運び込んだ。何をするのかは明白で、あまりに突然な事で俺は溜息すらつけない。

「というわけで、クロト……いや、黒井 幸寿君、悪魔は信じるかい?」

 二人は俺の正面に座り、店長は訳の分からない事を口走った。俺の本名を知っていたことはこの際どうでもいい。だとしても、突然の質問にしてはいささか嫌な臭いが漂う。

「自信を持って頷ける人が居たなら、今すぐ新しい宗教を始めるといいんじゃないですか?」

 俺はただ、そう返す。彼女達が何かしらの宗教関係者なら面倒になる前に牽制できるし、適当な話題作りだったなら、俺がこういった話が嫌いなのだと察してくれる。

「理由は?」

「目に見えないからだ。幽霊や妖怪、悪魔に天使。どれもこれもただの偶像崇拝でしかない。それに頼る事は悪じゃないが、信じない人にとっては不快な存在だよ」

 しかし、店長はあえて更に踏み込んできた。こちらも流石に苛立ちを隠せず、言葉遣いが少しだけ荒っぽくなってしまう。自分でそれに気付けただけまだマシだ。珈琲を飲んで落ち着くとしよう。

「そうか、君はやはり面白い人だね、クロト君。レインもそう思うだろ?」

「面白いかどうかは分かりませんけど、変わった人ですね」

 店長は楽しげに笑うと、レインにそう振りある程度の同意を得た。面白い人も変わった人も、どちらにせよ面白がられる存在に変わりない。見た目にそぐわずダイレクトに嫌な事を言ってくるようだ。

「それで、何の用ですか? 私にも用事があるので、手短にお願いします」

 こちらとしては不快感を誤魔化す気は無く、この奇妙な出会いもまた面倒事の一つだと処理が完了した。恐らく二度とこの店にはこないだろう。

「本当に、手短でいいのか?」

「ええ、構いませんよ」

 店長は念を押すようにそう聞き、俺は二つ返事で返した。

 すると、店長は口元を歪め、立ち上がる。

「そうかそうか、それでは……クロト、じゃ足りないな。クロト=コンバージュよ、悪魔の居る世界へようこそ。そして、さようなら、素敵な現実」

 店長はまるで売れない呪い師のような身振り手振りを見せ、大仰にそう言い放つ。レインの表情は驚きに満ちており、俺もここまで呆れてなければ同じような反応をしめしただろう。

「並びにミリウス=レイン嬢。彼にあったらよろしく頼むよ。私のお気に入りなのだから、楽しませてやってくれ」

「はい」

 自分にはもう色々な事が理解できなかった。何も変わらない普段の景色と感触。そして、目の前にあるのは普段とは違う異常な普通。普通の世界で起こり得る最大限の異常事態。それが俺には、許せなかった。

「お前等いい加減にしろよ……?」

 声を荒げて文句を言ってやろうとした所で、俺はとある異変に気付く。空気が美味い。そして、風が吹いている。間違いなくここは密室だし、空気が良いわけも、風が吹くこともありえない。

「まずは、そうだね……基礎的な事から学ぶといい。それがきっと、君にとっての最善策さね」

 店長の言葉はとても遠く、それを必死に聞こうとした途端に意識が途切れた。何が起こったかさえもわからない虚無の世界。珈琲にクスリでも盛られたのだろう。もう少し気付くのが早かったなら、俺は助かったのだろうか。

 楽しんでいただけたでしょうか?まだ世界観の説明すらできていませんので、そんなに楽しんではいただけていないかと思いますが……

 次回より、しっかりファンタジー物として活動させていただきますので、ご期待ください。

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