第36〜40話
第36話 やみのなかの やくそく
闇の中で、誰かが呼んでいる。
「先生!」
加藤の声が聞こえた。
「俺はどこから来たの?」
「君は最初から、ここにいたんだ。」
「俺はどこへ行ったの?」
「君は存在しないんだ! 」
「どうして?」
「僕の中にいたんだよ。」
「先生が俺を必要としたんじゃないか。」
「すまない。君はもう現れてはいけないんだ。」
「まだ俺が必要だろ?」
「君は僕なんだ!さぁこっちにおいで。」
「俺なんてもういらないってことか?」
「そうじゃないんだ。加藤。君も僕も1つなんだよ。」
「裏切る気か?」
「ちがう。約束するんだ。ここで永遠に、一緒にいる約束を結ぶんだよ。」
「わからないよ!」
「僕にもわからない。でも離れてちゃいけないんだ。こっちにおいで。」
「信じていいの?」
「信じてくれないか。」
「ずっと先生と一緒にいられるんだよね。」
「そうだよ。」
「わかったよ。」
「加藤、ありがとう。これで、ずっと一緒にいられるんだ。」
気がつくと、薄暗い部屋で、ベッドに手足を固定されていた。
おしまい
第37話 ゆうへいされた ゆうじん
デッパがハカセに言った。
「ハカセ、人格融合ファイルが出現しました。」
「そうか、うまくいったようだ。」
「マスターコンピュータに移行して、分析を急ぎます。」
「とうとう、この時が来たようだ。」
「彼らの救出も、急がなければなりません。」
「だが、分離された地区は、こちら側からの操作は不可能だ。」
「彼らはどうなるのですか。」
「我々も、ここで動くには限界がある。」
「彼女に動いてもらうのは、どうでしょう。」
「彼女は大切な被験者だ。不都合は極力さけたい。」
「しかし、彼らの精神に影響が出てしまいます。」
「確かにそうなのだが。」
「彼もあそこから、出してあげなければ。」
「我々が捉えられれば、全ての計画が無駄になってしまう。」
「彼らを利用するだけで、見捨ててしまうのですか?」
「そうするしかないのなら、仕方が無い。」
「彼らを犠牲にしてまで、この計画を進めなければいけないのですか。」
「私にとっては、それも想定していたことだ。」
「納得できません。」
「何とか手をうってみよう。」
おしまい
第38話 よげんしゃの よかん
トキオは エナに言った
「もうすぐ ここは 消滅するよ」
トキオは アナログのプログラム時間を つかさどる
いわば 預言者である 過去も未来も知っている
「アバターとヌシたちを もう一度 リンクさせなければ
ニンゲンたちの意識も 消滅してしまうのね」
エナは すでに知っていた
「うん パパのアバターもね」
「でも パパがいなくなれば あなたも消えるのよ」
「それは ママも同じだよ ここが無くなれば
ママも 消えてしまう」
「うん でも 私たちの大好きな パパを犠牲にできないわ」
「パパを救うことが出来る?」
「トキオ 手伝って」
デジタル時間を止めて アナログ時間の中での
作業を進めなければならない
デジタルとアナログの 時間の誤差は
小さなトキオには 過酷なことである
エンタル地球を もう一度 エンタル宇宙とつなげれば
リアル世界とのリンクを 戻すことができるはずだ
ウサギを月から呼んで 3人で作業を開始した
数時間 エナは必死で シュミレーションプログラムを 書き換えた
しかし 感情を宿した エナのプログラムを 元のエンタルプログラムの
データベースに つなげるには 情報量が多すぎて困難である
エナは ウサギとトキオに伝えた
「わたしの感情と記憶データを すべて消して わたしの体を
アダプターとして 使うしかないわ」
すると ウサギが答えた
「それはまずい」
ウサギは エナとトキオを 脳博士の研究所へ つれていった
そして 計画のすべてを エナに伝えた
「君のプログラムを 消去するわけには いかないのだよ」
と脳博士は エナに言った
おしまい
第39話 らすと らくえん
「ねえ 海を見に行きましょう」
突然 エナが 家族で 出かけようと言い出した
「海って ここには 海なんてないんだよ」
このエンタル地球には 海は存在しない
エナが一番 よく知っているはずなのに
「ぼくも 海を見たい」
とトキオも言い出した
「だけど どこに 海なんてあるんだい?」
そういうと エナとトキオが 泣き出した
「そんなに 海が見たいのかい?」
その午後 ぼくはジジイに相談した
「なあに 簡単なことさ 無限チョーゴー剤を 使えばいいさ」
「そうか その手があった!」
ぼくは ありったけの 無限チョーゴー剤をもらって
公園の向こうの 誰も 人の住んでいない 未開拓の土地へ行った
水筒の水に塩を入れ 小さな水たまりに注いで
ありったけの 無限チョーゴー剤を 投入した
みるみる水が溢れ出し 立派な海が出来た
「これでよし!」
翌日 エナとトキオをつれて 海へでかけた
お弁当と おやつと 水着を持って
トキオとエナに 泳ぎ方を教えると すぐに 泳ぎを覚え
3人で 夢中になって遊んだ
2人とも とても楽しそう
夕暮れの海 エナは 夕日を見ながら 涙をこぼした
「きれいだね」
ぼくは2人を
おもいっきり抱きしめた
家に帰ると 2人とも疲れたのか 夕食後すぐに眠ってしまった
翌日 目覚めると
2人の姿は なかった
おしまい
第40話 りあるへの りだつ
薄暗い部屋で、僕はベッドにしばられている。誰もいない。どこまでが現実で、どこまでが妄想であるのか、混乱している。ぼくはいつからこの混乱した世界に入ってしまったのだろう。あの部屋の住人たちも僕が作った妄想なのだろうか。唯一現実だと思えるのは、白いドアの部屋の女の子のことだけだった。
「君はどこにいるの?」
もう一度、彼女に会いたくなった。ここはどこなのだろう。収容所の中なのだろうか。もう一度、窓からあの部屋に入って、彼女のいる部屋で、今の混乱を彼女に打ち明けたい。そして、いつものように彼女に語りかけた。そばにはいないけれど。
「僕は今まで何をしてきたの。存在する意味なんてあるのかな。何のために産まれてきて、何のためにここにいるの。やっぱりここへ来たとき、全てを終わらせればよかったのかな。この混乱した世界には何か意味があるのかな。あるはずなんてないよね。ぼくは、本物の変人なんだ。ここを出たら、もう・・・」
どこからか、彼女の声が聞こえたような気がした。
「ちゃんと意味があるのよ。」
やはり僕はまだ混乱しているようだ。幻聴と幻覚の混乱した世界で、生きていく理由を探したが、見つかるはずもなく。何かが起こるかもしれないという奇跡を、期待もせずに待っているしかなかった。
別の部屋では、ハカセとデッパが人格融合ファイルの完成を急いでいた。彼の行動履歴アーカイブから人格融合データファイルを抽出し、破損データを丁寧に取り除いて実行ファイルだけを残した。これをニンゲンとアバターに応用できるようにプログラム処理すれば、人格融合ファイルが完成する。あとは、彼女の感情記憶データに適合すれば、奇跡は起こせるはずだ。
一方、白いドアの部屋では。彼女の閉ざされたまぶたの奥の眼球が、左右へと動き、手の指が一瞬ピクリとケイレンした。
おしまい