2. あいつは何様!?
「始まりました、キラセカ実況第二回目です。物語はいよいよ、ヒロイン天音と、ヒーローのひとり神代との出会いの場面に入りました。早乙女さん、神代の得意技は何でしょうか」
「神代は俺様キャラ、押して押して押しまくる、押し出しが常の手です。定番には定番の強さがありますからね」
「それは楽しみです。さて、シーンは、天音のクラスメイトに誤って水をかけるも、きちんと謝らずに去ろうとする神代と、天音がそんな彼を、持ち前の正義感で注意するところから始まります」
『ちょっと! いくら何でもその態度はないんじゃない!?』
『……何だお前』
「天音、神代の鋭い視線に睨み返します」
「彼女も普通の女の子ですからね。あれで実は怖がっているんです。それをひた隠しにしながら、神代に正論を突きつける。男性ファンも胸を打たれるでしょう」
「しかし、そうなると少し不安ですね。最後まで神代に怯まず立ち向かえることができるでしょうか」
「天音は芯の強い子です。まあ心配ないでしょう」
『あなたが手を滑らせたんだから、きちんと謝るべきだよ』
『ふん、俺に楯突こうっていうのか』
「両者とも強気な姿勢です、一歩も引けを取りません。しかし学生の頃からこのような態度だと、後々苦労しそうです。神代の将来が心配ですね」
「そこはヒロインとの出会いにより少しずつ意識を改めるでしょう。キャラクターの成長も見どころの一つです」
「今後の伸び代に期待ですね。神代だけに」
「…………」
『お前、クラスと学年は?』
『今は私のことはどうでもいいでしょう! 沖くんに謝って!』
「神代、さっそく天音に近付きます。迷いのない歩み、やはり俺様キャラは自信に溢れる尊大な歩き方をしますね」
「大財閥の家に生まれ、学業、スポーツもできる、その上容姿もいい。ナルシストになるのも頷けます」
「対して天音は一般家庭に生まれた平凡な女の子。やはり分はナルシストが大きいです。……そして、そんな強気な二人に挟まれた沖くん、青い顔をしています。大丈夫でしょうか」
「スクールカーストでトップに立つ神代を敵に回したら、ただではいられませんからね。気が気じゃないのでしょう」
「沖くんの日常に波風が立たないことを祈ります。……おっと、神代が天音の顎を掴みました。これは一体どういうことだ?」
「神代の得意技の一つですね。これにより相手の動きを止めると同時、精神的な圧力をかけることが可能です」
『離してよっ』
「天音、神代の手を振り払うが、神代は余裕の笑み」
「長年積み上げられたあの鼻っ柱は頑丈です。なかなか折れませんよ」
『生意気な女だ。なあ、お前沖とか言ったな?』
『えっ、はい……』
「突然矛先が沖くんに向かいました。攻める相手を変え、混乱させる作戦か? 沖くん、更に顔色が悪くなっています」
「念のため補足しておきますが、沖くんは何もしていません」
『お前がこの女使ってけしかけたのか?』
『ま、まさか、そんなわけ……』
『沖くんは何も言ってない!』
『なあ、この女の代わりに沖をハブにしたっていいんだぞ?』
『な……っ!』
「変化球を投げてきましたね」
「さすが神代、やることなすこと常人とは違います」
『なんでそうなるのよっ』
『なんでも何もないさ』
「……と神代は言っていますが、なんでそうなるのか私にもわかりません。早乙女さん、解説をお願いします」
「簡単に言うと、標的を狩りやすい獲物に変えたということでしょう。ハブにしてより応えるのは、強気な天音より沖くんの方なんです。何より、自分のせいで誰かが傷つく様を見るのは、天音にとって何より辛いことですからね」
「それを瞬時に見抜くとは、恐ろしい観察力。これはなかなかの強敵のようですね」
『生意気言うからこうなるんだよ。わかったか?』
『…………い』
『なに?』
『わからないって言ってるの!!』
「天音、激昂したようです」
「神代もさすがにやりすぎましたね」
『わからない? なら、力ずくでもわからせてやるよ! おい、お前』
『は、はい』
「またもや沖くんです」
「彼もなかなか舞台から降りれませんね」
『なあ、明日からハブになるのと、今ここで謝っていつもの生活を送るのと、どっちがいい?』
『……あ、あやまります……』
『だったら、正式な謝罪をしろよ』
『ちょっとやめて! 沖くんは何も悪くないじゃない!』
「正式な謝罪とは、菓子折りでも持っていけばよいのでしょうか」
「いえ、この場合は土下座です」
「それはまた随分と過激な。果たして本当に沖くんは謝るのか。彼は何もしていませんよね?」
「この学園のいじめは、不登校や転校に陥るほどきついものですから、恐らく謝るでしょう。背に腹は代えられません」
『沖くん、謝る必要なんてない。もうやめて、やめてよ神代!』
『はは、お前のせいでこうなったんだろ。よく見ておけよ!』
「神代、生き生きとしています。楽しそうですね」
「そうですね」
『神代……あなたって人は、どこまで人を貶めれば気が済むの!』
『これは見せしめだ』
『見せしめ?』
『お前みたいな生意気な人間が出てこないための、見せしめだ』
『な……』
「早乙女さん、こういう恐怖政治は前時代的だと思うのですが、いかがでしょう」
「この学園は少し個性的ですからね。このくらいがちょうどいいのではないかと」
「なるほど。足を揃えて進むこの国において、個性というのは希少価値の高いものですね」
「おや、神代が去っていきます。天音はこのまま何もしないのでしょうか」
「……いえ、まだ諦めるのは早いようです」
※
「……待て、神代」
天音は、低く静かな声音で彼を呼び止めた。
神代の取り巻きの内の一人が、そんな天音に掴みかかった。
「お前っ、生意気だぞ! この方をどなたと心得──」
彼の言葉は最後まで続かなかった。
天音の拳により、地に伏せたからである。
「な、何だこの女……」
他の取り巻きも驚きに呑まれながら呟くが、前に出ようとはしなかった。
先程までとは明らかに違う、彼女の纏う雰囲気に圧倒されていたのだ。
「神代……お前は少々やりすぎた」
「何だと?」
神代が問うたとき、天音の身は、既にそこから消えていた。
風の切る音が聞こえたかと思えば、天音の放った手刀が、神代の頭を狙いに振りかざされた。既のところでそれを避けた神代は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「私の打撃をよけたか」
「何者だ、お前」
神代の鋭い眼差しにも、天音は顔色一つ変えずにいた。
「神代様の間合いに、しかもあの速さで入るなんて……」
生唾を飲み込んだのは、神代だけではない。
その場にいる者全員が、彼女の放つ「気」に並々ならぬものを感じ取っていた。
「この俺とやる気か」
天音は答えなかった。
しかし、彼女が再び打撃を繰り出すと、それが闘いの合図となった。
神代も受け身に甘んじるばかりではなかった。
今度は、凄まじい速さで、彼の拳が次々と天音を襲う。その速さは幾度の死闘を勝ち抜いた天音でさえ、全て避けきるのは困難なほどだった。故にいくつか彼の打撃を諸に受けてしまったが、完全に押されたわけではない。たった数回の攻撃など、心身ともに芯の強い天音が引き下がる理由にはなり得ぬ。
ぶれない軸こそが、この戦いに勝機の光を見せた。
──今だ。
防御の体勢を崩した神代、彼の隙を見つけた天音は、大きく息を吸った。
「死ねええええええ神代おおおおおおぉぉぉ!!」
長らく禁じていた秘拳で方をつけようとしたとき──黒い影が二人の間に入り、両者の攻撃を拳一つで抑え込んだ。
「なっ」
「何だ……!?」
天音たちが動きを止めると、低い男の声が、二人の頭上から落ちてきた。
「貴様ら……チャイムの音が聞こえなかったのか?」
間に立ったのは、壮年の男であった。
二人の攻撃をたやすく看破したのだ。スーツの下に隠された体が鋼のそれだというのは、見ずともわかった。
「理事長先生……!」
「何故このようなところへ……」
騒ぐ生徒たちの中心で、突如現れた男は、ふむ、と髭を撫でた。
「何やら、ただならぬ気を感じてな……それを頼りにここまで伺った次第よ」
ほう、と周囲が感嘆の息を漏らす。
理事長は天音と神代に向き直った。
「戦うのは結構だが、学生の本分たる授業をおろそかにしてはならん」
「はっ、申し訳ありません」
神代が頭を下げる。
「君は……新しくここに入った生徒だな?」
「はい」
すうっと理事長の目が細められる。寒々しさを覚えるようなその視線に晒されながら、天音は彼の言葉を待った。
「ここは、縦の社会だ。上に刃向かうというのなら、それ相応の代償が必要となるぞ」
「しかし、……いえ……」
天音は思わず反論しかけたが、途中でそれを飲み込んだ。
必ずしも正しい者が勝つわけではない。天音はその現実を蔑ろにしすぎたのだ。
「まあ、今日のところはこれで終わりだ」
「…………」
悔しさを噛み締めるように、天音は、ぎゅっと傷ついた拳を握り締めるのだった。
※
「教室に戻る神代に、天音は一切声をかけませんが、大丈夫でしょうか? 呆然と立ち尽くしています」
「正論であるはずなのに、それが全く通じないことにショックを受けたのでしょう」
「強者の言葉は絶対。そんな世の嘆きを反映しているようですね」
「キリのいいところでで、一旦CMに入ります」




