1. 偶然? 運命? 不思議な出会い!
「やってまいりました。女性の心を鷲掴みにした大人気恋愛ゲーム『煌めく瞳に映る、この世界』のお時間です。実況は私、志村、解説は早乙女でお送りします。早乙女さん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「煌めく瞳に映る、この世界、略してキラセカ。漫画化、アニメ化、果てはドラマ化までされているキラセカですが、こちらの魅力は一体何でしょうか」
「キラセカは、学園を舞台に、ヒロインが男の子たちと恋を繰り広げる、いわゆる乙女ゲームと呼ばれるジャンルのシミュレーションゲームです。乙女ゲームといえば恋模様が主体的に扱われますが、キラセカは恋だけを描いているわけではないんです。漫画やアニメに男性ファンが多い理由はそこでしょう」
「キラセカは学園ものでしたね。そうなると部活動による青春劇でしょうか」
「もちろん部活もストーリーの軸に関わっていますが、キラセカのスケールはそんなものじゃないんです」
「というと?」
「キラセカはたくさんの要素が詰まっています。友情、スポ根、ファンタジー、SF、ホラー、サスペンスやドロドロの愛憎劇、熱いバトル、ほのぼのとした日常……そういうものが、ぎゅっと詰め込まれているんです」
「まるでフィクションの宝箱ですね。一粒で二度美味しいどころか、一粒で十や二十の味を堪能できる。まるで乙女ゲーム界のIT革命やー、なんて、ははは」
「…………」
「……こほん。しかし、詰め込みすぎて話が破綻してしまうのでは?」
「そういう指摘も聞かれますが、先程言ったとおりキラセカはスポ根要素もあるんです。つまり根性で読み抜く、それがキラセカの前提でもあるんですね」
「なるほど。努力、根性という言葉が若者から忌み嫌わる昨今において、この根性精神はとびきりのスパイスになりますね」
「……それから、革命は別にITじゃなくてもいいと思います」
「今そのツッコミですか?」
「それでは選手入場です」
「冒頭は、寝坊したヒロイン天音が、慌てて食パンを咥えながら走るシーンです」
『大変っ、寝坊しちゃった!』
『遅くまで起きてるからよ、全く』
『お母さん、どうして起こしてくれなかったのー!』
『何度も起こしたわよ。はい、お弁当』
『ありがとっ。行ってきまーす!』
「まあ定番ですね」
「王道を踏まえることの大切さ、これからキラセカに学びましょう」
※
「遅刻遅刻ーっ!」
国内でも指折りの名門校、成金学園に転入することになった天音だが、登校初日に寝坊をしてしまった。
朝食の食パンを咥えつつ、天音は急いで学校へと向かった。
遅刻したら大目玉だ。
食パンをもう一口かじったとき、自分と同じようにパンを咥える男子高校生が、自分の横を走っていることに気がついた。
……いや、同じではなかった。
天音が咥えているのは食パン。彼が咥えているのは、フランスパンであった。
──あの硬いフランスパンをスライスもせず、直に食べるなんて!
驚きに目を見張る天音に、好戦的な視線が投げかけられた。あまつさえ、彼は不敵に笑ってみせたのだ。
──私に、勝負を挑んでいる。
瞬時に察した天音は、迷うことなく、その挑戦に応じた。
──受けて立とうじゃないの。
食パンを懐にしまい、次に食べたのはクロワッサン。香ばしい匂いと、軽やかな食感を堪能し、天音は優美な笑みを浮かべた。
少年は、はっとその意味に気付いた。
──間違いない。彼女は、クロワッサンによりお洒落な朝食を演出しているのだ。
何たる演出力か。
スライスせずにフランスパンを食べている自分では、到底追いつかない。
──ならば、自分も!
対抗した少年が次に出したのは、カツサンドだった。
天音はその選択に愕然とした。
──朝からカツサンド……! なんて挑戦的なチョイス!
朝は胃が食べ物を受け付けないという人すらいる昨今に、ソースを絡めたカツを食べるとは。
悔しいが、天音にはカツサンドに手を出す度胸はない。
ならば、次の手を打つまで。
焼きそばパンを取り出し、食べ始めた。
ハイスピードで走っている状態の中、細かい麺や具をこぼさずに食べるのは難易度が高いのだ。
──あなたにはできないでしょ。
ふっと天音が笑うと、彼はカツサンドを飲み込んだ。戦いから降りる、ということだろうか。
だが、そうではなかった。
白いパンを取り出し、食べる彼。
先ほどよりレベルが下がっているではないか。そう思ったとき、天音は袋のラベルに気付いた。
──違う。
──あれは、ただのパンではない。
──あれは……あれは、米粉パンだ!
日本人の主食、米。日本人にとって代表的な朝食は、やはり米である。
彼は、米という神器を手軽に食べれるパンに取り込み、高い朝食力を見せつけたのだ。
何という、圧倒的な朝食力。
だが、自分も負けていられない。負けるわけにはいかないのだ!
焼きそばパンを胃にしまい込んだ天音は、次なる武器を手にした。
彼が目にしたのは、最終兵器とも言えようフード……ハンバーガーであった。
──朝からハンバーガーだと!
しかも、焼きそばパンと同じく、走りながら食べるには難易度が高い代物だ。
それだけではない。ハンバーガーは、様々な具が挟まれている。そう、彼女は一口で様々な味を楽しんでいるのだ。
これこそ豊かな朝食。すなわち、豊かな朝食力である……!
「く……っ」
もうこれ以上強いパンは手持ちのものにはない。終わりだ。この勝負は勝てない。
米粉パンを食べ終えた少年は、再びフランスパンをかじる。
そして、それを見た天音は、自分の勝利を確信した。
勝利の美酒、もとい勝利のパンに酔う天音であった──。
※
「まあ定番でしたね。特にコメントすることはありません」
「そうですね」
「おっと。学園に着いた天音、さっそくトイレへ向かいました。恐らく歯を磨いているのでしょう」
「焼きそばパンの青のりがついていたら、せっかくのヒロインも台無しですからね」
『皆さん、今日は転入生を紹介します。さあ入って』
──ザワ……。
『倉本天音です。よろしくお願いします!』
『倉本さんは、そうですね、速見くんの隣に座って下さい』
『はい。……って、あなたはさっきの!』
『あっ、君は!』
「速見と呼ばれた男子生徒、彼は先ほどのフランスパンくんです」
「こんな偶然もあるんですね」
『二人は知り合いですか』
『い、いえ……』
『知り合いというほどでは……』
「このシーンにおける『ほのぼの』度は、キラセカの中でもトップクラスです。目に焼き付けておきましょう」
「そうなんですか?」
「他は血で血を洗うような内容が目立ちますから」
「なるほど、さすがキラセカですね。他の恋愛ゲームにない魅力を見せてくれます」
「さて、これから始まる天音の新しい学園生活、どうなっていくのでしょうか」
「非常に楽しみですね」
「これにて一旦終了します」




