腰ぬけ兵士
僕はいつも腰ぬけ兵士と呼ばれてきた。戦場では物陰に隠れてるわ、銃は外れるわ、あげくのはてに銃の音で気絶して仲間に運ばれてるような者だ。
そんな僕だが、いつもなんだかんだで生き残ってしまい、今でもまだこのベルリンで生きている。
しかし今度こそ戦況は最悪らしい。ベルリンはは包囲され、もう弾薬も尽きかけているらしい。
おまけに総統もすでに「負け」を確信していて、自決の準備もしているとかなんとか。しかし、俺のような一般兵は、逃げ出すことも許されないし、この状況じゃ逃げられない。
僕はこのごに及んで、今まで流されるように生きてきた自分を悔いた。深く反省した。
しかしどうにかなるものでもなく、連合軍は、ベルリンから蟻も出すまいといった具合に包囲し、そのベルリンでは、早くも敗戦ムードが漂っている。
一日一日追い詰められていくのが、ひしひしと感じられる。
そんなある日、僕は一人の男に出会った。その身なりから見るに、僕と同じ一般兵だった。
彼はアリードと名乗った。
「で、お前の名前は?」
「ミロクスだ。」
「おしゃれな名前だな。」
彼の、一般兵とちょっと違うところをあげるなら、背中にバンジョーを背負っていることくらいだ。
ちょうど僕の射撃訓練中にあらわれた彼は、自分の仕事を放り出して遊んでいるらしい。全く後で殺されるぞ。
「本当に戻らなくていいのか?」
「いいっていいって。なんとかなるんだから。」
「なんとかなるったって・・・。」
僕の話も聞かずに、彼は僕の使っていた銃を手にとって、くるくる回してみて言った。
「なんだ、自主的に射撃訓練中か?偉いな。」
「・・・僕は腰ぬけ兵士なんだ。皆より練習しないと。」
「なんだそれは?」
僕は、自分の腰ぬけっぷりをアリードに話した。
「なるほどね・・・。」
「で、一番嫌になるのが、その度僕だけ生き残るってこと。」
「・・・死にたいのか・・・?」
僕の目を下からのぞきこむようにして、彼がこちらを見つめてきた。さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは、また違うものを感じた。
「・・・いや、死にたくない・・・。どんな戦場からも生き残ってしまった。だから、仲間が死ぬのを、人が死ぬのをたくさん見た。死というものを現実のものとして感じた。感じすぎた。」
「・・・どこかに残している人でもいる?」
のぞきこんでいた彼の目が少し優しくなって、変わらず僕の目を見る。
「いや、いない。両親、友人、恋人、俺には誰もいない・・・。」
なのに死ぬのが怖くてしょうがない・・・。やっぱり俺は腰ぬけ兵士なんだろう。
彼は、うつむいた僕の目を覗き込むのをやめて、どこか知れないところを見ながら僕に話した。
「俺はいるよ、残してきた人。いつ帰れるかわからないけど、本当に帰ってこられるかわからないけど、ずっと待ってくれていると思う。」
「恋人か?」
「いや、そんなんじゃない。ただの居候先の人さ。」
「なんじゃそりゃ。」
話している内に、アリードのことをわかったような、わからないような気がしてきた。何を大切にして生きているのか、何を思って生きているのか。ただ、他の人と何かが違うよう気がする。
「やっぱり、死ぬのが怖いのは兵士としてはいけないのか?」
この質問の答えは誰に聞いても同じだった。この人なら、違う答えを出してくれるような気がしたのか、単に逃げたかったのか、僕はアリードに質問をした。
「・・・ウン。まあ、上のもんにとってはそうだろうな。だが、兵士だろうが、総統だろうが、所詮ただの人だ。可能性は無限にある。」
「どんな?」
「そうだな・・・たとえば、今お前は大切な人がいないといったが、生きていればこれからできるかもしれない。生きている限り、その可能性は未知数だ。死ぬってことは、その可能性を捨てるってことだ。そういう意味でも、死ぬのは怖いんだろうな。」
何かわかったようなわからないような・・・。
「ただな。誰か大切な人ができたなら、例え死んだとしても、命は続いていくんだ。その人が君を忘れない限りな。」
忘れられない限り、命は続いていく・・・か。
「だったら・・・アリード。」
「ん?」
「お前は僕のことを忘れずにいてくれるか?」
アリードは、ちょっと恥ずかしそうに言う僕に向かって、優しく微笑んだ。
「・・・フ、やーだね!!」
「な・・・!この流れでそれはないだろ!」
「そういうのは、男じゃなくて女の子に言う方がロマンチックでいいぞ。」
「そんなのがいないから言ってんだろうが!」
しばらく話していると、奥から堅物そうな男がノシノシと歩いてきた。
「テオドール!こんなところにいたのか!ビルさんがお待ちであるぞ。」
「テ、テオドール!?あの、噂の将軍の!?」
「とにかく君は元の仕事に戻りたまえ。」
テオドールというのは、ずっと兵士の噂で聞いていた。とても優秀な将軍らしい・・・が、そんな人と今まで喋ってたのか僕は!
「じゃ、ミクロス、また今度な~。」
「は、はっ!」
「フ、そんな急にかしこまるなよ。」
いつまでもどこか軍人らしくない様子で、アリード・・・じゃなかったテオドール将軍は去って行った。
1945年 4月 16日 アメリカのトルーマン大統領が、「日独の無条件降伏まで戦う」と宣言したこの日、イギリス、ソ連軍はベルリンへの包囲を始め、街中に入り込んでくるのも時間の問題となった。
―ヒトラー死去まで あと6日―
このミクロス君、最初は出ない予定だったんですがね・・・あまりにも話が短いんで・・・。
さて、もうすぐヒトラー死去の日が近づいてきました。