一人ぼっちの侍
その男、とても不思議な雰囲気だった。まるで軍人ではないかのようにも見えるし、果てしない闘志を隠しているようにも見える。ただ、列に並んでいる誰に向かっても愛想を振りまくことのなく、ただ前だけを見ていた。
「テオドール将軍が御帰還なされたぞ!」
今日一日、わが軍はその話で持ち切りだった。テオドールというのは軍の中、いや、世界的に見ても名が高い者だということは知っていたが、2年前に戦死しているものだと聞かされていた。逃亡したのだという噂を流すものもいたが、私はそんな男のことなぞ、はなから興味がなかった。
第一、詳しく聞こうにも聞く相手がいないのだ。誰もかれも私を見ると、面倒くさいような顔をして、すぐに立ち去ろうとするのだ。
私はお世辞など言えぬ。愛想笑いなどもってのほかだ。自分の心を隠して生きるなどできぬ不器用ゆえな。
さて、そのテオドールという男は、今日わが軍にやってくるらしいが、いかなる事情があろうとも、戦場から離れるなぞ軍人にあるまじき行為!どうせいざとなったら腰ぬけに変わる、どこにでもいる輩であろう。
そんなことを思っていると、奥からそのテオドールがやってきた。皆列を作って、耳触りな拍手を鳴り響かせたので、不本意だが私もやらぬわけにはいくまい。
テオドールは、拍手している我らの顔になど目も向けず、どこを向いているかわからぬ目をしてただ歩いていた。まさに何を考えているかわからぬ。
不思議な雰囲気だった。軍人のようには見えないがしかし、果てしない闘志を隠しているようにも見える。ただ、列にならぶ我らに目もくれず、ただ前だけを見ていた。
そんな騒ぎも、終わればなんのことやら、我らには関係のないことになる。いつも通りの仕事に戻ることになる。
相変わらず私には気の合う仲間などおらず、軍の中を歩いているときも、見る人も見る場所もないゆえ、ただ下を向いて歩いていた。
ふと、誰かの足が見えた。ゆっくり顔を上げ、そいつの顔を見る。
「んと・・・。お前がトーゴーか。」
「いきなり人の顔を覗き込んでくるのは誰かと思えば、この前御帰還されたテオドール将軍でありますか。」
テオドール将軍が目の前に立っていた。全く、いきなり人を驚かせようなどと、失礼であるな。
「ちょっと軍事的なことでトーゴーと相談しろと言われたのだが、どこにいるのか誰に聞いても無視されたんだよ。それでビルにわざわざ聞きに行ったって感じだ。」
「で、用事とは一体なんであろうか。」
「まあまあ、そんなのいつでもできるだろうに、少しおはなしでもしようじゃないか。」
この男は本当に軍人なのだろうか・・・。
「軍人ならまず軍事を優先させるべきであろう!」
「・・・いいねぇ、お前。」
「・・・?」
う、うむ・・・。ますますこのテオドールという男がわからなくなってきたぞ。
「この軍の中で俺に堂々と意見を言った人は、ヒトラーとビルを除きお前が初めてだ。」
そう言ってすこし真剣な顔をしたテオドール将軍を見ていると、ますます将軍の性格が何なのかを知りたくなる。
「全く誰もかれも俺をよいしょしてな、全くろくに笑う気もおきないんだ。」
「ならば笑わなければよい。私はそれが得意だ。」
「いや、俺は笑わないと疲れるね。」
笑わないと疲れる・・・とは珍しい男だ。それにしても、軍事以外のことで人とこんなに喋ったのは久しぶりだな。
「お前、本当に顔がブッスーとして、避けられてんじゃないのか?」
「否定はせぬが、将軍も愛想笑いなどせぬでしょう?」
「ご名答。俺ら似たもの同士なのかな。」
あまりこの人と一緒にされたくはないが・・・。
それからしばらく、私は彼と、どうでもいいようなことを話していた。私には珍しい、いや、今までなかったことだ。不思議にこの男にだけは何でも喋れる気がするのだ。
「トーゴー・・・ってことはお前日本人か?」
「ああ。東郷一というんだ。」
「トーゴーハジメ・・・か。よろしくな。」
「と言ってもあなたと私では立場がかなり違うのでまた会えるかはわからぬ。」
最後にテオドール将軍から、「武士道」について聞かれた。私は武士とはなんたるか、その道とは何たるかを説明した。
説明が終わると、一つ質問を受けた。
「武士道では、死を良いことと見るのか」と。
そうだ、と答えそうになったが、彼の目を見た途端、不思議と声が出なかった。とても悲しそうな目だった。まるで自分が死んだことがあるといったような目だった。
テオドール将軍について、一つ気になったことがある。背中に背負ったバンジョーのことだ。あれは一体何のためにつけているのだろう。ただ、彼に見える悲しみは、全てあのバンジョーから発せられているように見えるのだ。
1945年 1月16日 この日、ヒトラーは総統地下壕へ避難した。連合軍は、東西両方からベルリンに迫っていた。
―ヒトラー死去まで あと三カ月―
今回からヒトラー死去までのカウントダウンが下に入りますよ~。
さてどうなることやら・・・(お前が作ってんだろ)