ナチス・ドイツ総統 ヒトラー
俺は旅をしていた。右へフラリ、左へフラリ。
いつも手にはバンジョーを持っていた。日本風にいえば、「琵琶法師」といったところか。
ただ琵琶法師と違うところは、眼が見えることと、何もしてないのに政府に連行されることぐらいだ。
数日前、雨が強く降りしきった日。軍を抜け、リヒテンシュタインの村で過ごしていた俺のところへ、昔の友人、ビルがやってきた。その昔、俺が作り育てた髑髏部隊を引きつれて。
荒れ狂うことだけは大得意な俺の兵たちは、村をメチャクチャにし、ティブスを始め、たくさんの人を殺してまわった。全て俺を連れ戻すためだけの、「総統」の作戦だった。
「総統の方が俺より頭がいいように思えてきたな・・・。参謀いらないだろあの軍。」
「義理人情にはうるさいお前のことだ。村の人々と天秤にかければすぐに要求はのむと、そう読んだんだろう。君にも考えがつくだろう?」
ビルが皮肉っぽく言った。確かに奴の言うとおりだ。俺には軍人としては冷酷さが足りないとよく言われる。戦闘の度にバンジョーで戦没者を弔っているのではな。
「それで、これから俺は何をされるんだ。あの収容所にでも入れられるのか。」
「そんなことだったら、私が意地でも連れてこないさ。君は再び軍に入れられるようだ。」
やはりな、と小声で言った。しかし、戦争を放棄して逃亡するような輩に再び登場してほしいとは、ナチスも必死だな。
「ところで戦況はどうなってるんだ?」
「最悪だ。ソ連から撤退してからというもの、フランスは奪還され、あちこちで敗北を重ねている。ベルリンに攻め入ってくるのも時間の問題だな。」
「戦車や爆弾、毒ガスなんかがドカドカ使われるのが今の戦争だ。たかが天才と言われる腰ぬけ一人持ってきたところで戦況は変わらんだろうよ。」
本当に今の戦争は、一人の強力な指導者がいるところや、天下無双の豪傑がいるところより、数と科学が勝るところに軍配が上がるものとなった。
そうして話している内に目的地にたどり着いた。俺の故郷に。
・・・できればもう来たくはなかったのだが。
俺の故郷、ベルリンの街。俺はここで生まれ育った。親はいなかったが。
一時期世界を恐怖させたあのナチス・ドイツは、今や存亡の危機にあり、というよりほとんど滅びる運命なのだが、このベルリンも食糧はないわナチスは相変わらずヒトラーが独裁するわで、住民は生きた心地もしないといった有様だ。
そんな街を歩いていくと、周りのボロボロになった民家の中で一つだけ浮いている建物が見えた。ナチス軍本部だ。
「天才テオドール将軍 帰還!」と書かれた幕が建物に巻いてあった。俺の気を良くしようとでも言うのか・・・。
中に入ると、耳を塞ぎたくなるほどの拍手に包まれた。俺が歩く両横に軍人たちが無愛想な顔をして並んでいるのであった。彼らの拍手は騒々しいものだったが、誰ひとりその顔から「希望」というものを感じれなかった。
彼らは本当に俺の帰還を喜んでいるのだろうか・・・まあ俺も嬉しくはないのだが。
列の一番奥には、でかでかとした椅子に腰かけて、立派な口髭を生やした男が座っていた。
この男こそ、このナチスの「総統」、ヒトラーその人なのだ。
「テオドール将軍、よくぞ帰ってきてくれた。まことに感謝する。これでわが軍の士気は高まり、米英など恐るるに足らぬものとなるだろう。これこそ神の御心である。やはり神はわれらに味方したのである!」
「ハイル!!!」
列の全員が一斉に、右手を前に突き出す例のポーズをとった。俺は久しぶりに見るこの光景に、多少気持ち悪さを感じつつ、ゆっくりと奴らの真似をした。俺の目はずっとヒトラーの目をまっすぐ見ていた。
この男を見るたびに恐ろしいのは、目に全く感情があらわれないことだ。普通の奴でも、口では勇ましいことをいくらでも吐けるが、目には多少の不安と陰りが見えるものである。
だがこの男、ヒトラーは違う。口と目は同じことを言い、陰りが一切ない。
そして聞くものに自分の言っていることを信じ込ますことができる演説のうまさ。俺でさえ一瞬、ヒトラーの言うことが正しく聞こえた瞬間があった。その時から、この男に対する恐怖感というものが生まれた。
その日のヒトラーも一緒だった。俺がどんなにまっすぐ睨んでも、怖気づく様子も、にらみ返す様子もなく、ただ落ち着いた感じで俺を見ている。一筋汗が流れた。
しばらくその状態が続いたような気がした。ほんの数秒だったかもしれない。ヒトラーはフッと息を吐くと、再び椅子に腰かけた。
「では、ビル君。テオドール将軍を案内してくれたまえ。」
「はっ。」
ビルの先導に従って、俺はその場を後にした。途中、後ろを振り返って椅子の方を見てみたのだが、ヒトラーは俺のことなど気にもしていないように、ただ前だけを見ていた。
とうとうヒトラーが登場しました!鯛が食べたい!
さて、大筋は決まってるんですが、細かいのをどうしようか・・・。