婚約破棄は死と共に
「ミルドレット! 貴様とは婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーで、突然アンディ王太子が私との婚約破棄を宣言されました。
周りの人たちが、波が引くように私とアンディ様の周りから離れます。いえ、アンディ様の横に一人、伯爵令嬢のルーシー様が残りました。
「私は、この愛するルーシーと結婚する!」
アンディ様は高らかに宣言しました。
私は、公爵家に生まれた時からアンディ様との結婚は決まったようなものでした。
でも、アンディ様は私との婚約を嫌がり、正式に婚約したのは王立学園に入学する時でした。婚約と同時に立太子されて、卒業したら私と結婚する事になりました。
ですが、アンディ様は学園でルーシー様と出会ったのです。
身分も成績も性格も、次期王妃として申し分ないルーシー様。婚約者のいる身での許されぬ気持ちを表に出すような方たちではありませんが、二人が思い合っているのはささやかな行為や相手を追ってしまう目線で私には読み取れました。
決して友人の境界を越えるような振る舞いはありませんでしたが、アンディ様の心の中は、さぞかし私と婚約した事を悔やんでいた事でしょう。
そこまで思いを隠していたアンディ様が、皆の前で婚約破棄をするとは。
「ミルドレット……。私は今まで不審に思っていた。私が愛したメラニーは階段から落ちて亡くなり、アネッサは川で溺れ、パティは乗馬中の事故で亡くなった。これは偶然なのか?」
なるほど、この場で疑念を明らかにする気ですのね。
「……まあ、お懐かしいお名前が」
「誤魔化すな!」
「誤魔化してなどいませんわ。メラニー様は、アンディ様の初恋の人でしたわね」
優しくて元気で、アンディ様のお気に入りの侍女だったメラニー。
「僕が大きくなったらメラニーをお嫁さんにしてあげる!」
と、アンディ様が言っていたのを覚えています。
「……でも、確かメラニー様が落ちた階段はご自宅でしたわよね。私が何かするのは無理ですわ」
「人を使ったのだろう」
「あの時私は八歳ですよ? 誰が私の言う事を聞くと言うのです」
周りの人たちも、アンディ様が話しているのが幼い頃の初恋の話だと察したようです。
「アネッサ様は、十歳の時の子供たちの交流会でお会いした三歳年下の可愛らしい女の子でしたわね」
それを聞いて思い出した人が何人かいるようです。
七歳から十二歳までの王都に住んでいる子供が招かれる交流会に初めて参加したアネッサ様は、全ての子供たちの視線を奪いました。とても愛らしい、お人形のような女の子。
当然、アンディ様もあの子に夢中になって、そばで色々と世話を焼いていました。
交流会解散の時、帰ろうとするアネッサ様を「王宮に住めばいいのに」と引き留めていましたっけ。
「川でお亡くなりに……。どこの川か存じませんが、交流会で顔を合わせただけの私が川に誘っても素直について来るとは思えないのですが。事故は、ご家族で行かれた時と言う事では?」
皆が頷く。それでなくとも貴族の息女は誘拐などに警戒しているものですから。
「それからパティ様ですか。確か、アンディ様の乗馬の先生の娘さんでしたわね」
12歳になってアンディ様が乗馬を習い始めた時、乗馬の教師がアンディ様と同じくらいの背丈の子が見本を見せた方が分かりやすいと連れて来ていた、日に焼けてそばかすだらけの女の子でした。
乗馬の授業の後、よく二人で仲良く馬にブラシをかけていましたが、アンディ様がとても嬉しい目でパティ様を見ている気がしたのは勘違いでは無かったようです。
「乗馬中の事故……。ならば、その場に私がいて手を下したのをアンディ様が見ていたという事でしょうか」
「いや……。亡くなったと報告を受けて……」
「それで私が何かしたと思われた、と」
はしたなくもため息を吐いてしまいます。
私はどれほどアンディ様に嫌われているのでしょう。
気を取り直して前を向きます。
ここまで来たのなら、真実を求めなくてはいけません。
「三人とも私が手を下すのは無理だと分かっていただけたのならば、私でなければ誰が三人を殺したのか、となります。偶然というには、重なり過ぎています」
私はできるだけ平坦な声で告げます。
「考えられるのは、王家が手を下した、という事ですが」
「まさか!」
「それは有り得ませんわよね。八歳の王子が『僕が大きくなったらお嫁さんにしてあげる』と言ったくらいで侍女を殺すような短絡的な国王はいないでしょう」
アンディ様が、私が幼い彼の発言を覚えていた事に驚いています。
忘れられませんわ。アンディ様のプロポーズの相手が自分じゃ無かったなんて。
「では、他に考えられますのは……」
私は、周りの人たちに聞きました。
「皆様に、三人をご存知の方、面識があった方はいらっしゃいます?」
誰からも返事はありません。当然ですわよね。あの三人は年齢も身分も違うのですから。
「ならば、疑うべきは一人。アンディ様です」
「なっ、無礼な!」
「でも、アンディ様がその三人を愛している事を知っていたのは、アンディ様しかいませんわ」
いえ、いつもアンディ様のおそばにいた私は気づいていましたが。
だから、アンディ様は私を疑ったのでしょう。
「私ではない!」
「別に、アンディ様が手を下したとは言いません」
私は、長年密かに思っていた事を告げます。
「例えば、呪いです……。『アンディの愛する者は死ぬ』という」
「……ふっ、まさか」
王族に呪いをかける力のある呪術者などいるか、という顔のアンディ様。
「アンディ様。幼い頃に、亡きひいおじい様の部屋で見つけた妖精を、おもちゃとは言え弓矢の的にしましたよね」
八歳の時に、友人たちと冒険ごっこで見つけた身長30㎝くらいの女の子の妖精。
遅れてきた私がアザだらけになった妖精に悲鳴をあげて、慌てて公爵邸に連れ帰ったのでした。
十年も前の事なのでアンディ様は忘れていたのでしょう。
「あ……あの時の……」
「妖精に呪いをかけられたと思うのが、一番納得できる答えではないでしょうか」
人知を超えた結論に皆が沈黙します。
「ところで……それでもなおルーシー様を愛するとおっしゃるのですか? ルーシー様、死ぬ覚悟は出来てます?」
「え……?」
話の展開に付いて行けないルーシー様。
「呪いと決めつけるな! ルーシーは元気ではないか!」
「……ルーシー様がご無事だったのは、今までアンディ様がルーシー様に『愛している』とか『結婚しよう』と言わなかったからではないでしょうか」
一応私という婚約者がいたので、お二人とも自制していらしたのでしょうね。アンディ様に至っては、私を殺人鬼と疑って。
でも、無事に卒業出来たので、結婚させられる前に詳らかにしようとしたのでしょう。
「妖精には、空気を読んだり人の言葉の裏を知る事は出来ません。今までは、アンディ様とルーシー様をただの仲の良い友人と認識していたのではないでしょうか。……でも」
でも、あなたはたった今、皆の前で宣言しました。
「愛するルーシーと結婚する!」
と。
「ひ……っ」
意味を悟ったルーシー様がよろめきます。ルーシー様の後ろにたくさんの蝋燭の灯った燭台があるので、危ないからと手を伸ばすと逆に後退りされました。
「いけません、ルーシー様」
私が更に手を伸ばそうとするのをアンディ様が止めたので、ルーシー様が後ろのテーブルにぶつかり、倒れた燭台の火がドレスに引火します。
あっという間に、ルーシー様のドレスに何重にも縫い付けられていた薄いチュールが燃え上がりました。
「キャアアアア!」
ルーシー様と女生徒たちの悲鳴が響き渡ります。
パニックになったルーシー様が悲鳴を上げながら燃えるドレスで右に左に動き回り、何かにぶつかると方向を変えるのでテーブルカバーやカーテンがどんどん引火します。
何とかルーシー様にピッチャーの水をかけようとしたのですが、じっとしてくれないので見当はずれの所に水を撒いてしまいました。
ルーシー様に駆け寄ろうとするアンディ様を、護衛たちが強制的に安全な場所へ引きずって行きました。
先生方が皆を会場の外へ避難させます。新しいピッチャーを手にした私も背を押されて連れ出されました。
すれ違いに、水を溜めたバケツを持った男の人たちが会場に走って行きます。
それでも会場からルーシー様の断末魔のような叫び声が聞こえ、女生徒たちは耳を塞いで泣き崩れました。
恐怖の時間が去った後、ルーシー様がお亡くなりになったと告げられたのでした。
阿鼻叫喚の卒業パーティーは、あっという間に国中に広まりました。アンディ様の呪いの話と共に。
王太子は、第二王子に変更されました。
呪いを知った女性たちがアンディ様の視界に入る事すら怖がるのですから、そんな人が王太子でいられるはずもありません。
王家は、四人の女性の生家に多額の見舞金を支払いました。
アンディ様は城の中の離宮に移り住みました。出来るだけ他の人と会わずに仕事をするためです。世話は男性の侍従にさせて、補佐の執務官も皆男性にして。
執務室で、通って来る執務官たちと仕事をこなすだけの日々。アンディ様はそんな状況でも腐る事なく、優秀さは変わりませんでした。
やがて、功績を挙げても決して表舞台に現れない王子への人々の評価が、《呪いで四人の命を奪った王子》から《呪いで愛する者を四人も失った王子》へと変わるのでした。
卒業パーティーから三年後、私はアンディ様に輿入れしました。
亡くなった四人に配慮したという事で、華やかな式典は行われず。
「……なぜ……」
離宮の執務室で、アンディ様の机の前に立つ私を唖然として見るアンディ様。ふふっ。三年前に、王家と公爵家が密かに計画を立てたのです。
「真実の愛で、アンディ様の呪いが解けたからですわ」
何か言いたそうなアンディ様に、応接室へ案内されます。執務官たちの前では不味いと思ったのでしょう。
ソファーに座った私は、
「呪いが解けていないなんて誰も疑わないでしょう? 私という妻がいたら。これからは、アンディ様は堂々と人前に出られますわ」
と、笑顔で告げます。
「そんな、無理だ」
「大丈夫ですわ。三年に渡って『密かにアンディ様とお会いしている』と親しい友人に言っていましたから、私たちの真実の愛は社交界では公然の秘密でしたの。呪いが解けた(詳しい事は二人だけの内緒)と聞いて、皆さん納得されているでしょう」
王族が呪われているなんて醜聞は許されないのです。
「ご存知無いでしょうが、本日の輿入れは国中が祝ってくれてますのよ。既に私たちの話が小説や舞台になっているくらい」
アンディ様が驚いています。
優秀な執務官たちは、婚約破棄を告げられた公爵令嬢が王子を許して真実の愛を育てたという結婚に世間が盛り上がっている事をアンディ様に隠していました。四人も亡くした責任を感じているアンディ様が、妻を迎えるのを拒むと分かっているので。
でも、彼らだって優秀な上司が縁の下の存在であり続けるのは嫌だったのですよ。
「因みに、小説も舞台も既に王家が禁戒しました。真実の愛では無かった四人が亡くなった後にミルドレットの真実の愛に出会った、という陳腐な話なんですもの。四人に失礼ですわ」
四人の女性が「真実の愛」では無かったわけではない。それぞれ「真実の愛」で、ミルドレット嬢は呪いへの覚悟があっただけだ。これらは亡くなった人たちの尊厳を冒涜している。
そう宣言してアンディ王子関連の作品の制作を禁じた王家に、亡くなった女性たちの家族が感謝しました。これで、アンディ様への怒りも大分鎮静した事でしょう。
「ミルドレットはそれでいいのか……?」
「ご心配なく。私は、次期王妃という重責のある王太子妃になりたかった訳ではありませんの。自由な王子妃の方が気に入ってますわ。身軽な身分でやりがいのある仕事が出来て」
笑顔で続けます。
「更に、夫が浮気をする心配が無いなんて」
たとえ女性の方からアプローチをしてきても、呪いが解けていない事を知っているアンディ様が受け入れる事は無いでしょう。
「ああ、私を愛さなくて結構です。もし子供が出来て、あなたが子供を愛してしまったら大変ですもの」
あら、なぜ傷ついた顔をするのでしょう。普通の家庭を夢見ていらしたのかしら。
「ただ、私の侍女たちが怖がって。私は隣の小さな離宮を頂いたので、そちらに住みますね。仕事だけはこちらでしますから」
アンディ様は黙ってしまわれた。同居すらしない妻で申し訳ないわね。
でも、私の世話を男性にさせるわけにはいかないでしょう?
私はアンディ様の近くに女性を置きたくありませんの。ルーシー様の時のように、アンディ様の視線の先を追いかけたり神経を張り巡らせているのは、とても疲れてしまうのですもの。
「……私がお嫌なら、『愛してる』とおっしゃって。すぐにこの世から消えますわ」
「そんな事が言えるか!」
「あら、お優しいこと」
私は心から笑いました。
こうして、私の恋は成就しました。
私は、幼い頃からアンディ様をお慕いしていました。
アンディ様の心を一欠片も誰にも渡したくないと思うほどに。例え自分とアンディ様の子供でも。
アンディ様は、私の歪んだ思いをなんとなく感じていたのでしょう。プライドの高い私が決して自分からアンディ様に近づかず、メラニー様やアネッサ様やパティ様を、いえ、アンディ様の子犬や小鳥さえも怨嗟の目で見ているのに気づいていたのかもしれません。
アンディ様は、私を愛しませんでした。
多分、妖精が「アンディの愛する者は死ぬ」と呪いをかけたのは、アンディ様への怒りではなく、私のアンディ様への執着心に反応したためでしょう。
妖精には、空気を読んだり人の言葉の裏を知る事は出来ないのですから。
妖精を看病している時、
「あなたはアンディ様のひいおじい様のお部屋にいたのね。なれてる王宮で治療した方がいいのだけど、そしたらアンディ様があなたを心配するでしょう? アンディ様の気持ちをあなたに取られるのがいやなの」
「アンディ様の心をうばう者など、皆いなくなればいいのに」
「アンディ様とずっと二人だけでいたいわ」
などと独り言を言っていた私の望みを叶えてくれたのでしょう。
私は、アンディ様を私の檻の中に完璧に手に入れました。
後は、彼に「愛している」と言われて死にたいと夢見ている事は秘密です。




