オーブンレンジの魚屋さん
今日は無性に魚が食べたい。鮨もいいし、焼き魚もいいな。煮付けもいいね。何がいいかな。何がいい?そうだな……。焼くか!
まな板にのせた魚の切り身。うん!最高最高!ありがとうお魚さん。手を合わせ海の恵みに感謝して、そのあとできる焼き魚の香ばしい香り、口内に広がる旨みの波を想像して、ごくりと唾を飲み込んだ。
魚魚魚、頭の中で魚が泳ぐ。魚魚魚、目の前を魚が泳ぐ。いい。すごくいい。グリルで焼く?それともオーブンレンジ?グリルは少し面倒だから、オーブンレンジちゃんに任せましょう!オーブンレンジに向かっていそいそと歩いた。
「オーブンを!オーーーーープン!!」
魚が私を狂わせる。変な言葉だって勝手に口をついて出る。魚は私の胸を高鳴らせた。
魚の切り身たちをオーブンレンジの中へ送り込んだ。さぁ、しっかり焼けるんだぞ。旨みをギュッと中に閉じ込めて。君たちならきっと成し遂げるであろう。それではいってらっしゃい。オーブンレンジへ敬礼した。
バタン
さぁ、君たちは一体どんな焼かれ職人の技を見せてくれるんだい?オーブンレンジには、庫内のライトをつけるボタンが付いてて、押すと中がよく見える。さてさてさて、一体どんな感じかな?
ブォン
ボタンを押してみた。きっとそこには香ばしく焼かれる、プロの魚たちの美しい姿があるに違いないぞ。ふははははは。いやそりゃもう、笑みもヨダレも溢れるさ。お腹をグーっと鳴らしながら、私は高鳴る胸をおさえ、そっと覗き込んでみた。
「え、ちょっと待って。待って待って待って。なんでなの?」
思わず声が出た。
「へ〜い!らっしゃ〜せ〜!らっしゃ〜せ〜!今日はいい魚が入ってますぜ〜!」
オーブレンジの中には頭にハチマキをキュッと巻き、にこにこ笑いながら手拍子をうつ、エプロン姿の魚屋さんがいた。
しっかり香ばしく焼けた魚が、魚屋さんの手拍子とともに、ゆっくり起き上がる。そう。手足もない、ただの四角い切身なのに、そろりそろりと起き上がる。そうして目にも止まらぬ早さで回転したかと思うと、背びれや尾びれが生えてきて、オーブレンジの中ですーいすいと泳ぎ回っていた。しかも顔がついていた。魚のそれではない。人間の顔だ。
「おい。なんかこっちみてるぞ。あの大きな窓からよぉ!」
甲高い早口言葉が聞こえた。焼かれ職人の魚たちは、もはや切り身ではなく、顔のついた魚となり泳ぎ回っていた。ふわふわと、決して楽しそうではない表情で彼らは泳ぎ、不機嫌そうな顔で私を見つめた。
もしかしてこれは食べられないパターンか?いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。私のお夕飯はどうしたらいいんだい?どこにもぶつけようのない悲しみを、お腹の中で転がした。
「らっしゃ〜せ〜!さぁて!!」
ずっとらっしゃ〜せ〜!らっしゃ〜せ〜!と元気よく手拍子を打ちながら言っていた魚屋さんが、パンっと最後に大きく手拍子を一回打つと、不機嫌そうな魚たちは、不機嫌そうな顔のまま、魚屋さんの隣に三列にならんだ。そして魚屋さんと魚たちは、オーブンレンジを悲しそうに覗き込む私に向かって叫んだ。
「オーブンを!オーーーーープン!!」
ガン!!
痛い!
私は顔面を押さえた。私が先ほどワクワクしながら叫んだ言葉をなぜか彼らが叫び、オーブンレンジのドアが勢いよく開き、私の目から星が生まれた。
「えっさ!ほいさ!お魚よ!えっさ!ほいさ!」
三列に並んでいたはずの魚も、手拍子をリズミカルに打っていた魚屋さんも、いつのまにか一列になり、オーブレンジの外に出て行った。
「我ら!焼かれ職人の魚とその主人!芸は楽しめたかー!!」
彼らは私の耳元で叫んだ。
「へ……!?は、はい……。」
勢いに押されて返事してしまった。
「そうか!ではこれはもらっていくぞ!」
そういうと、焼かれ職人たちとその主人である魚屋さんは、私の財布からお札をあっという間に引き抜き、開け放たれたベランダの窓から出ていった。私の財布に入っていた一番大きな額のお札だった。
夏の夜空に、彼らより大きなお札を揺らしながら去っていった。後に残ったのは、オーブンレンジの生臭いにおいだけ。
「ぬおおおおおおおおん!!」
生のにおいに包まれながら、私の泣き叫ぶ声が家に響き渡り、床に這いつくばる私の姿がそこにあった。
「においももってけよおおおおおお!!」
おしまい。




