表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

空隙②

 目的地までは、高速道路を使っておよそ4時間の道のりだった。それで、10時までには着きたいということで、余裕を持って早朝5時に出発することに決まった。

 鹿嶋の家から畑の家までは、大きな1本の街道が通っている。赤星の家も歩いて10分ほどでその街道に出られる。だから、赤星と畑は街道まで出ていって、各々の集合場所で鹿嶋に拾われる手筈だった。

 しかし、当日赤星は、インターホンの音で目を覚ました。心地よい眠りの中に全身を浮かべていると、突然甲高い音が耳を刺した。それで驚いて飛び起きた。昨夜3時に鳴るよう設定しておいたアラームはまだ鳴っていない。それを無視して眠り続けていたとしても、4時に設定していた2度目のアラームの音も聞いていない。何が起きているのか、てんで見当がつかないが、取り敢えずは応対することにした。ドアホンの画面を見ると、畑の顔が大きく映っている。

「早ない?」

「もう5時半よ?」

と、半ば笑っているとも、冷え切った真面目とも取れないような顔で言った。いや、むしろこの時の畑の中にはその両方があって、両極にある感情が互いに打ち消しあった結果、表情には無が滲出していた。

 赤星は、何を言っているのか分からなかったが、真実を確認するために時計まで駆け出す。電子時計のボタンを押して表示された時間は、確かに5時半を過ぎていた。全身の血の気が引くのを感じたが、すぐさま玄関のドアを開けて、畑に謝る。

「ガチすまん、寝坊した。すぐ用意する。」

「オーケー、一旦車取りに家に行ってくる。」

 幸い旅支度自体は、昨夜までに済ませている。なので、あとは着替えて髪を整えれば、最低限外出できる格好にはなる。

 朝食を含めて、通常なら2時間程はかかる支度を、この日は10分で済ませた。そのために食事の代わりは1杯のココアが務めた。あまりにも早いので赤星は自分でも驚いた。しかし、今は感心している場合では無いと思い、畑に準備が済んだことを連絡する。

 また10分ほどして、畑は鹿嶋を乗せてやって来た。2人に謝罪を述べつつ、後部座席に乗り込む。しかし、尋常ではないほど空気が重かった。

 それは、鹿嶋が浮かべている悲壮な面持ちと、それを気に掛ける畑の態度によるものだった。自分の寝坊がそれほど鹿嶋の機嫌を損ねたのだろうかと、不安に苛まれた。しかし、鹿嶋のこの悲壮は、彼自身の説明するところによると、赤星の寝坊は、少なくとも直接には関与していなかった。

「将一ごめん、実はここに来た時、駐車場で車ぶつけた。」そう言って鹿嶋は、車内を満たす暗澹たる空気を払い除けるようにして、ゆっくりと、事の次第を説明した。

 鹿嶋は時間通りに家を出発したが、集合場所に赤星の姿が無く、電話をかけても繋がらなかったので、取り敢えず、まずは畑のところへ向かった。

 それから畑の案内で赤星の家へ向かったが、5時過ぎの暗闇の中、慣れない住宅地の隘路に神経を磨り減らした。そして、赤星が住むアパートの駐車場に入ろうとした時、入り口近くに停めてあった車にぶつかってしまった。買ったばかりの車で追突事故を起こし、放心状態だったが、少しすると自責の念に駆られたという。だから、鹿嶋も畑も顔に影を落としていたのだ。

 どうすることもできず、警察に連絡するより他に仕方がなかった。事情聴取にどれほどの時間を要するかは分からないが、ひとまず赤星と畑の2人だけで先に出発し、終わり次第鹿嶋も合流するという運びになった。

 しかし、警察の聴取や保険会社との話し合いなど、結局その日は、1日中事故の対応に追われた。そのため、1日目は赤星と畑の2人で行動し、鹿嶋は2日目から合流した。

 鹿嶋は終始、事故を起こした自分が悪いのだと謝り続けていたが、そもそも赤星が時間通りに起きていれば迎えに行く必要など無く、従って事故も起こり得なかったのだと思うと、赤星は責任を強く感じた。鹿嶋に謝罪し、彼の分の宿泊費も赤星が支払った。

 2日目の鎌倉観光で、鹿嶋は大分気分が晴れたとは言っていたが、それでも大学生活の最後に暗い思い出を残してしまったことが、赤星の心にずっと引っ掛かっていた。

 今日は、その時の罪滅ぼしとして、鹿嶋に車を買いにやって来た。

 5ヶ月前、赤星が卒業旅行の贖罪として車を買うと申し出た時も、鹿嶋は気にしていないから、そんなことはしてくれなくてもいいと言った。しかし、それでは気が済まないので、なら結婚祝いだと言って、ようやくそれならまあ貰わなくもないと納得させた。

 折良くその時は、鹿嶋の方から、大学の頃から交際していた蝶野との結婚が決まったという連絡があったのだった。

 実際これは、赤星の自己満足に過ぎない行いだったのかもしれない。しかし赤星は、過去の気掛かりはできる限り全て取り除いてしまいたかった。そして、持て余した資産を使って、手の届く範囲の人物に手を差し伸べて、できることなら幸福にしてやりたかった。いや、むしろその目的のために現在の地位を手に入れたくらいだった。

 在りし日の自分を想いながらページをめくる。ファビアンが暴風雨と対立したところで、新幹線はまもなく金沢駅に到着すると告げた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ