第5話 走り続けた先にあるもの
国境は、拍子抜けするほど静かだった。
高い壁も、物々しい兵もない。
ただ一本の橋と、詰所。
(……あっけねえな)
レナと並んで歩く。
足取りは重いのに、胸は軽かった。
「これで終わりか?」
「いや」
俺は首を振る。
「ここからだ」
詰所の兵が書類を確認し、うなずく。
「隣国へようこそ」
その一言で、
背中にあった“何か”が落ちた。
――振り返らなかった。
振り返ったら、
ヒロインに戻りそうだったから。
隣国の街は雑多で、うるさくて、自由だった。
冒険者ギルドも、王都より小さいが空気は同じ。
汗と酒と本音。
「登録更新だ」
名前を書く。
偽名。
過去は切り捨てる。
ランクはまだD。
金も少ない。
装備もボロ。
(最高だな)
依頼は失敗もした。
怒鳴られもした。
夜、泣きそうになったこともある。
でも。
女の子が泣いていたら、
俺は止まった。
「手、貸すぞ」
理由はいらない。
「なんでそこまでする?」
そう聞かれて、少し考える。
「……俺が、そうされて助かったから」
誰かに押し付けられた優しさじゃない。
自分で選んだ行動。
ある日、酒場で噂を聞いた。
「王都のヒロインが姿を消したらしい」
笑い話みたいに語られていた。
(ああ……俺のことだな)
もう、戻らない。
スパダリも、王子も、
俺の物語には出てこない。
夜明け前。
街の外れで、朝日を見る。
レナが隣に立つ。
「後悔は?」
少し考えて、答える。
「ねえな」
拳を握る。
細い。
弱い。
でも――
(折れねえ)
ヒロインに転生したけど、
俺は俺のまま走り続けた。
守られる役じゃない。
飾られる存在でもない。
冒険者として、
一人の人間として。
「行くか」
「ああ」
朝日を背に、歩き出す。
隣国での冒険は、
まだ始まったばかりだ。
――これは、
ヒロインが“物語から逃げた”話。
そして、
一人の体育会系男子が、
自分の人生を掴んだ話だ。
【完】?




