アミカナの木曜日の夜:私の周りの花
木曜日の夜は、本編第9話「削られる日常」の後半を、アミカナの視点から改めて描いたものになります。
<木曜日>
志音の街で起きた球体との戦闘で、付近の交通は完全に麻痺していた。渋滞に巻き込まれた二人は、深夜、ようやくサービスエリアの駐車場へと辿り着いた。
「ごめん、明日はちゃんと手段を考えるよ」
「気にしないで。非常時だし」
シートを倒して、二人は車の天井を眺めていた。
「本当に何も食べないの? 朝も昼もサプリだったと思うけど……」
彼に聞かれて、アミカナは目を閉じた。実はサプリも飲んでいない。燃料に不純物を混ぜる訳にはいかなかった。飲むふりをしていただけだ。彼女の体に必要なのは水だけだった。
「ご心配なく。この世界の食べ物は、進化した未来人の口には合わないの……」
「どうだか。この間のファミレスでは、興味津々だったくせに……」
すました様に彼女が言うと彼がからかう。確かに、写真満載のファミレスのメニューは魅力的だった。例えば、ティラミス……何とか、とか……。
……私だって、食べられるものなら食べたいのよ!
いらつきが乗って、彼の腕を殴る拳に少し力が入る。
「ちょっと?! 痛いよ」
「さあ……。バチが当たったんじゃない……」
彼の抗議に、彼女はとぼけてみせた。そう、彼は、夢を見てバチが当たったと言っていた。
「……志音、あなたの夢は何なの?」
火曜日の夜から気になっていたことを聞く。彼は、面食らったように窓の外を見た。
「大したもんじゃない。ちっぽけな夢さ」
「夢に大きいも小さいもないわ。夢は夢よ」
彼女は彼の方を見た。彼は、彼女の視線を避けるかのように、半分背を向けながら苦笑した。
「僕は、小さい時から飛行機が作りたかった。あんな巨大なものが空を飛んでるってのも凄いけど、空気を掴んでる感じがして、凄いと思った」
「掴む?」
彼女が眉を顰めると、彼は頷いた。
「フラップがさ、翼の縁から出てきて垂れ下がるんだ。しかも結構大きく。あれを見てると、空気に乗ってるんじゃなく、空気を掴んでるんだ、そんな気がして……。そういう、ダイナミックな機械を作りたいと思った……」
そこで、彼は一旦言葉を切った。
……そうか、それで、パソコン画面の背景が、翼の写真なのか……
「……だけど、色々と選択を間違えてね。今は随分遠いところにいる……」
……彼もこれまでの自身の選択を悔やんでいる……それは、彼女にも痛いほど分かった。でも、彼には特異な才能があるのに……
「あなた、一度見聞きしたものは完璧に覚えられるんでしょ? なら、試験なんかも簡単だと思うけど……」
彼女の素朴な問いに、彼は振り向いて苦笑した。
「……見たのと同じ問題ならね。少しでもアレンジが加わると、分からなくなる。メタクニームの歌と一緒さ。同じように歌えるけど、意味は分からない」
そう言うと彼は遠くを見つめた。
「正解するためには、覚えるだけじゃダメだ。理解しないと……」
……そうね……才能だけで、全てを決められるわけじゃない……
自分も、彼と同じくらいの人生しか歩んでいない。でも、どうにかして彼を慰めたいと思った。彼女は優しく微笑みかけた。
「こんな時に、私が言えた義理じゃないけど、人生はいつだって道半ばよ。生きている限り、可能性は常にある。頑張って……」
そう、彼女と違って、彼にはまだ無限とも言える人生がある。あと二、三日で終わる彼女の人生とは違うのだ。
「……ああ……ありがとう……」
浮かない感じで、彼は天井に視線を戻した。
……そっか……
彼女も天井を見た。
「『頑張って』って言葉、好きじゃないのね?」
やがて、彼女は言った。彼は苦笑した。
「悪気がないのは分かってる。でも、今だって頑張ってるのに、まだまだ足りない、と言われているような気がして……ね……」
彼女は息をついた。
……何て言ったか、じゃないのよ。そういう状況にあなたが置かれているという価値を、あなたは分かってない。あなたは、あなたのことに精一杯で、あなたの周りが見えていないのよ。でも、どう伝えよう? 傷付けずに伝えるには、どう言ったらいい?
彼女は微かに微笑んだ。
「分かるけど……ちょっと青いかな?」
「……青い?……」
彼は彼女の方を見た。彼女も見返す。
「あなたに励ましの言葉をかけてくれる人がいる、それだけで嬉しいことじゃない……」
そう言った彼女は、目を伏せて例えを探した。
「そうね……。池の周りには、綺麗な花が沢山咲いているのに、あなたはいつも泥で濁った池に潜ってる。足のつかない池じゃない。水面から顔を出して辺りを見るかどうかは、あなた次第なんじゃない?」
もう一度、彼に目をやる。彼は言葉に詰まったようであった。沈黙が流れる。駐車場を行き来する車のエンジン音が、微かに聞こえていた。
<それは誰のこと? あなたも、あなたのことしか見えていないんじゃない?>
彼女の中の一部が囁く。
……そんなことはない! だって私は……私の背負ってるものは……
<背負ってるものの大きさは関係ない。あなたは、あなたの周りを見ているの?>
……私の周り?……私の周りにも、花は咲いているの?……
「ま、私も人のことは言えないか……」
思わず呟いて、彼女は窓の外を見た。窓の外は漆黒の闇だった。彼女の嫌いな夜が、また来ていた。
「……アミカナには、何か夢はあるの?」
彼が聞いていた。
「う~ん……」
私の夢は、エージェント・オリジナルになることだった。その夢は叶った。でも、夢を叶えた者の責任を果たせずに、私は毎晩不安に溺れ、喘いでいる。今日の撤退にしろ、心が平穏であるはずがなかった。これが、私が本当になりたかったものなのだろうか? 全てが虚ろな気がした。
「……私の夢は……今この瞬間かな……」
「それは……任務の成功とか?」
彼の言葉に苦笑する。
「お願いはしたけど、それは夢じゃない……。仕事」
彼女は一度息をついた。
「こうして、アミカナとして過ごしている、全部……」
呟くように、彼女は言った。そう、あの日、技官は言った。
『君は今、夢の中にいる。ミカ君の夢の中で、アンドロイド戦士、アミカナを演じているんだ』――だから……
「だから……別にどうなってもいいの。全部夢の中の出来事だから……」
そう。全ては夢だ。夢の中でなら、最強の戦士にもなれる。そのはずなのに、私はその役すら果たせていない……この世界に来てから、一体何日経った?……
「ちょっと寒いね……」
彼女は彼に背を向けると、シートの上で胎児のように丸くなった。
やがて、後ろから彼に上着を掛けられて、彼女は一瞬僅かに身を固くした。弱い自分に触れられた気がしたのだ。弱さを知られたくない。ただ、昨夜のことが蘇った。私の身勝手な拒絶は、寄り添おうとしてくれる彼を傷付ける。
「……ありがとう……」
肩口の彼の上着を握り締める。こんなにも温もりが欲しいのに、どうして弱い自分を彼に見せられないのか。つまらないプライドだった。でも、どうしてもそれを捨てることができない。
「……ほんと、嫌になる……」
彼女は呟いた。
「何が?」
彼は聞いたが、彼女には答えられなかった。
……私の周りの花……
ふと、アミカナは自分の例え話を振り返る。
……志音は紫苑。彼が私の周りの花なのは知ってる。紫苑の花言葉は『あなたを忘れない』……
一つだけ、彼女は嘘をついていた。□□神社でお願いしたこと――それは、「彼が私のことを忘れませんように」だった……
お読み頂きましてありがとうございます。調子に乗った勢いで、金曜日の夜のことも考えます。金曜日の夜に更新できるかは分かりませんが……。ひとまず、ありがとうございました。




